四




 
 背後から抱き締めてくれている手がゆっくり上へと移動してくる。腹から胸元、そして突起へと指がかすめた。わざとなのだろう突起を引っかけるような指の仕草にひくりと喉が鳴った。
「っ……おい」
「んー?」
 声をかけると那智は開き直ったように胸の突起を摘んでくにくにとこねる。男の乳首に果たして何か意味はあるのだろうかと思うのだが、残念ながら那智のせいでそれは性感帯の一つとしての仕事を持ってしまった。
「なんだこの手」
「愛おしいから、可愛がろうと思って」
 那智の片手を取って尋ねると、平然と答えが返ってくる。
「可愛がるって、これか」
「そうだよ」
 皓弥に取られた手を軽く払って、再び突起を摘む。ぴんっとつま弾く刺激に太股が揺れた。痒いような痛いようなそれに、背筋がぞわぞわと粟立っていく。心臓が早鐘を打ち始めたのが分かる。
「それ、いるか?」
「大切なことだよ。ほら、ぴんと立ってきた」
 それは刺激したら誰だって立つものじゃないのか。そう冷静な気持ちもあるのだが、それよりうなじに吸い付かれたことが意識を濁らせる。
「ん……っ」
 軽く歯を立ててはうなじを舐める舌の動きは、茎を咥えられている時を思い出させた。その舌に、口の中に性器を含まれて愛撫された経験が、皓弥を急かしていく。
 胸の突起を押しつぶすような刺激に太股を摺り合わせた。下肢が心許なくて、自然と膝頭を合わせていると、那智がくすりと笑った。
「ああ、こっちも洗ってあげないとね」
「く……あっ」
 那智の手が茎を包むと慣れた様子で上下に扱き始める。ボディソープのおかげでぬるぬるとしている感触が新鮮で、心の中まで塗られているようだった。
「両方、無理っ」
 明るい浴室で、茎を扱かれている光景で見せ付けられて乳首を摘まれて、視覚と体感、その上二カ所も攻められている状況に首を振った。
 膨らんでいく自分の茎が浅ましくて目を逸らしたくなる。だが自分の目を閉じても那智はしっかとそれを見ているのだ。
「無理?後ろの方がいい?」
「後ろ…後ろって」
 ここで後孔に触れるのか。座ったまま問いかけると那智がこくりと喉を鳴らした。それは強く欲情している時の合図だ。
 ベッドの上であったのならば、覆い被さってくる際によく聞こえてくる音だった。今日は耳のすぐ後ろから届いてきては皓弥に迫ってくる。
「浴槽の縁に手を付けて」
 その指示は目の前にある、床に半分ほど埋められている浴槽の縁を掴んで膝を付けということだろう。四つん這いになる体勢によく似ている。
 尻を突き出せということに違いない促しに、皓弥は硬直した。
「………いや、でも、ローションとか」
 寝室には潤滑油があるけれど、ここにはそんなものはなかったはずだ。ボディソープで代用されるのだろうか。しかしそれは体内に入れても大丈夫なものなのか。
(だって石鹸だろう?)
 腹を下したりしないかと心配になっていると、那智が皓弥の眼前に何かをぶら下げた。
「ああ、これ?」
 とろりとした液体が入った透明なボトルが、那智の手によって揺らされている。寝室に鎮座しているはずのそれが、どうしてここにあるのか。
「なんで……」
「これは持って入ったから。ゴムは忘れたけど、外に出すから大丈夫」
 ローションの隣にあったはずのゴムをどうして忘れるのか。片方だけ持ってくるなんてことが自然に起こりえるわけがない。
(絶対わざと持って来なかったんだ。汚れてもすぐに洗えばいいと思って!)
