お茶漬け


 のっそりと史浩が起きてきた。
 寝起きはそんなに悪くない方だが、今日は酷かった。
 ぼさぼさの髪は一つにくくってもいない。だらりと長袖を着て、さっきまで寝ていたというのに非常にぐったりしている。
 うちはリビングとキッチンが一体化になっているのだが、お湯を沸かしながら眺めてるとリビングのテーブルの前に座り込んでは溜息をついている。
 相当疲れているらしい。
「今日は何時に帰ってきた?」
「……五時…?」
 疑問系ということは本人もよく覚えていないのだろう。
「もうゴールデンウィークとか意味分からない。なんで世間は休んでるわけ?」
 やってられないとばかりに史浩が愚痴る。
 世間が休みだと大学も休みということになる。史浩は大学が休みの日、もしくは次の日が休みである場合はオカマのバイトをしている。
 なので帰宅が午前様になるのだ。
 しかしゴールデンウィークともなると連日連夜仕事だ。毎晩ひっきりなしに動き回っては愛想を振りまいているらしい。
 オカマの仕事は楽しいと言うが、それも限度があるのだろう。
 まして大学から課題もたんまり出ているらしい。
 多忙な奴だ。
「てかようちゃんもなんで休みなの?ようちゃん休みなのにどうしてあたしが働いてるのよ〜…」
「俺が休みの日は大抵お前は働いてるだろうが」
 俺が休みの日は、史浩が午前まで働いている日だ。これがいつもの状態なのだが、どうもそれを受け入れることすら嫌なほど、疲れているらしい。
 そりゃ毎日午前様だったら嫌にもなるだろう。
 疲労が色濃く見えるので、あたしって言うなという注意は飲み込んでおいた。
「いや〜休みたい〜。ようちゃんと一緒にだらだらしたい。昼まで寝ていちゃいちゃしたい〜」
「とりあえず昼まで寝てるっていう希望は叶ってるがな」
 時計は午前十一時をさしてる。起きたのがさっきだとすれば、昼まで寝ているというところだけは合っている。睡眠時間は長くないが。
 俺は茶碗に飯をつぎながら相づちを打ってやる。
「昼まで寝てたって一人じゃない!そんなの嫌よ!でも午前に帰ってきてベッドに忍び込んだらようちゃん怒るじゃない!」
「起こされるのは大嫌いだ」
 始めからいたのなら認識しているから、史浩がいても何の問題もない。だが寝入る時はいなかった存在が、気が付いたら横にいるとなったら驚くだろう。嫌でも起きる。
 俺は睡眠の邪魔をされるのが大嫌いなのだ。
 初めからいるか、いないか、どっちかにして欲しい。
 お湯が沸いたのを確認して、俺は戸棚からお茶漬けの素を取り出した。そしてそれをごはんにかける。
 上からお湯をそそいで、今日の昼飯が出来上がる。
 二つの茶碗を持ってローテーブルに置く。史浩はそれを見ておやっという顔をした。
「お昼これだけ?」
 まるで朝飯のように簡素な料理に、史浩は首を傾げた。
 無理もない。昼は結構しっかりと食べる方なのだ。
 けれど今日はとてもそんな気分にはならなかった。
「俺も昨日職場の飲み会だったんだよ」
「そうなの?」
「昨日いきなり決まって」
 史浩が家にいたら電話をかけるなり、飲み会を断るなりしたのだが。
 バイトに行っていたので連絡を取る必要もないかと思ってそのまま出席した。
 一人で晩飯食うのも面倒だったし、どんな時間になったとしても史浩より帰宅が遅くなるわけじゃない。
 なので隠していたかったわけではない。
 それは史浩も理解出来るのか「ふぅん」と流してくれた。
 もし史浩にバイトが入っていなかったら、黙って飲み会なんてどういうことよ!?と怒ったことだろう。
 ちょっと嫉妬深いところがあるので、気を付けなければいけないのだ。
「昨日散々脂っこいものとか、味の濃いもの食べたから。あっさりとしたものが欲しくなって。おまえも似たようなものだろ?」
「そうねぇ。ヘヴィなのは食べたくないわ」
 お互い疲れが滲んでいる。
 俺は湯気の立つお茶漬けに箸をつけた。いつもこのおかきから食べるのが俺の順番だ。
 ふやけたおかきは嫌いなのだ。
