いちご


 パソコンの画面に映し出されている設計図を睨み付ける。
 俺が作ったものじゃない。
 別の人が設計したものを幾つか集めて、それをバランス良く紙面に配置するのが今の作業なのだが。
 微妙な造りをした家だな、と設計図を見て思う。頭の中で家を組み立てるけれど、所々奇妙な配置になるだろう。だがこういう特殊なものは大抵依頼主の希望だ。
 どんな意図があるのかは知らないが。
 眼鏡を押し上げて、カーソルを移動させる。
「ようちゃん。いつまで仕事?せっかくいちご買ってきたのに食べないの?」
 背後から声がする。
 口調だけなら女のそれだが、声はしっかりと低い。男なのだから当然だろう。
 最初はこの口調に苛立ったものだ。けれどいつの間にか慣れてしまっていた。
 人間の順応というのは未知数だと驚かされる。
「全部食べちゃうわよぉ〜フルーツ好きなんじゃないのぉ〜ねぇ」
 甘ったるい喋り方をされ、無視を続けていたけれど後ろからつんつんと背中をつつかれていい加減限界がきた。
 大体男がそんな仕草をするな。
「仕事の邪魔するなと言ってるだろ。それにオカマになるな、お前は仕事中じゃないだろ。それに俺はそこまでいちごが好きなわけじゃない」
 つらつらと並べながら振り返ると、まるで黙らせるかのように唇に冷たいものが押し当てられた。
 赤い、いちごだ。
 目の前にはオカマ口調の元である史浩が微笑んでいた。
 食べて、と細められる瞳に反抗するとまたうるさそうなので渋々口を開く。
 鼻腔に満たしてくる甘い香り。唇の中に入ってくるとそれが一層強く香っては否応なく食欲を誘った。
 柔らかな果肉に歯を立てると、甘さと微かな酸っぱさを帯びた蜜が溢れ出す。いちごのかたちは瞬く間に溶けてなくなり、みずみずしい蜜が舌を包んでいった。
 歯を立てるたびに表面にあった小さな種が壊されていく。
 いちごを食べているとこの種が邪魔だと思うことが多々あるのに、硬く小さな硬さを何度も噛んでは感触を確かめてしまう。
「美味しいでしょ?この前のは水っぽかったけど。今回のはあたり」
 史浩の言うとおりだった。この前買ったいちこば水っぽくて、口の中に入れても甘さが少なかった。香りも乏しくて、すぐに飽きてしまった。
 けれど今回のいちごは口の中に形がなくなっても味や香しさが残されている。人工のものではない、柔らかくてさらりとした甘さが。
「悪くない」
 そう言ってもう一つ食べようと史浩が持っているいちごが山盛りになったパックに手を伸ばすと、再び口元にいちごが押し当てられた。
 何のつもりだと睨み付けるが、史浩は怯まない。
 ぱっちりとした二重の、少し大きめな瞳。長いまつげに吹き出物も何もない綺麗な肌。配置のバランスを一つも間違えていない均整の取れた顔立ち。甘い茶色の髪は肩より長く、今は一つにくくっていた。
 化粧をすればとても綺麗なおねぇさんになる。だが今はどこからどう見てもお兄さんだ。それが史浩の不思議だった。
 本人が性別判別を左右する変なオーラを出しているのだろうか。しかも自分で意識して。
「自分で食える」
「サービスよ。サービス」
「こんなサービスはいらん。俺はお前の客か。それにオカマになるな。今のおまえはどっからどう見ても野郎だぞ」
「もー、そんな可愛くないことばっかり言わないで、食べなさいよ」
 そう言って史浩は嫌がる俺の口にいちごを入れてくる。
 甘い匂いが指で押し込まれる。拒もうとしたら歯がいちごに当たってすぐに砕ける。蜜が 零れては唇の端から溢れそうだった。
 慌てて舌で受け止めると、史浩の指まで舌に当たった。
 どうして指まで口の中に入れるのか。
 抗議と戸惑いの視線で、間近にいる男を見る。すると先ほどとは違う眼差しがあった。
 お前の方が全く可愛げのない目をしている。まるで肉食みたいじゃないか。いちご片手に、なんて目だ。
「美味い?」
 オカマ口調ががらりと変わっていた。
 男の、しかもどこか粗っぽい音が響く。
 俺がいちごを食う前と、口に入れた後と決定的に雰囲気が違う。一体何が史浩に変なスイッチを入れさせたのか。
