二章   6




 ベッドに背中を預け、何度も眺めた天井に目をやっていた。
 螢石の光が淡く、部屋を照らしている。
 先ほどより個数を減らしているので随分薄暗い。
 だがそれでもこの身体を見ることくらいは出来るだろう。
 ラルはクオンの肌、特に傷口に触れた。
 そのたびに微かに痛みが走る。だか止めることはなかった。
 好きにすればいい。
 この身体どころか、この命はラルが握っているのだ。
 クオンはただ身体を投げ出していた。
 あたたかく、渇いた掌。
 ずっと昔にはその手を握って逃げた。何の躊躇いもなかった。
 あの気持ちは、今どこにいってしまったのだろう。
 鎖骨、肋骨を辿り、腹の傷にはさすがに直接触れることはなかった。
 包帯が巻かれているので直に触れられないからかも知れない。
 戦でラルの剣がかすめた傷に舌が這わされる。
 かさぶたすら剥がれたその後は、うっすらと赤みが残っていることだろう。
(自分が付けた傷に、何を思うのか)
 この人は、自分の剣の痕に何を思うのか。
 細められる双眸は、どこか満足そうですらあった。
 太股に手が降りて、下肢に指が絡まるとクオンはその手を止めた。
「必要ありません」
 抱くと決めたのならそうすればいい。
 クオンが何をどう感じているのかなんて考えることもなく、己が満たされるようにだけ動けばいいのだ。
 だからクオンに悦を与える必要なんてない。
「必要だよ」
 クオンの制止も聞かず、ラルはそこをそっと包み込んだ。
「いえ、そんなもの」
 陵辱すればいい。痛みだけを与えればいい。
 他のものはいらない。
 優しさもあったかさも気遣いもいらない。与えられるほうが苦しい。
「いいから。大人しくいい子でいて」
 前を軽く掴み、ラルはそう囁いてくる。
 過敏な箇所を掴まれ、力を少し込められただけで身体は緊張した。
 痛みには耐えられる。戦の場でも痛みには慣れていた。けれど快楽はどうか分からない。
 こんな悦は与えられたことがない。まして、ラルの手からは。
「っ…」
 上下に動く手から、意識が離せない。無視すればいいなんて、簡単に割り切れるものではない。身体はクオンの気持ちに関係なく、そこに血流を集中させていく。
 逃げようとする腰を感じるのか、ラルはクオンの上にのし掛かるような体勢を取る。体重がかけられ、軽く眩暈がした。
 体温に浸食される。
 止めてくれとうわごとのように呟く唇は、無情にもラルに塞がれる。
「っん……ふ」
 茎は手で、舌は同じく舌で蹂躙される。
 柔らかく、時折痛ませるように力を込めて。本能的な恐怖に強張るクオンを楽しんでいるようだった。
 口内で自由に動き、まれに舌を吸われ、噛まれ、クオンはすがるようにシーツを掴んだ。
 隠そうとしていた精神が引きずり出される。
「っあ……」
 茎の先端を指の腹で擦られ、ひくりと腹筋が震える。
 何度も繰り返されると、先にばかり意識がいき、抑えていたものが滲み出るのが感じられた。
「ぃ」
 やだと言わせて貰えない。
 そんなことは聞きたくないと言わんばかりに声を飲み込まれる。
 喉から体内に舌が入り込んでくるのではないかと思われるほど、ラルの舌はクオンの中を探る。
 とろりと体温から、肌から、溶けていくようだった。
  (痛みでいい)
 こんなあまやかな感覚はいらない。
 唇から唾液が溢れ、舌が絡まる際に水音が零れる。けれどそれ以外の箇所からも濡れた音が聞こえてきて、クオンは泣きたくなった。
 身体は快楽に従順らしい。
 そんなことすら、今初めて知った。
「っん…んん」
 どくりどくりと鼓動に共鳴する茎に全身が熱くなる。
 背中や、太股にじわりと汗が滲む。
 発熱しているかのようだ。
 だが最も熱いのは脳髄の奥だ。
 口付けの合間、ふと唇が離れた際に息を吸い込もうとした。
 けれど口からは「っぁ、あっ」というみっともない声が溢れた。
 それはラルの手の動きと呼応していた。
 無意識で発したその哀れな声に、クオンは目を見開いた。
 自分でも驚いたのだ。だがそれに反してラルはくつりと喉で笑った。
「っ!んっ」
 クオンの限界が近いことが、声で分かったのだろう。
 手の動きを更に早めては、ちらりと下肢を見下ろす。
 浅ましく頭をもたげ、先端を濡らしている茎がその瞳には映っているはずだ。
 昼間は淡々とし、感情を見せない者が。同性に触れられて乱れている。
 その違いは、この人の目にどう映るだろう。
 嘲りを覚悟する。だがラルはそんなことは口にせず、自分の唇を舐めた。
 そして太股を掴んでは今より大きくクオンの足を広げさせた。
 欲情がよく見えるように。
「っ!」
 羞恥で声が出なかった。ただ、顔面に熱が集まるのが感じられる。
 そしてラルは体勢を変えて、下肢に顔を寄せる。
「止めて下さい…!」
 そんなもの、再び口に入れるつもりか。
 二度目を許してはいけないと思って身体を起こそうとするけれど、その前に腰を取られてラルの方へと引かれた。
 膝をついて背中がベッドから離れた時、それはすでに口の中に入れられた。
 神経ごと舐められる、異様なまでに悦の強い感覚。
「…っ…!」
 声を殺すことは出来たけれど、それ以上身体に力を入れて逃れることが出来ない。
 それまで茎を握っていた手は、後ろに這わされる。
 何をされるのか、考えるまでもない。
