繋がり方 1



 テレビを見ながらあくびをした。
 そろそろ眠くなってきた。
 明日も仕事だしなぁ。眠い時は素直に寝たほうが身体にもいい。
 風呂にも入ったし、後はベッドに入るだけだ。
 くぅ〜と背伸びをすると、後ろから腕が回された。
 簡単に腕の中に収まってしまうのがかなり癪だ。
 フェレットの時は足がすごく短いのに、人間になった途端この差は何だ。
 身長も僕より高いし、手足だった長い。
 納得出来ないところだらけだ。
「寝んの?」
 べったりと張り付いてきた男は後ろからそう聞いてきた。
 フェレットの時にこれだけべったりされると嬉しいけど、人間の時は微妙だ。
 だってテンは男だし。
 恋人ってわけじゃない。
「うん」
 それでも怒らないのはそろそろ慣れてきたせいだ。
 スキンシップ過剰なテンは何かとこうやってくっついてくる。最初はいちいち剥がしていたけど、いい加減諦めが生まれてきた。
 家の中で、誰にも見られているわけじゃない。
 それに本人はこれくらいでご機嫌になるんだから、単純だ。
「じゃ俺も一緒に寝る」
「駄目」
 また始まった。
 毎日のように飽きもせず、よく繰り返すものだ。
「なんで!」
 テンはいかにも不満だ!というようにぎゅっとしがみついてくる。
 だだっ子もいいところだ。
「狭い」
 ぎゅうぎゅう抱き付かれると苦しくなってきて、僕はテンの腕をぺしりと叩いた。
 緩くなって腕を外して、後ろを振り返る。
 そこには案の定格好いい顔がむすーっと膨れていた。
 真剣な顔をしていると僕でも目を留めるくらい顔がいいのに、台無しだ。
 もっともテンは自分の顔が崩れていようが、人にどう見られていようが気にしないみたいだけど。
「じゃダブル買おうよ。俺金出すからさー。前から言ってるじゃん」
「部屋が狭くなる」
 自分の部屋にダブルベッドなんて置いた日にはベッドに占領されてしまいそうだ。
「そもそも、自分の部屋にどーんとそんなもん置けるか」
 スペースの問題もあるが、精神的に辛いものがある。
 ベッドなんて一人用で十分だ。
「いーじゃん」
「良くない」
 何がどういいというのか。
 僕はそう思うが、テンにそれを聞くととんでもない答えが返ってきそうだ。
 恐ろしくて聞く気にもならない。
「フェレットでは寝てくれんのに」
 不公平だ、とテンがぼやいた。
 お決まりの台詞だ。
 確かにテンはフェレットにもなれるし、うちのフェレットはテンそのものだ。
 でも見た目が違う。行動も違う。考えていることも違っているらしい。
 それを同じに扱えっていうほうが無理だろ。
「フェレットは小さいし、ベッド占領しない」
 人間のテンならベッドを半分以上占領するけど、フェレットだと足下で小さく丸まってるだけだ。
 ベッドの中で寝返りうったって何も当たらない。
「邪魔しないからさ〜」
「僕よりデカイやつがベッドの中で邪魔にならないはずがないだろ」
 どんなに努力しても無理な注文だ。
「けち!亮平はけちだ!」
「あーはいはい、けちで結構」
 よいしょと僕は立ち上がった。
 あくびがもう一度出てきた。今日は疲れてるかもしれない。
「テンも早く寝ろよ」
 毎度こんなやりとりをしてないで、二人してさっさと寝たほうが建設的だ。
 明日もあることだ。
「風邪気味だって言ってなかった?」
 昨日、喉が痛いと言っていたのだ。
 テンは風邪をひくと喉からくるらしい。
 用心するにこしたことはない。
「んー」
 テンはくずるような返事をした。
 子どもでもあるまいし。そんな拗ね方をしなくてもいいだろうに。
 ここは宥めなきゃいけないんだろうか。
 僕はフェレットは飼った覚えはあるけど、人間を飼った覚えはないんだけどな。
 そう思いながらも振り返ると、膨れていたテンの顔がすっと真面目になった。
 どうしたんだろうと思っていると、テンがすっと僕の手を掴んだ。
 そして引っ張ってくるので、中腰になってしまう。
 テンは膝で立って、顔を上に向けると顔が近付いた。
 まずい。
 そう思った。
 けどすでに遅くて、唇はあっさりと重なった。
 どちらも目を閉じていなかったような気がする。
 テンはいつも突然妙なことをする。これもその一つだ。
 だけど僕は冷静に対応出来るはずもなく、身体を突き放しては頭を殴った。
「馬鹿テン!こういうことはするなって言っただろ!?」
 このフェレットは何を思ったのか男である僕にこうして手を出してくる。
 女の子と付き合うことだって簡単に出来るだろうに、僕が飼い主だからって僕にばかり構って欲しがって。
 キスどころかもっと深いことまでしたことがある。
 僕が激怒して止めさせたけど。でもまだ諦めてなかったらしい。
 テンは「ごめん」とすぐに謝ってきた。
 前まではへらへら笑ったり「だってしたかったんだって!」と開き直ったりするけど、今日は違った。
 深刻そうな顔で、ぽつりと呟いた。
 落ち込んでいるようなテンを見ることは滅多になくて、怒りがしゅんと小さくなってしまう。このあたりがテンに甘いってことなんだろうけど。
 怒鳴っていいのか「もういい」って許してしまえばいいのか。どうしようか迷っていると、テンが立ち上がった。
「寝る」
 それだけを言うと目を合わせることもなくリビングから出ていった。
 自分からしておいて、どうしてあそこまで凹んでいるのか。
 反省しているっていう態度とは、また違う気がするんだけど。
(変なの…)
 キス一つして何か変化があったとでもいうのだろうか。
「テンが変なのはいつもか」
 不可解な生き物だし、と僕は釈然としないものを感じながらも自室に戻った。



