兎の野望 8





 頬を染めている色は恥ずかしさと同じなのに、浮かべている表情は荒っぽさが滲んでいた。温和な人柄の武国が見せる、初めての野蛮さのようなものだったのかも知れない。
 だが俺を見てくれる瞳には、やっぱり気遣いや優しさがこれでもかというほど詰まっていて、胸が苦しくなる。
 性器を擦られている気持ち悦さに身をよじりながら、武国の下半身へと手を伸ばした。
「これ、入れてみる?」
「え?入れるって」
「俺の中に、入れてみる?後ろ、ほぐしてきたから」
 先端を軽く撫でると性器が顕著に反応してくれる。後ろと言うと武国が唖然とした。
 尻の穴だと言わなければ伝わらないだろうかと思ったのだが「えぇ!?」と驚愕の声と共に俺の下腹部に視線が釘付けになったので、ピンときたらしい。
「風呂場で、少しだけ準備した。武国は入れてみたいかと思って」
 武国に抱かれるかも知れないと思ったので、風呂にローションを持ち込んでは後ろに指を入れて、中を柔らかくしておいた。
「そこまで、しなくても」
「俺はしてみたい」
 武国と繋がる感覚はどんなものだろうか。
 そう考えたのは今日が初めてではない。武国を飼い主にしたいと思った時から、セックスについてはあれこれ想像していた。
 飼い主と年が離れていない。双方性欲がある年齢だと分かった時から、ただのスキンシップだけでなくセックスも視野に入っていた。俺は気持ち悦いそれが好きなので、飼い主ともしたかったのだ。
 男同士ということで、後ろで繋がる方法も調べていた。どっちも出来るよう、後孔に性器を入れられるように、指を入れる訓練もしていた。
 自分でするのは特に気持ち悦いものではないが、武国のものだったらまた別かも知れないと、そんな希望も持っていた。
(俺が前々から武国に抱かれる準備をしていたって知ったら引くかもな)
 そんなにもセックスがしたいのか、好きなのかと驚かれそうだ。
(まあ、好きなんだけど)
 武国が風呂に行っている間に、枕元にローションとコンドームは転がしておいた。俺はまずはローションを手に取っては自分の掌に垂らす。とろりとしたその透明な液体を、武国はじっと見詰めていた。
 こんなものは見たことがないとでも言い出しそうな興味津々の視線だ。
 俺は勿体付けるようにそれを両手でくちくちと音を立てて混ぜては、右手にしっかり纏わり付かせて、後孔に塗りつける。
「ん……」
 自然に濡れることがないそれは、ローションをたっぷり付けなければ指も入れられない。固く閉ざされている箇所に中指を差し込んでは、内側をぐにぐにと拡げていく。
「……すごい」
 呟きに武国を見ると興奮しきった顔で、俺を見ている。首元まで赤くなっては、俺の性器、きっとその裏側の後孔を想像しているのだろう。
(AVを初めて見てるみたいだ)
 そんなにエロく見えているのだろうか。
 調子に乗って、ローションを足してはわざと水音を立てるようにして掻き混ぜる。すると武国の呼吸が益々浅くなっては、性器が固くなっていく。
 欲情されている、そう感じさせられる。それが俺まで共鳴していては、後指に入れている指を二本に増やしては、律動を始める。
 そうすると武国に入れられた際の妄想が、より強くなって気分が高揚した。
「それ、気持ち悦いんですか?」
「よく分からない。でも、武国のが入って来たら、きっと気持ち悦いと思う」
 これがね、と武国の性器を指先でつつく。びくんと跳ねたそれに口角が上がる。もう突っ込みたいと、主張しているみたいだ。
(でも、これ大きいからなぁ)
 指二本とは比べものにならない。頑張ってもう一本入れるけれど、後孔が引きつるような痛みがある。
 訓練でもやはり三本入れる時は毎回緊張する。切れるかも知れないと怖くなるのだが、武国の性器を前にすると三本如きで怖じ気づいている場合ではなかった。
「……俺に入れる、想像してる?」
「して、ます」
