ランチを奢ってあげるからと、崎田に強引にショッピングモール内にあるイタリアンに連れて行かれた。
 灯は逃げるかと思ったのだが、意外と抵抗もなく崎田に付いて行く。一体何の話をされるのかと久幸は身構えるのだが崎田は二人が浮かない顔をしていてもお構いなしだった。
 丁度昼ご飯の時刻ということもあり、崎田が選んだ店は八割埋まっていた。親子連れの隣のテーブルに案内される。
 一体何の組み合わせかと思われそうな三人だが。小さな子どもが騒ぐのに親の意識が取られているのが気の毒ながらも有り難かった。
「いつもこうして彼氏に奢ってるんですか」
 席に着くと灯はずばりとそう問いかけた。失礼に当たらないかとはらはらするような質問だったのだが、向かい側に座った崎田は機嫌が良さそうなままだ。
 灯が付いてきたことを面白がっているのかも知れない。
「最初はみんな奢ってくれるよ。でも次第に割り勘になってくの」
「お金がないんだって言い出して?」
「まあ、そんな感じ」
「パターンが決まってるんですか?」
「そうみたい」
 たかられている。
 そう分かるはずなのに、崎田はけろりとしている。
 そうしてお金を無心されることに慣れきっているようだ。彼氏とはそういう人種なのだとでも思っているのか。
(相容れない)
 この人の彼氏との付き合い方は、どうしても久幸には釈然としないものだ。
「好きなものを頼んでいいよ。男子大学生なんでしょう?いっぱい食べるよね。どんどん注文して」
「では遠慮無く」
 勧められた灯は久幸の分も次々注文していく。多少は遠慮した方がと久幸が注意すると「駄目駄目」と崎田に叱られた。
「いっぱい食べる男の子は見てるだけで楽しいから」
 崎田は嫌みなく嬉しそうな笑顔を見せてくる。その表情は人懐っこそうに感じられて、なるほどこういうところに惹かれる人はいるだろうと思わせるものだった。
 しかし崎田が惹かれるのは、ろくでもない男ばかりだ。
「そんなに急いで結婚しなくてもいいのでは?」
 つい久幸はそんなことを尋ねていた。
 もっと腰を据えて、相手が結婚相手としては大丈夫かどうかを見極めて結婚した方が間違いなく幸せになれるはずだ。
 崎田は水を飲もうとした手をぴたりと止めた。
「急いでるわけじゃないんだよ?だけどやっぱり結婚して幸せになりたいって気持ちはあって当然じゃない?だからどうしてもね」
「こんなに短いスパンで結婚離婚を繰り返してるのに」
「私って結婚してもすぐに駄目になるんだよね。どうしてかな。結婚したいって気持ちが色々目隠しをしてたからかな」
「分かってるんじゃないですか。崎田さんの彼氏って最低男ばっかりですよ」
 灯は肩をすくめている。言祝ぎで見てきただけに、崎田の婚約者に対しての評価が辛辣だ。
「どうして寿君にはそれが見えるの?」
「そういう才能です」
「私にもそういうのあればいいのに」
「あっても崎田さんはきっと気にしませんよ」
(気にしない?)
 最低男だと気付いても結婚すると、崎田はそう決断すると灯は見透かしている。何が根拠なのか。
 そして崎田も指摘されても涼しい顔だ。
「そうかな。せめて既婚者かどうかは見抜きたい」
「他は乗り越えてきましたよね。浮気、借金、暴力、詐欺、あとはヒモニート、ソシャゲーの課金中毒でしたっけ?」
「ヒモニート課金中毒は結婚してからだから」
(結婚後だったらセーフみたいな基準なのか。それでいいのか)
 そのどれも一発でアウトだと言うしかないものばかりだが、崎田にしてみれば一応セーフに入っているらしい。
「私って駄目男ばっかり捕まえるの。そもそも寄ってくるのがみんなそんなのばっかりで。ちょろい女だと思われているんだと思う」
 そう言いながらも崎田は落ち込んでいる様子がない。むしろ笑い飛ばしては、運ばれたサラダやパスタを受け取ってにこにこと食べ始める。
「結婚したい。結婚」
 口癖なのかと思うような愚痴を吐いた崎田に、パスタをたっぷり巻き取っていた灯が「ぶっちゃけ」と切り込む。
「崎田さんは結婚がしたいわけじゃないでしょう。結婚式がしたいんです。結婚なんてそのための手段です」
 結婚したいという崎田に水を差すような発言だった。
 久幸はフォークを持った手を止めて、隣にする灯をぎょっとした目で見てしまう。しかし灯は口の中に巻き取ったパスタを運んだ。んまいと満足げな呟きが聞こえてくる。
 結婚に拘泥しているじゃないか、という台詞が久幸の喉元まで出かかってくるけれど、それを止めたのは崎田だった。
「そうかな〜?まあ結婚式は好きだけど」
「だってそうでしょう。こんなにも結婚相手に対しての意識が薄い。結婚してくれる相手なら誰だっていいんですよ。むしろ駄目男の方が都合がいいんじゃないですか?だってすぐに別れられるし、別れても周りは納得する。そしてまた新しい相手を見付ければ結婚式が出来る」
(駄目男ばっかり好きになるんじゃなくて。その方が便利だって?)
