美丈夫の嫁9 3





 寝室の中央に鎮座している広いベッドに男二人でいることも、今では慣れてしまった。
 最初は何故同衾しなければいけないのかという疑問と緊張があったけれど、美丈夫は横になると三分もかからずに寝る。それはもう抜群の寝付きの良さであり、眠りも大変に深い。
 おかげで美丈夫の就寝を見届けてから、俺も落ち着いて眠りに就くことが出来る。
 しかし今日の美丈夫は眠気がない双眸で俺を見てくる。
 しっかとした意識を宿しているその瞳が妙に居心地が悪い。
「明日はお休みですよね」
「珍しく三連休じゃ」
 明日からは平日ではあるが、シフト勤務である俺にカレンダの休みは関係がない。そして溜まりに溜まった有給を消化するため、三連休という技を使った。
 シフトの具合でなかなか連休など取ることは出来ないものだが、運良く人員の確保が出来た上に、本社から有給を消化するように促されてもいた。
 働き方を改革しようというお上の意向も影響しているだろう。
「何かご予定でもおありですか?」
「いや、部屋の掃除でもするかと思っておる。その程度じゃな」
 三連休が取れたとして、俺は特別予定は入れていなかった。何故なら土壇場になるまで、本当に連休が取れるかどうか不確定だったからだ。
 出勤日が定まらないバイトが複数いたので、三連休が潰れる可能性は充分にあった。その状態で何かしら大きな予定を入れるわけにはいかなかったのが実情だ。
(わざわざどこかに行ったりせずとも、三日間だらだらするのも素晴らしい休みじゃ)
 家で本を読んでいたとしても、大変有意義な休日の過ごし方だ。少なくとも俺にとってはそうだ。
「そうですか」
「おまえさんは何か予定でもあるか?」
「いえ、明日はありません」
「そうか?」
 何か物言いたげな顔をしているのだが、気にしすぎだろうか。内心首を傾げていると、美丈夫が身体を寄せて来た。
「キスをしても?」
(ああ、そういうことか)
 美丈夫は就寝時、俺にキスを欲しがることがある。
 一度だけ、唇に軽く触れるだけの簡単なものだ。それはおやすみのキスを欲しがる子どもを思い起こさせる。
 キスに関して美丈夫は必ず許可を取り、決して無断ですることはない。それは俺にとっては有り難いことなのだが、一方で気まずさなのか気恥ずかしさなのかよく分からない感情も生まれてきた。
(そんなにしたいことじゃろうか)
 二十歳の男におやすみのキスをする理由が俺にはいまいち分からない。どんな気持ちで欲しがっているのか、眠りに就くための安心が欲しいわけでもないだろうに。
 しかしじっと俺を見詰めながら許可を待っている様は犬のようで何とも憐憫を誘う。
「一度なら」
 それが約束だ。
 回数を告げなければ、二度、三度と求められることがあると俺はすでに学んでいる。
「一度だけ、ですね」
 美丈夫はそう呟いては、俺の肩をそっと掴んでは顔を寄せてくる。キスをする際の典型的な体勢だ。手が少し強張っているような気がして、僅かに微笑ましさを覚える。
 そっと触れた唇は柔らかく、熱い。美丈夫はきっと俺より体温が高いのだろう。
 重ねられてもすぐに離れていくと思った唇は、離れないどころか舌で唇を舐められた。口内に入ろうとする気配を感じて歯を食いしばろうとしたが、美丈夫の指が俺の顎を掴んでは口を開けさせる。
 噛み締める力を入れるより先に、美丈夫の舌が口の中に侵入して来た。熱くぬるりとした舌が口内を自由に動き回る感覚にぞわりとしたものが背筋を走る。
 舌は歯列を辿るように動き、舌先で上顎を突かれるとまるで体内を探られているようだった。
(キスが、上手いのじゃろう)
 よく動く美丈夫の舌にそう思う。こうして深く絡まるようなキスをされるのは初めてではない。深く口付けられると背筋をくすぐるように撫でられるような奇異な感覚が這い上がる。それが快楽に類似しているものであることは、俺にも分かる。
 美丈夫の手が寝間着の隙間から入って来る。腹を撫でられて肌が粟立つ。