 言い逃れなど出来ないほど、欲情も露わに俺を見ている。初めてのセックスに期待も高いだろう。
「エッチ」
「なっ、えっ」
 ズバリと指摘されて慌てる武国に笑いながらキスをした。焦れているのは武国じゃなくて俺だ。
 三本の指で体内を深くまで拡げては、なんとか柔らかくしようと必死になった。早く、武国を内側で感じたい。繋がってみたい。気持ち悦いかどうかも、今はもうどうでも良かった。
 適当に律動をして、性器が抜き差しされるイメージを掴んでは指を引き抜いた。腹はくくった。
 ローションの横に置いていたコンドームを取っては封を切る。武国の性器は十分に固く勃っている。ちらりと見上げると、武国が「あっ」と声を零した。その一言で、俺は躊躇を捨てた。
「着けてあげる」
 まあ童貞だと言っていたし、やり方は分からないかも知れない。
 ここで手間取って気合いが薄れても困る。なので俺はさっさと心とは違う準備万端の武国の性器にそれを装着させる。
(自分のとは違い、人に着けるのは勝手が変わるな)
 たかがコンドームを着けるだけなのに、完了すると達成感があった。
「……俺が上に乗るから、頑張るから」
 セックスをしたことがない武国にリードを渡すのは危険だ。だからといって同性でのセックスをしたことがない俺が自ら武国にまたがってそれを咥えるのも随分勇気が要るのだが、致し方ない。
 やると決めたのだから。
 切っ先を後孔に押し当てて、深く息を吐く。緊張して背筋にぷつぷつと嫌な汗が滲むのが自分でも分かる。だが凝視してくる武国に後押しされるように、腰を落とす。
(切れる切れる痛い痛い!無理無理!大きすぎる馬鹿!)
 圧倒的な質量に後孔が限界まで広がり、淡い痛みまで走るようだった。だがめり込んでくる先端の熱さにぞくりともした。
 奇妙なそのぞくりとした刺激が、快楽になるように祈りながらも徐々に腰を沈めていく。内臓が圧迫されては息苦しい。
「は、あぁ……」
 金魚のように口を開けて酸素を吸い込むけれど、ろくに入っている気がしない。
「森山さん、やっぱり」
「止めましょう以外の台詞にしろ」
 痛みが来るかも知れない恐怖と戦いながら、武国の雄を飲み込んでいる。精神的に武国を気遣ってやる余裕がない。ぶっきらぼうな言い方に武国がぐっと顎を引いた。
「い、痛くないですか?」
「痛いというより苦しい。でも、いい。君の初めてだ」
 ここで武国の初めてを奪ってしまえば、それは永遠に俺のものだ。他の誰も得ることが出来ない。
 今後も武国を渡すつもりはないけれど、何かの間違いが天文学的な数字で発生しても、最初は、一番初めては俺だと刻まれている。
(やばい、それは興奮する)
 武国の一番を奪う想像には、ドキドキした。我ながら趣味が良くないと思うけれど、独占したい。
 だが引き裂かれそうな圧迫と、ぴりっとした痛みが後孔に走った気がして、動くのが恐ろしくなってきた。
「……頑張ってて、えらいって言って。撫でて、褒めて」
「え、今、撫でます?」
「頭でもほっぺたでもいいから撫でて。俺、頑張れるから」
 見詰めてくるその熱い視線も好きだが、褒められるのも、撫でられるのも好きだから。好きをたくさん与えて欲しい。
 武国は俺の要望に応えてくれた。頬を撫でて「えらいね、良い子」と言ってくれる。ちゃんとウサギのミトに接するように、敬語が抜けているところが嬉しい。
「もっと、触って。ほっぺただけでなく、色々触って。キスして」
 ねえと顔を寄せると、武国が恥ずかしそうにキスをしてくれる。そして頬だけでなく、耳や首を撫でる。そして脇腹をくすぐられて、思わず身をくねらせた。
「あっ」
「くすぐったいですか?」
「いいから、もっと、もっとちょうだい」
 くすぐったいけれど、それだけではない。なんとなく気持ち悦い。背中を撫でられて思わずのけぞる。
「それ、好き」
 背中が気持ち悦いなんて、これまで感じなかった。だが武国の手は快楽になる。自然と腰もまた下りていっては、腹の深くまで入り込んでくる。息が止まりそうなサイズだが、どくどく脈打っているそれが愛おしい。
