ゆらめくひかり 6





 水族館はお弁当を食べ終わった後、そう時間もかからずに回りきってしまった。これでもゆっくり歩いていたのだが、水族館自体あまり広くないからだろう。
 ショップでお土産を買って帰ろうと言い出した数寄屋が、僕はちょっと意外だった。そういうものはあまり興味が無いのかと、思い込んでいた。
「近所のおばちゃん連中にでも買って帰ればどうだ?」
 数寄屋は大変分かり易い、水族館の名前が書かれたクッキーの詰め合わせを指差している。
(そういうのは泊まりの旅行に行った時とかに買うものじゃないかな……)
 電車で一時間半で辿り着ける水族館に行った際、ご近所に配るものだろうか。自宅ならば、父さんはご機嫌で受け取ってくれそうだが。おばちゃんたちには、そんなに楽しかったのかと笑われてしまいそうだ。
「もしかして大橋さんに言われたこと、ものすごく気にしてる?」
「いや」
 否定しているけれど、お土産から視線を外さない。数寄屋がそこまでご近所さんの評判を気にする必要はないと思うんだけど。数寄屋としては不本意だったのかも知れない。
「数寄屋もお母さんに買って帰れば?」
「はあ?めんどくせえ」
 嫌そうな顔をしながらも、一番小さなおまんじゅうの詰め合わせを買っている。今度お母さんが遊びに来た時にでも渡してくれるだろう。
(日持ちもするみたいだし)
 数寄屋が持っている箱の裏側を見せて貰い、賞味期限を確認する。数寄屋は賞味期限などは全く気にしないようだが、僕は食べ物を買うときは目を通す癖があった。
 スーパーなどで買い物をしている内に身についた習慣だ。
「おまえ、ぬいぐるみとか好きそうだな。買って帰るか?」
 ラッコやペンギン、イルカのぬいぐるみが並べられているスペースで数寄屋がそう提案してくる。大小様々なサイズのデフォルメされたぬいぐるみたちはとても可愛い。ペンギンなどはふわふわの材質をしているので手触りも良いだろう。
「おまえの家ならデカいのを置いてても邪魔にならないだろう」
 五十p近くあるだろう大きなラッコを手に取って、数寄屋に差し出される。けれど僕はそれを受け取らなかった。
「ううん、邪魔になるよ。置き場所に困るし、埃になる。飾っていると掃除する時に動かさなきゃいけない。汚れちゃうから洗濯するのも大変だし。こういうのは買わないようにしてる」
 見ているだけなら可愛いで済むけれど、生活空間の中に入れるとなると話は別だ。僕の部屋に置くには大きすぎるし、リビングに飾れば掃除の邪魔になる。埃の元になられるのも困る。
 そもそもぬいぐるみの類は洗濯するのが大変だ。内部まできっちり乾かすのに数日かかってしまう。
 可愛いだけでは買えない。
「あ、そう……ならキーホルダーは?」
 数寄屋は勢いを落として、次はキーホルダーーと移っていく。じゃらりと並べられたキーホルダーは小さな子どもが好きそうな愛らしい動物のデザインから、海を連想させてるアクセサリーに似た作りのものまである。
 比較的大人しそうなものを数寄屋は見ていたけど、僕は「うーん」と唸る。
「キーホルダーをつけるものがないかな。鍵は全部キーリングに通してるから、キーホルダーを着けるとじゃらじゃらして重くなっちゃうし」
 キーホルダーを着けると邪魔になってしまうだろう。僕は鈍くさいから、あまり余計なものを増やすと、玄関を開ける際に手間取ってしまう。
 出来るだけシンブルに、手を取られないように身に付けるものは少なめにする。それが僕がこれまでの経験で学んだことだ。
「そうか……記念品とか買わないタイプだなおまえ」
「そうかも」
 こういうところは楽しいと思って満喫はするけれど。記念だからといってあれこれ気分によって飾り物を買い込んだりはしない。せいぜい食品を買って、家で食べるくらいだ。
(あ……)
 数寄屋の言葉数が減って、どことなくしょげたように見えた。
 それまであれこれ忙しなく動いていた視線も、ゆっくりとした動きになったのが察せられる。
(もしかしてデートの記念とか欲しいタイプなのかな)
 二人でデートらしいデートを初めてした日だ。記念日と言われても間違いないだろう。
 そんなイベントに、何かしらの形を持って帰りたい。家に残しておきたいと思う人がいてもおかしくはない。
 ただ僕の個人的な感覚ではそういうのは女の子が多いかなと、思い込んでいた。
 数寄屋はさっぱりとした性格だから、そういうものも別に気にしないんじゃないか、なんて心のどこかで判断していたんだろう。
(がっかりさせたかも)
 数寄屋の、そういう可愛らしい気持ちを僕は次々切り捨ててしまったのかも知れない。もしそうだとすれば可哀想だ。何より数寄屋のそういう気持ちは僕も嬉しい。
(やっぱりキーホルダーを買って帰る?だけど本当に邪魔になったり、落としたりすると逆に落ち込みそうだし)
 他に何か、と探すけれどぴんと来るものが見付からない。邪魔にならない、数寄屋も好きそうなもの。出来ればお揃いなどがいいだろう。その方が記念として印象深くなる。
(……置き時計)
 デジタル時計の文字盤にクラゲがふよふよと漂っている。数字の邪魔にならないよう、うっすらとではあるけれど、淡い深海に時間経過と共に浮かぶクラゲの姿は綺麗だ。
 十五センチほどの横幅はさほど邪魔にならないサイズだった。
 数寄屋の部屋には時計らしいものがない。いつもスマートフォンで時間を確認しているらしい。大体手元に置いているので、それで問題がないらしい。
 だけどわざわざスマートフォンを手に取って、画面に触れて、という作業が面倒ではあると零していた。それでもまだ時計は買っていないらしい。
「これとか、どうかな?数寄屋の部屋にこういう時計はないでょう?僕の部屋はこの前時計が壊れたんだ。だから丁度いいんだけど」
 正しくは電池がなくなってしまったので、入れ替えればまだ使える。だけど小学生の頃から使っていたそれはそろそろ薄汚れて端っこも欠けていたので、新しく買い替えても良かった。
(値段も千円だからお手頃だ)
「駄目かな?」
 小物に関して数寄屋の好みがどんなものであるのか、僕はあんまり把握していない。
 部屋に散乱してあるものを思い出しても子どもっぽいものは見当たらなかったかな、という程度の認識だ。
「置き時計はないな」
 数寄屋はそれを取っては「まあ、いいんじゃねえ?」と返事をした。合格点は貰えたみたいだ。
「お揃いだ」
 こういうものは初めて、と呟くと数寄屋が固まった。
「そうだな」
 視線を外した数寄屋は難しそうな顔をしていた。もしかして嫌だったのだろうかと、僕が言葉に迷っていると手が伸びてくる。
 頭を撫でられて驚いてると「レジ」と素っ気なく言われた。
(もしかして、照れるのかな)
 まさか、と思っている間に数寄屋はさっさとレジに並んでしまい、僕は慌ててその後ろに付いていった。



