留守番 四



「……ちょっと、珍しい目線だ」
 家守を見上げるばかりで、こうして見下ろすことは少ない。まして繋がっている状態というのはなかなかに体験出来ないものだ。
「そうか」
 家守はそんな返事をするけれど。分かってこの体勢を取ったはずだ。
「たまには良いだろう。何も気にすることはない」
 声を殺す必要も、万が一繋がっている最中に部屋に乗り込まれることもない。だからこそあからさまで、隠しようも逃げようもないこの形なのだろう。悠里自ら抱かれることを願っている様と、一目で分かる。
「存分に啼いてくれ」
 さあたんと、と言いたげに家守の言い方に悠里は苦笑する。人に聞かせたくない声であるのと同時に自分も聞きたいわけではないのだが。
「別に、喘ぎ声なんて出せと言われて出るものでもないと思うけど」
 そう言いながらも悠里は自ら腰を動かし始める。じっとしている間に中が雄に馴染み、圧迫感は薄れた。緩く身体を揺すると、精神を直に撫でられるような気持ち良さがじんっと染み込んでくる。
「ふ……ぁあ……」
 自分の好きなように腰を動かす。いつもならば家守に追い立てられて、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられて翻弄されるだけだ。
 けれど今は違う。自分が主導権を握っているような錯覚に高揚する。
 肌がしっとりと汗を掻いては、甘い香りの夜風が心地良い。
「は、っん…っんん」
 家守に背筋を撫で下ろされて内太股が小さく震えた。
「てか……これ、邪魔っ」
 家守の着物は合わせをはだけはしたけれど、肩から抜けていない。帯でまだ留まっているそれのせいで肌が密着出来ない。鬱陶しくなっては着物の帯を荒っぽく解こうとする。しかし着物など慣れないそれは、帯すらもすぐにはほどけない。
 思い通りにならない苛立ちと、もっと触れ合いたい気持ちに涙腺が緩んでくる。癇癪を起こす幼児みたいだと自分でも思うけれど、自制出来ない。普段ならば信じられない感情の揺れだ。
「家守っ」
「あい分かった。少し待て」
 どうにかしろと睨み上げると、家守はくすくすと笑っていた。面白がられたことに腹が立つが、帯を解いては着物を脱ぎ捨て抱き締められては、溜飲が下がる。
「家守、ね、触って」
 背中や尻を撫でるばかり家守の手を取って、自分の前に導く。
 後ろだけからという中途半端な刺激だけで緩く高ぶる茎をなんとかして欲しい。
「ちょっとだけ、ちょっとだけでいい。あんま、やるとイっちゃうから」
 強く愛撫されるとすぐに達してしまう。そんなの勿体ないと言うと、家守が肉食獣のような顔で笑った。爬虫類なのに、妙に凶暴だ。
「先に出してしまっても良いぞ」
 耳元に囁かれても頷けない。
「や、だ。だって、後辛い」
 一人だけ達してしまうと、力が抜けた身体に思うまま欲情を注ぎ込まれるということだ。それは快楽が強すぎて気が触れそうになる。
「辛くとも、気持ち良いだろう」
 愉悦を混ぜた声は容赦なく悠里の茎を握っては上下になぶる。
「ひ、ゃ、ああ!」
 突然襲いかかってくる快楽に悠里が悲鳴のような声を上げる。
 びくりと跳ねた身体は後ろを締め付けるのだが、中にあるものが一層膨張してはしこりを押す。どう足掻いても、何であっても悠里を追い詰めるものに変化していた。
「っんん、あ、あっん」
 自分で動いて、自分を苛んでいる。その当たり前の現実すら認識出来ない。後ろも前も、断続的な刺激が波になって覆い被さってくる。
 どんな痴態になっているのか、考えられるはずもなく。ただ声を出ていることだけは分かって、無意識に口を手で覆った。
 もはや癖になっていた。
 だが家守はそれが気に入らないようで、手首を捕まれては下から突き上げられる。
