クリームパン 大学の教室でコンビニの袋を広げる。 数時間前、登校する際に寄って買ってきたものだ。 中から午後ティーとクリームパンを取り出した。 ついでに授業に関連のある本でも読もうかと思ったら、すぐ隣に誰が座った。 他にも席は空いているというのに、誰だろうと思ってると学部が同じ生徒だった。 同じ授業を取っていることが多く、いつの間にか親しくなっていた。 「恭一」 「おまえ今日の昼飯それだけか?」 クリームパン片手の俺に、恭一は珍しそうな顔をした。 そう言う恭一の手にはコンビニ弁当だ。 「いや。他にもまだパンはある」 でもまずはクリームパンだと思ったのだ。 「おまえがそんなの食ってるなんて珍しいな。今日は弁当じゃないのか」 そう指摘され、俺は思わず口をつぐんだ。 ぱりぱりとビニールを破って、まずは一口かぶる。 安いクリームパンならまだパンの部分だけしか食べられないところだが、このパンはクリームの部分が出てきた。 ふんわりとして柔らかなパンに包まれて、とろりとクリームが溢れる。 バニラビーンズが含まれているクリームは少し色が濃いように思われた。それと比例するように、濃厚な甘さが広がる。 だが舌にまとわりつくような味ではなく、ふわっと広がった後はすんなり喉へと下がってくれた。 嫌味のないクリームだ。 「俺、クリームパンってそんな好きじゃないけど。これは結構いけるな」 ぼそりと呟く。 するとコンビニ弁当についていた箸をぱきりと割った恭一が不思議そうな目で見てきた。 「好きでもないのになんでそれ選んだんだ?」 「……弁当が…ないから」 一度は流した話題だったが、俺は二度は流せなかった。 恭一をちらりと横目で見る。こいつは俺がようちゃんと暮らしていることを知っている。しかも同居ではなく、同棲であることも。 バラした理由は、恭一もまた男と付き合っていると知ったからだ。 さすがにまだ俺がオカマのバイトをしているということは知らないと思う。水関係のバイトだってことはもうバレてるだろうけど。 「喧嘩でもしたのか?」 恭一は俺の視線に気が付いて、そう尋ねてくる。 今朝から抱えていたもやもやは、もう限界まできていた。 「昨日の夜。ようちゃんが仕事抱えて帰って来てさ」 俺は溜息をつく。それは別に珍しいことじゃなかった。 会社で仕事を処理しきれなくなって家に持って帰ってくることは結構ある。勤務時間が終わっても仕事をしていると残業代がかかるから、早く退勤しろと言われるらしい。でも仕事は残っていて、仕方なくってやつ。 「珍しくないことだけどさー。せっかく家にいるんだから構って欲しいと思うだろ?だからついついちょっかい出してさ。いつもなら後どれくらい待ったら相手してやるって言うんだけど。昨日はそれすら言ってくれなくて」 どうも昨日は勝手が違った。 「鬱陶しいから黙ってろ。大人しくしろの一点張りで。でも仕事が終わったら構ってくれるだろうと思って犬みたいに忠実にそれ守ってたら、何時間も放置してたくせにパソコンの電源落としたかと思ったら風呂入ってそのまま寝ちゃってさー…」 あの時は呆然とした。 ちょっとくらい相手して欲しかった。せめてほっといて悪かったとか、もう疲れたから寝る。とか、そういう言葉が欲しかった。 無言で、しかもぴりぴりとした雰囲気のまま一人で寝ることはないだろう。いくら疲れたからって。 「すげぇむかついてさ。一人で不貞寝だよ。今朝もまだ気持ちが収まってなかったから、今日俺が弁当作る番だったけど無視してずっと寝てたんだよ」 「だから弁当がないのか」 「ようちゃんに声かけられたけど、それも無視して。仕返しってわけじゃなかったけど」 結果的にそうなった。 ようちゃんは朝起きたら食事と弁当が出来ていると思って、弁当当番の時より遅く起きただろう。 あの時間に起きたら弁当を作っている時間はない。家にあるもので適当に朝飯をとって、出勤するくらいの時間しかないのだ。 それも分かっていた。 