 子どもの頃は、おかきなんてお菓子だとしか思っていなかったのでどうしてお茶漬けに入っているのか不思議だった。
ちなみに今も不思議に思っている。
 ぽりぽりと香ばしいおかきを全て食べてから、お茶漬けに入る。
 普通のお茶とは違い、粉末のお茶付けの素はだしのような味を感じる。調味料のような感覚なのだ。
 少しお湯を多めにして薄めると、ご飯に染み込んで良い具合に喉を通ってくれる。
 白飯とお茶の組み合わせは、どうしてこうも心に痛み入るのだろうか。海苔の香りも食欲を誘ってくれてたまらない。
 素朴な、だが確かに「美味い」と感じさせる味だ。きっと飽きがなかなか来ないものだろう。
 日本人として生まれてきたのだなという思いが込み上げる。
 地味な味はやはり、少し身体や心が疲れた時に効く。
 史浩もそう思っているのか、黙ってしみじみとお茶漬けを食べていた。
 だが、ほぅと一息つくと不意に口を開いた。
「お酒なんて飲んでないでしょうね?」
「飲むか。俺が弱いの知ってるだろ」
 ビール一杯も飲めないほど、酒に弱いのだ。だから飲み会と言われていてもわざわざ飲むわけがない。
 史浩は俺の答えに満足そうに頷いていた。
「てか…世の中が休みなのに全然休めないどころか忙しくて死にそうなんだけど。たまにはようちゃんと一緒に休みたい」
「おまえと休みなかなかかぶらないからな」
 完全にすれ違いの日々だ。きっと同居してなかったら、何日も会えなかっただろう。その辺りを見越して、史浩は同居を押し切ったんだろうが。
「たまにはさ、デートとかしたいよね。お泊まりとまではいかないから。すごく地味な、定番デートでいいから」
 してみたい。
 そう史浩は切なげに言った。
 付き合ってからそういうことはさっぱりしていない。
 休みが重なることがないのだから無理ないのだが、やはり史浩はそこが不満なのだろう。
 心のどこかに乙女が生きているらしいし。
「いつか俺が有給取れたらな」
「ようちゃんの口からは公休取るだけで精一杯っていうのしか聞いたことない〜」
 ぶーぶーと文句言われるが、それが会社の実態なのだから仕方がないと思って欲しい。
「分かった分かった。これ食い終わったら出掛けるぞ」
「デート!?」
 史浩の目が途端に輝く。だが俺はそれをあっさりと叩き落とす。
「買い出し。冷蔵庫何も入ってないだろうが。その後は掃除な」
 とても所帯じみた発言に、史浩は肩を落とした。そして深々と溜息をつく。かなり落胆したらしい。
「つまんなーい」
「諦めろ。それが生きるってことだ。まぁ…」
 俺はなんとなく言いにくくて、お茶漬けを両手で持ちながら声量を落とした。
「寄り道しても、いいけどな」
 ぼそりと言うと史浩は瞬きをして、それから嬉しそうに「うん」と返事をした。




ソフトクリーム


 今日は珍しく午後六時という時間を直前にして会社から出ることが出来た。
 しかも事前に予測も出来たという、とても貴重な日だった。
 それを史浩に話したら、帰りに一緒に飯でも食おうということになった。
 ついでにぶらりとどこか行きたいと言われ、承諾した。
 観葉植物を家に置きたいと言っていたのでその辺りの店に行くのだろう。
 それにしても男の口から観葉植物が欲しいなんて事を聞くとは思わなかった。
 やはり史浩はただの男とは違うようだ。
 会社から出て待ち合わせに場所に向かうと、史浩の姿がなかった。
 ちらりと時計を確認する。
 時間には厳しい奴なのに、約束の時間五分前にいないなんて珍しい。
 まぁいいかと、待ち合わせ場所だった駅前でぼんやりと周囲を見渡す。近くに公園があるせいか、子どもの姿もよく見かけた。
 傾いた日を背にして家に帰るのだろう。
 自分もかつてはそうだったかなと思っていると、気になる存在が視界に入った。
 少々目立つ大きめの柄のワンピースに、大人しめのカーディガンを軽く羽織っている。栗色の髪は緩く巻いて、はっきりとした顔立ちに化粧を施した様は人目を惹くに十分だった。