 次の日。出勤しようと思ってテンの部屋まで行った。
 家を出る前にテンに一言かけるのが約束みたいになっているからだ。
 布団の中でもぞもぞしているテンに「もう出るからな!」と大きな声で言うと「いってらっしゃい〜」と半分以上寝ている声が返ってきた。
 いつもなら「いくのー?」とぐすった後に出てきて玄関まで見送りしてくれるのに。
 珍しい。
 布団から出たくないんだろうか。本格的に風邪でも引いたかと思ったけどテンは「眠い〜」の一点張りでろくな返事をしてくれなかった。
 調子が悪いのかも知れないと心配しながらも出勤の時間が迫って、僕は気にしながらも仕事をこなした。
 そして出来るだけ急いで帰ってみるとテンはとても身体の具合が悪いようには見えずぴんぴんしていた。
 今朝は特別眠かっただけかも知れない。
 ご飯を食べている時もよく喋って、食事の時くらいちょっとは口数減らしたほうがいいんじゃないのかって毎回のことを思った。
 変化なんて何もないと思った。
 でも時々何かが引っかかっては僕の中にしこりのようなものを作っていく。
 なんだろう、なんだろうと考えてもはっきりとはわからない。
 別に変なところなんて、と二人揃ってお笑い番組を見ながらちらりと記憶を探る。
 隣でテンはテレビに目を奪われているらしい。
 お気楽極楽な性格のせいか、テンはお笑い番組が好きだ。
 そしてよく大笑いしている。
 しかもツボに入ったのか、腹を抱えてひーひー言っていた。
 僕にしてみれば「この手のネタ好きだよなぁ」という感想しか出てこないような芸人なんだけど、テンのお気に入りだ。
「こいつってさ」
 テン目尻に涙を浮かべながらテレビを指さして僕を見た。
 真横にいるから、顔を向ければ至近距離で視線が絡む。
 それは当然のことだった。
 でも僕とテンと目を合わせることを嫌だと思ったことはないし。フェレットの時だとじーっと目を合わせるのが好きだったりする。
 テンも目を合わせることは嫌いじゃないようで、合うと嬉しそうにしてくれる。
 けれど今日は違った。
 笑って細められていた目が少し開いて、すぐに視線はテレビに戻される。
 まるで、見るんじゃなかったというように。
(え?)
 そんな反応をされたのは初めてだった。
 目があって、損をしたみたいな動き。見も知らぬ他人ならまだしも、テンにそんなことされるなんて。
 ショックだったが、僕はあることに気が付いた。
 今日、テンと目を合わせてなかった。
 食事中もテンは料理やテレビばかり見ていて、僕を見てなかった。いつもならテレビよりもこっちを見ていることが多いのに。
 帰ってきた時もそうだ。笑顔で出迎えてくれるのに、今日は台所から声だけかけてきた。調理をしていて手が放せないからって言ってたけど。
(フライパン片手に玄関まで来ることなんて、当たり前のようにやってたのに)
「この前ラーメン食いながら見てたら、亮平が吹いて大変だった芸人じゃね?」
「そうだっけ?」
「絶対こいつだって!俺覚えてるもん!」
 テレビを見ているテンは、自分が僕の視線を避けたことなんて知らない顔で、お笑いに夢中になっている。
 なんで?
 そんなことを訊いてしまいそうになる。
 でも、どうして目合わせるの嫌がったんだよ。なんて尋ねるのは少し躊躇いがあった。
 そんなの付き合ってる彼女の台詞みたいだ。
(今日は、なんで…)
 原因と言えば、昨夜のキスを思い出す。
 だがキスなんて前にもやられたことはあるし、今更僕を避けるような理由になると思えない。
 ましてやったのはテンの方だ。
 僕が避けるならまだしも。
「俺さ」
「え」
 見るとテレビはCMに入っていた。テンも笑いを納めて、何でもないような顔をしていた。
「明日モデルのバイト入ってるから、いつ帰れるかわかんない」
「ん、分かった」
 焼き肉屋のバイトは何時から何時までと決まっているけど、モデルの方はそうもいかないらしい。
 撮影がさっさと終わることもあれば、だらだらと伸びることもよくあるようで、帰宅する時間は大まかな予測も付けにくいと言っていた。
「だから明日は晩飯いいや。たぶん夜中に帰るとかはないと思うけど」
 どーかなぁ、とテンはのびをした。
 奇妙なことなんてないやりとり。
 でも僕はどこか違和感を覚えた。
 すぐさま忘れてしまいそうなほど小さなものだけど、目をそらされた後だからか、気になってしまう。
 もやっとしたものが生まれてきては、テンの様子を窺う。
(今日は、どっか変だよな)
 そう思っている間にもお笑い番組はまた始まって、テンはげらげらと笑い転げて後ろに倒れ込んだ。
 弾けるような笑い方というのは、まさにこのことだろう。
 悩みなんてありませーん、と言っているような態度に僕は肩をすくめる。
(気のせいかも)
 フェレットは脳天気で、嫌なことがあってもすぐ忘れてしまう生き物。そんなことを思い出して、それ以上考えるのを止めた。
 

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