案の定、弁当を作った形跡はなかった。 ようちゃんが出ていった後の静けさに包まれて、ベッドの中にいた俺の苛立ちは次第に別のものに変わった。 「なんか、時間が経てば経つほど。なんかもやもやすんだよな。あんなことしなきゃ良かったって」 ようちゃんは家で仕事がしたかったわけじゃない。仕方なく、渋々やっていたのだ。なかなか終わらない仕事を前にしてるのに、横から遊んでくれなんて言われたら鬱陶しいのは当たり前だろう。 仕事なんて、投げ出して許されるものではないのだから。 「ようちゃん…怒ってるかな」 俺のこと、身勝手だって思っているだろうか。昨日構わなかったくらいであの態度は大人げないって呆れているだろうか。 「俺のこと、嫌いになったりしてないかな……」 口に出すとなんとも情けない台詞だった。弱々しい気持ちだ。 だがそれが本音だった。嫌われたくない。好きでいて欲しい。それはいつだって俺の願いだ。 「気になるならメールで送ったらどうだ。ごめんなさいって」 「そんなこと送っても、別にいいって返ってくるだけだ。わざわざメールで怒ってくるような人じゃないし」 そもそも、ごめんと言われて相手を責められるような人じゃないことは知ってる。ましてメールを打つなんて、そんな手間をかけて怒る人じゃない。 だけど、嫌な気分はすぐに消えたりしないだろう。うやむやにしたって、ようちゃんの中に積もってしまう。 「じゃあ帰ってからそれとなく謝れば?」 「…俺、今日バイト…」 「あー。んじゃ次会えるのは明日の昼か」 今夜から明日にかけて、夜中に働いている。次に会うのは俺が目覚めた時になるんだけど。 「それまで相手の気持ちが分からなくて、ずっともやもやした気持ちのまま過ごすのってキツイ」 「キツイな」 今すぐ会いたい。会ってどう思ってるのか訊きたい。怒っているならごめんなさいと言いたい。あんな態度とってごめんなさいって。怒ってなくても言いたい。弁当作れなくてごめんなさいって。 「……今、何考えてるかな…」 「さあな」 「クリームパン食っても、分からないんだよな」 「なんでそこでクリームパン」 恭一は箸を止めて怪訝そうな顔をする。 「ようちゃんが好きなんだよ。シュークリームとか、クリームパンとか、カスタードクリーム系の食べ物」 俺はあんまり好きじゃないけど。ようちゃんは美味しそうに食べる。 甘いものをそんな風に食べるなんて。まるで子どもみたいだと思った。 普段は冷静で、子どもっぽいところなんてないから。すごく印象的だった。 「甘いな……」 クリームパンを囓るたびに、口の中にクリームの甘さが広がっていく。 今の俺は、とてもじゃないけど嬉しそうに食べることは出来そうもなかった。 もうひとつのクリームパン お昼の時間になっても、席は立たない。 視線は画面に向けられていた。 移動する時間も勿体ないような気がするのだ。 ここ数日前から仕事が詰まっているのだ。 飯ならパソコンの画面を見ながらでも食べられる。 「あれ、今日は弁当じゃないんですか」 会社の後輩がそう声をかけてきた。 「ああ」 「珍しいですね。彼女と喧嘩でもしたんですか?」 そう言って後輩がからかってくる。 俺は後輩の顔を見ることはなく、だが渋い表情を作る。 「彼女なんかいないって何度言ったら分かるんだ」 「可愛い子と同棲してるんでしょう?」 「親戚の大学生だ。しかも男。言っただろうが」 俺はこいつに何度も同居しているのは男だと言っている。 親戚っていうのは嘘だけど。 何の血縁関係もない人間と同居していれば、理由を訊かれる。それが面倒で理由を付けたのだ。 彼女じゃなく彼氏だ。しかもオカマのバイトをしているくせに俺にのし掛かってくる。なんて言えるはずがない。 俺は真っ当な社会人の顔をしていたいのだ。 「でも弁当を当番で作りあってるなんて。ちょっと気になるじゃないですか」 そんなの付き合っている女とじゃないとしないと後輩の頭は思っているらしい。 半分当たっているところが、痛い。 