兎の野望 7





 夜は大抵ウサギに戻っていた。
 ウサギになって武国に甘えて、遊んで貰うのだ。そして撫でられながらうとうと眠りに就く。それが俺にとって一番気持ち良い入眠だった。
 けれど今日はウサギにはならなかった。武国は教科書を広げてルーズリーフに何やら書き込んでいる。大学の課題か何かだろうか。
 俺はノートパソコンでメールを打ちながら、作業をしている武国をちらちらと時折確認する。すると武国も俺を意識しているのがよく分かる。たまに視線がぶつかるのだ。
 お互い、次の行動を探っている。
 これからどうなるのか、それぞれがきっと同じことを想像してしまっている。
「あの、ウサギに戻らないんですか?」
「ウサギがいい?でもすぐに人間に戻るよ?」
「それは、あの、どうして」
「待ってるから」
 何を、なんてもはや口に出すまでもない。その証拠に武国がびくっと肩を震わせては、俺から慌てて目をそらした。
 視線が彷徨うのを眺めていると、武国が居心地悪そうに身じろぎをしている。手元は止まったままで、しばらく待ったが動き出す気配がない。
 だから俺はメールを下書き保存してはノートパソコンの電源を落として、武国の隣に座った。腰を下ろすと武国がまた怯えたかのように身体を固くしたけれど、頬には赤色が滲み出ている。
「寝る?」
 睡眠を取るか、という意味合いとは別の含みを持たせた。
 武国はきちんとそれを読み取ってくれたらしい「えっ!」と上擦った声に驚きだけでなく、淡い欲望のようなものが混ざっているように聞こえた。
 嫌悪がないのはすでに確かめていたけれど、こうも拒絶感がないのは俺としては嬉しい。
 俄然ヤる気も出るというものだ。
「シよう」
 遠回しな誘い文句も官能的な仕草も使わない。ごくシンプルな、それこそムードがない、直接的過ぎて下品と非難されてしまいそうな台詞だった。
 けれど今の武国にとっては、これが一番響くはずの、誘惑だ。
 案の定武国は目玉が零れ落ちそうなほど瞠目した。その隙に俺は教科書を閉じては武国の手を取る。
「え、あ、森山さん……っ」
 緩く引っ張るだけで武国は立ち上がって俺に付いてきてくれた。そしてベッドの上に乗ると、ちゃんと俺の隣にへたり込んでくれた。
 誘拐されてしまった小熊のように心細そうだ。大きな身体が小さく縮こまっては、どうして良いのか分からす戸惑っている。
「緊張してる?」
「してます。森山さんは、俺なんかが相手で、いいんですか?出来ますか?」
「出来るよ。君がいい。君だけがいい」
 今は武国以外の人間なんて、俺にとっては意味が無い。武国に触れることだけが、意味のある行為になっている。
 キスを何度もする。ちゅうとわざとらしいほど音を立てて、武国に抱き付く。びくりと強張った身体に、少し腕に力を込めた。
「ぎゅっとして」
 ねだると武国が恐る恐るという様子で俺の背中に手を回してくれる。容易に抱え込まれる体格差に、我が身を預ける。
「んっ、は、ぁ」
 舌を武国の口の中に入れては、口内をまさぐる。熱い粘膜を舌先で舐めたり、くすぐったりしながら、俺は武国のシャツの中に手を入れた。肌はしっとりと汗ばんでいる。
 緊張している胸元を撫でると、ドクドクと早鐘を打つ心臓が分かる。その振動は俺と大差がない。
(もっと、もっと触りたい)
 この男の造形を、この掌で感じ取りたい。鮮明に、詳細に。
 胸元や脇腹を撫でると武国がくすぐったそうに身をよじる。その反応に、欲深さが増してはシャツが邪魔で仕方がない。
「脱いで」
 キスを止めてそう言うと、武国は大人しくシャツを脱いでくれた。分厚い身体にはちゃんと筋肉がついていた。男の筋肉に魅力なんて見出したことはないけれど、武国の身体は見ていてバランスの取れた良い造形だなと感心してしまう。
「筋肉だ」
「はい、そんなに、しっかりしたものではないですが」
「俺は付かないんだ」
 血統のせいか、身体は細くて軽い。食べても太らない体質だ。
 男らしい体躯とは無縁なので、武国の身体は未知に近い。
 胸元から腹へと撫で下ろしては、スウェットズボン越しに、それを撫でた。「わっ」と武国の慌てる声がしたけれど、俺は構わずにそれを刺激し続ける。
「あの、森山さん」
 止めようかどうしようか。武国の手が空中で彷徨っている。だが俺はそれを無視して、ズボンの中に手を突っ込んだ。勢いがありすぎたのだろう、下着の中まで入ってしまった指に、まあ良いかと性器を実際に握った。
「おっきくなってるね」
 片手で握るとそのサイズが分かる。すでに興奮し切っているそれは固く勃っている。きっとキスをしている間に、充血していったのだろう。
 男とのキスでも十分欲情出来るらしい。
