留守番 参



 夜が更けると一階の神棚のある部屋に布団を敷いた。とは言っても神棚のある部屋は自室の隣だ。眠っている際に邪魔が入らないように、いつでも家守の訪れを迎え入れられるようにと、元々自室があった二階から一階のこの部屋に下りてきた。
 今夜は二人きりということで、隣の部屋である神棚にわざわざ布団を敷いた。叔父も永里もいない家で、何事もなく夜が終わるとは最初から思っていない。ならば家守の機嫌が良いように、お膳立てをしても構わないだろう。それに悠里自身も、今日はそうだろうと朝から思っていた。
 高揚は夜の深まりと共に高まっていって、今更大人しく就寝したくない。
「今日はこちらで寝るのか」
 布団を敷き終わり、枕を定位置に置くと家守がからかうように声をかけてくる。常ならば布団の中に忍び込んでくる家守を待つだけの悠里が、自ら誘うように神棚の前に来たのが愉快らしい。
「俺が一人で寝てもいいの?」
 素っ気なくそう返事をしながら顔を上げる。
 心地良い風が吹いていたので障子は開けっぱなしで、廊下の向こうには庭が見える。丁度月が家守の背後に浮かんでいた。金色を背負った家守はくすりと笑った。
「まさか。だが寝るには少し早い時間だろう?」
 普段ならばまだ布団に入るどころか、風呂にも入っていないような時刻だ。なのに早々に寝る仕度が出来ている。その理由は家守にも明白だろうに、あえて確認するそのやりとりを面白がっているのだ。
 少し前までならば恥ずかしさに口籠もるか、八つ当たりに勝手に先に寝ようとふて腐れたかも知れない。
 だが朝から二人きりで過ごして、いい加減羞恥心も蕩けて使い物にならなくなっている。まして誰の目も耳もないという開放感が、悠里の口を軽くした。
「大人しく寝かせてくれんの」
 挑発的な言葉に、家守が膝を突いては距離を詰めてくる。
「悠里」
 甘やかな声音だ。それだけで高まりつつある身体の熱がまた大きくうねる。
 視線を合わせて、お互い何を求めているかなんて分かり切っている。言葉より強く、その眼差しが肌の表面を辿っていく。引き返せないところにすでに立っていた。
 家守は饒舌な男ではない。むしろ口数は少なく、その分その瞳で語る。雄弁な視線に息を呑んでは顎を引いた。これから行われるだろう行為が、圧倒的な快楽に犯されて自我を手放し、この男のものに成り果てる自分が怖い。なのに鼓動は早くなっていく。恐ろしいのに、期待している。
 何度味わっても、理解出来ない感覚に襲われていると、家守は悠里の葛藤を止めるようにして、部屋の照明を消した。
 いきなり暗くなった部屋に、枕元に置いてある間接照明を点けようと手探りでスイッチを探る。けれど家守にその手を取られた。
「月が出ている」
 囁く声に廊下へと視線を向ける。電気の明るさに慣れた瞳ではまだ暗がりに包まれている。だがしばらくそのままの見詰めていると、じわりじわりと染み込むように月の光が淡くこの世を照らし始めた。
 金色のまろい光の中で家守は悠里の髪を撫でてくれる。愛おしさを語る琥珀色に、自然と身体が家守へと寄り添っていく。
 家守と身体を繋げたばかりの頃は、部屋の電気を完全に消して暗闇の中で身体を拓いた。見られれば、見ていれば恥ずかしさばかり意識してしまった。
 視界に映る物全てが羞恥に繋がった。
 けれど家守の縦に細長い瞳孔は夜の暗さごときでは視覚を奪われない、と知ってからは間接照明を点けるようになった。家守は見えるのに、自分一人何も見えないというのが癪だったのだ。
 間接照明の人工的な明るさに目眩を感じる時もあるが。自分を抱いている相手が把握出来るという点では、納得している。まして家守の瞳が見える。
 そこにどんな感情が、思いがあるのか映し出されていた。
「……月の光だと、少し違うんだな」
「そうか?」
 暖色であっても電気の光は冷たいのだと、月の光を浴びていると分かる。真珠の表面のように光沢のある金色の光の下で家守は常より艶めかしい。昼間は穏やかな印象ばかりあるのに、夜の中では飢えている気配がする。しかもその飢えは危ないはずなのに誘惑だと嗅ぎ取ってしまう。
 危険なはずなのに、触れてみたい。口付けて、味わってみたい。ぞわぞわする官能にまだ何もしていないというのに、肌が粟立つ。
 ひんやりとした手が悠里の服に手を掛ける。上衣は一枚ずつ、焦らすように剥がしていくのに、ズボンは下着ごと一気に剥がれる。夜風に裸体を晒すとまだ肌寒さを僅かに感じる。