「ほっとけ。ちょっと今日は寝坊したんだよ」 素っ気なくそう告げた。 もっともらしい嘘ならいつだって、すらすら出てくる。 寝坊したなんて。 俺はいつもの時間に起きた。いや、いつもより少し早いくらいだった。 でも弁当当番じゃなかったら、ゆったりベッドの中でまどろんだのだ。 史浩が起きてないなんて、思わなかった。 そういえば音がないなと気が付いたのは、起床予定より数分早いくらいだった。 史浩が弁当を作る当番を忘れるなんて、すごく珍しい。 静まり返ったキッチンを見て、俺は嫌な感じがした。 正確には、昨日の自分の行動を思い出しては不安にかられたのだ。 もしかすると、史浩は怒ってるんじゃないかって。 放置したまま寝た俺に、腹を立ててるんじゃないかと。 心臓がどくりと鳴った。 史浩の部屋に行って声をかけ、何の声も返ってこないところで俺は確信した。 怒っているのだと。 史浩は寝起きが良い。仕事をしていなかった日の朝はとても眠りが浅いようだった。声を何度かかけるとすぐに目を覚ます。なのに、今日は違った。 どうしようかと思った。 謝ろうかと。 だがもし本当に眠っているとすれば起こすのは忍びない。 それに、何と言って謝ればいいのか分からなかった。昨日は相手してやれなくてごめん、一人で勝手に寝てごめん、そう言うのだろうか。 朝からそんな話をされたら、重くないだろうか。 それにもし、もしも喧嘩になったとしたら。 俺はちゃんと仕事に来られただろうか。 落ち込んで、沈んで、ろくに仕事も出来なかったかも知れない。 今はまだ集中力を保って仕事をしていられたけれど、史浩に何か言われていたら、冷静さは取り戻せなかったかも知れない。 だから俺は、黙って家を出てきた。 出勤時にコンビニでパンを買って、がさがさとそれを取り出す。 見知った会社の大きめなクリームパン。 口に入れるとまずはパンの生地しか入ってこない。 少し固めなのだが、しっかりとした味がついている。パンだけでも結構美味いのだ。 中のクリームもまたちょっと固めだった。真ん中にぽっこりと埋め込まれている感じだ。 濃厚で、牛乳の感じが少し強い。だがパンと一緒に食べるとそれの風味が俺の好みにぴったりくる。 素朴なクリームパンだ。 カフェオレを飲みつつ溜息をついた。 今、史浩は何をしているだろう。 大学で飯でも食っている頃だろうか。 携帯電話がちらりと目に入って、メールでもしようかとふと思ったけれど。 返ってこなかったらどうしようかと思う。ずっと待ち続けてしまう。 仕事中、そればっかり気にしてしまう。 そしてもし怒っているような返事がくれば、きっと色んなメールの文面を考えて言い訳をしてしまいそうだ。 でもそれでも上手く伝えられなくて、俺は更に落ち込んでしまうだろう。 気持ちを文字にするのは得意じゃない。 「………ったく…」 クリームパンが喉を通らなくなってきた。 俺は何をしてるんだろう。 仕事が忙しいからって、自宅まで仕事を持って帰って延々格闘して。全然進まないからって、構ってくれという史浩を邪険にして。 結局仕事が終わらず、苛々を留めたまま疲れ果ててベッドに潜った。不貞寝に近い。 自分のことで手一杯で史浩のことにまで気が回らなかった。 こっちは仕事が忙しいんだ。だから遠慮してくれ。気遣ってくれなんて。 そう思う気持ちはただの身勝手だ。 史浩の気持ちを抑えて付けて、我慢させて、自分のことだけ貫いている。しかもそれをした後にフォローも何もなく、身勝手なまま終わらせてしまった。 一言でも、史浩に何かを伝えていれば違っていたかも知れないのに。 黙って何もかも分かってくれなんて。気遣ってくれなんて。 「……甘いな」 本当に、考えが甘い。 史浩より年上だっていうのに。まるで逆の立場だ。 きゃんきゃんわめいて俺を怒ることはある。それは甘えていたり、じゃれついてきているのと同じ行為だった。 こうして黙り込む怒り方は、本当に腹に据えかねたのだろう。 