「くるし、でも、気持ち悦い、きもち、いい、これ、イイ」
 男の性器を体内に咥え込むなんて、本当のところどうなのか心配だった。気持ち悪いだけじゃないかと不安だったけれど、これはこれで、気持ち悦いような気がする。
 まして気持ち悦いと口にすると、中にある雄がびくっと震えた。
 俺の台詞に、ちゃんと応じてくれている。
「もう、入らない……だからここで、動く」
 中腰の体勢はかなり体力的に厳しいのだが。もっと厳しいのは体内の状態だ。ギチギチに締まって、これ以上雄を入れるのは困難だ。武国だってこんなに締められれば痛いだろう。
 眉間を寄せて、荒い呼吸をしているのは快楽だけが理由ではないはずだ。
 どのように動けば気持ち悦いのかは分からない。これまで体験したセックスとは全く異なる行為だ。だから腰を上下に振っては、雄を内側で扱くことだけを意識した。
 武国をイかせてあげるのが優先だ。初めての行為でイけなかったとなると、可哀想だろう。トラウマにしたくない。
「ん、んぅ、気持ち、いい?大丈夫?」
 締め付けすぎて痛いだけではないだろうか。そう武国に尋ねるが、武国はこくこくと大きく頷いた。
「気持ちいいです、すごく」
 武国の手が俺の腰を撫でる。悪寒にも似たぞわぞわとした感覚が深まっていく。
「あっ……ぅ、ん」
 雄を締めながら上下に揺れていると、たまにじわりと気持ち悦さが込み上げてくる。それは性器で感じるものとは違う、曖昧なものだ。
 けれど熱くて、腹の奥から生まれてくるような、奇異な快楽だった。
 男は後孔の奥でも快楽を感じられるらしいが、それかも知れない。
 これまで知らなかった刺激に、俺は気持ち悦さを求めるように、上下だけでなく、軽く左右にも揺れる。
 武国の手が止まっていてることに気が付いて、片手を掴んだ。そして指を交差するようにぎゅっと握る。俗に言う恋人繋ぎをすると、武国が手と俺の顔を交互に見詰めては「わぁ……」と小さく零した。
 俺の中に性器を突っ込んでいるのに、手を握ったくらいで照れるらしい。ちょっと変わっているが、可愛い。
「っ、ん……あっ」
 男の喘ぎ声なんて気色悪いだろうと思うのだが、息を吐き出す際にどうしても零れてしまう。武国はそれを嫌がっていないようなので、声は殊更我慢して殺しはしなかった。
 けれど自分の耳に聞こえてくるのは、さすがに羞恥心がある。だから武国にキスをして、声を抑えようかと思ったのだが。それより先に、武国が唇を開いた。
「森山さん、俺、もう」
 武国が苦しげに訴えてくる。体内にある雄も悶えるように脈を打っている。きっとそろそろ出してしまいそうなのだろう。
 膨らんでいくそれに俺の身体が悲鳴を上げそうだ。だがそれでも武国をちゃんとイかしたくて、もう少しだけと欲張って咥え込む。
(痛い、苦しい、でもイって欲しい。俺の中でイって)
 武国がこの身体でイくのだと思えば、くらくらとした。夢中になって腰を振っては腹の奥に集中した。武国の形を覚えていると、無意識に内側が収縮していく。それに武国が歯を食いしばった。
「出して、いいよ、イって」
 早く、と吐息のような声で囁くと、武国が息を呑んだ。そして俺の腰をがっっりと掴む。痛いくらいの力は強引で、そんなところに一番ぞくっとした。
「んっ、あ、あっ」
「う、あ……ぁ」
 武国は息を止めると、数秒後脱力した。体内にある雄はびくびくと跳ねては、下から突き上げてきた。射精をするための反射だろう。それに突き刺さるような刺激を感じては、悶えてしまう。
(中で、イってる。武国がちゃんと、俺でイった)
 自ら腰を振って、自分で気持ち悦くなってくれた。
 この身体でもちゃんとセックスが出来た。その実感に、俺まで気持ち悦さに襲われては、頭の中が濁った。



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