 落ち着いた雰囲気の女性に見えるのだが、手に持っているアイスクリームが愛嬌になっている。
 まさか、と思った。
 その顔にはとても見覚えがあったからだ。だがその姿は久しぶりに見る。
 目が合うと女性はにっこりと嬉しそうに微笑んだ。
 まるで空間に花を咲かせるような、明るい笑みだ。
 美人だと言っても良いのだが、俺はそんな感想よりもっと大きな感情があった。
「なんだその格好は…!」
 寄ってきた史浩に、小声でそう告げる。
 どうして一緒に飯を食うと言ったのに、女装をしてくるのか。仕事に行くわけでもないのに、オカマになる必要なんてないだろう。
 確かにこいつはぱっと見ただけではオカマなんて思えないくらいだ。
 背は高いし、肩幅も結構ある。しかしその柔らかな雰囲気が性別を曖昧にさせる。
「ごめんね」
 史浩は素直に謝る。心底申し訳なさそうな顔をするので、どうやら冗談でそうしたようではないらしい。
 俺をからかうためだったら、もっと悪気のない軽いノリで言うはずだ。
「さっきお店の子から電話があって。あたしに相談に乗って欲しいって言うの。せっかくようちゃんと一緒にご飯食べられる日だから、断ったんだけど」
 史浩はオカマで人をよくからかう、ちょっとサド入ってるんじゃないかと思うような奴だが結構面倒見がいい。だから人から頼られることも多いみたいだった。
「苦しくて苦しくて死んじゃいたいなんて言うから…まぁ正直んなもんで死ぬかよ、って思ったんだけど」
 死ぬかよ、と言うところだけ史浩は男に戻って目を据わらせた。気にくわない言い回しだったらしい。
「でも電話口で泣きじゃくって、どうしようもなかったから……ごめんね」
 史浩は肩を落とした。俺は少し残念だったけど、この日を楽しみにしていたのは史浩の方だった。昨日もご機嫌だったのだ。それを思うと、一番落胆しているのはこいつだろう。
「いいって。また次があるしな」
「本当にごめんね…」
「だが、なんでその格好で、しかもここにいるんだ?」
 約束が反故になったのなら、電話でそれを教えてくれれば良かったのに。わざわざ待ち合わせ場所に来なくても、しかも女装で。
「オカマの相談に乗るならやっぱりオカマじゃなきゃ駄目だと思って。服装変えないと、気持ちも切り替えがし辛いから。ここに来たのは、その子と会うまで時間がちょっとだけ空いてたの」
 史浩は、普段は男として暮らしている。オカマにいるのはバイト中だけのようだった。
 だからオカマの気持ちを分かろうとすると、頭の中をオカマに切り替える必要がいる。そのために、姿の変化が必要なのだろう。
「ご飯は食べられないけど、でもちょっとだけ一緒にふらふらするくらい出来るかなって」
 ご飯も一緒に歩くのも駄目になった、では史浩が我慢出来なかったのだろう。少しの時間だけでも、なんとか共に過ごしたかったのかも知れない。
 そう思うと史浩の服装に驚かされたことも、まぁ気にせずにいられる。
「そうか。どうでもいいが、それ溶けるぞ」
「あ」
 手に持っていたソフトクリームが溶けてとろりとコーンに流れていく。それを慌てて史弘が舐めていた。
 しっかりとグロスも塗っているところが恐ろしい。
 隙のないオカマだ。
「どこでそんなもん買ったんだ?」
「そこの公園。子どもが食べてるのも見て、欲しくなって」
 そう言いつつ史浩は先端を口に入れては満足そうな顔をしている。子どもが食べてるのを見て欲しくなるって、それこそガキみたいだ。今日はちょっと気温が高かったから無理もないだろうが。
 クリームが半分になったところで、ずいっとそれを差し出される。
「あげる。ご飯一緒に食べられなくなったお詫び」
「…お詫びってなぁ…別に怒ってない」
 そう言いつつも、差し出されたアイスを受け取る。
 見ていると欲しくなったのだ。俺も大概ガキの心が残っているらしい。
 硬いアイスなら囓るところだが、やはりクリームは舌で舐め取る。
 冷たい感触が舌に乗った。
