春の巡り 参



 晩ご飯はやっぱり焼き肉になった。岡井がよく通っているという焼き肉屋に四人で行ったのだが、叔父は懐かしいと零していた。あの家に入る前までは岡井と共に行っていた店かも知れない。
 美味い物をたらふく食べることが出来る上に岡井にも構って貰えた永里は始終上機嫌だった。悠里にしてみれば岡井が永里の相手をしてくれるおかげで、反抗期の矛先を向けられることも、無駄な衝突をすることもなかったので非常に楽だった。叔父と兄弟の三人で過ごしているとどうしても接する機会や必要性が出てくるため、永里とも摩擦も起きやすい。岡井が一人いるだけで随分空気が円滑に回っているようだった。
 叔父もどことなくほっとしているのが分かる。
 この空間は四人にとってそれぞれメリットがあるのではないだろうか。そんなことを改めて考えながら悠里は肉を食べていた。
 夜になって布団を敷いて寝ようかと思った頃、廊下に影が差した。部屋の照明は落としルームランプだけしか付けていなかったので、その影はとても膨らんで見えた。夜そのものがひっそりと逢いに来たかのようだ。
 障子を開けると家守が立っていた。
 青磁色の着物は背筋をすっと伸ばした逞しい体躯によく映えている。灰と黒が混ざった不思議な色合いの長い髪。遙か年月を眠りながら過ごした濃厚な琥珀色の瞳、その中には一筋の縦に長い瞳孔がある。
 人ならざる者の証だ。
 家守は手に一升瓶とお猪口を二口持っていた。
「……春になると持って来るな」
 悠里の呟きに家守は淡く微笑んだだけで、黙って部屋に入ってきてはどすんと一升瓶を置く。そして障子をぴったり閉めては、大きな一升瓶を傾けた。掌に包めば潰れてしまいそうなほど小さく繊細な飾りが刻まれたお猪口に直接酒をついでいる様は、いつ零れるかとひやひやするような光景だ。
 とくとく……と酒がつがれる軽い音に悠里は仕方がないと深く息を吐く。腹をくくり家守の前に正座した。
 悠里が数え年で十八を過ぎた年の春、家守は今のように酒を持って悠里の部屋にやってきた。日本の法律では飲酒は二十歳になってからだ。なのでそのようには言ったのだが家守からは「十八は人間同士でもつがいになれる年だろう。つがいになれば成人であるとも知っている」と返された。
 事実男子は十八歳で結婚が出来る。そして結婚すれば未成年であっても成人したと見なされるのだが。だからといって未成年の飲酒が禁止されているのは成長の妨げになるからであって、法律云々とはまた別の問題なのだが。悠里は説明するのが面倒なので、拒むよりも家守に差し出された酒を飲んだ。
 あまり頻繁に飲酒を勧められるのならば止めなければいけないと思ったのだが、家守は「春の間に一度だけ酒を差し出す」と教えてくれた。
 春の訪れを知らせる決まりのようなものだと思えば、そう目くじらを立てるようなものでもないだろう。
 守り神につがれた酒を受け取ってはくいっと一度で飲み干す。アルコールは焼けるような熱さで悠里の喉を通りすぎて胃に収まった。酒の飲み方など分からない上にちびちびと飲んだところで時間がかかるだけだ。飲んでいる間じっと見詰めてくる家守の視線も痛い。
 喉を鳴らして飲み終わると次は家守のお猪口に酒をつがなければいけない。気を付けていても一升瓶から少量の酒のみをつぐのは難しく、悠里は多少零してしまうのだが家守は機嫌良さそうに笑っただけだった。
 家守は手を濡らした酒を舌で舐める。赤いそれがちらりと見えると身体の奥が疼いた。けれどまだその時ではない。
 家守は悠里とは違いゆっくりと味わうようにして酒を飲んでいる。
 夜はひたすらに静かだ。この家には叔父も永里もいるはずなのに家守と自分しかいないようだった。庭からは桜の花びらが落ちる音すら届いてくるのではないかと思わされる。
 家守は酒を飲み干すとまた悠里のために酒をつぐ。
 橙色の明かりに照らされた部屋の空気が、密度を変えていく。触れられてもいないのに、家守の中に取り込まれているようだった。
 三度目の酒を飲み終わり、悠里はお猪口を自分の傍らに置いた。家守が掌を差し出してもお猪口を渡しはしなかった。返杯を拒む悠里に家守は双眸を細めてはようやく身を乗り出してきた。
 丁度良いとばかりに悠里が敷いた布団の上に、悠里を押し倒す。唇が塞がれては、酒を舐めていた舌が口内に入って来た。
「ん、んん……」
 ぬるぬるとした舌が口内をまさぐるように、家守の手が悠里のパジャマを剥ぎ取っては素肌に触れてくる。ひんやりとした家守の手は、夜になればぐっと寒くなる春の夜にはまだ冷たい。どうしても身体は強ばり手から逃れようとしてしまう。
 だが家守は身を縮める悠里を気にすることもなく、下肢へと指をしのばせる。閉じていた足を掴んではその隙間でまだ萎えているそれを包み込む。
「っ、ん、んん、う」
 下肢はまだ少し冷たい指に怯えた。けれどゆっくりと扱かれるとどうしても熱を持っては堅くなっていく。じわじわと高まる欲情に肌は自然と熱くなってしまう。それは家守の手にも伝わり、のしかかってくる家守の身体はいつの間にか自分と同じだけのぬるさを持つ肌になっていた。
「あ……っう、ん」
 身体が火照ると家守は下肢の間にある茎への愛撫を一時的に止めた。