「デート、どうだった?」
 週明けの月曜日。朝の通学時に深川に借りた服を返した。紙袋を受け取った深川はにやにやとした笑いを隠しもせずに問いかけてくる。
「楽しかった」
「それは何より。水族館とか、デートの王道じゃん。他にもカップルがいただろ」
「うん、でも親子連れの方が多かった」
「弁当も作っていったんだろ?」
「美味しいって言って貰えた」
 いつもの飯も美味しいが、弁当も美味しい。数寄屋は箸を進めながらそう断言してくれた。
 おまえの飯が一番美味しいという誉め言葉まで貰って、その日は一日浮かれていたと思う。
「数寄屋も楽しかったって言ってくれたんだ」
 帰り際、自分だけが楽しかったのではないかと、少し気になったので尋ねたのだ。数寄屋もあれこれ話しかけてくれたし、面白がっている素振りは見せていたけれど。内心は僕に付き合ってくれているだけじゃないかと、デートが終わってしまう寂しさがちょっとした不安を生み出してしまった。
 だが数寄屋はそんな問いかけをされたこと自体意外だったらしい。「すげえ楽しかった」とあっさり言ってくれた。
「見りゃ分かるだろ」という呆れ顔が、僕の心をふわふわに柔らかくしてくれる。
「深川にもお土産を買ってきたから。紙袋の中に入れてる」
「は?いらないよ!僕だって水族館くらい行くから!」
 近所の人にお土産を買うなら、ついでに服を貸してくれた深川にもお礼として買っておくべきかと思ったのだ。深川は水族館の生き物たちが描かれたパッケージの箱を見ては「うわっ、おかき!せめてクッキーにしろよ!」と文句を言ってくる。
「で?要は何か買ったの?」
「置き時計を、お揃いで」
「へーお揃い。ペアグッズ、へーへー」
 間違いなくからかっているだろう深川の笑顔に、恥ずかしさが込み上げてくる。よく考えてみれば、数寄屋とお揃いだなんて他人からしてみれば、バカップルみたいなことをしたんじゃないだろうか。
「駄目かな……ペアグッズとか、置き時計とか」
 僕の自室の机の上に、あの置き時計は飾られている。勉強をする時に何度もそれを見ては、水族館での出来事を思い出して顔を両手で覆っていた。
 何故当日より、思い出している時の方が照れてしまうのだろうか。
「駄目じゃないけどさ。同居したら、部屋に同じ置き時計を二つ置くことなって、被るね」
「えっ」







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