「……どうしよう…」 「なんだ。やっぱり喧嘩したんですね?」 後輩が興味津々でこちらを見て来るので、思わず睨み付けた。 「うるさい。俺のことより自分の心配しろ。いつになったら仕事が出来るんだ」 手厳しいことを告げると、後輩は首をすくめた。 可愛くないことばかりを言う口だ。 だが会社ではこれでいい。 可愛さなんて会社では必要ない。むしろ男なんだから、可愛さなんてなくてもいいのだ。俺は そう思う。そう思い続け来た。 でも、あいつは。 もう一つ溜息をついた。 この仕事が終わっても、会社から帰宅しても、史浩には会えない。 それがもどかしかった。 シュークリーム 昨日も情けないことに仕事を持ち帰って、一段落ついて風呂に入っても眠気は訪れず。結局テレビを見たりネットを彷徨ったりして、深夜を軽く越えてからベッドに潜った。 おかげで起きたのは午前十時半だ。 実に自堕落な一日の始まりとなった。 リビングに出て、そこから玄関を見る。史浩の靴があることにほっとした。 ちゃんと帰宅したらしい。 日常の中でそれは当たり前のことだったはずなのに、少し擦れ違っただけで怯えている。 俺はそんなに弱かっただろうか。 昼飯を求めて冷蔵庫を開けると、見慣れぬ白い箱があった。 何かと思って中を開けて見るとシュークリームが五つ。 「……何故に…?」 あいつはシュークリームなんて好きじゃなかったと思うのだが。ことさら嫌うほどでもなかっただろうけれど。 何故、わざわざ。 首を傾げつつ、元の場所に戻した。とりあえず昼飯には関係がない。 冷蔵庫の奥からやきそばの麺が発掘されたので、賞味期限をチェックする。まだ余裕があったので、昼飯はこれに決定だ。 正直、手の込んだものを作るのが面倒だった。 一応二人分、野菜室からキャベツやらもやしやらを取り出して炒める。ソースの具合などは適当だ。 塩胡椒などもちらちらと振りつつ、フライパンの上で踊らせる。ソースの焼ける香ばしい匂いと麺が焦げる音。 食欲をそそる光景なのだろうが、今日の俺は昨日のことを引きずっており気分が沈んでいた。 今日は昨日の続きとはよく言うけれど、本当にそうだ。 昨日から何も進んでいない。事態は立ち止まったままだ。 だが、それも後少しで終わる。史浩が起きてきたら、俺はちゃんと話をするつもりだった。 そのまま気まずい状態でいるのは、精神的に良くない。 そう思っているとがちゃりとドアが開いた。寝起きでぼんやりとした史浩がリビングに現れた。 「おはよ」 「おはよう」 ふぁぁと大きなあくびをしながら史浩は挨拶をする。その姿はいつもと変わりがない。 炒め終わったやきそばを二人分、それぞれ皿に盛ってリビングのテーブルに運ぶ。史浩はすでにテーブルの前に座っていた。 いつもならテレビをつけているところだが、今日は動かなかった。 「いただきます」 俺はやきそばと箸を史浩の前に置くと、とりあえずそう言って手を合わせた。史浩もそれに倣って手を合わせる。 そして焼きそばに箸をつけたところで、俺は話を切り出すつもりだった。 だがそれより先に、史浩が口を開いた。 「ようちゃん。ごめんね」 「え?」 寝起きだというのに史浩の目は真剣だった。 見るとちゃんと髪もとかされて綺麗に一つにくくられているし、表情もすっきりとしていた。 どうやら意識の切り替えが終わっているらしい。 眠気はすでに残されていないのだろう。 「昨日。朝弁当作らなくて。声かけてくれたのに…俺無視しちゃってた」 やっぱり聞こえていたのか。 まぁ予想はしていたから、ショックはないが。 「いいよ。俺こそこの前おまえのこと無視してた。ごめん」 先に謝ろうと思っていたのに、史浩に先を越された。 いつだって俺は後手に回ってしまう。史浩が行動的で、思い立ったらすぐに動くタイプだからかも知れないけど。情けない。 「なんでようちゃんが謝るんだよ。仕事中に構ってくれなんて言ってる俺が間違ってるじゃんか」 「でも、ずっと構ってなかった。