7 電気の消えた暗い部屋の中で、久幸と視線を絡ませる。そうしているとまだ内臓に纏わり付いている憤怒や、引き剥がされそうだと感じた時の衝撃が薄れていく。 「灯……何かあった?」 「ちょっと、変な夢をみた」 「俺も」 「え、ユキも?」 久幸は重々しく溜息をつくと、怠そうに身体を起こした。大学から帰ってきた時のように酷く憂鬱そうな表情を見せる。 「灯はどんな夢をみた?」 「俺……なんか嫌なものに引っ張られたから払いのけた」 久幸から離されそうになった、ということは口にもしたくなかった。 言葉にすれば否応なくその時のことを意識してしまう。冷たくて、寂しくて、自分が千切れてしまいそうなあんな気持ちにはもう二度と味わいたくなかった。 「そうか。ちゃんと払いのけられたか?」 「うん。どっかいったみたい。ユキは?」 「俺はよく分からないものに纏わり付かれた。甘ったるくて、生温くて、薄気味悪いものだった。身体の自由が利かなくなるみたいですごく嫌なのに、ぞくぞくした。不愉快だったんだが……」 久幸は気まずそうに言葉を濁しては、不意に髪の毛を掻き乱した。大きく息を吸い込んではゆっくり吐き出す。それがとても熱っぽくて、灯はそれをこれまでに何度も見たことがあった。 自分に向けられているところばかり、知っている。 「不愉快だったのに?」 「……サカった」 そうだろうな、と心の中で納得する。 落ち着かなそうに視線を泳がせては、軽く俯く。きっと電気が付いていたのなら、その瞳が欲情に少しばかり濡れているのも分かったことだろう。 灯はその表情を繰り返し見てきた。同時に、自分も同じ顔を久幸に向けてきたはずだ。 二人の欲情は、共鳴する。 片方だけが欲情したまま、もう片方が冷静さを保ち続けることなんて出来た試しがない。欲情を見れば、誘われるようにして手を出してきた。そして手を出されたいと、ねだってきた。 「なるほど?」 久幸ににじり寄る。そして下半身に触れた。スウェット越しでも、性器が硬くなっていることは手触りで分かる。 ついでに軽く先端を擦ってやると久幸が息を呑んだ。 「勃ってるな」 「……頼んでいいか?」 「よしよし。口でシてやろうか?」 自分で処理する、と言わずに灯に助けを求めたことに笑みが浮かんでくる。性欲の処理は互いにこれまで何度もしてきたことだ。頼ってくれるのは嬉しい。 口を開いて、口淫してやろうかと誘ったのだが久幸は首を振る。 「手を貸してくれるだけでいい」 「口じゃなくてもいいのか?こっちの方が早くて気持ち悦いのに」 お互いに口で性器を愛撫されることには恥ずかしさがある。口で抜かれるのは確かに気持ち悦いけれど、相手に完全に主導権を握られる上に表情を観察されるからだ。 恥ずかしいのでつい避けがちなのだが。早く気持ち悦くなりたい、とにかく快楽を感じたい、抜きたいという時はむしろ口でして欲しいと願うことの方が多い。 現状を考えれば何よりも快楽を優先すると思ったので、拒まれたのは意外だった。 「キスがしたい」 「なるほど。悪くない提案だ」 それには灯も同意したくなった。 久幸にキスをしながら、スウェットのズボンを下着ごと脱がせた。そして充分そそり勃っている性器に指を絡める。 「ん、んん……」 「っふ、あ」 夢中になって舌を絡め、唾液を混ぜ合わせながら口内を貪る。 久幸は相当焦れていたのだろう。灯の舌を食べてしまうのではないかと思うほど、濃厚な口付けを与えてくる。 口の粘膜が擦られる、くらくらするような刺激を味わいながら、久幸の性器を扱く。緩急を付けるまでもない。絞り取るように指で愛撫してやると、びくびくと脈打ちながら熱くなっていく。 心臓を握っているみたいだ。 硬く大きくなるそれは、すぐに限界を訴えてくる。 久幸の腰がもどかしそうに微かに揺れたのを見て、手つきを早めた。 「ん、んっ、あぅ」 「ん、イっていいぞ。ちゃんと、気持ち悦くなって」 ほら、と促しながら空いていた片手で根本の双球を軽く揉んでやると、久幸が全身を緊張させた。 「っ……あ、ぅ…」 声を詰めながら、久幸は灯の肩に顔を付けた。性器は震えながら精液を吐き出しては灯の手を汚す。 精液をちゃんと出し切れるように、灯は手つきをやや緩めながらもしっかり性器を最後まで絞ってやる。 精液が手を濡らしたおかけでぐちゅぐちゅと酷い音がしては、思わず口元が緩んでしまう。 「卑猥な音がする」 「ん、あんま、そういうこと言うな」 「もう一回シたくなる?」 「うん」 「シてもいいよ。シてやろうか」 性欲が溜まっているというのならば、もう一度や二度手伝うつもりだった。 