 しっとりと汗ばみ始める悠里の肌を愛でるように、家守の手が頬や喉、そして胸元や腹などを撫でる。順番がおかしいのではないかと思うのだが、悠里の熱を自分に伝わせて体温を同じにするために、手っ取り早く茎を弄るのかも知れない。
「……くすぐったい」
「愛らしいな」
 身をよじって抗議すると、家守はそう嬉しそうに言った。喜ばせるための台詞ではないのだが、と軽く睨み付けると家守が口付けを落としてくる。小さな苛立ちは到底分かって貰えそうにない。
「ん、っぅ、なあ、なんでそこ」
 家守は数度唇に吸い付いたかと思えば、今度は悠里の胸の突起に舌を絡めた。くりくりと舌先で突起を弄ばれる体感は、肌を撫でられるのとは別のくすぐったさといたたまれなさがある。
「悠里が愛らしい声で啼くところの一つだろう?」
「そんなことない、俺はいつもそんな風じゃない」
「堪えずとも良い。愛らしい子」
「っんあ!」
 からかいながら家守は突起に噛み付いた。鋭い痛みが走るのに、すぐにじんっと痺れるような快楽に変わる。それは家守が言うことは正しいのだと証明しているみたいだった。
「やだ」
「何故嫌がる。気持ち悦いのならばそれで構わないだろう?」
 喋りながら家守が指で突起を摘んでくる。それを止めようとした手を家守が掴み取る。
「俺は男なんだから、そこが好きっていうのは、おかしいだろう」
「どこが好きでもおかしくはない。気持ち悦いと感じることだけが全てだろう。それにおまえは私の雌だ」
「男って言う度に、そうやって訂正するの、どうかと思うんだが」
「人間のしがらみは関係がない」
 悠里が自分を男だと言う度に、家守は悠里は雌だと主張する。人間としての性別を突っぱねられると、人間である悠里は釈然としないものがあるのだが。家守はその件に関しては強情だった。
「家守、そこばっかりじゃなくて」
 胸の突起ばかり愛撫する家守の長い髪を引っ張った。最初に快楽の火を灯されたきり放置されている茎が、期待に頭をもたげている。じれったい刺激ばかり与えられ、悠里は我慢もせずに催促をする。
 家守は悠里が求めていることが分かっているくせに、顔を上げては「どうした」と尋ねてくる。その目がすでに笑っている。
「下、舐めて欲しい」
 酔いが回った頭は、羞恥を簡単に投げ捨てる。常ならば戸惑い、多少は言葉に迷うというのに今夜はすんなりとねだることが出来た。家守は滑らかになった悠里の唇に機嫌を更に良くしたらしい、笑みが深くなる。
 足を持ち上げられ、家守の目に秘所が全て晒されているのだと思うと少しは恥ずかしさも戻ってくるけれど、それよりもこれから与えられるだろう悦楽に対する期待の方が勝った。茎がまた膨らむのを感じては、自らで自らを煽っているようだと思う。
「え、ちがう、そっちじゃない……!」
 家守は茎ではなく後孔へと舌を這わせる。後孔を唾液で濡らされ、舌先が中に入り込もうとしてくることに、驚いては足を閉じようとした。けれど家守の手がそれを許さない。
「家守!」
「濡らさなければ中には入れんだろう」
「だからって舐めることない!汚いから!」
「汚いなどと思ったことはないが。ここも舐められてひくついている。気持ち悦いのだろう」
 指摘され後孔がもどかしげにひくんと動いたことを感じてしまう。舌がちろちろと入って来る感覚は、否応なく家守のものを咥え込む時を彷彿とさせた。
「悦くない、だって、入り口ばっか!」
「奥に欲しいか」
「ぅ………あ……っ、はい」
 違うと言うだけの度胸はなかった。むしろ腹の奥がひくついて仕方がないのだ。雄を入れられて、激しく掻き混ぜられて気持ち悦くなることを学んでしまっている身体は、もっと明確な快楽を欲しがっていた。
 少し前までならば抱かれることに、男としての矜持が辛うじて抵抗感を示していたけれど。抱かれ続けることによってそんなものは消え去ってしまっていた。
 所詮生き物は気持ち悦さには勝てない。
 恥じらいながらも頷いた悠里に、家守は喉を鳴らす。そして後孔から唇を離したかと思うと今度は茎を咥え込んだ。
「ひぁ、あ、っんん」
 後孔に指を差し入れ、注挿をしながら茎に舌を絡めてくれる。茎を絞るような口の動きに、悠里は腰を跳ねさせた。
「あ、あっ、ん、ぅん」
 後孔の中にある指が、快楽の固まりであるしこりを指で弾く。その度にびくりと大きな刺激が悠里の全身を駆け巡った。茎に直結しているその部分を家守の指が軽く引っ掻く度に、声が漏れては肌が焦げるようだった。
「だめ、でる、でるから!」
 指が二本に増やされて、体内が掻き乱される。同時に家守は頭ごと動かしては茎をしごく。膨張する欲情を留めることは出来ず、悠里は泣き出しそうになりながら訴えた。けれど家守は悠里の声に愛撫を強めては容赦なく茎を絞る。
「あ、んっ、ああぁっ!」
 下肢を震わせて悠里が白濁を吐き出す。家守は一滴すらも逃すまいと茎の先に吸い付いては白濁を口の中に受け取る。
 後孔に入れられたままの指を締め付け、悠里は絶頂に浸る。快楽に犯されている悠里の姿を、家守の細い瞳孔が見下ろしていることを、肌で感じていた。
 恍惚としたその眼差しに愛撫されているようで、悠里は甘やかな快楽を味わっていた。


 


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