繋がり方 5
テレビの音が聞こえてくる。 でも僕の耳にはその内容なんて全然入ってこない。 絡み合った視線に意識が引き付けられているから。 前まではこうして目を合わせることなんて、日常的だったのに。 懐かしいような気になるから、それがまた胸を締め付ける。 「なんで、目を合わせないんだよ」 ようやく訊くことが出来た。 ずっと心の中で重石になっていたことだ。 テンは眉を寄せては、少し苦しそうな表情をした。 いつもお気楽極楽で楽しそうにしているテンには、似合わない。 でもそれだけ抱えているものが、大きいってことなんだろう。 意味もなく視線を外しているわけじゃない。 「だって、どうしていいかわからない」 ぽつりと、テンはいつもとは違う、弱々しい様子で呟いた。 「何が?」 「そうやって何の警戒もしないし」 けいかい。 その単語が聞こえてきても僕はぴんとこなかった。 警戒という意味だと察しても、何についてなのかわからない。 「風呂上がりとか、上は何も着てないこととかあるじゃん」 「それは、上がったばかりの時はちょっと暑いから」 どうして風呂上がりの話を今されているんだろう。 確かに僕は風呂上がり、ズボンをはいただけの格好でうろうろすることがある。 だって湯船に浸かった後は身体の芯まで暖かくなってるから、きっちりパジャマを着込むと暑いと思う時があるから。 「俺がシたいの知ってるのにそうやって平気でいるから。そんなの見せつけられても俺は、亮平が嫌がるからって我慢してるのに」 シたい。 それは僕を抱きたいってことだろう。 今まで、二回だけ無理矢理僕を押し倒して身体を開かせたように。 テンが真面目に、辛そうに口にした言葉に怒りは沸いてこなかった。 ただ、自分がテンに対して気を使っていなかったという事実を突き付けられて、棘が刺さったみたいな痛みを覚える。 止めてくれって言った。もうあんなことしないでくれって。 それを忘れて、僕は男同士だからって何も気にせずにいた。 テンが僕をどんな目で見ていたのか、知らなかったわけでもないのに。 「でも、我慢しても我慢しても、そんなの上手く出来ない。だって俺は、自分の気持ち殺したり出来ねえもん。欲しがっちゃいけないってわかってるけど、目の前にあったら、苦しい」 俯いて、テンはそう言った。 そんなの知らなかった。 テンが苦しがっているなんて、知らなかった。 好きだ好きだと言ってくる声を、僕が持っているペットに対する愛情や、親しい人に対する情だと思いこんでいた。 欲情するような、そんな気持ちだと思うと、戸惑ってしまうから。 「だから、フェレットになってた。フェレットだと亮平を襲えないから。無理矢理ヤっちゃうことも出来ないから」 だからフェレットの時は目を合わせてきたのか。 そしてべったり僕の側にひっついていて。 「遅く帰ってきたり、飯食べて帰ってきてたのも?」 「一緒にいたいよ。ずっと一緒にいたいけど、そしたら我慢出来なくなって襲う気がして」 テンはがしがしと頭を掻いた。 色素の薄い、少し長い髪が乱される。 その頭を叩いたことは数知れない。でも、撫でたことだっていっぱいある。 テンは撫でられるのが好きだから。 フェレットではあんまり好きじゃないのに、人間だと好きだなんて変な奴。そう言うとくすぐったそうに笑っていた。 あの時、テンは辛かったかな。 我慢してたのかな。 「なんか…気狂いそうなんだよ。亮平が俺を嫌いだったら割り切れたかも知れない。でも俺のこと嫌いじゃないだろ?」 ちらりとテンは僕を見てきた。 不安そうな、泣き出しそうな子どものような目だ。 突き放せばそのまま壊れてしまいそうに見えて、僕は怖くなった。 「うん…」 テンに対して、困ったことや怒ったことはある。でも嫌いになったことなんて一度もない。 そう、一度だってなかった。 無理矢理抱かれた時だって心の底から怒った。辛かった。 でも必死になって謝るテンを最後には許していた。 「だから余計。ペットとしての愛情をもらうだけで満足しようと思った。それだけで十分だって。飼い主に出会えただけでも幸せだって。でも……駄目だった」 テンは緩く首を振った。 俯いていて、僕はよく表情が見えない。 でもきっとお日様みたいな笑顔はしぼんでしまっていることだろう。 「だって、俺は人間でもあるから」 フェレットだけじゃない。 テンの言葉は僕の中に入り込んでくる。 目の前にいる男を見て、フェレットになれるんだよなぁと思ったことがある。 人間なのにフェレットにもなれるなんて不思議だって。そしてフェレットのテンを見ても、人間になれるなんて変なの、と思った。 人間とフェレット、同じ接し方は出来ない。 