「っんぁあ!あ、あっ、ん、っう」
 揺れるまま、揺さぶられるままあられもない喘ぎ声をあげる。
 動けば動くほど家守の手によって茎はなぶられ、体内も突き上げられる。容赦なく貪られて浸食されていく。
「ほんに、良い声でなく雌だ」
 低く、熱の籠もった声で告げられ悠里はまたぞわりと全身が粟立つのを感じた。
 雌ではないと常に言っているというのに、抱かれている時にそう言われると異様なまでに煽られる。
 身体がそれを肯定しているみたいだった。
「や、やっ、あぁ!」
 そんなんじゃないと言いたいのに、殺すことの出来ない声は歓喜を表す。
 繋がっているところから溶けておかしくなっていく。
「や、もり、俺、っ」
「分かっている。堪えることはない」
 そう言う家守の声も上擦っており、この男も絶頂が近いのだと思うと意図として後ろを締め付けた。
 息を呑む気配がして、深くまで貫かれる。
「っぁあ!」
 絶頂に直接牙を突き付けられた。
 何もかもが真っ白になる。
 びくびくと内股が痙攣するが、それを責めるように家守は軽く動いた。中でぐちゅりと卑猥な音がする。
 数度貫かれ、茎からは精が吐き出される。
 家守の手と腹を汚してしまう。その代わり家守は悠里の中に精を吐き出している。お互い様ではあった。
 いつの間にか閉じてしまっていた目を開けて、浅い呼吸を繰り返す。
 雄を咥え込んで、気持ち良くなりながら中に精を出される。
 この状態に何故か安堵を覚えてしまっている自分は、確かに家守のつがい、この男の雌なのかも知れない。
 ぐったりと家守の胸にもたれかかると、少しばかり体温の低い肌に抱き留められる。
 離されることはないのだろうと何の疑いもなく思える感触だった。
 他の誰も、こんな安心感は与えられない。
 繋がったまま、家守は悠里の背中に腕を回しては包んでくれる。
 秋の虫の声が遠くから聞こえてくる。それまで家守と自分の呼吸や卑猥な水音しか聞こえなかったのに、現実の中に帰ってきたようだった。
 快楽の余韻に浸ってくったりと身体を投げ出している悠里の頬や喉に、家守は柔く口付けてくる。細長い瞳孔を宿した琥珀色の瞳が月の光を帯びている。美しく甘美な色にうっとりと見入った。
 間近で眼差しが絡むのが嬉しいとばかりに喜色を滲ませる家守に、悠里はぼんやりとした意識のまま溜息をついた。
「おまえさ……こういう時に人の顔を凝視すんの止めろ。見過ぎだ」
 自分のものを咥えて、腰を振っている悠里がそれほど面白いのか。家守はずっと悠里を見ていた。それは気持ちが良いと、言葉ではなく表情や身体で告げている様を堪能しているようだった。
 もしくはその視線で神経すら犯したかったのだろうか。
 雄が中で暴れ膨張している上に、家守の視線はずっと自分を眺めて煽ってくる。
 それはまるで四方から食いつかれているような気持ちだった。
「見ていたいからな」
 何が悪いのだと胸を張るのではないかと思うほど、堂々と家守は口にする。
「さすがに嫌なんだけど」
 家守は自分が好きであると、抱きたいほどなのだと知っているので、見たいと思う気持ちは否定しない。
 だが多少は遠慮というものを発揮して欲しかった。
 けれどその些細な希望に家守は意味ありげに双眸を細めた。それは先ほどまでの穏やかさを脱ぎ捨ててしまっていた。
「嫌などと思っている反応ではないが」
 むしろ喜んでいるだろうと言うような態度に、悠里は返事に窮した。
 抱かれている時、特に体内に火が付いてからは何であっても気持ち良いと感じてしまいかねない身体だ。
 快楽に弱いという自覚があるだけに、視線が不快であるかと訊かれれば何とも言いづらい。
「冷静になって思い出したら、さすがにちょっと、嫌だと思うけど」
「今必要でないものは放っておけ」