 けれど愛撫というには単調で、本当にただ撫でているだけだった。セクシャルな空気を出して叱られるのを避けているような、けれど一方で性欲を訴えているようでもあった。
 少なくとも口付けは執拗で、俺の欲情を誘っているだけに、その手はたちが悪いとも言えた。
 酸欠になりそうな頃、ようやく唇が離される。
 呼吸が乱れているのがやや恥ずかしいけれど、目の前にいる男のぎらついた視線に縫い止められて顔を背けられない。
「おまえさん……調子に乗ったな」
「乗りました。たまに、理性が切れてしまいそうになるんです。ましてあんなものを見せられると、どうしても頭の中でちらついてしまう」
「あんなもの」
「いくら俺がいないと思っていたからといって、あんな格好で家をうろつくのは危険です。お手伝いさんや姉が、いつ訪れるのかも分からないのに」
「ああ……」
 欲情を誘うようなものなどあっただろうか、と怪訝に思ったのだが。まさか風呂上がりのあのだらしない様を言いたいらしい。
「野郎の上半身が?」
「俺にとっては特別です」
「……油断したと言いたいのか?」
 おまえがあんな格好を見せるからだと、そう責められているのだろうか。
 危機管理能力のなさに反省を促されるかと思ったが、美丈夫は苦笑した。
「いえ、俺が野蛮なだけです」
 野蛮というのは美丈夫には何とも似合わない単語だ。上品、誠実の方がずっとしっくりくる。
「後に引けぬところまで来ておるのか?」
「来ています」
 美丈夫の下半身に視線を落とす。スウェットのズボンの下であれがどうなっているのかは、ゆったりとした生地故に分からない。けれど上気した美丈夫の頬に、なんとなく予感はしていた。
「目の前で抜いても構わんが?」
「貴方のものも処理させて下さい」
「くそ……っ」
 美丈夫の手に下肢を触られて思わず悪態が出た。人のことは言えない、俺のものもまた勃ち始めていた。あんなしつこい口付けをされれば、誰だって欲情してしまうものだろう。
「嬉しい」
 拒否しなかったことを、美丈夫は合意と受け取ったらしい。蕩けるような笑みを浮かべては距離を詰めてくる。そんな顔をされて、誰が嫌だと言えるだろうか。
(セクハラとはほど遠い)
 性的な目で見られて気持ち悪いだなんて欠片も感じない。悔しいことに、興奮すらしているのだから、これがどうであるかなんて考えるまでもないのだろう。
 合意の上での性行為だ。
 美丈夫の手が寝間着を脱がせては下着からそれを取り出し、固くなっているものを包み込む。あたたかな掌の感触に俺は美丈夫へ手を伸ばした。自分だけが一方的に愛撫されるなんて、羞恥心に耐えられない。
 美丈夫のスウェットのズボンを下げさせ、それを引き出すと俺よりも膨らんでいるように見えた。
 どれだけ興奮しているのか、そんなに楽しいものか。
 つい疑問を覚えるのだが、美丈夫に性器を扱かれる快感に思考はぼやけていく。
「あんまり見てくるな。視線が、刺さる」
「すみません。ではもう少しこちらに来て下さい」
 じっと美丈夫がこちらを見てくる視線が痛い。気持ち良さを感じている男の面など鑑賞するものではない。
 嫌がる俺に、美丈夫は身体を引き寄せてきた。ぴったりと身体を付けるように密着すれば顔は見えないだろうと言いたいらしい。その分性器も近付けては、互いの先端を触れ合わせる。
「……卑猥じゃな」
「はい。すごくエロくて、興奮します」
 勃っているそれの先端が接触すると、びくりと震えた。高ぶっているのが互いによく分かり、視覚からの刺激で快楽を得てしまう。
 お互いに随分と調子に乗ってしまっているらしい。
 ここまで来れば恥ずかしいだの何だのと躊躇しているほうが無様だ。俺は自分にそうするように美丈夫の性器をしごいた。美丈夫の手に俺の性器も扱かれており、まるで自慰をしているような錯覚まである。
 けれど他人の手であることは事実で、思わぬ手つきをされると不意の刺激に気持ち良さが強くなる。
「は、あっ……」