 視界の端で史浩がいちごのパックをラグマットの上に置くのが見えた。それはもう必要ないらしい。代わりに空いた手が俺の眼鏡に伸ばされる。
 キスする時いつもこれ邪魔だよな。
 そう呟いていた声がふと蘇った。
 こくりと、喉が鳴る。
 気が付くと口の中には甘い指しか残されていなかった。




さくさくパンダ


「ようちゃん!」
 晩飯も食べ終わり、パソコンを立ち上げて仕事に関係のある情報を摂取していた俺の元に、 史浩がやってきた。
 手には某ファミマで購入出来る一〇五円のお菓子があった。
 物価が高騰していく今、一〇五円で買えるお菓子というのはありがたい存在だ。
 しかし俺はそのお菓子を自分で買ったことがない。
 見た目に問題があるからだ。
「パンダが!」
 そう。見た目がパンダなのだ。
 史浩はそれが可愛いと言っていた。
 俺はそういう可愛さにあまり価値を見出さないので、それを選ぶ理由がなかった。
 というかあまり選びたくない部類のものだ。
「パンダのチョコが溶けちゃって、2個くっついてるのよ!」
 さも悲劇であるかのように史浩は言った。
 俺に見せてくれたパンダクッキーは片面はクッキー、片面はチョコで作れられている。昨日から上がり始めた気温のせいで、チョコ同士がくっついて二個で一つのパンダクッキーになっている。
「へー」
 俺は差し出されたパンダを口に入れた。
 確かに熱でチョコが溶けかけている。噛むとうにゅと柔らかな感触だ。だがすぐにさくりとした生地と混ざって、いい具合になる。
 どうやらクッキーというよりビスケットの生地のようだ。さくさくとした感触は少し固めで、溶けたチョコとよく合う。
 口の中に広がるとろりとした甘さは悪くない。
 ビスケットも香ばしい味で一〇五円という値段のくせに、なかなかやるなと思わせられるものだ。
「結構いけるな」
「味の問題じゃないのよ!可愛いパンダの絵柄がくっついちゃって見えないじゃない!」
 完全にオカマ口調とノリで史浩は抗議した。俺としては絵柄などどうでもいいので、同調出来ない。
「どんな絵かなんてどうでもいいだろ」
「よくない!パンダの色んな顔が描いてあるのに!たまにはコアラのレア物があるのよ!?それを見るのが職場で流行ってるの!」
 職場って、オカマがいっぱいいるところだろうが。そんなところでこんなコンビニ菓子が流行るのか。
 なんだか不思議な感じだ。
「ようちゃんは乙女心が分かってない!」
「分かるわけねぇだろ」
 むしろ分かってたまるか、という気分だ。
「つか、おまえも乙女心とか言うな」
「何よ!オカマが乙女で何が悪いの!」
 悲劇のヒロインぶる史浩に頭が痛くなる。
 なんだろう。たぶん女の子にそうされても俺は嫌気がさすと思う。
 面倒だなーと感じて、なんとかこの場を流そうとするだろう。
 しかし史浩にそれをされると、流す力も失うほど精神力を消耗する。
「悪くない。悪くはないがな。今のお前はすっぴんでどっからどう見ても男だ。そういう乙女心を出すならオカマの時にしろ」
 そう言うと史浩は自分の姿を見直している。
 風呂上がりの史浩は上半身が裸。ジャージの下は履いている。栗色の髪は下ろされているが、女っぽさはそこにはない。
 俺は史浩と会ってから、服装と化粧が人の印象にどれほど大きな影響を与えるかということを知った。それはもう、別人レベルだ。
 現にこいつの性別をがらりと変えてしまうのだから。
 素顔で服装も男である今のこいつは、完全に俺と同じ男にしか見えない。なのにオカマ口調で騒がれればめまいもするだろう。
「何よ!心の中にはいつも乙女がいるのよ!」
「いても隠しとけ。バランスが悪いだろうが」
 バランスは大切だ。
 それが崩れていると、俺は落ち着かなくなる。直したくなるのだ。
 史浩はそう言われて、不機嫌そうな顔になった。
「でもバランスが悪いとどきどきしない?」
 意外な台詞だった。
 バランスが悪いと落ち着かない。
 落ち着かない状況は、意識をそちらに引き寄せられる。それは、心を寄せている、気にしている、と好意を持っている状態に似ているかも知れない。