 家守は無情なまでにそう言い放ち、悠里の腰を両手で掴んだ。
 体勢を変えようとしているのだと分かり、悠里は腰を上げてそれを自分の中から引き抜く。
「ん……っ」
 内側を擦りながら雄が抜ける刺激に、小さく声を漏らしてしまう。感じなくても良いのに、どうしても無反応でいられない。雄が抜けきると、どろりとしたものが内股を流れ落ちていく。さすがに不快感を覚えて、枕元に置いてあるティッシュへと手を伸ばす。
 だが膝を突いて四つん這いになった悠里の背中にずっしりとしたものがのしかかってくる。
「家守、ちょっと」
 離せと言うのに家守の唇がうなじに触れる。ぬるりとしたもので濡らされる感覚に痺れのようなものが背筋を這い回る。
「んっ……」
 掌は胸元を撫で回していたかと思うと、肋骨を辿っては鼠径部へと下ろされていく。皮膚の薄い部分を撫でて引き波になった快楽を呼び戻そうとしているのか。しかし今更じわりじわりと時間を掛けて焦がすような欲を与えずとも良いだろうに。一度達した身体は些細なことでもすぐに反応してしまうのに。
「あ……っん」
 家守の舌が背骨の隆起を一つずつ丁寧に舐めていく。時折ちゅうと吸い付かれては上半身を支えている手から力が抜けそうだった。
「……家守、そこ」
 内太腿に触れた家守が、そっと茎に触れる。なのにすぐに手は離れた。ひくんと震えた腰に気が付いているはずなのに、知らぬ顔で淡い愛撫を続ける家守を振り返る。
 恨めしい視線を向けると、家守に後ろに引かれた。
「うわ、あ」
 バランスを崩されては腰だけを突き出した体勢に変わってしまう。下半身が家守と密着すると、固くなった雄が後孔に触れる。萎えていたはずのそれが力を取り戻していることに、悠里の茎まで熱くなった。
 家守はこの体勢が好きらしい。悠里の奥まで入れる上に、突き上げやすいからだ。なんとも野蛮で欲張りな理由だが。拒否するには、身体が応じすぎていた。
「声は殺さぬようにな」
 耳の裏にそう囁かれる。この体勢だと口にタオルか何かを咥えて声を殺すのも楽だ。だが今日はそれが許されないらしい。タオルの類いを手元から遠ざけられる。
「……どれだけ聞きたいんだよ」
「始終啼かせたいほどに」
「やだよ」
 羞恥心が耐えられそうもない。
 軽く足を開かされたかと思うと腰をつかまれ、家守が中に入ってくる。
 一度中で精を出された体内は、雄を再び咥え込んでも異物感はない。むしろ中を満たされる快楽の方が強い。
 脊髄に纏わり付くような小さな悦に全身が蕩けてしまいそうだった。
「は、ぁ……あ……ぅ」
「……悠里」
 半分ほど埋まった頃、家守が悠里の頭を撫でた。
「っん……なに」
 気持ちが良いとだけ思っていた頭で、やや舌っ足らずな声を返す。正気であったのならば決して出さないだろう音だ。
「大きめの姿見が欲しいのだが」
 は、鏡?と場違いな単語に、快楽に馬鹿になりかけていた意識がまともに動き出す。いきなり何を言い出すのだこの家守は、と怪訝に思い後ろを振り返って得心した。
 目が合うと家守は嬉しそうに、だがどこか嗜虐的に笑む。その顔に、悠里は脱力した。
「……駄目。ここに置くつもりだろ?何に使うかバレる」
 永里は絶対に分からないだろうが、あの叔父はいきなり姿見なんてものを部屋に置けば察することだろう。
 おまえこれで何見るつもりだ?いやむしろ見せられるのか?くらいの台詞は言い出しかねない。
「それにそんなの置き始めたら、いつか鏡張りの部屋とか作り出しそうだ」
「駄目か?」
「いいわけないだろ」
 そんな部屋が出来て、一体家族に何と言うつもりだ。
 鏡ばかりの部屋の使い道なんて、説明出来るとでも思っているのだろうか。
 大体性行為を楽しむためにそんな異質な部屋を制作しようと考えること自体、馬鹿げている。