 口に入れると芳醇な味が広がってゆく。アイスクリームを食べると牛乳だなと思うのだが、このソフトクリームは甘さが濃く、牛乳独特の水っぽさがない。ホイップクリームを濃厚にしたような、深い甘さだった。
「乳脂肪分が多そうだ」
 素直な感想がそれだった。だが仕事が終わった後の身体にはその濃さが染み渡る。実に美味い。
「スーツでソフトクリームって、ちょっと面白いね」
 それもそうだろう。上着は暑かったから腕にかけているが、ネクタイも緩めていないような格好だ。それにソフトクリームなんて、違和感があり過ぎる。
 だが史浩はそれを柔和な眼差しで見てくる。
「それだけじゃお詫びにならないから、おうちに帰ったら身体でサービスするね」
「ぶっ」
 ソフトクリームを吹くかと思った。人が通り過ぎる駅前の道で何を言いやがるのか。思わず周囲の視線を浴びていないか確認してしまった。
「大丈夫。日付が変わる前には絶対に帰るから。ようちゃんはおうちに帰ったらご飯食べてお風呂入って、一、二時間仮眠取ってね。今夜は長いよ」
 にっこりと、それはもうにっこりとした笑顔で史浩は言う。
 だが俺は背筋に戦慄が走った。
 なんだその、頑張ります宣言は。何をするつもりだこいつは。
 仮眠が必要って、睡眠を強奪する気満々じゃないか。
「あほか!なんだそれは!俺に対する脅迫か!いじめか!?」
「何言ってるのよぉ。ちゃんとようちゃんを第一に考えるわ」
「俺を第一に考えるような台詞じゃないだろ!?」
「ようちゃんに極楽を味わって貰おうと思って。ほら、あたしたち最近明日のことを考え過ぎていたと思うの。お仕事も大切だけど、あたしたちが仲良くすることも大切だと思わない?」
 史浩はきらきらとした眼差しでそう訴えてくる。だが俺はその発言に心底頭が痛くなる。
「いいか!?俺は社会人だ!仕事に差し支えのあるようなことは控えるのが当然だ!それが大人だ!」
「でもリフレッシュだって必要じゃない?」
 史浩は祈るようにして両手を合わせる。なんだその有様は。おまえはキリシタンか。この前実家の法事で坊さんがとか言っていたのは空耳か。
「ようちゃん、ソフトクリーム早く食べないと溶けちゃうよ?それとも溶けてたれてきたクリーム、舐めて欲しいの?」
「っ」
 史浩は祈りの姿のまま、唇をぺろりと舐めた。
 そこにはとてもではないが、大人しい女性とは言えない目があった。
「俺は指じゃなくて、別のところがいいんだけど」
「馬鹿野郎!」
 どうしていきなり男に戻るのか。そしてそんな台詞を小声で告げるのか。
 血圧が上がるのを感じて、俺は史浩から視線を外してソフトクリームにかじり付く。冷たい。
 だが体温を下げるには足りない。
 史浩はくつくつと笑っているようだった。
「ね、早くそれ食べて。この近くに雑貨屋さんみたいなところがあるの。そこに観葉植物がいっぱいあるんだって」
 史浩はそう言いながら俺の空いている側の腕に手を絡ませてきた。身長に差はないので女とすればかなり背の高いひとになるのだが。
 きっとこの光景を見ている人は有り触れたカップルだと思うことだろう。
 数時間後に俺がどうなるかなんて、きっと俺とこいつ以外は誰も想像が出来ないはずだ。
 



春しお


 リビングで空間に関する本を読んでいた。
 テレビは付いていたが、さほど音量は大きくない。
 バラエティが流れているようだったが、俺は気にすることもなく本を読み続けていた。
 写真の多い本だったので、脳内がなかなか飽きずに延々とページをめくっていたら、隣で大人しくしていた史浩が何やらごそごそ音を立て始めた。
 そしてぽりぽりと何かを食べ始めていた。
 音からしてスナック菓子だろうなとは思った。
 史浩は栄養に気を付けようとするくせに、ジャンクフードが結構好きなのだ。
 矛盾していると思う。
 しかし今注意をすることでもないので放置していたら、視界の端にポテトチップが映った。
「いる?」
 どうやら俺にすすめているらしい。
 断る理由もなかったので、受け取って口に放り込んだ。
