柔らかな響き 4


 鎖骨を舐めた舌は、そのまま胸の突起を押し潰すように這わされた。
「ん…」
 女の子じゃないのに、どうしてそれは感じるんだろう。
 不思議だった。
 数寄屋の手に太股を開かせられその奥にある場所に指が這わされた。
 くちゅ、と濡れた音がしたのは数寄屋がさっき持っていた潤滑剤のせいだと思いたい。
 指が入ってくる違和感は慣れることがなくて、嫌な汗が背筋に滲んだ。
 中で動く感触が、まるで内蔵を掻き回しているみたいで正直気持ち悪い。
 そこに意識が集中していると、ふいに胸の突起を噛まれた。
「ぃっ!」
 驚いてびくっと身体が強張る、すると宥めるかのように今度は丁寧に舐められた。
「…はぁ…ぁ」
 息が上がる。
 構えていた隙をつかれたみたいに、刺激を与えられて身体の奥から溶けていく。
「す、きや……」
 名前を呼んで肩に触れた。
 肌は汗が滲んでいる。
「なんで…?」
「何が」
 最中に僕が喋ることなんて、今までなかったから数寄屋は手を止めた。
 そして顔を上げ、目を合わせてくれる。
「面倒って…言ってるのに…なんで、僕を…」
 喋るたびに指をくわえている箇所に振動が伝わって、かぁと顔が熱くなった。
 もうこれ以上体温は上がらないって思っていたのに。
「確かに面倒だな。いちいちならさなきゃ入れねぇしな」
「数寄屋だったら……女の人と付き合うの…困らないんじゃ…?」
 頭も運動神経もいい。格好いいし。ちょっと雑なところはあるけど。
 でも優しい。
 そんな人がどうして僕を相手にするのか分からなかった。
「おまえがいんのに、なんで女なんか抱くんだよ」
 数寄屋はどうしてそんなことを聞かれるのか分からないって顔で、ちょっとむっとしたようだった。
「誰でもいいからヤりたいって盛ってるわけじゃねーんだよ。肝心なことは何にも分かってないんだな」
 数寄屋は溜息をついて、僕の中に入れていた指をまた動かし始めた。
「ぁ……」
 ほぐすようにしながら、指は奥へと入っていく。
 内蔵に直接触れられている感覚。
「おまえ相手にヤれるなら、どんな面倒なことだって俺はやる。手間がどんだけかかっても、おまえ痛くないように出来るなら」
 指は一端引き抜かれ、ぬめりを足してまた入ってくる。
「ゃ…ぁ」
 本数が増やされ、中でばらばらに動かされた。
「な…んで?」
 面倒くさがり屋の数寄屋が、そこまでする理由が僕には見つけられない。
「欲しいから。要が」
 ひくん、と僕の喉がなった。
 真面目な顔で、真っ直ぐな視線に射抜かれて、じわじわと驚きが広がってくる。
「…なんで…?」
 乾いた声が口から零れた。
 きっと今の僕は目が丸くなっている。
「言っただろうが、おまえが好きだって」
「へ?」とも「はぁ?」とも言えず。
 僕は口を開いただけで声が出なかった。
「忘れたとは言わせないが、一度しか言ってないからってなぁ」
 おい、要。と数寄屋は口元を歪ませて脅すように低い声で言った。
 忘れてない。はっきり覚えてる。
 だって何度も耳の奥によみがえってくるから。
「…だって……実感…ない…」
「実感ってな…毎日好きだって言えばいいのかよ」
「そんなの!や…止めて欲しい…」
 初めて言われた時は耳を疑ったし、心臓が止まりそうになった。
 さっきだって、感電したみたいに電気が走ったんだから。
 そんなの毎日されたらおかしくなる。
「だって、なんで僕を…何がいいのか…」
 好かれる理由を必死になって探しても、一つ二つしか出てこない。
「料理と掃除が出来る…から?」
「あほかおまえは」
 考えた末の答えはあっさりと切り捨てられた。
「いいことなんて、ないよ…」
 そう言って、落ち込んでいく自分が分かった。
 こんな体勢で、こんなことをしている最中に、何を喋っているんだろう。
「おまえは本当に、何も分かってない」
 数寄屋は苦笑すると、くちゅと濡れた音をさせながら中を掻き回す。
「っん!あ」
 熱の集まっている場所を指で押されて、腰が跳ねた。
 身をよじって逃げようとするけど、数寄屋の手で肩を押さえつけられて布団に沈められる。
「おまえは俺なんてより、ずっと強い人間なんだよ。見てるとはっとさせられるくらい」
「そんな、のっ…やぁ!」
 執拗にそこを撫でられ、視界がじわりと歪んだ。
「しかもその強さってのが、優しさなんだ。まるで日の光みたいにふわふわした気持ちのいい優しさだ。そんな優しさを持った人間を俺は他に知らない」