でも僕がテンに向けていた感情はほとんど変わらない。 だって同一人物だから。 でもテンは、それじゃ駄目だったんだろう。 フェレットに向けられる愛情をそのまま向けられても、満たされなかった。 テンは僕とは違う気持ちで、僕を好きだったから。 「愛情が欲しい。フェレットに向ける愛情だけじゃないのが。それが本音」 テンは大きく息を吐いて、顔を上げた。 苦しそうな表情はもうない。 あるのは、真剣な眼差し。 「我が儘だってのはわかってる」 「……うん、我が儘だ…」 だってフェレットと暮らすつもりで僕はここに来て、暮らし始めて、人間になるなんて知らなかった。知ってからも、フェレットのテンと離れるのが嫌で、人間のテンとも同居するようになった。 元々はフェレットのテンが好きだった。もちろんペットとして。 それなのに、フェレットより人間を好きになってくれって、テンは僕に要求してくる。 男同士で、色々勝手なことしてるくせに。 「ごめん」 でも、僕より高い背を丸めて、小さくなって謝られると強く出られない。 だってフェレットのテンと、人間のテンは一緒だから。見た目は違っても、中身は同じだから。 僕も大概甘い。 でもだからって恋人になれるなんて。 「俺、出ていくよ」 「え?」 「受け入れられないなら、一緒にいても辛いだけだから。俺は亮平のことずっと好きだし、抱きたいと思う気持ちもずっと持ってる。いつか、襲うかも知れない。それが嫌なら、受け入れられないのなら、俺は亮平から離れる」 そんな、と僕は乾いた呟きを零していた。 テンとの生活はもう僕に馴染んでいる。 一人暮らしの寂しさも、静けさも、もう忘れてしまってる。テンと一緒にいる楽しさや、騒がしさを知ってしまった。 隣でテンが「亮平」って笑っている顔を、覚えてしまっている。 それなのに、今更離れるなんて。 「俺は、我慢し続けることは、たぶん耐えられない。だから選んで。俺を受け入れるか、はねつけるか」 どちらか、とテンは口にしながらすがるような目で僕を見ていた。 ここで捨てられれば行き場なんてない、って言っている。 まるで道ばたに捨てられた子犬だ。 与えられる手を待ってる。それがなければ死んでしまうというように。 払いのけられるはずがない。 まして、テンが懇願してくることを僕が斬り捨てられるはずがない。 深く息を吸い込んで、僕は視線を落とした。 テンの足が見える。 それだって僕より大きいだろう。 男同士だ。恋愛対象になるはずのない生き物だ。 それなのに、告白されても、抱きたいと言われても込み上げてくるのは不快感とはほど遠い。ただ、どうしようという戸惑いだけだ。 そして僕はいつもその戸惑いを抱えて、テンの気持ちを曖昧に濁してきた。僕の気持ちもはっきりさせないできた。 でも、そのままでいつまでもいられるはずがないってどこかでわかっていたのかも知れない。 口にした答えは意外にも抵抗がなくて、いつかはこの返事をする日がくると思っていたかのようだった。 テンのベッドの上に転がりながら、僕は天井を見ていた。 荒い呼吸や与えられる刺激が僕を翻弄して、軽くパニック状態だ。 何も着てないのに肌寒くない。 むしろ暑くて、じわりと汗が滲んでいた。 テンの指が僕のものに触れていて、そこから濡れた音が聞こえてきていた。 そんな卑猥な音に追いつめられては高められている欲にシーツを掴んだ。 前にこうしてテンに押し倒されている時、僕は抵抗ばかりしていた。 だって冗談じゃないと思ったから。 どうして男なのに、男に抱かれなきゃいけないんだって、頭の中は罵声でいっぱいだった。 自分が持っている感情と、テンが持っている感情の違いに戸惑って、受け入れることなんて到底無理だと思っていた。 嫌がって、逃げて、抑えつけられると怖かった。 ごめんと謝るテンの声も憎らしくて、何もかも放り出してやりたかった。 でも、今は、違う。 自分で納得した上で、テンに抱かれようとしている。 こんなはずじゃなかったって気持ちはまだあって、それは僕を「これでいいのか!?」って投げかけてくる。でもそれに揺れ動くより先に、テンの指が僕を快楽に流してしまう。 「っ…」 先端を指の腹で撫でられ、僕は息を飲む。 するとテンが嬉しそうに目を細めた。 喜んでいるその顔に、僕は弱い。 結局、こうして抱かれることまで許してしまったのかと思った時、テンが僕の下半身に顔を埋めた。 「テン…!?」 指で弄ばれていたそこがテンの口に含まれる。 ねっとりとした舌が絡み付いてきては、吸い上げてきて、痛いくらいの快楽を与えてくる。 ひっと喉がなってしまう。 「や、テンっ!やだ…!」 テンの髪を引っ張るが軽く歯を立てられて僕はびくりと震えた。 