思惑の傍観者 5



「恥ずかしいって言うのは分かるけど」
 そりゃ要の消極的な性格を考えると、恥ずかしいと思わない方が異常だろう。
「その恥をさらけ出せるってことが、僕は好きだけどな」
「え」
 要は明らかに「なんで?」という顔をした。
 その顔に、僕は微笑む。
「だってヤってる最中なんてみっともないし。正直人に見られたくない。そんなのをお互いにさらけ出して。貴方が欲しいと言える」
 取り繕う余裕もなくて、貪るように、泣きすがるように僕は徹道と抱き合う。
 表情はぐしゃぐしゃで虚勢も張れない。
 そんな姿をさらけ出しても、徹道は幻滅しない。むしろそれに煽られるように、身体を寄せてくる。
 それでいい。それが欲しい。
 そう言われる心地良さは、気持ち良さは他の時間とは比べ物にならない。
 自分自身を受け止めてくれていると感じる。
「そんなのが、僕は好き」
 僕だって要みたいに恥ずかしいと思う時はある。
 上手く言えなくてもどかしくて、癇癪を起こすことがある。
 擦れ違って苛々して、辛くて、泣き叫びたい時だってある。
 それでも抱き合いながら貴方が欲しいと告げる時は、心の全てから愛おしいと言える。照れも恥も何もない。
 素直な気持ちがそのまま出せる。
「特別な時間だよ」
 身体の繋がりなんてなくても恋人だと信じられる。それも愛情の形だっていうのも分かる。
 それでも僕は身体を使うやり方を選んだ。
 言葉だけでも、ただ接触するだけでも嬉しいけど、使えるものは何でも使う。感じられるものは何でも感じる。
 それが気持ち良さなら尚更だ。
 心がなくて、身体だけの繋がりだったらかえって空しいだけだろうけど。僕たちは違うから。そう思うから。
 身体だって欲しい。
「そう、なんだ」
 真面目にこんな話をしたことがないせいか、要は神妙な面もちだった。ちょっと面食らっているような印象もある。
 要にはちょっと分からない感覚かも知れない。
「僕にとっては、だけど」
 今話したようなことを感じてなくても、思えなくても、おかしくない。異常なんかじゃない。
 そう要を安心させるように、言葉を付け加えた。
 人それぞれ考え方はある。精神面に関わるのならましてのことだ。だから一律みんな同じ気持ちで誰かと抱き合っているなんて、思うことはない。
 要は単純だから、人の話を丸のまま飲み込んで自分を当てはめようする。
 考えの押し付けがしたいわけじゃないのに。
「それは、たぶん、僕にとっても同じ」
「本当に?」
 僕が言ったからじゃないのか?と思っていると、要は珍しく不安そうな目をせずに頷いた。
 揺らぎのない様子に、僕によって意識が変えられたってわけじゃないんだなと感じる。
「だって、特別だなって僕も思う。思うから……欲しいって言われると嬉しい」
 はっきりと嬉しいと言った要はどこか一回り大きくなったように感じる。
 人に求められることの喜びを、身体の中に染み込ませているのだ。
 本当に?僕でいいの?僕なんて駄目で、弱くて。と言い訳を連ねるばかりだった要が。欲しいと言う人の声に素直に頷けるようになったのだ。
 ありがとうと、伸ばされた手を握り返すようになったのだ。
(ちょっとだけ自信はついたのかもな)
 数寄屋が何度も何度も繰り返して、おまえなんだと言い聞かせてようやく、要は自分が誰かに必要とされる存在なのだと理解出来たのだろう。
 戸惑うより先に喜びを受け入れることを覚えたのだ。
「だからこの嬉しいって気持ち。数寄屋にもあげなきゃ。僕、貰ってばっかりだから」
 すぐに弱り顔になった要に、僕はご飯をつつく。
 ご飯なんて炊飯器が炊いてるだろうに、どうして僕の家より美味しく出来上がっているんだろう。
「要が誘ったら数寄屋は馬鹿みたいに喜びそうだけど。でも無理したら意味ないよ」
 奥手で臆病な要が数寄屋を誘ったら、きっと数寄屋は驚いた上にすごく喜ぶだろう。
 随分要に惚れ込んでるみたいだし。愛想の良くないあの顔が崩れ去ることだと思う。
 でも、数寄屋を喜ばせたいからって、ヤりたくもないのにヤりたいって言うのは駄目だ。
 身体にも心にも無理が出る。
 そんな状態でヤったら、たぶん要は辛いだろう。そして抱いている相手にもそれは伝わる。
 数寄屋は要が我慢していることに気が付かないほど。愚鈍じゃないだろう。あの男は割と要のことはよく見てる。
「要が本当にやりたいって思った時に言わないと。無理してたら数寄屋にはバレる」
 その時気まずくなることは間違いない。
 大体要の無理っていうのはすぐに分かるのだ。ぎくしゃくしてはわざとらしい。