「もぅ…やめ…!」
 強すぎる快楽を与えられ続け、頭の中がどろどろに溶けて流れ出しそうだった。
 数寄屋の声にも肌があわだって、もう喋らないで欲しかった。
「初めは知りたいと思った、どんな生き物なのかって、気が付いたら、欲しくなってた。手に入れて、声を聞いて、触れて、抱き締めて」
 でもそれだけじゃ足りない。
 指の動きは止まり、ずるりと抜かれた。
 異物感がなくなって僕はぐったりと脱力した。
 息が上がって酸素が足りないのかくらくらする。
「中に入りたい。もっと近くにいきたい」
 今まで聞いた、どんな声より。
 どんな眼差しより、ずっと強くて。
 それなのに僕に願い事をするみたいな弱さがあった。
 嫌だと言ってしまえば、そっと消えてしまいそうな。
 数寄屋らしくない弱さが。

「好きだ」

 だった三文字が、一体どれくらい重さを持っているのか。
 僕には計れない。
 でもそれは空気みたいに僕の中に入ってきては嵐を起こした。
 胸の中を揺さぶって、震わせて、締め付けて、ぐちゃぐちゃにした。
 気が付くとぼろぼろ涙が小零れてこめかみを伝っていた。
「っ……っ…」
 嗚咽を零すと、数寄屋が戸惑ったように「要…?」と呼んでくれる。
「嫌か?」
 不安げに聞かれて僕は首を振った。
「うれ…し…」
 初めて聞いた時、それはことんと僕の中に入ってきたけど。持て余していた。
 どんな気持ちが込められているか、ちゃんとかみ砕けなくて、まるでキャンディのようだった。
 自分の熱じゃ溶かせないキャディ。
 それが今、数寄屋の言葉でとろりと溶けだして甘さが満ちていく。
 苦しいくらいの甘さ。
 でも、嬉しかった。人に好きだって言われたことなんてなかったから。
 そんな大切な気持ちをもらったことがなかったから。
「…今まで、んなこと思ってなかったっていうのが驚きなんだが…」
 呆れ半分で数寄屋が笑う。
「だって…」
「さっきからだってばっか連発してるな」
 そう言われて、だって、と言いそうになって慌てて口を閉じた。
「つーか…こんな風に泣かせたかったわけじゃねぇんだけどな…」
 と数寄屋は身体を起こした。離れていく体温に、僕の指がさまよう。
「止めるか?もう。ああ、でもおまえはイきたいか」
 なら抜いてやるよ。とすでに冷静になってしまったらしい数寄屋に手を伸ばされ、僕は首を振った。
 そして上半身を起こして、数寄屋の首に腕を巻き付けた。
「要?」
「…したい」
 普段なら絶対口にしないだろう。
 でも今は、どうしても数寄屋が欲しかった。
 一番近いところで、体温も、呼吸も、心臓の動き一つすら感じたかった。
 僕を好きだと言ってくれるこの人を感じたい。
「したいよ…。駄目?」
 目を合わせて言うのは、やっぱり恥ずかしくて肩口に顔を埋める。
「俺を自制のきかない、ケダモノにするつもりか」
「だって…」
 あ、また言ってしまった。と思ったけど、数寄屋は注意しなかった。
「…乗るよ、僕…」
 何度かとらされた体勢をしようと、数寄屋のズボンに手を掛けた。
「本気か?おまえ、あんま好きじゃないだろ」
「や……そんなことは…」
 ないけど。とは言えなかった。
 好きな形なんて僕にはないような気がしたから。
 毎回気が付くと数寄屋にそういう体勢をとらされているだけで。
(でも、これが一番近付ける気がすると…抱き合ってるみたいで)
 数寄屋のものはすでに硬さを持っていた。
 掌に包むと大きさを増すようで、初めてちゃんと触れたそれを撫でた。
(全然触ってなかったのに…見てるだけでイイって、ホントだったんだ…)
 数寄屋は僕の顔を見てるだけで盛るって時々言っていたけど、本当なのかちょっと不思議だった。
「……乗る、よ…」
 いざそれの上に乗る、と考えると腰が引けたけど。
 言ってしまった以上やらなきゃいけない気がした。
 数寄屋の上にまたがると、自然と足を開かなきゃいけなくて。
 自分のものが濡れていることもすぐに見られるんだけど。恥ずかしさより、欲しいって気持ちのほうが強かった。
「入る……かな…?」
 数寄屋のものを見てしまうとそれが中に収まるのかどうか、不安になった。
「今までも入ってるだろーが」
「そぅ…だけど…」
 だけどなぁ…。とためらいがちに腰を下ろそうとした時。数寄屋が深く息をはいた。
(…呆れてる…?変、かな?)