 ぬくもりを欲しがる態度など表に出していないのに手を引かれて、家守の膝の上に載せられる。正座をしている印象が強い家守だが、こんな時は必ずあぐらをかいている。そのため家守をまたぐと大きく足を開く形になる。
 そのまま身体を引き寄せられる。家守の肌はいつの間にかぬくもりを宿していて、あたたかい。
「障子は、開けっぱなしのまま?」
「誰もおらぬ」
「趣味が悪い」
 家守と向かい合った体勢では、庭がしっかりと見える位置になる。月の光に照らされた庭は意外とはっきり木々の輪郭が見える。金木犀の淡い香り、虫の声も聞こえてくる。
 常ならば締め切った空間で睦み合うというのに、これほど開放的では落ち着かない。
「誰もいないからって、露出狂みたいだ」
「私しか見ないのに。そう気にするな。どれほど声を出しても今宵は構わない」
 家族に聞かれるのが嫌で、タオルや自分の指、この体勢だと家守の肩を噛んで声を殺すこともあった。
 その恥ずかしさを今日ばかりは捨てろというわけなのだろう。
「おまえが聞いてるなら、気になる」
「つがいが啼くのを厭う雄などおらん。むしろ存分に聞かせてくれ」
 そんなことを思っているやつに聞かれるのが嫌なのだと、そう文句を言う悠里の口を家守は塞いでくる。
 守り神でもその唇は柔らかい。軽く触れた後はぬるりと舌で舐められる。誘われるままに口を開くと、舌が入って来ては独立した生き物のように器用に口内を愛撫してくる。
 歯列を辿り上顎を突く、口の中にある気持ち良いところ全てを一つずつ刺激して、悠里の中に火を灯していく。自由に動くのは舌だけではない。家守の指はいつの間にかローションを悠里の後孔へと塗りつけてくる。
 最初はローションなどという潤滑のための道具などはなく、台所にあるオリーブオイルを使われた。いくらバージンと書かれていても、口にしても大丈夫なものであっても、後孔に使われるのはびっくりしたものだ。
 ましてその後叔父がそれを調理に使っているのを見た時はあまりにも複雑な気持ちになった。二度と同じ思いはしたくなかったので、渋々ローションを通販で手に入れた。当初は家守に抱かれるのに抵抗感があったので、ローションが家に届いた時には家守に投げつけたものだ。
 家守はローションを気に入ったらしい。専用のものなのだから、オリーブオイルよりよほど都合が良くて当然だ。今夜もとろりとしたローションは悠里の中を緩く拡げるのに役立ってくれるらしい。
「ん……」
 長い家守の指が一本、中に入ってくると後孔が無意識に締まる。それが拒否感なのか、それとも期待しているのか。自分でもよく分からない。
「く、ん……」
 動物が鼻を鳴らすような声が零れてくる。
 わざとそうした音を出しているわけではない。なのに溢れてしまう。自分の喉から出ているのに、不思議だった。
 自分の喘ぎ声なんて聞きたいものではない。なので出来るだけ口付けを求めて不器用ながら舌を絡める。
 お互いの舌が区別出来ないほど口内で繋がろうとする。
 その間も後ろに指が入ってきては浅いところをうろうろと撫でている。気持ちの悪い異物感であるような、曖昧な気持ち良さをそっとくすぐられているような、はっきりしない刺激だ。
「っん……」
 不鮮明な体感に気持ちばかりが興奮していく。自分ばかり乱されているのが不本意で、悠里は家守の着物の裾を更に開いた。厚い胸板は完成された男のものだ。まだ幼さが残り、細く骨が目立つ自分の身体とは違う。それに羨望と多少の苛立ちを覚えながら、下履きに手を伸ばす。触れるとそれは大きくどくりと反応してくれた。そのまま下履きから雄である証を取り出してはやわやわと撫でる。
 家守が口の中で少しばかり息を呑んだのが伝わってくる。
「ふっ…んん」
 挑発するように悠里は自分の腰を家守に近付けて、掌に包んでいた雄と自身の性器をすりあわせる。
 熱が触れあうと、羞恥心と劣情が全身を包み込む。
 家守の目にそれはどう映るだろうか。
 それを考えるだけで興奮が駆け上る。
 浅ましいその光景に、家守は口付けを止めた。
「眼福だな」
 己の上に乗っているつがいが、自らの欲望を自分のものと共に手で扱いている。
 それがまんざらでもない様のようだ。
 家守の視線を突き刺さるほど感じながらも、悠里は手を止めなかった。
 大きく膨らむばかりの茎は、次第に先端から濡れ始める。じゅくりと音を立てながら手を汚しては、はち切れんばかりに育つ。
 自分のそれなんて見ていても何ともないのだが、家守のものと合わせていると特別いやらしく見える。
