兎の野望 9





 ずるりと体内にあった雄を引き抜く。ローションがあるおかげで円滑に抜けたが、ぐちゅという音が響いた。
 武国の荒い呼吸音とその水音で混ざり合っては、セックスの生々しさを今更伝えてくる。
(あ、本当にイけたんだ)
 武国がコンドームを外す。その中には白いものが溜まっていた。体感で武国がイったのは曖昧にでも感じられたけれど、目で見られると安心する。
 気が抜けて弛緩する。ベッドに身体を投げ出すと武国がぎょっとした。
「大丈夫ですか、森山さん」
「うん、大丈夫……大丈夫なんだけど」
「だけど?」
「こっちは、収まってない」
 武国は二回も射精してすっかり落ち着いてしまったかも知れない。だが俺は一度も出していない。
 それどころか内側に武国の性器を咥え込んで、頑張って扱いてイかせた感覚がある分。欲情だけは深まっていた。
 性器も緩く勃っており、刺激を求めている。ここまで来ると恥も何もあったものではない。
 自分のそれを指差すと武国が目を丸くしては恐る恐る手を伸ばしてきた。
「武国が、シて」
 お返しをして欲しいというわけではないが。俺も武国からの愛撫が欲しい。気持ち悦さを分け与えて欲しい。
 ねだると武国は「はい」と返事をしては、意気込んだようだった。武国よりかはサイズは小さいだろうか、それを片手でそっと握っては、擦り始める。
「もっと、強くしていい。早く、イきたい。武国のを見てて、我慢、出来なくなった」
 イきたい、気持ち悦くなりたい。そればかり頭にある。
 覆い被さってくる武国に手を伸ばして、顔を引き寄せる。
「んっ、んん」
 キスをせがんで何度も重ねる。その間も性器はどんどん膨らんでは、痛いくらいに張り詰めていく。もう出したくて、武国の手の中に腰を押し付けた。
 今度は自慰をするように腰を振るなんて、痴態を晒し尽くしたようなものだ。
「森山さん」
「みと、深透がいい、深透って呼んで」
 人間の姿の時に森山と名字で呼ばれるのが寂しかった。武国は真面目で俺に気兼ねをしているからだと分かっていたけれど、他人行儀で壁を感じていた。
 ウサギの時のように「みと」と呼んで欲しい。ましてセックスの最中ならば、こんな近くにいるのだから配慮なんて吹き飛ばして欲しい。
「みと、深透さん」
「ん、うん、あ、イく、でる」
 さん付けになってしまったけれど、名前が聞こえてきて俺はぶわりと鳥肌が立った。
 名前を呼ばれるのも気持ち悦い。射精感が込み上げてきて、武国にしがみつく。すると武国はちゃんと俺の望みを読んで、愛撫の手を強めた。
 搾り取るかのように扱かれて、快楽が風船のように膨れ上がり、そしてぷつっと破れたのを感じる。中から気持ち悦さが一斉に溢れ出す。
「っあ、んぅ、あぁ!」
 嬌声を上げて、武国の手に白濁を吐き出す。飲み込まれてしまいそうな悦楽は、これまでに味わったどんなセックスよりも強烈だ。身体の芯が痺れては、武国に身体をくっ付けて、快楽に溺れる。
 武国の鼓動と呼吸を聞きながら、他には何もないと思った。
 この人だけがいい。



 腰と尻が痛い。同性とのセックスは初めてだったにも関わらず、最初から後ろに性器を突っ込んだ上に、自ら腰を振ったのだ。負担は大きかっただろう。
 けれど一度走り出した性欲を止めることなんて俺には出来ない。満足するまで、心も身体も疼き続ける。
 万年発情期と言われるウサギだからかも知れない。だがそれを言うなら人間だって万年発情するではないか。
 ウサギに戻らず俺は昨夜人間のまま就寝した。武国を隣に引きずり込んで、抱き締めて眠って欲しいと無茶を言った。
 武国の体格ならば一人で寝るのも窮屈かも知れないベッドに二人が詰め込まれたのだ、きっと武国は困ったことだろう。だがその大きな体躯を小さく縮めて、俺を抱え込んでくれた。守ってくれるみたいに、腕に入れて、頭を撫でてくれた。
 これまでの人生の中で一番幸せな時間だった。この時のために生まれて来たのかも知れないと思ったくらいだ。
 しかし翌朝、目覚めた時はしっかり代償として様々な怠さもべったり張り付いてきたので、何もかも上手くはいかないなと思った。
 身体が重すぎて何もする気になれず、ウサギの時のように自分の世話を武国に丸投げした。武国は緊張しつつも俺に服を着せて、水を飲ませ、俺が食べたいと言ったサンドイッチをコンビニまで買いに行ってくれた。
 そして俺は今、ベッドでサンドイッチを食べている。惰性を極めているといっても過言はない。
「森山さん」
「深透」
 昨夜俺の呼び名は更新された。森山に戻るつもりは毛頭無いので、わざわざ訂正する。
 すると武国はもぞりと落ち着かなさそうに居住まいを正した。
「み、深透さん。あの、今日のお仕事は」
「メールの返信が三つあるだけだから、大丈夫」
 ノートパソコンがあればベッドの上でも問題ないほどに動く必要がない。元々あまり活動的ではないけれど、今日はスタジオに行く予定すら入れてない、休日に近い扱いだっった。
 そうでなければ、今朝から青ざめていたところだ。尻が痛くて動けませんなんて、仕事の関係者には言いたくない。
「それなら、良かった。今日はゆっくりしていてください」
 そう言う武国は今から大学だ。リュックを背負ってあっさり出ていこうとするから、つい「待って」なんて言葉が口から出ていた。
「キスがしたい」
 セックスの最中に何度もねだった。それを武国は思い出したのか、玄関へと一歩踏み出した体勢で止まる。大きな背中しか見えなくて、今どんな表情なのか分からない。
 それを残念に思っていると、ブリキのおもちゃのようにきごちない動きで振り返った。
(赤くなってる)
 顔を赤く染めている。この子は赤面しやすいタイプなのかも知れない。
 武国は恐る恐るというようにベッドに戻ってきては、一瞬触れるだけのキスをしてくれた。
 唇の感触も残らないようにな短さは物足りないけれど。欲張ると武国を大学に行かせたくなくなる。
 借金を背負いながらも本人が決死の覚悟でしがみついている場所だ。快く送り出してあげたい。
「このベッド、新しいのに変えよう。二人じゃ狭くて限界だ」
 大学に行っている間に、どんなベッドが良いのか考えて欲しかった。二人で寝るのだから、俺だけが決めるのは不公平だろう。
 けれど武国はベッドという単語に動揺しては、後ろに下がった。
(あ〜ぁ、可愛い顔してる)
「そ、そうかも知れません!はい!」
「うん。だから今度買いに行こう」
「はい!今度、分かりました、はい」
 はいを繰り返して、武国は玄関へと逃げていく。からかったつもりはなかったのだが、大袈裟なほどに反応してくれるのが面白い。
「いってらっしゃい」
 声をかけると「いってきます!」という元気な返事と共に、玄関先で躓いて転ける盛大な物音が聞こえた。
 






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