 まるっきり小さな子どもみたいなのだ。
「うん。でも……どういう時にシたいと思うのか…分かんない」
 要は肩を落として力なく言っている。
 さっき人に対して、どんな時にヤりたいと思うのかと訊いた理由はどうもここに辿り着くらしい。
 自分で誘いかけたいけど、そのタイミングが分からないのだ。
 そのきっかけが自分で見付けられないようだ。
「ヤりたいってか、どきっとするような時でいいんじゃ?」
 いきなりサカれとは、要には言えない。
 抱きたい、抱かれたいと思う時なんて要に存在しているのかどうかは不安過ぎる。
 でも好きな人といると、心臓が忙しなくなる時くらいあるだろう。いつも一定の状態でいるなら、それはただの友達や知人と変わりない。
「深川はどんな時?」
 尋ねられ、僕は宙を見た。
 徹道といる時間を思い出して、側にいるとき自分が何を見ているか、感じているか記憶を探る。
 確かこの前、徹道の背中に触れて体重をかけた前にきっかけになったのは。
「あいつ考え事してる時、たまに唇舐めるんだよね。ちらっと舌が出るんだけど。それを見た時かなぁ」
 唇の隙間から見えた赤い舌は、僕の肌にも這わされたり、口の中に入ってきて好き勝手に動くものなのだと思うと、つい徹道にじゃれたくなった。
 こっちを見て貰っていないのが不服に思えたのだ。
「いつもそれを見た時にヤりたいって思うわけじゃないんだけど。気分がそっちに向く時がある」
 どうも舌っていうのは性的だと思う。
 ヤってる時のその感触を強く与えられているせいだと思うけど。
 唇だけなら平気なのに、舌だとやらしく思える。
 徹道はまだそのことに気が付いてないといいけど。気付かれたらたぶん、それをちらつかせては僕を翻弄しようとするだろう。
「数寄屋にそんな癖ない……」
 しゅんとする要は、実に人の話を真っ向から聞く人間だ。というかもっと冷静に、もっと自分に当てはまるような形に変形させて理解すればいいのに。
「同じじゃなくていいって」
 つか数寄屋にもそんな癖があったらなんか嫌だ。
 いや、たとえ数寄屋がそんなことしていても僕は構わない。興味ないから見たとしても何も思わないだろう。
 相手が徹道だからぐっとくるだけだ。
「なんか好きな仕草とか。どきっとする時とかない?」
 要はぼーっとしてるから、そんな瞬間があっても記憶してないかも知れない。頭に血が上って、動揺するだけで分析する能力が欠けている可能性もある。
 案の定要は悩み始めた。珍しく眉を寄せて難しい顔まで見せている。
「あ…あるけど」
「あるんだ」
 ときめくようなことがあるのか。
 そうなのかと微笑ましいような意外なような、気持ちだ。
「それの延長線にあるんじゃないかな。欲しいって思う瞬間って」
 いつ徹道を襲おうかと思っている時は、冷静に自分の気持ちなんて分析しないから。ややおしつけみたいなやり方になったけど。要に分かり易くしようと思ったら、これくらいじゃないと無理だろう。
「そういう時を探してみたり、意識してみたりすれば?ちょっとは新しい気分になるかもよ」
 まだまだマンネリとは思えない二人だが、たまには面白いことになってもいいだろう。
 誘われた際の数寄屋はきっと動揺して戸惑うだろう。それを考えると愉快だ。
「無理することはないけど。数寄屋の新しい面とかは見られるかもな」
 嫌々ながらすることじゃない。
 相手をどう誘おうかっていうのは苦労したり、辛く思うようなものじゃない。
 もっと楽しくて、嬉しくなるようなことなんだから。それを苦痛にしてしまうなんて勿体ない。
「う、うん」
 要はこくこくと頷いては小さく決意するように拳を握った。
 きっと明日から数寄屋を意識しまくって変な言動をとることになるだろう。
(数寄屋がいぶかしがるだろうな)
 どうしたと思うことだろう。だがその先に自分にとって幸せなことが待っているとは思っていないはずだ。
 だから要に尋ねるはずだ。何かあったのかと。
(まー別に放置しててもいいんだけど)
 数寄屋に問い詰められると要はきっとこのことを吐いてしまう。それでは要の決意が無駄になってしまうだろう。
 せっかく自分から動こうとしているのだ。最後までやり通して貰いたい。
 だから数寄屋には少しだけ制止をかけておこうかと思った。
(先に数寄屋がいつも通りの手の出し方をしたら意味ないし)
 お茶碗を空にして、僕は些細なたくらみを思い描いていた。


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