七




 
 吐息まで塞がれるような気分だった。
「皓弥」
 那智は沈黙する皓弥を促した。それでも口を閉ざしていると、微動だにせず睨み合うかのように状況が硬直した。
 先に折れたのは、皓弥だった。
 真っ向から凝視され、心が波立たずにはいられなかった。那智の瞳は、力が強すぎる。
 目を伏せ、深く息を吐く。
「…俺が、主じゃなかったら…」
 唇は動くのに、声は柔軟性を失っていた。ごわごわした、まるで力任せに丸めた紙のような強張りだ。
 皓弥は膝の上に置いたハードカバーに視線を落とす。
「……もし、主じゃなかったら。どうする?」
 嫌な聞き方をしている。皓弥は自身に対して舌打ちしそうになった。
 本当は「価値がない?」と尋ねたかったのだ。だがとっさに保身が先に立った。
 頷かれたら、ショックだから。
 どくんどくんと心臓が緊張で高鳴った。中学時代、剣道で全国に行った時だってこんなに心臓はうるさくなかった。大勢の視線に晒されて試合をするより、那智の返事を待つほうが緊張している。
「皓弥が主じゃないなんて有り得ない」
 断言した声は厳しいほど真剣だった。
 言うと思った。と皓弥は拳を握る。
「だから、もしもの話だ。もし、人違いだったら、俺は」
 俺は、の続きがまた出てこない。
 こんなに自分が臆病だったなんて知らなかった。
「刀は主だけは間違わない。本能だからね。でも、そうだなもし皓弥が主じゃなかったら」
 那智は床に着いていた手を離し、再び座り直した。
 皓弥により近い距離で。
 膝が一点だけ触れ合い、その部分だけ妙に感覚がはっきりして皓弥は唇を噛んだ。
「それでも、もう離れたくないなぁ」
「だけど刀は主が一番なんだろ?」
「うん。でも、もう離れられないよ。だってこんなにも皓弥を必要としていて、焦がれて、自分を完全に奪われているから。皓弥が返してくれないと、俺は例え主が出てきたとしても何処にも行けない。行こうと思えない」
「それじゃ……刀じゃないだろ」
「うん。でもそれが俺だし」
 刀、刀と言うくせに。
 あっさりと刀であることを放棄する那智に、皓弥は胸の辺りがぐるぐるかき混ぜられるような困惑を味わう。
「刀なのに」
「それでも、だよ」
 甘く囁く声が、耳朶を打つ。
「皓弥、俺はうぬぼれてもいいのかな」
 何のことだ、と伏せた目で横を見ると微笑んでいる那智がいた。
 とろりと溶かすような蜜を含んだ眼差しで。
「皓弥が、俺に墜ちてきているって思っていい?主ってだけじゃ満足出来なくなってきたって」
「満足出来ないって……」
「自覚なし?」
 指が髪に絡んできた。しっとりと水気を帯びたままの色素が少しばかり薄い髪をそっと梳かれる。
「ある。一応……たぶんそれなりに」
「曖昧だなぁ」
「おまえの気持ちは刀が主の向けるもんだろ?」
「そうだね。基本は」
 一度最後まで梳ききった指が、また頭の先から髪に触れる。
「もし、突然俺が主じゃなくなったらどうなるんだろうな。おまえは今言っていることを覆すかも知れない」
「主じゃなくなるなんて、南極と北極の氷が全部溶けても有り得ないんだけど」
 何故か那智は機嫌良さそうに小さく笑う。
「覆すと嫌?」
「……言い方が嫌味だ」
 皓弥はまた視線を落とした。拗ねるような態度を取っているのは分かっているが、正面を向く勇気も、また淡々としていることも出来なかった。
「うん。ごめん。でも聞きたくなるよ。俺だって不安だったから」
 確かめている。二人して相手を。
 腹のさぐり合いではなく、それは戯れに似ていた。
「おまえが甘やかすから。だから俺は」
「俺は?」
「欲張りに……なる」
 頼りない呟きだった。途方に暮れているのだ。本当は。