「どきどきが継続されると、感覚が麻痺する。それにそのバランスの悪さはどきどきというより苛々に近い」
「えーっ」
 史浩が不満の声を上げた。
 そして散々さわいでいたパンダを一つ口に放り込む。ちらっと絵柄を確認しているようだ。
「それに、本当にどきどきするのは。綺麗なバランスが思わぬところで突然崩れたり、外れたりする時だろ」
 普段から外れているバランスに興味なんてない。けれど普段は整ってるものが不意に崩れれば、それは意識を持っていかれる。
 まるで味気ない単色のみの空間の隙間からちらりと光が見え隠れするように。
「たとえばどんな?」
 史浩はまだ濡れている髪を鬱陶しげに掻き上げては後ろに流す。
 その行動に意図はなかっただろう。
 さっきまでと空気も変わっていない。
 けれど俺の脳裏には、ある記憶が蘇った。
 それはとてもではないが、口に出せるはずのない時で。
 薄暗い部屋の中の、近すぎる距離で史浩を見つめた時のことだ。
 眠る時は外しているその髪が、俺の肌にまで触れてきて。
 邪魔そうに史浩が髪を掻き上げていた。
 そして唐突に、名前を呼んだのだ。
 いつも「ようちゃん」と呼んでいるのに。
 俺がいくら「ちゃん付けするな!」と言っても改めないくせに。
 そんな時だけ、真面目な時だけ、名前で呼ぶ。
 その瞬間に、俺は。
「教えてやらない」
「なんでぇ!?ケチ!いいじゃない減るもんじゃないし!」
 言えるはずがない。
 名前を呼ばれただけでどきどきするなんて。ガキでもあるまいし。
 俺はこんなパンダクッキーに大騒ぎするようなガキと同等のレベルにいるわけにはいかないんだから。
 こんなことバレるわけにはいかない。




新じゃが


「ようちゃん!じゃがいもが出来たわよ!新じゃがよ!」
 オカマ口調は仕事中だけにしろと言っているのに、何度言ったら理解出来るのか。
 そろそろ注意するのも嫌になってきた。
 そんな俺の元に、史浩は皿にジャガイモを五つほど乗せて持ってきた。
 ふわりとした湯気が立っていて、実に美味そうだ。
 しかし晩飯が終わって二時間後に出てくる理由がさっぱり分からない。
 腹が減っているとは到底言えない状況なのだが。
 だがそんなツッコミを史浩に入れ始めたらキリがない。
 俺はテレビから顔を上げた。
 リビングのローテーブルに皿は置かれる。
 そしていそいそと史浩がマーガリンとマヨネーズを持ってきた。
 俺はジャガイモを手に取ると、迷わずマーガリンの容器に手を伸ばした。
 ふかしたばかりのじゃがいもは熱い。そのあつあつのジャガイモにとろっとバターやマーガリンが溶けるのが美味いのだ。マヨネーズなら冷えてから食っても味は大差ない。
 それにしてもバターは値段が高騰している上に品物が市場に出回っていない。なのでうちの冷蔵庫にもバターはなかった。
「俺はマーガリンよりバターがいいな」
 史浩は文句を言いながらも、やはり俺と同じようにマーガリンを塗るようだった。
 俺はバターの独特の匂いがあまり好きではないので、マーガリンで十分だった。
 大体動物性の油自体、そんなに好きじゃないのだ。
 薄い灰色の皮を剥くと一層湯気が濃くなった。皮越しに熱さが伝わってくるが、淡い黄色の中身はそんな熱とは比べ物にならないことだろう。
 マーガリンを付けると、みるみるうちにとろりと半透明になった。
 歯を立てるとさくりとジャガイモが崩れる。
「っん…」
 口の中に入れると予想通りにそれはとても熱く、口内で転がす羽目になる。
 だがその熱さに混じり、マーガリンのまろやかさとジャガイモもほこほことした感触が見事に解け合っていた。
 ほんのりとした甘さが舌の上で踊る。
 ジャガイモは単体で食べると、とてもぱさぱさとしている。口の中の水分がなくなってく感覚があまり好きじゃなかったが、そこにマーガリンが入ると、そのぱさぱさとした感触を埋めてくれる。
 素朴な味は丸々一つのジャガイモを無言で食べさせるほど、美味い。