おまえのことほったらかしたまま、俺寝たし」 それが嫌だったから、腹が立ったから、史浩は次の朝、起きてこなかったのだろう。立場を逆にして、もし俺がそういう状態だったらと思うとやっぱり嫌だし。 「疲れてたんだろ?」 「いくら疲れてたからって、一声ぐらいかけられるだろ。ごめん…」 史浩は真面目な時は一切オカマ口調が入らない。だから今、どれだけ真剣に俺と向かい合っているのかよく分かった。 「でも俺だって鬱陶しいくらいようちゃんの邪魔したし。大体、子ども扱いすんなって自分で言ってるのに、ガキみたいなことしか出来なくて、俺こそ」 「ごめんなさいならもう言わなくていい」 「でも!」 俺は史浩の台詞を先読みして止めた。抗議する声が挙がったけれど、首を振る。 「謝られたら、また俺も謝りたくなる。俺もおまえも自分が悪いって思ってるから。きりがない。でも俺たちがやりたいことは、自分が悪いんだって相手に認めさせることじゃないだろ」 そんなことが目的で謝ったわけじゃない。 「だからこれはここで終わりにしよう」 「いいの?それで」 史浩はそう尋ねてくる。いいも悪いもない。と俺は思う。 口元を緩めると史浩もまた安堵の色を見せた。お互い、不安な時間を過ごしたのかも知れない。 「そういえば、冷蔵庫にあるあれは何だ?」 問題が一つ解消して、俺は疑問に思っていたことを訊いた。 「あれシュークリーム。昨日バイト先の人に色々訊いて、すごく美味しいって評判のやつを買ってみた」 「なんでまた」 唐突だなと思っていると、史浩は瞬きをして視線を落とした。 「だって昨日ようちゃんのことばっかり考えてたから。そういえばようちゃんシュークリーム好きだったなぁって」 「え」 「別にご機嫌取りのつもりじゃなかったんだけど。美味しそうに食べてる顔が思い浮かんで、つい」 焼きそばを食べつつ、史浩は語る。珍しく照れているようだった。 俺が恥ずかしいと思うようなことも、こいつは笑顔で告げられるのに。これは照れるらしい。 俺だけじゃなかったのか…とちょっと驚いた。 昨日、ずっと相手のことを考えていたのは俺だけじゃなかった。史浩も一緒だった。 そう分かると、心の奥から何かから生まれてくるのを感じた。口元が緩むけど、でも素直に微笑んだらものすごく気恥ずかしい気がして、どうしていいのか戸惑う。 「…焼きそば食ったら、コーヒー入れてやる」 「うん!」 ぼそりと告げると、史浩がこくこくと頷いた。そしてゆっくりと、嬉しそうな笑みを浮かべた。 焼きそばを食べ終わった後、コーヒーを入れてシュークリームを頬張ったのだが。 これがまた美味い。 さくさくの生地に包まれた、たっぷりとしたクリーム。囓ると中から溢れ出ては、口の中で溶けていく。色味が少し濃く、バニラビーンズが模様みたいになっているクリームは俺をうならせるに十分だった。 「これどこで売ってるんだ?」 「気に入った?また買って来ようか?」 史浩は向かい側でにこにこ笑っていた。おまえも食べろと言ったのだが、一向に手を付ける気配がない。 食べないつもりだろうか。 気にしつつ、俺はシュークリームに夢中になっていた。この生地もとても香ばしい。歯を立てたらすんなりと壊れる。そのくせぼろぼろにならないしなやかさがあるのだから、素晴らしい。 「ようちゃん美味そうに食うね」 「美味い」 「クリーム唇から零れてるよ」 史浩は笑いながらテーブルの上に身体を乗り上げてきた。 俺は危険を感じて後ろに下がる。 「おまえ舐めようとしただろ!?」 「あー、ちょっとなんで避けるの?いいじゃないお約束でしょ?」 「俺はそんな約束した覚えはない!」 そんな恥ずかしい事が出来るか! 舐められる前に指で唇の端を拭う。 「違うわよぉそっちじゃない」 「オカマ口調になるな!しかもオカマで迫ってくるな!こら!まだシュークリームが!」 食べ終わってないだろうが!という悲鳴を塞がれつつ、俺は手に持ったシュークリームを落とさないように必死だった。 next |