 通常時はゴムを付けて周りも皓弥の中も汚さないように配慮してくれるのに、風呂場でならば処理が簡単だと判断したらしい。灯りは皓々と付いている上に生で入れられるなんて、風呂場での行為はろくなことがない。
 しかし抗おうにも腰を掴まれて椅子から持ち上げられる。目の前に浴槽の縁があると、ぐずぐすと熟れ始めた茎に訴えられるように手を置いた。那智に尻を突き出すと温められたらしい、ぬるいローションが尾てい骨の上に垂らされる。
「ぅ……っ」
 ローションが尻の間を通り後孔に伝っていく。とろとろとしたその感触は淡い愛撫のようだった。
 後孔に這わされたローションを練り込むように、那智の指が入ってくる。もう片方の手は再び茎を握っては緩く揉んでくる。曖昧な刺激に、もっととねだるように腰を揺らしてしまう。
「これはいいんだ?」
 二カ所同時になぶっているのにと尋ねる声に頷く。前と後ろが同時に愛撫されることは、セックスの序盤としていつも那智から与えられることだ。入れられる心の準備をしろと囁かれている気になる。
「く、んっ……あ」
 那智の指が前立腺をかすめては遊ぶようにしてその周囲をくるくると撫でる。掻き混ぜられる感覚にもどかしさがあった。茎もどくどくと脈打っているのに、那智の手はろくにしごいてくれないのだ。
「は……ぁ」
 二本目を受け入れると、皓弥は居ても立ってもいられなくなって自分から指を締め付けた。その動きに抗うように中を広げる指に吐息が甘くなっていく。
 自分の喘ぎ声なんてみっともない上に汚いだけだと思うのだが、那智はそれを聞きたがる。悪趣味だと思うのだが、唇を噛めばそれを指でこじ開けられた。
 今も皓弥が飽きもせずに唇を閉じようとした気配を感じたのか、背中に被ってきては「駄目だよ」と熱に浮かされたような声で囁いてきた。
 それだけで腰から力が抜けていく。
「もう、無理……」
 焦らすように後ろを馴らすのは止めて欲しい。ローションだけではないもので濡れてしまっている茎を感じているのに、愛撫の手は緩やかなままだ。もっと激しく掻き混ぜて、蹂躙して欲しい。
 それでもきちんと那智を受け入れると、咥え込むともう知っているだろうに。
「早いね」
「だって、おまえ、何もかも、見えてんだろ…!」
 勃っている茎を握っている上に、那智の指を咥えては締め付けて気持ち悦さそうに腰を振っている皓弥の姿を眺めているはずだ。どれほど卑猥な光景なのかこの男は面白がっているに違いない。
「ああ、それで?見られると興奮するもんね」
「居たたまれない…!」
「感じるんじゃなくて?」
「恥ずかしいん、だよ!もう、さっさとやれ!」
 人間は羞恥を快楽に変えることが出来る。そう理解しているけれど、それを自分の身体で認めるにはまだ吹っ切れない。
 男としてそこまで落ちるわけにはいかないと思うのだ。
 八つ当たりのように言うと那智が愉快そうに「はいはい」と返事をした。そして三本目の指を入れるとくるりと中をほぐす。ちゃんと自分のものが入るのかどうか確認したのだろう。
 だが一週間に一度はそれを飲み込んでいる後孔は分かっているとばかりにひくついた。早く欲しいと言うような体内に皓弥はもう言葉が出なかった。
(俺はこんな生き物なのか)
 いつもより那智を欲しがっている。早く早くとねだるはしたない様に自然と顔が熱くなった。
 那智は締め付けてくる後孔に名残があるかのように、ゆっくり指を引き抜いていく。ぞわぞわとした感覚に甘やかな刺激が背筋から這い上がってきた。
「ぅ…ぁ…」
「うん。可愛い身体だね」
 褒めているのか、腰を撫でては指を引き抜いた那智に皓弥は深く息を吐いた。体内に何もないことが当たり前であるはずなのに、腹の奥が疼く。
「可愛い、って」
「いやらしくて従順だ」
「おまえが…!」
「俺がそうしたんだよ。俺だけが」
 誰のせいだと怒鳴りたかったのだが、那智は先を読んだらしい。そしてうっとりとしたようにそう告げた。
「入れるよ」
 腰を掴んで、耳にキスをしながら那智がそう宣言した。低く掠れた声は脅しのようにも聞こえてきて、異様に興奮した。
 自分には嗜虐的な趣味はないのに、どうしても那智からこの台詞を聞かされる時だけは、ぞくぞくするのだ。
「あ……ぁ…」
 ゴムという薄い壁のない、生身の雄が入ってくる。その凹凸がいつもよりずっと鮮明に感じられて、恐ろしいほどに熱い。ゆっくり慎重に、皓弥を傷付けないようにと気を遣っているのだろう。
 だが時間をかけて進入してくる雄は、その大きさや形を体内に刻みつけているようだ。おまえを犯すのはこれなのだと教え込まれている気になる。
「あっ、ん…いっ……」
 性急さはない。だが奥深くまで入ってくる強引さがある。内臓が押し上げられ身体が開かれる感覚に息を吐きながらのけぞる。自分が自分ではなくなっていく、浸食されている感覚に指先まで痺れていくようだ。
「は……あ……っ」
 脳髄まで熱く焼かれる頃には、後孔が那智をねだるように蠕動している。包む込みような体内を感じると、那智は「いいね」と口にするのだ。
 それは確認であり、覚悟しろという酷な言葉でもあった。