 美丈夫の息が荒くなっては、先走りが零れ始めて俺の手を汚す。ぬるりとした感触に全身の血が頭の天辺からつま先まで駆け巡っていく。
(出させてやりたい)
 いかせてやりたい。気持ち良くしてあげたい。
 そんな気持ちで美丈夫を愛撫する手を早めた。悩ましげな表情や、早くなっていく呼吸に、絶頂が近いのだと感じる。
「出そうか?出してもいいんじゃぞ」
「まだ、ちょっと」
「我慢するな。出してしまえ」
 ほらと、意地悪く誘うと美丈夫が息を詰めた。そして俺に寄り掛かっては、俺の手を求めるように腰を振る。
 そうして欲しいのかと思い、腰の動きに合わせるようにして性器を愛撫する。
「っ!……ぁ、はぁ」
 美丈夫が息を詰めたかと思うと、掌に精液が放たれる。熱いそれが全部出るように、最後まで緩くしごいてやると、美丈夫に唇を塞がれた。
 はふはふと息を乱しながら口付けられると、食べられているかのような気分になる。
「すみません、先に、出してしまって……」
「謝ることでもあるまい。出させるためにしたのだから」
 息も整わない内から謝る美丈夫に、出して貰わなければそもそも意味がない行為なのだと伝える。どちらが先かなんてどうでも良いことだろう。気にすることは気持ち良いかどうかだけであり、その点に関しては満足して貰えたようだ。
「こんなに早くイくなんて思わなかった。上総さんが色っぽくて、どうにも耐えられないんです」
「その辺りの感想はいらん。俺には理解出来ん」
 自分がどう見られているのか、美丈夫がどう感じているのかついて、俺は一切理解出来ない、出来る気もしない。なのでその感想は聞くつもりがなかった。
「残念です」
 美丈夫はそんなことを言いながら俺の下半身に顔を埋める。どうやら口で奉仕するつもりらしい。
「手で良い」
「俺が口でしたいんです。上総さんのを口に咥えるのが好きなので」
「ものすごく悪趣味じゃな」
 どんな性癖なのだ。
「寝そべって下さい」
 背の高い男が座った体勢で俺のそこに顔を付けるには随分窮屈な体勢を取らなければいけない。なので俺が寝てしまったほうが、姿勢も簡単に取れるのだろう。
 言われるままベッドに背中を付けると、性器が熱くてぬるりとしたものに包まれる。美丈夫の口内に感覚に腰から下が溶けてしまいそうだった。
(やっぱり、口は、気持ち良い)
 手でされるのも気持ち良いものだが、口内に愛撫されるのは別格のものがある。粘膜に刺激され、吸い上げられるといとも容易く絶頂をちらつく。
「っ、あ、ん」
 じゅるりと吸いながら頭ごと上下に動く美丈夫に、体内にある欲情が急激に膨らんで下半身に集中していく。
 すでに手によって愛撫されている上に、口に咥えられればそう耐えられない。すぐに出してしまうだろうと思い、快楽に身をゆだねていた俺の耳に、パチンという軽い音が聞こえた。
 何かの蓋が開けられたような音だ。
「ん?」
 何だと思っていると、後孔にぬるりとしたものが触れた。
「待て、おまえさん、何をしてるっ」
 後孔に何かが入って来る。ぬめりを帯びたそれは後孔が締め付けるのも構わずに奥へと侵入しようとする。
 おそらく美丈夫の指だろう。
「すみません」
「謝るくせに、止めんのか!」
「はい。どうしても、貴方の中に触れたい」
 体内に指が入ってきては中を掻き混ぜる感触に眩暈がした。自分の中に他人の指がある。ましてそれは愛撫を施すかのような動きをしているのだ。
「ここに、入れるつもりか」
 どうして美丈夫がそんなことをしたのかと言えば、目的は一つだろう。後孔を使ってセックスをするためだ。美丈夫の性器をそこに入れて、身体を繋げるつもりだ。
 男同士で性行為をする際にそこを使用することは俺も知っている。美丈夫がそうしたいことも、聞かされている。
 しかし今突然それが来るとは、思っていなかった。
「今日はまだ。いきなり入れることは難しいと思います。だから少しずつ丁寧に、したい」
「馬鹿っ」
「すみません」
「そんなものが入るか!俺のそこは入れるような場所じゃない!」