 こんな自分は知らない。一人で生きていけるように、覚悟だけはしてきたのに。それなのにこの男はたった数ヶ月でそれを崩してしまった。
 積み重ねてきた、胸を締め付けるような心構えを解放してしまった。
「俺は主だけど、主だけが俺じゃなくて。鬼に関わっているだけが俺の全てじゃないし。二十歳のちっぽけな人間で……言ってること分からないだろうけど」
 伝えたいことが纏まらず、気持ちだけが先走っていた。どうしてこういう時にレポートなどを作るときに活躍する「簡単に説明する」という作業が出来ないのだろう。
 フラストレーションが溜まって、髪をくしゃくしゃに掻き混ぜたくなる。
「つまり、皓弥そのものを好きになって欲しいってこと?主とか、真咲とか、そういうのは抜きで」
 那智の言葉が言いたいことの半分だった。
 だから微かに、じっと見ていなければ分からないくらいの動きで頷いた。
「無理だけどな。だって刀っていうのは本能だろ?なら俺を主って見るのも本能で、それを取っ払うなんて出来ないだろ?」
「残念ながら、そうなんだよねぇ」
 うーん、と那智は唸った。そして髪を梳いていた指で頬を撫でる。
 不意に感じた体温に鼓動が一つだけ跳ねた。
「主は一人しかいないけど、もう一人出たらいいのに」
「え?」
「それでも俺は皓弥を選ぶよ。どんな主であっても、俺は皓弥を選ぶ。それなら刀って気持ちだけで好きになったんじゃないって分かるだろ。でもなぁ、二人といないからなぁ」
 何を言い出すんだろうと顔を上げると、本気で残念そうな那智がいて自然と口元が緩んだ。
 時々子どもっぽい。
「どうしたらいいんだろうね。でもどうやったって刀だから皓弥が好きってわけじゃないっていうことを証明出来るのか…」
 頬から顎にかけて、那智の手が労るように下りていく。
 靄や、不安を撫でているような手つきに皓弥は苦笑した。
 もう別にいい。そんな気持ちが沸いてくる。
 この男がこうしてくれるなら、側にいてくれるなら。主だからという理由でも構わない。
(他に主がいないなら。那智は離れていかない)
 鬼を喰う生き物なので、母のように殺されることもない。
 突然夢みたいに消えてはいかない。
「いい。俺の我が儘だから。そんなこともういい」
 那智の手に自分の掌を重ねた。
 すると那智の唇が、そっと手の甲に落とされた。
 ふわりとした感触に目を合わせると今度は唇にそれが落とされようとしていた。
 一瞬身体が戸惑いに固まるが、皓弥はそれを受け入れた。逃れる理由などどこにもないから。
 薄い膜しか持たない唇は、直接人のあたたかさを与えてくれる。
 まぶたを下ろすと下唇を舐められる。くすぐったさに笑い声が込み上げ、開いた間から舌が入ってきた。
 不意打ちでされるそれは、いつも抵抗するために歯を立てたり、逃げ腰だったりするが。今日は自分の舌を差し出すみたいに絡めてみた。
 するとすぐに応えてくれる。すぐに体温が同じになっては口付けは深くなっていく。
 皓弥の身体が弛緩し、くたりと力を失うと口付けが中断された。
「一つ思いついた」
「何を」
「刀だけじゃない思いを」
 那智は皓弥の耳に甘く歯を立てる。ひくっと肩を振るわせるのを見ると満足そうに目を細める。
「食いたい」
「は?」
「刀は主を守る道具。でも今の俺は皓弥を抱きたい。自分の下で喘がせたい。中に入って、ぐちゃぐちゃに乱して、正気じゃないくらいヨくさせたい」
「あ、あほかっ!」
 からかうようでもない。目は笑っているが、至って真面目な喋り方だ。
 なのに内容が卑猥で赤面するより呆れが先に立った。
「守るための、しかも道具が主にこんな欲望持っちゃいけないよねぇ。まして啼かせたいなんて」
「いけないって分かってるならそのあやしい手つきを止めろ!自制しろ刀!」