 恥ずかしいという気持ちが頭のどこかにあるけれど、家守が欲情していると感じるとそんなことはどうでも良くなる。
「っん……あぁ、ぃ」
 後ろに入っていた指が奥へと入り込んでくる。それは中にある部分を撫でてはゆっくり広げてくる。
 まだ的確な刺激は与えられていない。だが腰は揺れて、二本目を容易に飲み込んだ。
「こら、まだ締めるな」
 後孔が軽くひくついたのだろう。家守がそう揶揄してくる。だが悠里にとって無意識のことであり、止めようと思っても出来はしないことだ。
「んなこと、言って、あっ」
 無理と言いたいところで、指二本は悠里の中で抜き差しを始める。
 律動は家守が腰を打ち付ける時と似ている。だが今中にある指はそれとは比べものにもならないほど頼りない。
「前ばかりそういじるな。出してしまうだろう」
 体内にある欲情の塊にちゃんと触れてくれない。指は中をほぐすだけでもどかしくなる。だからつい茎をきつく擦ってしまう。分かり易い刺激に逃げる悠里を家守は笑った。
「なら、もっと…」
 もっと欲しい。そう囁くと中にもう一本指が増える。三本の指に引きつるような圧迫感に襲われる。反射的に息を止めると深いところまで指が忍び込んできた。
「ひ、ああ、っん」
 内側にあるしこりのような部分に家守の指がひっかけられる。それまで無視されていた快楽の塊をいきなり刺激され、悦が脳までせり上がった。
 声が上がり、背がしなる。
「本当におまえはここで良く啼く」
 家守は嬉しそうに笑ってはそこを撫で続ける。
「や、ゃぁ、イ…っん!」
 いきなりそんなに何度も引っかかれると、それだけで達してしまう。頭の中が真っ白になって、悠里は全身を震わせる。
 しかし家守は茎の根元をぎゅっと握ってしまった。白濁を出す開放感が押し止められる。
「っんん!家守、はな、っして!」
「出してしまうだろう?」
「や、やだっ」
 絶頂を堰き止められて苦しい。首を振って嫌がると、家守が手を止めた。
 解放されても、あと一歩の刺激がなければ出せない。崖っぷちで急に突き放されたような心細さに、悠里は潤んだ目で家守を見下ろした。
「なんで……あっ」
 家守は後ろから指を抜いてしまう。出て行くその感覚にぶるりと身震いした。
「自分で入れてご覧」
 囁いてくる優しい声音。だが内容は悠里にとっては到底優しいとは言えない。
 自分で雄を咥え込むなんて、どんな羞恥だ。そんな浅ましい真似は出来ない。そもそも雌扱いだって納得していない。
 そんな理性はあるけれど、気持ち良さを求めている身体は力の入らない足を叱咤するように腰を上げた。
 十分過ぎるほど猛っている家守の雄を手で支え、ゆっくりそこに腰を下ろす。
 切っ先が後ろに触れると、その膨らみに後孔が引き裂かれるところを想像して多少躊躇ってしまう。
 だが家守の目が飲み込むことを強いており、逃げ場などどこにもない。
「っく……ん…っ」
 衝撃を弱めようとゆっくり腰を下ろすが、それでも十分に苦しい。中が押し拡げられて、内蔵が押し上げられる。一方で内側を雄が擦り上げて、先端がしこりを押した時には声を殺すのが精一杯だった。
 腰を落とし息を吸うだけで肌がざわついた。奇異な、だが確かに快楽に変換される刺激がずっと淡く溢れてくる。その証拠として悠里の茎は萎えることなく、頭をもたげたままだった。
「……おまえの、苦しいんだけど……なんでもっと、小さくないの」
 雄のものは明らかに悠里より大きい。それを掴んでいる中に入れるなんて、つがいに負担かけるばかりだ。
 悠里の文句に家守は上機嫌で悠里の胸元を撫でる。男としては意味を成さないはずの胸の突起も、家守の指に弄られると落ち着かない心地になる。
「それもまた雌を喜ばすためではないか」
「短小の方が、ありがたいんだけど」
「つれないことを言うな。それにおまえの身体は素直に咥えているではないか」
 そう言いながら家守は胸の突起に軽く爪を引っかける。
「っん」
 くすぐったいような体感は、後孔に響く。ひくんと締め付けてしまっては恥ずかしさに身体の熱が高まる。
「慣れて、きたからだ。だから入るだけで、苦しいのは苦しいんだからな」
 後ろは入れられるまでに何ヶ月も時間をかけて拡げられてきたものだ。家守の努力の成果と悠里の従順さのおかげだ。
「そんなに弄らなくてもいいだろ」
「目の前にあると、ついな」
「馬鹿、っ」
 きゅうと軽くつねられて、家守の手を掴んでは止める。睨み付けると家守から口付けをされた。



 


TOP