 片手で髪をかきむしる数寄屋の様子を上目遣いでうかがう。
 身長差があるので、上に乗っても僕は数寄屋と同じ目線になるだけで見下ろすことはない。
「悪ぃ」
 溜息混じりに数寄屋は突然そう言った。
「え?」
 謝られるわけが分からなくて首を傾げると、脇の下に手を入れられ持ち上げられた。
「おまえが入れるの待ってらんねぇわ」
 と数寄屋は僕を布団に再び押し倒した。
「元々あんま我慢強い方じゃねぇんだよ。それをあんだけ煽られるとな」
「ま、待って!」
 軽々と太股を掴まれ、足を数寄屋の肩にかけられた。
 さらされた場所に熱が押し当てられる。
「無理。今すぐ入りたい」
「ひっ…あぁ…」
 そこがぎりぎりまで押し開かれる。
 ねじ込まれる熱に、息が出来ない。
 苦しさと痛みにぎゅっと丸くなって固まってしまいそうになる。
「息を止めるな……痛むぞ…」
 耳元で囁く数寄屋の声も、うわずっていた。
 いつもならそこで一度入ってくるのを止めるんだけど、今日の数寄屋はもっと奥へと埋め込んでくる。
「要」
 触れるだけのキスをされ、僕はちらちらと痛み以外のものが生まれてくるのを感じた。
「あ…やぁ!っん、はぁ…!」
 苦しさで熱を失いかけていた前を撫で上げられ、先を指で擦られて背がしなる。
 あわだつ肌は気持ちいいからなのか、ねじ込まれている気持ち悪さからなのかもう分からない。
 ただをこねるみたいに頭を振ると、額に唇が落ちてくる。
 ふわりとした感覚に、一瞬だけ息が出来た。
 内蔵を押し上げるようにしてそれは、僕の奥に収まっていく。
 途中ぞくりと強い電気が背筋を走った。
「おまえ、ここ好きだな」
 からかうような数寄屋の声がしたかと思うと、中のどこか、熱い場所を突き上げられる。
 悲鳴も掠れてろくに出てこない。
「も…だめっ!」
 頭の中が白くなっていくのを感じて、訴えると数寄屋が舌打ちした。
「あと少し、待ってくれ」
 数寄屋の指は、熱を吐き出そうとしていたそれの根本を掴んだ。
 せき止められた激流が僕の身体の中で暴れる。
「やっ…おね、が…」
 腰が勝手に動いては、ねだるみたいに数寄屋のものを締め付けていた。
 それに抗うように緩急をつけて貫かれ、気が変になりそうだった。
 熱湯の中に放り込まれた氷みたいに、何もかもが溶けていく。
 イかせて、お願いだから、もう無理。
 そんなことを涙声でしゃくり上げる。
  「ふ、ぁ…っあぁ!」
 いつもより深い場所を突き上げられると同時に指が解かれ、視界が真っ白になった。
 奥に熱を叩きつけられ、びくんびくんと震えていた身体が大きく跳ねた。
 長い距離を全力で走ったような息苦しさに、ぐったりしていると数寄屋の身体がそっと重なってきた。
 重さがないのは、きっと体重を支えてくれているから。
「要」
 荒い息をしながら、囁く声。
 柔らかな響きに、蜜みたいに甘くて羽みたいにふわりとしたものが僕の中を満たしていった。


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