「だって皓弥は刀の気持ちだけじゃ満足出来ないでしょ?だからこうして教えようかと」
「なんでこういう手段を執る!もっと他になんかあるだろ!」
「言葉じゃ脆弱だよ。態度だけでも心許ない」
 身体だって欲しい。繋がって分かることもあるよ。
 意図として低く囁かれたそれに、皓弥は眉を寄せる。
 甘言だ。策略的だ。
 だがそれを拒みきることなんて出来ない。求められることに喜びを覚えた自分がいるから。


 オレンジの小さな灯りが、部屋を照らしていた。照明は薄暗くて、見える世界は曖昧だ。ベッドに仰向けになりながら皓弥は心許なさを感じていた。
 髪が広がってくすぐったい。
 素肌を晒して、うるさい鼓動を聞きながら、上に重なってくる男を視線を受けた。
 男に全裸を見せたからといって恥ずかしいと思う必要はないはずだ。同性である上に銭湯などに行けば当たり前の光景だ。
 なのに、こう甘ったるい雰囲気とこれから起こるだろうことを想像すると、羞恥に襲われる。
 すでに何度も口付けが交わされ、荒い呼吸に胸が上下している。
 服をまだ着込んだままの那智の手が、鎖骨の凹凸を確かめるように触れてくる。
 そして心臓、腹へとそれは下りていく。
「っ……」
 触れるだけなのにぞわりと悪寒に似た、だが根本が異なる感覚が背筋を這う。
 自由なままの手が、その妙な感じにシーツを掴んだ。
「気持ち悪い?」
「聞くな」
 唇を結び、耐えるかのように眉を寄せる皓弥に那智は小さく笑った。
 喉仏が動くのが、間近にいてはっきり分かる。
 微かにしか与えられない、乾いた掌はじわりじわりと皓弥の身体を発熱させていく。
 呼吸は整えられずに、戸惑いを色濃く再び乱れ始めた。
 弄ばれている。ついと指先で転がるボールのように。
「聞くよ。だって嫌がられてるのに、続けたら嫌われるでしょ?」
「見てて分からないのかよ」
「今はまだ分かるけどね。でもこの先になったらきっと分からない」
 余裕がないから。囁く男の唇が鎖骨に落ちた。
「細いなぁ。肉がない」
「まだマシになった方だ」
「がりがりだったんだな。相当」
 ぺろ、と舌で鎖骨を舐める那智の手が、皓弥の足を割った。
 内太股をついと撫で上げると腹のあたりがひくりと震える。
「ぁ……」
 那智の手がやんわりとそこを包み、微かな刺激に吐息が零れた。
 触れられると既にそこが首をもたげていることを教えられ、かぁと体温が上昇する。
 期待していたみたいで、いたたまれない。
 だが那智は目元をほころばせ、皓弥の胸に唇を落とす。
「生きていることが、何よりの幸せだ」
 丁度心臓の上、とくりと脈打つ場所に那智が囁く。
「皓弥が生まれてきてくれたことが、俺の最上の幸福。たった一人の皓弥がここにいてくれることが、眩暈がしそうなくらい嬉しい」
 聞いているこちらが眩暈を起こしそうなくらい甘い台詞を吐きながら、皓弥の下肢を握っていた那智の手が動き始める。
 緩い摩擦に反応して、足が強張る。無駄な力だと分かっているのに抜けない。
「しかも今は俺の下でそういう顔してくれてるから」
 真面目な台詞じゃなかったのか!と皓弥は心の中で叫ぶ。
 にやと口元を歪めた男はちらりと皓弥を見ると満足そうに頷く。
「可愛い」
 成人した男を捕まえて吐くな、と何度言えば理解してくれるのだろう。潤んだ瞳で睨んでも効果はないが、皓弥は眦を上げる。
「前も可愛かったけど、あの時はいきなりで驚いてたみたいだったから」
「当たり前だろっ!」
「でも今は食われる覚悟してるもんねぇ」
「覚悟させたんだろうが!」
 那智の指は根本をもみしごいては皓弥の思考を溶かしていく。
 心臓の上にあった唇は、突起に触れ舌先で転がすように舐めてくる。
 息を飲み声を殺すが、高ぶる欲に唇を噛んだ。