 薄っぺらいジャガイモはぱりぱりとしており、歯を立てると香ばしさを広げて粉々になっていく。
 すぐに舌先に塩気を感じる。どうやらうすしおなのだろう。
 夏が近くなるとその塩気がとても美味く感じる。
 俺は酒を飲まないのでビールが欲しいとは思わないが、代わりに炭酸ジュースが欲しくなる。
 炭酸の飲み物を欲しがるのは大抵、夏限定でポテトチップスを食べている時だ。冬場には滅多にない。
 塩が美味いなと思っていると、ふと鼻腔に塩以外の風味を感じた。
 ふんわりとした、まろやかな香りだ。
 何だろう。すごく食べたことのある味だ。
「これ何?」
 ただのうすしおじゃないと思って史浩に訊く。するとポテトチップスのパッケージを見せてくれた。
 そこには「春しお」と書かれている。
 なるほど。
 このやんわりとした香りは春の山菜のてんぷらと同じ味だ。
 野菜のてんぷらは優しい味をしているが、その中でも最も優しい味を持った素材だ。
 塩と合わせると非常に良い具合になっている。
 だがしかし。
「春って時期じゃないだろ」
 だってもう半袖で過ごせる気候になっている。
「そーなんだけど。安売りしてたからさぁ。最後の大特価なんじゃない?」
 そのセールは在庫を吐こうということなのだろう。
 いつまでも春の商品を売るのも、遅れている感じで店としては良しとしなかったのか。
 俺としては珍しい味が得られて、悪くない。
 袋に手を突っ込んでもう一つ摘む。
「意外といけるでしょ?」
「ああ。うすしおより好きかも知れない」
 後味が良い食べ物というのはとても魅力的だ。
 しかもスナック菓子でこれは希少価値があった。
 機嫌良く食べていると、何を思ったのか史浩が唇の上と下にポテトチップスをくっつけてこっちを見た。
 昔、そんなことをしていたCMがあったような気がする。
 大きな唇という演出をしているのかも知れないが、リアクションを欲しがっている史浩の表情に呆れてしまう。
 小学生か。
 思わず呆れたが、完全に無視して手元の本に視線を落とした。
「ちょっとようちゃん!シカトしないでよ!」
「したくもなる。おまえは幾つだ。それに、それをやるならプリ○グスだろ」
「だってカ○ビーのポテトチップスの方が好きなんだもん!」
「それは俺も同意するがな」
 というかポテトチップス系はカル○ーが一番だと思っている。ぱりっとしているし、味もいいし。
 しかしその技をやるならプリン○スだろう。
「こういう図をみたら、一枚取って食べるとか。いっそポッキーみたいに反対側を食べるとかしてよ!」
「しないだろう。普通」
 どうしてそんなリアクションをすると想像出来るのか。史浩の思考回路は謎だ。
 何度も同じことをして、史浩の望むリアクションをしないといつまでも絡んで来られるのは面倒だ。
 俺は相手しません、という意思表示で本を読み続ける。
 だが隣からやたら視線を感じた。
「……凝視するな。気になる」
「何よ。減るもんじゃないのに」
「気になるんだよ」
 人の視線というのは意識を引き寄せられる。それは警戒だったり、心配だったり、それ意外の気持ちだったりするわけだが。とにかく落ち着かなくなるから嫌なのだ。
「気にしてよ」
 ふと史浩は真面目な声になった。なので視線を上げて、顔を見た。
 そこにはちょっと不満そうな表情があった。
「隣にいるんだから、気にしてよ」
 いつも意識してよ。
 そう言われ、俺は返す言葉に困った。
 意識してよ、だなんて。気にしてよ、だなんて。
 こいつは馬鹿みたいなことを言う。
 いつだって俺は意識してる。側にいる時も、いない時だった思い出して、気にしてる。
 それなのに今更そんなことを言い出すなんて。
 俺は溜息をついて首を振った。
「ちょっと何その反応!」
 史浩は気分を害したみたいに言う。でもそれは俺だって同じだ。
 人の気も知らないで。




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