 美丈夫の性器を握り、扱いたばかりだ。手でそのサイズを知っているだけに、それが自分の尻に入るとは到底思えない。
 これまで入れたいのだろうという美丈夫の欲望をぼんやりと考えてはいたけれど。いざ実際に生々しく予告されると、無理だという焦りに襲われる。
「入ります。ここは、よく拡がりますから。トレーニングすれば、俺くらいはきっと入ります」
「トレーニングなぞせん!」
「俺がやります。ちゃんと拡げますから。気持ち良くも出来るはずです」
「無茶を言うな!」
「男の性感帯である前立腺に関しては解剖図で部位の位置を把握しました。どう刺激するのかも脳内できっちりシミュレートしています。知識や想像などはすでに,準備していますから」
「勤勉か!」
 そんなところで優秀な頭脳を使おうとするな。しかも美丈夫は人の性器を舐めながらほぼ真顔で喋っている。
 あまりにもシュールな光景だ。
「これまで知らなかったことを行うんです。まして上総さんのお身体ですから、万全を尽くすつもりです」
「そんなところを頑張るな!」
 美丈夫が言うと本当に万全を尽くそうとあらゆることをしてきそうで恐ろしい。そこまでの執着をよく持てるものだ。
 ぎゃんぎゃんわめく俺と会話することを諦めたのか、美丈夫が再び俺の性器を口に咥える。喉奥の近くまで深く含まれ、性器が融解してしまいそうなほどに熱い。
「っ……うわ……」
 後孔から入って来た指が体内を掻き混ぜている。内臓を弄られている異物感は決して気持ち良いものではない。
(ぐにぐに、中を拡げてる)
 指を動かしては内壁を撫でながら拡げてくる。後孔は違和感に反発するように指を締め付けるが、それに抗うように指は器用に動いている。
 後孔に感じるのは決して歓迎出来ない体感なのだが、性器を咥えられ、唇を締めては絞るように刺激されると後孔の違和感も曖昧になっていく。
「あ……っう」
 性器への愛撫のせいで体内にある指を撥ね付けられない。むしろ体内に何か入っているのに、不快感を覚えない自分に戸惑いがあった。
 ぐちぐちと後孔からローションを混ぜる卑猥な水音がする。
 美丈夫にセックスを求められている。とても淫らなことをされている。その認識が強くなっては、息を呑んだ。
「あ、えっ?」
 美丈夫はローションを足しては指を更に深く差し入れて、腹側を擦るように触った。そこには他の場所とは異なる、奇妙な感触があった。
 指に触れられると途端にそこは熱くなる。
「う、あっ……んん」
 自分の口から情けない声が出て来ることに気付いて、慌てて口を手で塞ぐ。これまで美丈夫に口に咥えられたことはあるけれど、こんな風にみっともなく喘いだことはない。
 まして腹の奥から疼くのような快楽など、なかった。
(前立腺?)
 直腸にあるという性感帯については俺も知っている。先ほど美丈夫が勉強したと言っていたが、俺だって美丈夫に迫られるようになってから同性間のセックスについて調べた。
 その中に前立腺についての情報もあった。それを今、俺は自分の身体で味わっているというのだろうか。
 美丈夫は俺の異変に気付いたのだろう。指は熱の固まりを引っ掻くようにして刺激してくる。それに腰が無意識に跳ねた。
 そんな反応をするとは思わず、自分でもびっくりしていると美丈夫が性器に舌を絡めては吸い上げてくる。まるで白濁をねだるような動きに、絶頂が迫ってくる。
 性器への刺激で絶頂してしまうのは何もおかしくない。人間としてごく自然な反射であるはずだ。
 けれど後孔に入れられている指が、内側から俺を苛んでくる。異物感であるはすなのに、それは快楽を混ぜて、そして体内を弄られているという事実を強く意識させた。
「やっ、あ、ああっ!」
 性器への愛撫だけではない。俺はその時確かに、体内を刺激されることも含めて快楽を得て、そして絶頂した。
 美丈夫の口の中に白濁を吐き出したことに、俺の中で何かが崩れた。
 



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