 痛みで快楽を誤魔化そうとしてしまう。不快じゃないはずなのに溺れていくのが怖い。
「っん」
 堅くなる身体に抗議するかのように、那智が突起に歯を立てた。びくりと震えると、宥めるかのように丁寧に舐められる。痛みと焦らすような愛撫が交互に与えられ、もどかしさのようなものに身じろぎをした。
「誰かとヤったことある?」
 那智は下肢の先端を撫でながら、問い掛ける。
 ぼんやりとしてくる頭を振ると「正真正銘初か」と呟く声がした。低く、嬉しそうなそれは今まで聞いたこともないくらい色めき立っていた。
 欲情しているのだ。自分と同じくらい。
 そう分かるとまたとろりと思考が融解していく。
「人とこうするの、嫌だったんだ?」
「知ってるだろ、俺が人と接するの得意じゃないの。触れられるのとか……好きじゃない」
 そう告げる皓弥の下肢は、弄んでいる那智の指を濡らしていく。後ろまで透明なとろとろとしたものが流れ、皓弥は目尻を染めた。
 人の手で、自分のものが猛っていく事実に追い詰められる。
「好きじゃないって言うわりに、気持ちよさそうだけどね」
「おまえだからだろ!?」
 恥ずかしいのを承知の上で言ったというのにからかいが返ってきて、皓弥は牙を剥いた。
「うん。俺だからだね」
 ちぅと音を立てて那智が皓弥の頬にキスを落とす。
 そして「ちょっとごめん」と言い、くるりと皓弥の身体を俯せにさせた。
 熱でろくに力の入らない身体だ、しかも元々軽いので呆気なく皓弥はシーツと顔を合わせることとになった。
「枕、枕っと」
 那智の手が顔のすぐ横にあった枕を手に取る。
「何?」
 手を付き、顔を上げると腹の下に何かを入れられた。乾いた布の感触にそれが枕だと知る。
「オイっ!」
 四つん這いという、滅多にやる機会のない格好を晒し皓弥は顔が赤くなるのを感じた。
 人目に触れることなど有り得ない箇所が、今那智の前にある。
「しばらく我慢して」
 何を思ったのか、那智は皓弥の双丘に唇を寄せた。
「待て!馬鹿っ!いくらなんでもそれはないだろ!?」
 頼むから!と懇願する皓弥の声など無視して、那智は秘所を舌でぺろりと舐めた。
 ぬめりのある熱いものを後ろで感じて、皓弥はシーツに突っ伏した。
 熱湯をかけられたのではないかと思うほど頬が熱くなる。
 信じられない。有り得ない。そんな単語が喉を塞いだ。
 入り口を三度ほど舐めると、指がそこに埋め込まれる。
「ぃ……っ」
 潤むことを知らないそこは、指先が入ってきただけでぴりと裂けるような痛みを生み出す。
「無理。無理だからっ!」
「大丈夫。ちゃんと馴らすから」
「つか、おまえはそこで何をする気だ!」
「出し入れ」
 何をだ!!と叫ぶ皓弥より先に、手が双丘を開き今度は入り口ではなく内部に舌が入り込んでくる。
 ぬるりとしたそれが、本来の器官とは反対に進入しようとしていたのだ。
 生き物のように僅かな隙間から入り込んでは、出ていくそれに下肢が震え始めた。
(嘘だろ)
 こんなことに感じているなんて、鈍器で殴られたようなショックだった。
「止めろ、マジで……ホント」
 泣き言のように訴えると「なんで?」とあっさりとした返事が聞こえる。
 平然としている様子が伝わってきて、非常に腹立たしい上に恥ずかしい。
「ヨくない?こっちはまた勃ち始めてるよ?」
 くすりと笑う那智の手が前に伸ばされ、しごき始める。
「ぃあ!っ……ぅあぁ」
 先ほどは柔い刺激だけだったのが、突然吐き出すのを促すかのように強くなる。
 かろうじて保っていた理性が、がたりと傾いた。
「やめ…やぁ…」
「啼きながら言われても説得力ないって」
 声が秘所から響いてくるのが、悲しいくらい刺激になっていた。
 内部を舐める舌と共に指が一本探るように入ってくる。