 あわあわと言葉になったいない声を呟きながら、武国は顔を逸らしている。自分のそれが勃っているのが恥ずかしいのか、俺の手に触られているのが恥ずかしいのか。
 どちらにしても、俺がやることは一つだ。
「待って、ください。森山さん、俺」
「なに?」
 問いかけても武国は呼吸を乱すばかりだ。性器は熱くなり、どくどくと力強く脈を打っている。男の性器なんて触るのも嫌だと思っていたけれど、武国のものならば気にならない。
 それどころか扱くと大きくなっていくそれは、自分が育てているのだという充実感がある。
「すぐ、イきそう、なんです」
 武国が苦しげに表情を歪める。気持ち悦さに襲われて、流されそうになっているのかも知れない。俺はどうしてそこで踏ん張ろうとするのがが分からない。
「イけばいい」
 気持ち悦いなら射精すれば良いだろう。そのために手で扱いているのだ。
 先走りが溢れ始めては俺の手を汚していく。ぐちゅぐちゅという水音に手を早めた。
「あの、おれ、もう、もうイ、く」
「うん」
 いいから、と囁くと武国が息を詰めた。
 そして座ったまま腰を突き上げるように動かしては、俺の手の中に白濁を吐き出す。
 熱いそれを指で感じて、俺は言いようのない満足感に包まれた。
(ちゃんとイった。俺の手で、武国が射精した)
 緩急もろくに付いていない、単調に扱くだけの手付きでもちゃんと気持ち悦くなってくれた。それにぶるりと自分まで気持ち悦さに震えてしまった。
 はあはあと荒い息をする武国の性器から手を離すと、指にはべったりと白濁が付いている。人のそれを見るのは初めてだ。自分が出すものと差はないようだが゛、武国のものだと思うと汚いとも何とも思わない。むしろ、身体が火照っていく。
「俺にも、触って?」
 ベッドヘッドに置かれているティッシュで手を拭うと、俺は服を脱いだ。俺も武国の手を肌で感じたい。
「えっ、俺が、森山さんを!?」
「駄目?嫌?」
「嫌じゃないです!」
 食い気味で否定される。その勢いにちょっと気圧されたけれど、服が邪魔になるのは間違いないのでそのまま裸体を晒す。
「……さすがに、恥ずかしい」
 武国はそれまで羞恥に耐えるようにそっぽを向いていたのに、今は食い入るようにして俺を見詰めている。
 武国のように筋肉が付いているわけでもない細い、見応えのない身体だ。そうして鑑賞されるのは居心地が悪い。
「あ、すみません!失礼ですね!」
「女じゃなくてごめん」
「謝らないでください。俺は、森山さんで良かったと思います」
 初めての相手が俺という意味での謝罪でもあるが。今後女を知ることのなく生きる人生を強いることに対する謝罪でもある。
 だが本人にそれを悟らせるつもりもなかった。
 触って欲しいと言っても、武国はどうしたら良いのか困惑しているようだった。手も中途半端に上がったままで、俺の素肌まで遠い。
 そのまま待っているのは焦れったくて、俺は武国の手を取っては、喉元へと導いた。脈拍が感じられる動脈がこの下にあり、呼吸の度に酸素が気管を通る微かな響きだって指先で感じ取れるはずだ。
 片手だって、握り締められれば苦しい上に骨が折れて死ぬかも知れない。だから他の人間には絶対に触らせない。
 だが武国にはそんな無防備な部分こそ触って欲しい。
 喉から鎖骨、胸元へと手を導いていく。心臓の鼓動を教えてから、腹部、そしてその下へとなぞって欲しい。だがそこまで自分で武国の手を誘導するのはさすがに恥ずかしかった。
 だから戸惑ったけれど、武国はそこまで来るともう大丈夫だとばかりに性器に触れてくれた。
「っ……ん」
 性器は武国のものを愛撫している間に緩く勃っている。それでもまだ熱くなるのは先でだったはずなのに、武国の手に擦られると一気に熱くなった。あっという間に固くなって頭をもたげるそれ。同時に快楽が全身を駆け巡る。
「あっ、ん」
(ああ、これ、ヤバイ。気持ち悦い、自分でやるずっといい。おっきな手、優しくて、少し物足りないけど。でも武国らしくて、好き)
 あたたかな手、俺の頭や背中を撫でてくれる穏やかなばかりの手が。俺の性器を扱いて、性欲を高めてくれる。安心だけじゃない、気持ち悦さを生み出してくれる手に、夢中になって腰をゆらめかせた。
 自ら愛撫を求めて身体を動かすのは淫乱だなんて考えはなかった。気持ち悦さの前では、恥じらいなんてゴミみたいなものだ。何の役にも立たない。
「武国、たけくに」
 甘えるように名前を呼ぶと、武国がごくりと唾を飲み込んだ。欲情を露わにする反応に、ちらりと武国の下半身に目をやると。情欲を吐き出したばかりの性器がまた膨れ始めていた。
 俺がよがっている様子に、煽られている。
 そう分かると愛おしくて仕方がなかった。
 



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