「や、あ、あっ、あぁ!」
 中が馴染んだと思えば容赦なく腰を打ち付けてくる。雄は皓弥の中を蹂躙しては奥まで入り込んできていたはずなのに、更に深くまで進入しようと凶暴なまでに貫いてくるのだ。
「や、だめ、やめ」
「駄目じゃない、イイ、だろ」
「いっ…あぁ、那智…っ、なち…っ」
 中を掻き混ぜられていると何も考えられなくなる。口からは喘ぎ声と、那智の名前しか出てこない。那智と呼ぶと中にいるものが嬉しそうにびくびく震えるのだ。
 それが、愛おしい。
「なに、皓弥、もっと?」
「や、ちが、なち、なち」
「可愛い、本当に、可愛い」
 成人した男に可愛いと連呼しながら那智は内側をえぐってくる。雄のくびれまで分かるほど体内に擦り付けてくるそれに、皓弥は口を半開きにしてひたすら声を漏らすことしか出来なくなる。
「やっぱり、この体勢は、あんまり好きじゃないな。そんなのに、抱き付くんだから」
「だっ、おまえ、自分で…!」
「うん。俺がそうしろって、言ったんだけど。だって、押し倒したら、背中が冷たいだろうし、痛いだろ」
「そんなの…!」
 風呂場のタイルが冷たいから正常位ではやらないなんて配慮はどうでもいい。それなら風呂場でやるなと言いたい。
 だが那智は何を思ったのか、腰を止めては皓弥の太股を撫で下ろした。
「膝は痛くない?随分揺さぶってるけど、平気?」
「もう、どうでもいい!そんなの、どうでもいいから!イきたい…!」
 絶頂近くまで押し上げらているのに、膝なんて今更どうなってもいいのだ。痛くなったら後で困ればいいだろう。今は張り詰めた茎だの、雄を咥えて欲しがっている後孔のほうがずっと問題だ。
「そうか。可愛いね」
 何が可愛いのか心底理解が出来ない。この男は馬鹿じゃないのかと後ろを見て睨み付けようとした。
 だがそこにあったのは自分を喰い殺そうとしているかのような、ぎらついた双眸と薄い笑みだった。恐怖に喉をしならせると、那智は愉悦を滲ませては雄を突き立ててくる。
「ひっ、あ、あっ…!」
「可愛く、淫らで、恐ろしいよ俺の主は」
「や、ら、あ、なち、なち、っ!」
 那智と、懇願するように繰り返しながら絶頂を求めて藻掻くと、那智がぐいっと腰をきつく掴んで一層奥まで貫いてくる。背をしならせて悲鳴にもならない声を上げる。
「ひっ……あ、ああぁ……!」
 唇から零れ落ちていく嬌声を気にすることも出来ず、頭の中で光が爆ぜる。震えながら絶頂に食らいつかれ、茎から精を吐き出した。
 ぶるぶると太股が痙攣しては、茎は吐精を続ける。あまり扱かれることもなく達してしまうようになった身体に困惑はするけれど、それよりも神経を犯す快楽に支配されてしまう。
「あ、あ、っん……!」
 那智は皓弥が達しても少しだけ中を蹂躙したが、息を詰めると一気に雄を引き抜いた。そして尻に雄を擦り付けると、熱いものを飛び散らせたようだった。
 きっと中に出さずに背中にかけたのだろう。どろりと何かが滴り落ちる感覚があり、そんな些細な刺激にさえも悦楽が走った。
「はぁ……あ……」
 吐精した後の気怠さに従って浴槽から手を離した。風呂場のタイルにうなだれるようにして脱力していると、那智の手が腹を抱えて後ろに引っ張る。
「う、わっ」
 ぐったりしている身体は、後ろに座っていたらしい那智の膝の上に載せられた。子どものように背後から抱えられると、尻に那智のものが押しつけられたのが分かる。
 出したばかりで雄は柔らかく、力を持っていない。だがこのままではもう一度堅さを取り戻すのではないだろうか。
 密着しているだけで勃ちそうになることがよくあると、以前聞いたことがあった。
「那智、もう、無理だぞ」
「分かってる」
 注意すると那智は落ち着いた様子でそう答えてくれる。しかし分かっていると言いながらも、再び欲情を見せることがあるので油断は出来ない。
 皓弥はいつも一度しか駄目だと言っているのに、たまに二度目に突入しようとすることがあるのだ。翌日は休日だと確率的に高く、悲しいことに明日はその休日である。
 内心不安になりながらも呼吸を整えた。焦げそうなくらいに熱くなった肌は次第に冷えていくようだった。
「風邪を引いてしまうね」
 那智は皓弥の変化に気が付いたのか、手近にあったシャワーヘッドを取ってはお湯を皓弥の身体にかけてくれる。
 あたたなお湯を浴びてほっと息を吐いた。絶頂後の虚脱感とは違う、身体が弛緩していくのが分かる。
「風呂場でヤると、汚せるのはいいけど後ろからってことがちょっと不満だな。キスも出来ないし顔が見えない」
「おまえが選んだんだろうが……」
 ぼやく人の言い分は随分勝手なものだ。
 そんなことを言うなら最初から風呂場なんて止めれば良かったのに。声は響く、明るくて恥ずかしいところも全部見られる上に、生で突っ込まれて、皓弥は良いところが何もない。
 そうだったねごめんと謝る人の声を無視して振り返らずにそっぽを向く。キスがしたいと言われる予感はしたけれど、従ってはやるつもりはなかった。










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