 掻き混ぜられ、気持ち悪いのに。前を煽る指が快楽を与える。
 相反するものに頭がおかしくなりそうだった。
「あ……何?」
 那智の手が止まり、身体が離れていった。
 熱に焦がされる身を投げられたような気持ちになり、顔を上げると那智の手がベッドサイドテーブルに伸ばされていた。引き出しから何やら取り出している。
 液体の入った小さなボトル。
「それ」
「潤滑のやつ。中を奥まで舐められるといいんだけど、そんなに舌長くないしね」
「そんなのいつの間に仕込んで」
 自分の部屋のベッドだというのにそんなものが入れられているということに、さっぱり気が付かなかった。
「いつこうなるか分からないから、準備万端にしとかないとと思ってあらかじめね」
「そんなにヤりたかったのかよ……!」
「皓弥は俺の自制心の高さに感謝するべきだ」
 それはそうかも知れない。毎晩一緒に寝ているのに、那智は手を出さずにいたのだ。
「その分、今取り返すけど」
「取ろうとするな」
 那智の指が離れ、少しだけ整った呼吸で冷たく言い放った。
 だが「それは無理」と皓弥が繰り返した単語を違う意味で戻してくる。
「つめたっ」
 ひんやりとしたものを塗られ、皓弥は逃げるように身を引いた。だが「ごめん」というくせに那智の指はそれを中へと流し込んでくる。
「だから……冷たぃ…」
 くちゅ、という音。そして内蔵を掻くような異物感と嫌悪に声が弱くなっていく。
 吐き気がするほどの不快感にシーツに爪を立てた。耐えなければいけないのだろうか。拒めば那智は許してくれるだろうが、これが切望したことなら。
 堪えよう。そう決めた。
(今回だけな!)
「きつい?身体が怖がってるみたいだけど」
 強張っているのが伝わるのだろう。那智の声が心配そうだった。だが皓弥は僅かに首を振る。
「やっぱ怖いか」
 否定しても、那智はそれを素直に受け入れなかった。しばし指を止め、皓弥の様子を窺っているようだった。だがおもむろに不快で萎えてしまった下肢の先を握る。
「あっ!」
 収まったかのように思っていた熱は、それにすぐさま再熱する。
 すると分かった。というように那智が前をしだく。
「な、ちっ!きつ、ぃ……ぁん」
 性急な手に、容易く下肢は震えては雫を零す。
 どくんどくんと打ってはその度に吐き出そうと、悦楽が皓弥を浸食していく。
 そちらに意識を奪われていると、中に埋め込まれていた指がより深く奥に入ってくる。気持ち悪さは、薄まっていた。
「変、これ、ちが」
「大丈夫」
 一本だったはずの指が二本になって、くちゅくちゅと卑猥な音が聞こえてくる。
 それがどこから発生しているものか、分からない。
 掻き混ぜられているのに、不快なはずなのに、口からは甘えるような声しか出てこない。
「ひぁ!」
 神経を鷲掴みにされたような感覚に背がしなった。
「な、に」
 自分の身体に何が起こったのか分からず、頭だけ振り返ると視界の端で那智が笑みを浮かべていた。支配しようとする貪欲な眼差しで。
「イイトコ」
「何?あぁっ!」
 いじられている下肢かと思った。だが喉から声を溢れさせる熱を生み出しているのは、中にある指からだった。
 こんなものは経験したことがない。
 抜き差しをしながら、どこか、灼熱の固まりのような場所を指が撫でる。すると意識とは無関係に身体は震えては達しようと足掻いている。内股を伝う蜜にすら、頭の芯がぐちゃぐちゃに溶ける。
「那智、も、イ」
「イっていいよ」
「ヤ、っ、なん……あぁ!」
 光を突然当てられたように視界が真っ白になって。
 眩むような熱に意識を奪われた。
 


 


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