よく喋るあの口が、僕のものを舐めているなんて、視覚的にも信じられない。 「あ、ぁ…ん…」 天井がぐるぐる回っているような錯覚までおこしてきた。 吸われ、舐められ、声を殺す理性も溶かされる。身体中の熱がそこに集まっているかのようだ。 「ん…んっ…」 テンの指が、後ろへはわされた。 そこをどうするのかは、分かり切っていることだった。 ほぐすのだ。 異物感を思い出して、僕は自然と身を強張らせる。 そこは決して何を受け入れられる箇所じゃない。でもテンはそこに入り込もうとしてくるのだ。 入れられる際の痛みは、とても歓迎出来るものじゃない。 「やだ、テン…そこは」 「うん、ごめん」 ごめんと言うくせに、テンは指先をそこに入れる。 前を舐めながら、ゆっくりと入り込んでくる指に僕は腰が引けた。自然と身体は逃れようとするんだけど、テンが空いている側の手で太股をがっしりと掴んでくる。 「我慢して、中のイイトコ触ってあげるから」 そんなのいらない!と頭の中で反論するけど、その声が口から出るより先に、潜り込んだ指が中をかき混ぜる。気持ち悪さに眉を寄せる。 「ぃ…っん!!」 中のある部分に指が触れると、びくりと内太股が震えた。それは掴んでいるテンにもしっかり伝わったことだろう。 「発見〜、ここか。覚とくよ」 嬉々とした声とともに、テンは僕の中にある一点を撫でる。その度口からあられもない声が出ては舐められているところがとろりと滴を零す。 そこを刺激されると、内側から熱が込み上げてきて僕を支配しようとしてくる。 自分では触れることの出来ない、テンだけが知っている場所だ。 「やっぱり狭いね。じっくりならしたいんだけど、俺もそろそろ我慢の限界なんだよなぁ」 「ぅ、あ…ぁ…っん」 途切れ途切れに聞こえるみっともない自分の声。でもそれを恥ずかしがっている余裕だって、僕にはない。 どうしてこんなところ触れられて、イイと思えるんだろう。自分でもおかしいと思う。 「な、もういい?入れたいよ」 欲しい、とテンは僕の上に乗ってそう言った。 中から指を出して、それはすでに一本ではなかった、見下ろしてくるテンは満面の笑みだった。 僕に好きだと言ってくるその笑顔。 こんな顔で見られて、テンが嫌いだって言える人なんて滅多にいないと思う。それくらい魅力的な顔をしてる。 でもちらりと視線を下に向けると、僕と同じように裸のテンが持っているそれはすでに十分高ぶっていた。 僕も同じ男だから、それが引き戻せないところまできているのはわかる。でもそれを入れられるかと思うと怖くなるのは仕方がないことだと思いたい。 「あの…」 本気でヤんの?と怖じ気づいた質問をするより先に、テンの手が僕の足を掴んで肩にかける。 前の二回は後ろからだった。僕が抵抗するから、抱くにはその形しかなかったせいだろう。 初めて向かい合って繋がる。 それを思うと、かぁと顔に血が集まった。 だって表情を見られるのだ。 自分がどんな顔してるかなんてわからないのに。それをテンに見られる。しかも抱かれている自分をさらけ出さなきゃいけない。 「て、テン、ちょっと」 「駄目、もう止めない」 僕が制止をかけるのがわかったんだろう。 後ろに自分の高ぶりを押し付けて、テンはそう囁いてきた。低い艶のある声に、僕はぞくりとした。同性に煽られるなんて、完全にテンにやられてる。 「…すげぇ嬉しい。もー、ホント幸せ」 テンはにやけた顔でそう言った。 久しぶりに見る、そんな至福の様子に僕は言葉が出なくなった。 これにほだされて同居して、これにほだされて身体も開いて。 それでも構わないと、今思っている。 きっと、そう思っている時点で僕もテンが好きなんだろう。 ペットに対する愛情を飛び越えて。 「入れるよ」 そう告げた声ともに、ゆっくりとそれが沈められる。 裂けるような痛みが走って、僕はテンの背中に手を回してそこに爪を立てた。 だって怖い。 初めてじゃないけど、そんなもの入られる場所じゃないし、痛みを知っているだけに怖さがある。 しがみつくと、テンが「亮平」と僕を呼んだ。 その声の甘さに、僕は逃げたいという気持ちを押さえ込んだ。 この子が欲しがっているものをあげたい。 それで喜んでくれるのなら、僕も嬉しくなる。 そう、いつだって。 テンが喜んでいる様を見ることが好きだった。 だってそれはとても。 心があったかくなるから。 「テン…」 痛みと圧迫感でかすれる声にテンは頬にキスしてくれることで答えてくれた。 くすぐったいような刺激を僕は拾い上げて、僕は息を吐いた。 テンの全てを受け入れて、手に入るのが幸せそうなテン自身なら。 悪くないなと思えた。 next |