むしろもっと久幸を気持ち悦くして、乱れる様を見てやろうと思ったのだが、顔を上げた久幸は思ったより冷静さを取り戻している。 「立て続けっていうのは、ちょっとな」 「休憩?」 こうして精液を出すということは、結構な運動量だ。寝起きでいきなりやると、さすがに疲れるのかも知れない。 「……夢を、見てたんだ」 熱を吐き出して頭が冷えたのか、久幸は深く息を吐くとそう言った。 「見た感覚があるだけで内容は全然思い出せないのに……最低な気分だった」 「じゃあ忘れたら?思い出すだけ嫌になるだけじゃん」 自ら不愉快な思いになることはない。 灯は久幸の膝の上に乗っては戯けるように肩をすくめた。深刻に捉えてはいけない。こんなものは大したことではないのだと笑い飛ばすくらいの気概でいるべきだ。 久幸は灯の気持ちに同調するように苦笑しては、灯の下着の中に手を入れて来る。それは久幸を愛撫している間に興奮してしまい、頭をもたげてしまっている。 「おまえも勃ってるな」 「そりゃあ……俺の手で奥さんがイってくれたわけだから?サカりもするよな」 「口で抜いてやろうか?」 自分が言った台詞がそのまま返ってきて、灯は久幸に顔を近付けた。 「手でいい。だからキスをしよう」 「最高の判断だな」 じゃれ合いながら唇を塞ぐ。先ほどより久幸の舌は優しかった。だが灯の性器を握る手は容赦がなく。性器の先端を指の腹でぐりぐりと刺激しては、灯がその度に自分の膝の上て腰を揺らすのを楽しんでいるようだった。 「ん、あ、ぅん」 舌を吸われながら、自ら久幸の手を求めて腰をくねらせる。 それが恥ずかしいことだという意識は、数分前にどこかに捨ててしまった。 気持ち悦くさせることは好きだ。けれど気持ち悦くして貰うことも、同じくらい好きだった。 「灯……」 熱の籠もった声に、いつの間にか閉じてしまっていたまぶたを上げる。自分だけを一心に見詰めてくれる久幸に、胸の奥が喜びで満たされていく。 (ユキが俺の人で良かった) 自分だけの相手で、唯一の存在で良かった。 五歳の自分がそう決めて、互いの縁を強固に結んだ甲斐があった。 けれどそれが分からない人がいる。 まして久幸が欲しいと思う者は多いことだろう。 夢の中で灯を引っ張っていたナニカも、きっと久幸を欲しがって灯を排除しようとしたのだろう。久幸に纏わり付いて欲情までさせたのも、きっと自分のものにしたいという欲望の現れだ。 久幸は母親が特別な血筋だ。元々目に見えない力の影響を受けやすい体質だったのだろう。その上赤子の頃から呪いを受け続けた。その蓄積は久幸の中できっと今も残されている。 だからこうして、誰かの欲望が夢に波紋しては久幸を惑わせている。 (でも、俺はそれを許さない) 正しくはこの体内で生きている、灯のさだめがそれを認めない。 間に割り込んでくる者を厳しく排除したはずだ。激しい拒絶と共に、強く撥ね付けては傷付けた感触があった。 人のものに手を出せば叱られるのは当然。 (これで懲りるといいんだけど) これほど久幸を欲しがっている誰かが、傷付けられたことによってちゃんと悔やむだろうか。諦められるだろうか。 (……あんまり痛い目に遭ってないといいけど) 久幸を情熱的に見詰めていた女の子を思い出す。他の誰も目に入らない、ただ久幸のことだけを思っている。 一途とも言えるようなその眼差しを灯は可哀相だと思う。 どれほど願っても手に入らないものを懇願する者は憐れだ。 「灯、何考えてる?」 久幸は愛撫の手を止めて、そう囁いてきた。顔を見るとむっとしている。 気持ち悦くさせようと頑張っているというのに、おまえは気もそぞろで何を思っているんだと不満そうだ。 「あ、ちょっと。いっ」 性器の根本をぎゅっと握られて、微かな痛みともどかしさに襲われる。どくどくと身体中が脈打って、大きな鼓動が鳴り響く。 それまで順調に登っていた快楽の山を、途中から縛られ動けなくされるともどかしい上に、苦しさが込み上げてくる。 「キスもしないで、考え事かよ」 「いや、だって、ほら」 「なに」 「どれだけ、誰かが、おまえのことを欲しがっても、俺しか、こんなこと出来ないんだなと思って」 灯はそう言いながら久幸の首に腕を絡めた。そして自ら腰を大きく振る。 早く、もっと扱いて、早く気持ち悦くさせて。 そう吐息のような声で久幸にねだると、溜息が聞こえた。 「そんな当たり前なこと、わざわざ考えるなよ」 「あっ、ん、あぁ」 久幸の手が再び性器を扱き始める。容赦がなくなった動きに、灯はあられもない声を上げた。 「っん、出る、でるっ、ユキっ……!」 「出せよ。全部、綺麗に、絞ってやるから」 久幸にキスをされ、灯は喘ぎ声を飲み込みながら身体を震わせて絶頂した。 next |