「スーパーでジャガイモ見た途端に、すごく食べたくなってね」
「うん。その感覚は間違ってない」
「でしょ〜。それにこの前職場で新じゃがって英語で何て言うのかって話題になってね」
「どういう流れでそんな話題が出た」
 この前のさくさくパンダといい。こいつの職場はよく分からない話題で盛り上がっているようだ。
 まぁ職場で話題になるネタなんて、大抵くだらないものであることはどこも変わりがないのだろう。
「ジャガイモはポテトだけど、新じゃがって何なのかってみんな分からなくて〜。ニューポテトとか、フレッシュポテトとか言ってたんだけど」
 新じゃがという響きから連想出来るのは、その辺りの単語だろう。
「で、結局何なんだ?」
「そう!気になるでしょ?でも誰もはっきりとしたこと分からなくて、とうとうみうちゃんが外国人のお客さんに電話かけちゃって」
 史浩はけらけらと笑っている。
「おいおい。客に電話までかけたのかよ…」
「だってみんな知りたかったんだもん」
 史浩はさらりとそんなことを言って見せる。
 しかし電話がかかってきた方は驚いたことだろう。いきなり「新じゃがって英語で何て言うの?」と訊かれるのだから。
 しかもオカマに。
「怒られなかったのか?」
「全然。そんなことで怒るようなお客さんかどうかくらい分かってるわよ」
 確かに、その辺りは見極めて電話をかけていることだろう。
 しかし大胆なことをするものだ。
 その場にいない客に訊くなんて。
「それで、結局何て言うんだ?」
「ニューシーズンポテトだって。それ聞いてみんなでへーへーってボタン押したわよ」
 史浩は片手で手元を叩くような真似を見せた。
「ふぅん。じゃあさつまいもとか里芋は何て言うのだろうな」
 俺は思い付いたことをぽろりと零した。
 まだジャガイモは熱いままだろうから、もう一つマーガリンで食うかと皮を剥いていた。しかしふと史浩の手が止まっているのに気が付いた。
「何て言うんだろ」
「さあ?」
「うわっマジ気になる!里芋とか向こうにあんの?でもさつまいもだったらスイートポテトとかあるよな?何て言うんだろ!気にならね?」
 どうやらオカマ口調を忘れるくらい、興味を持ったらしい。
 ジャガイモ片手に何やら考えている。
「ん、みうちゃんに電話するわ」
「そっから外国人にまた電話かけさせるつもりか!」
「いいじゃなーい。だって気になるんだもん」
 携帯電話を取りに行こうとする史浩を「待て!とりあえず待て!俺は気にならない!」と止める。
 こんなことでいちいち電話をかけられる相手が可哀想だ。
 次、その外国人が店に来た時の話題のネタにしろ。と言いくるめて、史浩の口にはマヨネーズをつけたジャガイモを突っ込む。
 こいつはマーガリンよりマヨネーズ派なのだ。
 渋々史浩はジャガイモを食っていたが、今日は携帯電話を手にとらないように気を付けておこう。




アセロラドリンク


 風呂上がりに冷蔵庫からチェリー色の飲み物を取り出す。
 グラスに流し込むと、着色料ですか?というような色に満たされる。
 なんか身体に悪そうな感じだけど、パッケージには健康と美容にって書いてある不思議。
 口に含むとそれは酸っぱさがあり、レモンというより梅に似た味だった。
 飲み続けていると喉の奥が微かに渋く感じるのも、特徴だった。
 ビタミンが豊富に含まれていると聞いて、なんとなく飲み始めたものだ。
 ストレスによってビタミンは消えていくらしい。日常生活ならともかく、職場に行くとストレスを浴びるのは致し方ない。
 ならば失った分取り返そうと思った。
 それに肌に良いとも言われたからだ。
 飲みながらリビングに行くと、先に風呂に入り終わっていたようちゃんがテレビを見ていた。ニュースが延々と流れている。
「何飲んでるんだ?」
 ちらりと振り返ると、俺が持っていたグラスに目を留めたみたいだった。
 変な色をしているから、ちょっと気になったんだろう。
「アセロラドリンク」
 そう言って俺はようちゃんの斜め後ろからグラスを差し出した。
 するとようちゃんは少しそれを眺めてから、手に取った。