 自分がどれほど駄目な男と付き合っていたのか崎田は冷静に語っていた。付き合っていた頃の情熱も、そして冷めた後の空しさと後悔のようなものも一切喋らない。
(相手に情も何もないから)
 崎田が繰り返すのは「結婚したい」の一点張りだ。結婚生活に対しての夢や希望は、一言も口にしない。
「……そんなに、結婚式にこだわりがあるんですか?」
「だって結婚式って素晴らしいイベントじゃない!ウエディングドレスを着て、綺麗に自分を飾って、みんなにおめでとうって言われるの。その日は私が主役。誰も彼もが私を見て、わぁって歓声を上げて、いつもよりずっと美人だって褒めてくれる。お幸せにって祝福してくれる」
 崎田は彼氏や婚約者について喋っていた時とは打って変わって、興奮しながら結婚式について語る。頬が紅潮する様は、それこそ好きなものに夢中になっている姿そのものだろう。
 あまりの変わりように面食らってしまう。
「結婚式がやみつきになったってことですか?」
「だって幸せになれるんだよ!?幸せは何度だって体験したいじゃない!」
 結婚ではない、結婚式の主役になること。崎田はそればかり頭にあるようだった。
 よほどこれまで挙げた結婚式が満足出来る、喜ばしいものだったのか。
(たとえその後離婚していたとしても?)
 別れた過去をいとも容易く乗り越えてしまうほど、一日しかなかったはずの挙式の時間が崎田を虜にしたのか。
 しかし結婚式をしたいがために結婚を目指し、灯に言祝ぎを求めるというのはあまり気分の良いことではない。何のために灯が真剣に祝福をしているのか、あの誠実さを無下にしているのではないか。
(だから灯は疲れていたんだ)
 自分は意味のあることをしているのだろうか。
 灯はそんな疑問を抱いていたのかも知れない。それでも崎田が今度こそ幸せになるようにと願って依頼を受けたのだろう。
 しかし今回の問題は崎田ではなく、婚約者にあった。
 あれでは崎田を諭すことも出来ない。
「そう何度も結婚式をしても、出席者が困るでしょう」
「ご祝儀はもう貰ってないから。出席してくれるだけでいいって伝えているし。お車代、美容院代、ホテル代だって勿論出してる。うちは成金だからさ、お金はあるんだよね。私もそこそこ稼いでいるし」
 パスタだけでなくピザもテープルに到着する。食べたがっていた灯の前に置くと目が輝いた。
 言祝ぎを軽んじられているようで、聞いていて愉快ではない話だろう。せめて美味しい物を食べて気分を変えて貰いたい。
「崎田さんは結婚式が趣味になってますよね」
 灯はピザを一切れ食べると多少口調が軽くなった。パスタよりピザの方が好きだからだろう。
「毎回結婚式のプランナーと細かく話し合って、こだわった結婚式をするって聞きましたよ」
「そう。次に使いたいプランも決まってるんだよ。だから早く結婚式がしたかったのに!」
 いくら結婚したいと思っても既婚者とは結婚出来ない。
 別れる時間を待っていられないと言ったのも、すでに結婚式のプランを決めていて、気持ちが急いているからか。
(本当に結婚式中毒だ)
「いっそ崎田さんがプランナーになったらどうですか?結婚式に関わる仕事をすれば、色んな結婚式を作れますよ」
「なんで人の結婚式なんて計画しなきゃいけないの。自分のじゃなきゃ意味ないでしょう」
 崎田は口元の笑みを消しては真面目にそう返してくる。この様子ではむしろ他人の結婚式は見たくないとすら言い出しそうだ。
 自分が主役というところが最も大事なのかも知れない。
「だからって結婚式は結婚相手とその親族が関わってくるんですよ」
「お金なら出すし、親族も綺麗な格好をして美味しい物が食べられるんだからいいんじゃない?それに欠席されても何とも思わないし。その辺は好きにして欲しい」
「親御さんが嘆いてますよ」
「えー、そろそろ諦めたって言ってたけど」
「究極の親心ですね」
 何度も結婚と離婚を繰り返す娘に、早く身を固めて欲しいという願いの元、灯に毎度言祝ぎの依頼が来ていたのだろうに。諦めたという一言が出てくるとは崎田の両親には同情を禁じ得なかった。


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