 後孔に微かに濡れたものを押し付けられる。何故濡れているのかは探りたくなかった。
 指先が埋め込まれるだけで、クオンの身体は強張る。
 異物感は不快にしかならなかった。
 しかしラルはその抵抗を指で感じ、舌では茎の裏を舐めていた。
「っぁ…ぁ」
 刺激の強いそれに吐息が漏れる。
 悦で身体が緩むのか、指が中へ中へと入っていった。
 内蔵がせり上げられる感覚。茎に吸い付かれる刺激。
 その双方が混ざって、頭は混乱していた。
 気持ち悪い、気持ちがいい。
 その二つしかない。痛みなんて、とうに消えていた。
(こんなはずじゃない)
 激痛だけで良かった。こんな戸惑いばかり貰っても、どうしていいか分からない。
 乱れる呼吸を吐くことしか出来ないなんて。
「ひ、ぅ……っん…」
 指は周囲を撫でながら容赦なく入り込んでくる。
 嫌だという身体に宥めるように、ラルは茎の先を口内で包んでは舌先で舐める。
 とろりとろりと溢れてくるものがあるだろうに。嫌がりもせず、むしろまれに吸い上げてくるのだ。
「は……ぁ」
 気が付けばクオンの視界にはまた天井が映っており、身体が倒れているのが分かる。
 しかしもう逃れることも出来ない。
 下肢から、犯されていく。
 圧迫感が強くなり、おそらく指が増やされたのだろうと思う頃には異物感ですら薄れていた。
 律動を緩く繰り返しては、己が入る時を待っているのだろう。
「もう、いいですから……」
 丁寧に馴らされる必要なんてないのだ。
 引き裂かれても構わないのだから。
 そう訴えると、ラルは返事の代わりにでもしたかったのか、茎の先、丸みを帯びた部分に唾液を流し込むのように舌先で割ってくる。
「ひぁ!」
 霰もない声を上げると、すぐに舌は離された。
 一瞬視界が真っ白になり、意識が飛びかけた。
 高みに押し上げられ、達する時を願うように腰が揺れる。その劣情は後孔にくわえられている指から感じ取れただろう。
「入るのかな」
 ラルは埋め込まれている指をゆるりと動かしながら、そんなことを言った。観察されている感覚に背筋がぞくりとした。
「狭いよね。切れたりしないかな」
「構いません」
 冷淡に、何も望んでいないような声を作ろうとした。けれど散々浅くなったこの吐息では、そんな素振りを見せようとしても無理があっただろう。
「傷ばっかりになるね」
 そう言いながら、ラルは後孔から指を引き抜いた。
 開放感が訪れるが、それはすぐに押し当てられた熱によって遮られる。
 指とは比較にならない、その質量。
 入るのだろうか。純粋に謎だった。
 だがクオンの疑問に構うこともなく、ラルは中に入り込もうとクオンの足を持っては肩に引っかけた。
 嬌態にクオンは唇を噛む。恥辱ならすでに与えられ続けている。
 今更だ。
「っ…」
 裂かれる。
 入り込んでくるものにそう思った。
 ぴりぴりと限界まで広げられ、それでも収まらないものが皮膚を切り裂いてくる。
 痛みが全身を駆けめぐり、快楽とは違う嫌な汗が噴き出すようだった。
 だがクオンは止めなかった。
(これでいい)
 痛みでいい。
 ラルも締め付けられて苦しいのだろう。眉を寄せては呼吸を乱している。
 だが双方引くことも、何かを口にすることすらなかった。
 言葉が無駄であることを感じ取っているのだろう。
 静寂の中で呼吸だけが響く。
 入り込んで、内蔵を押し、皮膚を裂き、痛みだけを植え付ける。意識ではそれで良いと思っていても身体はそれを拒否する。だからそこから意識を反らそうとするうように手首を噛んだ。
 痛みを分散させてしまえばいいなんて、浅はかなことが頭を過ぎった。
 ラルは休むこともせず、無理矢理奥へと入り込んでくる。
 痛い痛いと身体は泣き、拒絶するように後孔を締めた。それでも、割り込むのだ。
 苦しいばかり、痛いばかり。だがこれで良いと納得出来る。
 しかし奥に入り込んでくる際、ぞくりぞくりと痛みに混じって別の感覚が入った。
 それが何であるのか分からず、クオンは視線を揺らした。
 間近でラルがこくりと喉を鳴らしたのが感じられる。
 そこに、何かあるのか。
 自分の身体なのに、何なのか分からず戸惑いが生まれる。
 だが追求しようとは思えなかった。
 激痛で意識は半ば麻痺しているのだ。
 早く終われ。
 ただそれを願う。
「クオン……」
 腹の奥にまでラルが入ったのを感じると、名前を呼ばれた。
 こんなに近くで視線を合わせたくない。だから普段なら呼ばれても返事はするけれど、顔を上げたりしなかった。
 だが今は油断していたのだ。
 痛みや異物感ばかり意識していたから、促される声に従ってしまった。
 その先にある眼差しがどんなものであるのかも知らずに。
(…止めてくれ)
 なんて色をしているのか。
 とろけそうな翠が、見つめてきていた。
 ぎらぎらと欲情を隠しもせず、欲しい欲しいと訴えている視線。
 この身体の奥、骨まで食らいつくそうとしている欲。
 戦場で交えた瞳とよく似ている。だがあの時と圧倒的に違うのは、そこにやわらかな。
(止めてくれ。お願いだから)
 そんな優しさが混じった色で見ないで。
 ぎりぎりまで緊張していた糸が、意志が、ぷつりと音を立てて切れた気がした。



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