三章 7 神のごとき位置に奉られていたとしても、クオンはもう慣れてしまっているのだろう。 忌々しげなラルから視線を逸らすだけだった。 クオンの感情が見えない。 いつだってそうだ。 クオンは自分の意識を秘めてしまう。考えていることを一切表に出そうとしないのだ。 それを粉々に砕きたい。けれどその壁をクオンは幾度壊してもすぐに戻してしまう。 「そういえば、食事の最中に奇妙な空気になったけど」 平然を装うことに長けている人が数時間前にも見せた様子を思い出し、ラルは問いかけた。 「ケイガの者たちが君を見て驚いていた。あれは何?どういうことだい?」 まるで時を止めたかのようにケイガたちは口を閉ざしてクオンを見た。けれど視線を集めた人は何の表情も見せなかった。 その代わり片手を緩く上げてその場の異様な緊張を解くようにと仕草だけで促した。 エルベリルの者は誰一人その意味が分からなかった。 クオンと共に暮らしているネフィですらその場を計りかねたらしく、ラルの視界の端で僅かに首を振った。 自分には分からないことを、ケイガたちは知っている。 その事実に腹の置くからぐつりと怒りが沸いてきた。 「……大したことではありません」 クオンはラルから視線を外したまま答える。 硬い声は拒絶以外の何者でもない。 「どういうこと?言えないのかい?」 ケイガたちは知っているのに。ラルには言えないのか。 その命を握っているラルには、その身体を開いて中に入り込んですらいる相手には教えられないことなのか。 それほどラルを拒んでいたいのか。 怒りはラルの中で膨らんでいく一方で、自然とクオンへ距離を詰めた。 「何故知りたがるのですか」 クオンはじりと足を後ろに下げようとする。だがそこはベッドの端だ。最初から逃げ場などない。 「君のことだから」 クオンのことであるのならば知りたいと願う。 初めて会った時からそうだった。この身体も心も、クオンを作り出している要素を把握していたいのだ。 「どうでも良いことです」 問い詰めるラルにとうとうクオンは困惑の表情を浮かべ。ちらりと上目遣いでラルを見上げた。 だがその眼差しには誤魔化されない。 「僕にとってはそうじゃない」 どうでも良いことなんてクオンに関しては存在していないのだ。 何度だって言っているはずなのにクオンはいつまでも隠していようとする。 それがもどかしくて、ラルはクオンを力づくで抱き締めた。 妹を抱き締めていたクオンの腕は、今はラルを引き剥がそうとした。その違いに苛立ちが募り、何か言われる前にその唇を塞いだ。 「っん!」 硬直する身体を感じながら、唇をこじ開ける。 縮こまっている舌を吸い上げて吐息すら奪った。 このまま心まで引きずり出せないものだろうか。 (身体を繋げても君の内部までは全然見えない) それは時間が経てば分かるようになるのだろうか。それともずっとこのままなのか。 それは嫌だと願う気持ちが強くて、自然と貪るようにクオンの口内を蹂躙していた。 舌を絡め取ってはきつく吸うので、いつかクオンの舌は痺れるのではないだろうか。 「このまま妹たちを呼んであげようか?」 耳元で囁くとクオンの手がラルの腕を掴んだ。 ケイガたちは、自分の国核がこの部屋で何をされているのかきっと知らない。 「自分の兄がどうなっているか、国核がどんな顔で足を開いているのか。見せて上げようか?」 クオンの顎を掴み、自分と無理矢理瞳を合わせた。 そこには驚愕と小さな怒りが滲んでいる。 凛然としている姿ばかり見せているクオンが、自分に押し倒され、足を開かされてどんな声で啼いているか。ケイガは誰も知らない。 潤んだ双眸が見つめるのはラルだけで、他の何も見ないのだ。 「僕は見せびらかしたいんだよ。君は僕のものなのだと」 ケイガのものではない。セキエのものでもない。クオンはラルのものなのだ。 誰にも渡しはしない。 狂気に捕らわれることになろうとも迷いなど欠片もないのだ。 「…あまりにも非道い」 クオンは口惜しいという響きでラルにぶつけてくる。 だがそれにラルは喉で笑った。 「道理など知ったことか」 そんなものを知っていたのなら戦など仕掛けはしなかった。 求める答えが得られず、ラルはクオンの服を乱雑に剥ぎ取る。 抵抗する手を払いのけ、身体を押し付け、身をよじる動きは喉元に食らいつくことで大人しくさせた。 恐怖でこくりと鳴った喉にすら欲情を煽られる。 (本当にケイガを呼んで来ようか) 長年クオンを慕っていただろう者たちに見せつけてやろうか。 ラルの名を呼びながら精を吐き出す嬌態を、眼前に突き付けてやろうか。 そうすればケイガたちはどうするだろうか。 クオンが哀れだと嘆くだろうか。それとも敵国の国核に抱かれて達するクオンを浅ましいと言うだろうか。 「ネフィに連れて来させようか」 本気でそう考えた時、決断される危険を感じ取ったのかクオンがラルの肩を力強く握った。 痛みすら覚える力に手を止めると、クオンの目尻が染まっていた。 (もう感じてるのか。