 だが一口飲むと、途端に渋い顔をする。
「すっぱい」
 ようちゃんはすっぱい物があんまり好きじゃないらしい。だからアセロラドリンクも駄目みたいだった。
 でも俺は少し嫌そうな顔をしたようちゃんに目を奪われる。
 口に入れたものが自分の好みではないと分かった。けれど吐き出すことは出来ずに少し戸惑っている、その表情。
 ちりっと記憶を焦がす。
「すっぱい?でもお肌にはいいのよ〜。ようちゃんビタミンちゃんと足りてる?」
 そう言ってはもう少し飲めとばかりにグラスを持たせたままにしておく。
 それにようちゃんは更に嫌そうな顔をした。
「なんで飲まそうとするんだよ。もういらない」
「えー、ちょっと嫌そうに飲む顔が可愛かったからぁ」
 可愛いって言うより、それは扇情的だったんだけど。言うと逃げられそうだ。
「嫌そうなのが可愛いって。おまえ…ちょっとサド入ってるよな」
 ようちゃんの発言の元は色々体感したからだろう。
「サドじゃないわよ。そんなこと言うのようちゃんだけよ」
 むしろ俺は優しいと言われることの方が多い。
 だって辛くするより優しくしていたほうが、後々自分にとって都合が良かったりするじゃないか。
「ようちゃんはつつくと面白いし、無防備だからつい構っちゃうだけよ。意地悪じゃないのよ?」
 にっこりと笑って見せる。
 でもようちゃんは信用出来ないという目で見てきた。
 その視線は正しいなぁと俺は心の中で思った。
「意地は結構悪いだろ。付き合いが長くなればなるほど、おまえの本性の恐ろしさを思う」
「恐ろしいなんて失礼よ」
 俺は傷付いたような声で抗議する。でも内心、いつこの人にのし掛かろうかと思っていた。
 ようちゃんは無防備だ。だからつい襲いかかりたくなる。
 出会った時からそうだった。
 ようちゃんと一番初めに会った時、俺はオカマだった。その後男の姿で会った時の方が多かったけど、ようちゃんは俺が女になりたいんだと思っていたようだった。
 オカマでいるのはそういう仕事をしているから。女になりたいと思っているわけじゃない。 オカマは楽しいけど、四六時中そうしているつもりはない。
 そう説明しても、ようちゃんは頭の上辺だけで理解したふりをしていた。
 俺はそれを分かっていた。
 女に近い目で、俺を見ていたことを。
 だから言い寄った時も、付き合うことを了承させた時も。
 ようちゃんの中では、俺は抱かれる側になっていたと知っていた。
 そんな考えしかないことは、見透かしていた。
 だから俺はそれを利用した。
「恐ろしくなんてないじゃない。俺はいつだって優しいでしょ」
 ようちゃんの耳元で囁く。
 低く、甘ったるい音で。
 ようちゃんは何やら不穏な空気を感じたのか、俺から目を離してニュースを眺めている。
 警戒して、じわりと距離を置いたのも俺は見逃さない。
 グラスをローテーブルに残して、俺はようちゃんの肩に肩をくっつける。
「ようちゃん、退屈じゃない?」
 問いかけるとようちゃんはちらりとテレビの横にある時計を見た。もう寝るというには、午後十時半なんて早すぎるだろう。
「俺はニュースを見てる」
「ニュースなんて面白くないじゃない」
「社会人として、今の世間の情報を摂取することは必要だ」
 もっともらしいことをようちゃんは言う。でも意識は俺に向けられているだろう。だって身体がちょっと強張ってる。
「新聞でも分かるじゃない。ね」
 俺はようちゃんの頬に指を伸ばした。
 触れると、ようちゃんがわざとらしく目をそらした。
「あんなアナウンサーより、俺の方がずっと見る価値あると思わない?」
 テレビ画面に映っている女のアナウンサーより、その隣に座っている男のアナウンサーより、俺の方が見た目は良いだろう。
「おまえな」
 自意識過剰だとようちゃんは俺を振り返って言ったけど。
 現にそうやってテレビより俺を見てくれるんだから、俺の言ったことを誰より証明してくれていた。




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