ゆらめくひかり 2





 帰ってきた父さんと向き合ってご飯を食べる。
 気温が上がってきて食欲が落ちてくる頃なので、ぴりっと刺激的なもので食欲を増進させようと。今日は豚キムチを作った。辛いものが好きな父さんは美味しそうに食べてくれるので、僕も箸が進む。
「今日、数寄屋が来てたんだけど、大橋さんに誤解をされたみたいなんだ」
「誤解?」
「僕が数寄屋に脅されて、ご飯を作らされてるんじゃないかって」
 脅されている、と言うと父さんがむせた。脅されてご飯を作る、というのが僕だけじゃなく、父さんにもとんでもない発想に思えたんだろう。
「数寄屋は、自分のガラが悪いせいだって言ってたけど。僕は大橋さんが心配性なんだと思う」
 数寄屋は茶髪でラフな服装をしているから見た目は僕とは大違いで、二人並んでいるとタイプが真逆だ。何より顔立ちも雰囲気だって、別世界の人みたいだろう。
 だから僕と一緒にいることが不思議なんだろうけど。だからって数寄屋が悪い人みたいに思われるのは納得出来ない。
「大橋さんは要が産まれる前から、父さんたちに親しくしてくれていたからね。母さんと友達だったのもあって、子どもである要を可愛がってくれているんだよ」
「分かってる。それは嬉しいよ。でも数寄屋が勘違いされるのは、困る」
 数寄屋はこれからも我が家に遊びに来るだろう。そして同じマンションに住んでいる大橋さんとも、今後ばったり遭遇するかも知れない。
 その度に数寄屋に変なことを言われるのは、僕だって嫌だ。数寄屋が我が家に来たくないと思ってしまうかも知れない、その可能性が寂しい。
「数寄屋君は背も高いし、大人びているからね。それに髪を染めているだろう?ちょっと怖く見られるのかも知れないね。髪だけでも黒に戻したらどうかな。それだけでも随分印象が違うと思うけど」
「……僕は、今のままでもいいと思う。そりゃ大人からはあんまり褒められる格好じゃないけど。でも格好良いよ」
 出逢った時から数寄屋の髪は茶色だった。定期的に染めているんだろう。黒髪だった頃を知らないので、思い描くしかないんだけど。黒髪より、やっぱり茶色の方が数寄屋に似合っているような気がする。
 それに純粋に茶髪の方がきっと格好良い。
(僕が、そういう風には慣れないから憧れる)
 数寄屋は僕にはないものをこれでもかってくらいに持っている。それが僕には眩しくて、時々数寄屋を見ているとすごいなぁって尊敬してしまう。
 見た目もそうだ。元々格好良いのに、更に目立つような見た目になっても、数寄屋は全く気にしない。むしろそれでいい、自分に似合っていると自信を持って歩いている。
「要は数寄屋君を格好良いって、憧れてる?」
「うん。僕も、あんな風に堂々と生きていきたい」
「そうか。学ぶべきところが多いね」
「うん」
「だけど髪の毛を染める時は、ちゃんと相談するんだよ」
「そういうお洒落なこと、僕は無理だよ。出来ない、似合わないし」
 そういうところじゃないんだ、と言うと父さんはどことなくほっとしたようだった。数寄屋に憧れているからって、僕がいきなり茶髪になったり、派手なTシャツを着始めたら、きっと父さんは慌てるだろうな。
 ちょっと面白そうだと思ったけど、これ以上父さんに余計な心配はかけられない。
「僕の見た目は、このままだよ。当分変わらないから」
「前髪は、もう少し短くてもいいと思うけどね」
「……それは、ちょっと」
 前髪が長すぎるのは分かっている。人の視線を隠すために、すだれみたいに目の前に下ろしてしまっている。人から見ると不気味で、あんまり良くない印象になるのは分かってる。父さんが、そんな僕を気にしていることも。
 だけどばっさり前髪を切るのは、やっぱり怖い。
「……ほんのちょっと、短くは、してもいいけど」
 数寄屋といる時は前髪をピンで留めている。露わになった目元や額も、数寄屋の前では平気になりつつあった。
 そうして親しくなれば他人の視線も気にならなくなる。それが初対面の人相手でも、少しずつ平気になっていくだろうか。
 これまでは無理だ、僕には出来ないと思っていた。
 だけど数寄屋と付き合って、数寄屋から好きだと言って貰えるようになって。ほんの少し、こんな僕でも大丈夫かも知れないと思えるようになった。
 前髪が少しだけ短くなっても、人との隔たりが薄くなっても、前よりかは怖くないかも知れない。
 ぼそりと呟いた僕の決意に、父さんが目を輝かせていた。だけど何か言われるのか照れくさくて、僕は「考えとく!」と強引に話題を切った。