感度の良い身体だとは知っているけれど、幾ら何でもそんなに赤くなるのは早いな) 昨夜抱いたばかりだけどまぁ良いかとベッドに押し倒そうとすると、戸惑いながらクオンが口を開いた。 「本当にどうでもいい、くだらないことですよ…?」 それは問いかけの続きらしい。ようやく言う決意が出来たのだろう。 「落胆しますよ?」 念押しをされるが、クオンの事を知るのに落胆する心配は無駄だ。 「いいから言ってよ」 そんなに前置きをするなんて何だろうと怪訝に思っていると、クオンが深く俯いた。 そして耳がほんのりと染まっていく。 どうやら目尻が染まったのも、欲情したからではなく羞恥のせいらしい。 「……好きではないんです……あの、香味が」 ぼそぼそと後ろめたい言い訳のようにクオンは告げた。 「…香味野菜のこと?」 あの時クオンが何を食べていたの思い出すと、ちょうど香味野菜を口に入れたところだった。そういえばあれを見てケイガたちは凍り付いたのだ。 「嫌いなの?」 想像していたことと大きく外れた結果に、さすがのラルも瞬きをしながら言葉を続けた。 「匂いが強すぎて…口の中に入れるのは少し抵抗が。食べなければ何とも思わないのですが」 どうやら匂いが嫌だというより、匂いの強いそれを食べることが嫌らしい。 あまり美味しいと感じるようなものではないのでラルにもその感覚は分かる。 しかし食べ物の好き嫌いだったとは。 (どうりでどうでもいいことだなんて言ったわけか) クオンは自分にあまり頓着しないものだから、自分の味の好みなんてくだらないことだと思ったのだろう。 「それをあの四人は知っていたから。なので不思議そうにしたのでしょう。でも、だからと言ってあんな顔しなくても」 最後は少し恨めしそうに呟いた。きっと周囲の反応が大きいことに恥を覚えたのだろう。 可愛い人だと思うと同時に、ラルはとあることに気が付く。 「あの香味野菜。今までも出したはずだけど?」 クオンと一緒に食事を取ることは多くなく、大抵は朝食だ。 だがその朝食にもあの野菜は出ていた。ネフィがクオンの苦手を把握していないのだから仕方がない。きっとクオンは好き嫌いを訊かれても素直に言わなかっただろう。 「わざわざ言うようなことではありませんので」 (やっぱり。言ってないのか) 食べたくない物くらい気楽に言えば良いのに、どうしてクオンは何もかも身構えるのか。 「僕はそういうことが知りたいんだよ。教えて欲しいのに」 クオンにとっては他愛もないことであっても、ラルにとっては大切なことなのだ。 食べたくない物を食べさせたくはない。好きな物を美味しく食べて欲しい。少しでも楽しんで欲しい。 ここにいて良かったと思え。そんな無理は言えない。だが微かでも喜ばしいことがあれば良いと願う。 「他は?」 「え」 「嫌いな食べ物は他にないの?」 尋ねるとクオンはぽかんとした顔を見せる。 涼しげな様を常としているクオンにしては珍しい表情に、自然と口元が緩んだ。けれど小首を傾げては先をねだった。 「香味野菜以外で食べたくないものとかは?」 「あの、そんなには」 「ないの?後で君の妹に訊いてもし判明した場合は寝室に君の妹を入れるけど」 どういう状態で、という説明はしない。先ほどの脅しからしてタイミングは察せられることだろう。 「いきなり言われても……その」 クオンはやや青ざめながらも思案するように明後日の方向を見た。自分の嫌いな物くらいすぐに出てきそうなものだが、元々そんなに数が多くないのかも知れない。 ラルは待っている間が勿体なく感じ、クオンの服を剥がす作業に戻る。 「あの、海草とかはそんなに好きじゃないです」 自分が答えないのでラルが焦れていると勘違いしたのか、クオンは慌ててそう話し始める。 「へぇ意外。海は君のところの方が近いだろうに」 エルベリルは海に面している場所が少ない。きっとケイガの半分にも満たないほどだろう。 そのケイガの国核であったクオンが海草が苦手というのが、面白かった。 「ぬるぬるしているのがちょっと苦手で」 ふぅんと相づちを打ちながらその表現はなんだか卑猥だと思った。 そういうことをしようとしている最中だからだろうか。 「他は?」 「そんなに矢継ぎ早に言われても出てきません」 参ったというように弱音を吐くクオンに「じゃあ」と笑みを向けた。 「好きなものは?何が好き?食べ物だけじゃなくて色んなものでもいいよ」 そう言いながらラルは気分が向上していくのを感じた。 もっと知りたいのだ。 そう思う。だがラルの手は求め始める気持ちに従順に、クオンの肌を探り始めた。 「待って下さい、これじゃ」 服の隙間から手を差し入れて、ラルはクオンの下肢に触れる。ざわりと肌がその手に応じるのを感じた。 強張る身体はきっと、このままでは喋れなくなることだろう。けれどとてもではないがクオンを離してやる気にはなれなかった。 「じゃあ、また後で教えてよ」 熱を上げる身体を持ち余し、ラルは舌なめずりをしながらそう告げた。 その「後」が一体いつになるのか。 そんなことまでは考えられはしなかった。 next |