「しかし、顔が見えぬのは勿体ない」
 至極悩ましいと言いたげに家守がぼやくので、悠里は溜息をついた。
「体位変えろよ……」
 少なくとも今夜は何も気にしなくていいのだから。どんな形であっても問題ないだろうに。
 睨み付けると家守は「では後で」と言ってゆるりと腰を動かした。
 後で、という台詞に反発する前に、奥まで入り込んできた雄に犯される快楽に溺れてしまった。


   ◇◇◇


「それで、俺に金木犀のシロップ漬けを作れと?」
 旅行から帰ってきた叔父に、お土産を貰う代わりに昨日家守と共に集めた金木犀の花を見せると、ものすごく渋い顔をされた。
「そんなに難しい?」
 晩ご飯はあれが食べたい、なんてリクエストも叔父は軽く受けてくれる。少し手間がかかるものは「面倒くさいんだぞ」と一言返って来るけれど、それでもここまで渋るのは大変珍しい。
「金木犀のゴミを取るのがものすごく面倒くさい。ちまちまと細かい作業がいつまでも終わらないし。何度もザルで洗わなきゃいけないし。母さんの手伝いをしてた時も発狂するかと思ったぞ」
 しかも結構採って来たな……と皿の上に山を作る金木犀に憂鬱そうだ。家守と面白がって摘んで来たのだが、やり過ぎだっただろうか。しかし金木犀の量が多い方がしっかりシロップに香りが付くと言われたのだ。
「まあ……秋の風物詩か。見た目も綺麗だし、風流だろう」
 叔父の中で面倒である気持ちと、甥の頼みを天秤かけてなんとか後者が勝ったらしい。
 もっと言うならば家守の手が加わっている点も大きいだろう。
「他に、何か変わったことはあったか?」
 保護者として、この家を管理する人間として、叔父は当然の質問をしてくる。けれど変わったことなどないだろうという確信がそこにはあった。悠里がいる家に大きな不都合が起こるなど、家守が存在している以上有り得ない。おそらくそう思っているのだろう。
 母と祖母を守れなかった。出来損ないの守り神だと家守は自分を卑下していたが。叔父にとっては全幅の信頼を置く相手らしい。
「何も」
 悠里はお決まりの台詞を言う。そしてそれに対する反応は「だろうな」という一言だった。
「……どうだった?」
 温泉饅頭を頬張る悠里に、もう一度似たような質問が投げかけられる。けれど先ほどと違って叔父は非常に控えめに、何やら複雑そうな声音でお茶を入れている。
 主語が抜けている問いかけに「何が?」と聞き返しても良かった。だが詳しく語りたくない悠里と、詳しく知りたくもないだろう叔父にとって、突っ込んだ会話は無意味だ。なので温泉饅頭をお茶で流し込んでは深く息を吐いた。
「うちはしばらく安泰だろうな」
 身体の節々はぎしぎし鳴っている上に、まだ後ろには違和感が残っている。
 そもそも眠りについたのは月が沈む頃であり、今朝とは到底言えない昼過ぎに目が覚めた。そこから昼ご飯を食べて手持ち無沙汰になったなと思った悠里の心境を読み取ったように、家守の手が伸びてきた。
 そこからあっさりと身体は仰向けにされて、足を開かされた。真昼の光が差し込む部屋で抱かれるのは抵抗感があったけれど「誰もいない」という家守に押し切られた。
 完全に堕落した休日だ。高校生が過ごす内容ではないだろう。しかし家守に望まれていたのだから仕方がない。
「それは何より。お役目ご苦労さん」
 そう言って叔父は悠里の頭をくしゃりと撫でる。
「……別にお役目じゃないけど」
 そう呟いた声は小さく、叔父は聞き取れなかったのだろう小首を傾げた。けれど重ねて告げる気持ちにはならない。
 それは家守だけが知っていれば良いことだ。






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