 翌日、学校で深川にからかわれた。
「数寄屋が大橋さんに注意されたって?」
 にやにやと笑っている深川に僕はびっくりして、立ち止まってしまった。廊下の真ん中だったので、後ろから来た人がぶつかりそうになって、通りすがりに睨まれた。
 ぎゅっと肩を縮めて「ごめん」と謝る。原因である深川は涼しい顔だ。
「なんで深川が知ってるの?」
「数寄屋から聞かされた。大橋さんって知ってるかって」
 どうやら数寄屋は大橋さんにあれこれ言われたことを気にしてるようだった。同級生と言っても納得して貰えないようだったから、深川の名前を出したとは言っていたけど。わざわざ深川にその話を振ったようだ。
「もちろん俺は大橋さんとは仲良くして貰ってるし。要に近付くな、なんて叱られてもいないって自慢しておいたから」
「それは深川が幼馴染みだからだろ」
 深川が我が家に来るのは幼稚園の頃からだ。当時は母さんも生きていた。
 そんな年からずっと交流がある相手なら、大橋さんだって警戒したりしない。むしろ僕と同じような存在だと思って見守ってくれるだろう。
「自慢するようなことじゃない」
「数寄屋は悔しそうだったけどね。あいつが大橋さんに目を付けられたのは、見るからに素行が悪そうだからだろ」
「数寄屋はちょっと誤解されやすいだけだから」
 頭も良くて優しい人なのに、少し派手な格好をしているから年配の方から悪い子だって思い込まれてしまう。ぱっと見た時の印象だけで勝手に判断するのは良くないのに。
(ちゃんと付き合うと、数寄屋は本当に優しい人なのに。こんな僕を好きになってくれるところはちょっと変わってるけど)
「いや、数寄屋は割と見た目通りの人間だよ。要に対してが違うだけ」
「そんなことないと思うけど」
 僕にも父さんにも礼儀正しくて親切だ。深川に対して口が悪くなるのは、深川がからかってくるから、相手をしているとどうしても釣られるってだけだろう。
「やっぱり僕たちが二人でいると変だと思われるよね」
「そこそこね」
 大橋さんがわざわざ数寄屋に声をかけて注意したってことは、僕たちが二人きりでいると「何かしているのでは」と勘ぐられるということだ。ただの友達同士だと明らかに分かる組み合わせなら、誰も心配しない。
「僕のせいだ……」
 こんなにも頼りなくて、子どもっぽくて、騙されやすそうな人間だから。近所の人が気になって僕を守ろうとしてくれる。
 一人で何でも出来る、信頼出来る人間なら、数寄屋と一緒でも何も思われなかっただろうに。
「どっちのせいとかじゃないだろ。そんなの見ている人間の勝手な想像だ。要が気に病むことじゃない」
「でも」
「大橋さんはいい人かも知れない。だけど要が助けてくれって言ったわけでも、困った顔をしているわけでもないのに。人の交流関係に口を出すのは余計なお節介だ」
 ばっさりと容赦なく深川は切り捨てている。だけど僕は普段晩ご飯のおかずを分けてくれたり、田舎から送られてきたという野菜を分けてくれたり、家事の分からないところ、気になるところを教えてくれる大橋さんを、お節介だと思うのは気が引けた。
 僕を心配してくれるのは、優しいからだ。それを僕が台無しにしているような気分になってくる。
「僕たちは仲良しなんですーって言っておけばいいんだよ。別に何も悪いことなんてしてないんだから。まだ見慣れないから心配するけど、見慣れたら何とも思わなくなるかもよ」
「うん……そうだね。数寄屋が悪い子じゃないって、会う機会が増えていけばきっと分かるはずだから」
「まあ、良い子ではないと思うけどね」




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