確かめ方 4
「もう限界」 低い声でテンはそう呟いた。 嬉々として戯れている僕とフェレットを見て、忌々しいというような顔までしていた。 どうしてそんな様なのか分からず、僕は瞬きをして見返すがテンの表情は変わらない。 むしろ睨まれそうな勢いだ。 「亮平がそんなにでれでれしてるの間近で見られるか」 そう言うとテンは二匹の首根っこを掴んで、自室へと引き上げていく。 「ちょっと、テン!」 まだ遊ぼうと思っていたのに。 それはフェレットも同じようで、いやいやとするように足を動かしていた。だがテンは無情にも部屋へと入っていく。 ベッドにでもぽーいと置いて来たのか、テンはすぐに戻ってくる。 拗ねているようだが、拗ねたいのは僕の方だ。 これからだっていうのに、連れ去られてしまったんだから。 「気が向いたらまた出てくるだろ」 ふんっと不満そうにテンが言う。次に出てきたとしてもきっとあのフェレットは人間に戻っていることだろう。 残念だ。 肩を落としてると、めざとくテンにそれを見られた。 「亮平は俺だけを見て、俺を可愛がればいいんだよ!他のフェレ可愛がる必要なんかないじゃん」 他の人間と遊んでいるのならともかく、テンは他のフェレットでもやっぱり駄目らしい。 分かり切っていたことだが、面と向かって、しかも顔立ちが格好いい人にそういうことを言われると僕も多少げんなりする。 そんなに執着されるほど、僕に魅力があるとは思えないんだけど。 「テンのお姉さんだろ」 しかも身内だ。 全然知らない、どっから来たかも分からないフェレットじゃない。 「姉だろーが兄だろーが、俺じゃないじゃんか!亮平には俺だけで十分!」 「そもそも自分で言いだしたんだろ……」 ご立腹のフェレットに僕は本当にあきれかえった。 頭が痛くなる。 この状況を作り出したのはテン自身だ。 それなのに僕に怒るとは、どういうことか。 「確かに俺だけどさ、こんなに喜ばれるとむかつく」 喜ぶに決まってるだろ。と言いかけて飲み込む。 フェレットだったら何でもいいのか!とまた言われそうだ。怒りを続けられても、僕にとっては反省するどころか気が滅入るだけだ。 「亮平に喜ばせてもらうのは、幸せにしてもらう一番目は俺だろ?なのに全然気分良くない。亮平楽しそうなのに」 不公平だと言わんばかりの言い方だけど、僕はどこからどう話をしていいのかと脱力感を覚えていた。 何だその論理、というところから入らなきゃいけないんじゃないかな。 「幸せにしてもらうってなぁ…」 さあ幸せにしてくれ!と宣言されると、どうも「出来るか!」と言い返したくなる。 そりゃ不幸より幸せがいい。テンには笑って欲しいけど。 「亮平は俺といて幸せになんない?フェレットの俺といて幸せにならない?」 「なるよ。そんなの訊くまでもないだろ」 わざわざ僕に確認を取るようなことじゃない。 僕はテンと一緒に暮らして良かったと思っている。 以前ならフェレットのテンだったらと付け加えたけど、今はそんなことしない。 人間のテンといても楽しいし、幸せだと思うことだってある。 「じゃあ俺だって幸せになりたい。亮平と同じくらい」 「不公平だから?」 どんなお子さまだよと僕は苦笑した。 だがテンはそんな苦笑に真面目な目をする。 「だって亮平が嬉しそうなのに、同じくらい嬉しくないと寂しいじゃん。我が儘だって分かってるし。心狭いって自分にも腹立つけどさ」 でも一緒がいい。 そう言われて、僕は苦笑ではない笑みを浮かべてしまう。 我が儘だ。 そんなの。 でも僕はそれを叱ろうとは思わないし。笑い飛ばそうとも思わなかった。 だって素敵なことだと思ってしまったから。 同じ方向を見て、同じように笑えるって。結構すごいことなんじゃないかな。 「俺の亮平だから」 君の僕。それなら君は僕のものだって断言してもいいだろうか。 そう、決めてもいいんだろうか。 「まあ、甘ったれに育てたのは僕だしな」 テンの嫉妬に困ることは多い。でも嬉しい気持ちがないとは言い切れなくて。 今の僕は確かに嬉しいかもって思ってる。 だからもう、これは仕方がないってことにしておく。 「そーそー、亮平が育てたんだし」 「自分で言うなよ」 開き直るなと注意すると、ばたんと部屋のドアが開いた音がした。 そして人間に戻った二人が出てくる。 フェレットになる前と違いのない様だ。 それにしても、美人が二人現れると空気が華やかになった気がする。 その上テンもいるんだから、この空間ってレベル高いんじゃないかな。 僕だけが浮いているような。 (覚えてるのかな) フェレットになっている間、記憶はすごく曖昧だって聞いた。覚えてないことも珍しくないって。 「どうよ。俺の生活ちょっとは分かった?」 二人にテンはにやりと笑ってそう話しかける。 今さっきので、普段のテンの生活って分かるんだろうか。てかいつもは人間で生活してるはずなんだけど。 「まあね」 実香さんは気怠そうに返事をしている。 でも機嫌が悪いという様子ではなかった。フェレットになる前は僕のことを探るように見ていたけど、それもなくなってる。 「うちの亮平可愛いだろ」 「テン!」 言うなって怒ったのに、このフェレットは本当に人の言うことを聞かない。やっぱり躾直したほうがいいかも知れない。 「可愛いわね」 「メロメロでしたね」 可愛いと肯定したのは実香さん、続けたのは沙紀さんだった。 苦笑いのような、だが嬉しそうな顔をしている。 てっきりあれだけ羽目を外してフェレットにくらくらしていた僕を叱るか呆れるかすると思ったんだけど。この反応は予想してなかった。 (メロメロって……) そりゃ二匹と遊んでいたらメロメロにもなる。ネズミ争奪戦は微笑まし過ぎた。 ただでさえ、動物見ただけで心躍るような人間なのに。 「でもうちの子も可愛いけどね」 実香さんは誇らしげに胸を張った。 さっきまでと違う、生き生きとした表情だ。 溌剌な色は普段のテンの空気に似ていた。 「うちの旦那様だって可愛いわよ!」 姉に負けじと沙紀さんも主張しているけど、僕は旦那様という単語にちょっと驚いてしまった。 テンの一つか二つ上、僕と同じか下くらいにしか見えないんだけど。 でも結婚してる人はもうしてるんだな。 「何言ってんだよ!うちの亮平が一番可愛いに決まってんだろ!?」 「主張すんな!」 何大声で恥ずかしいことを言ってるんだ、と思わずテンの肩を叩く。 本当に頭を殴りたいけど、身長が足りない。それが悔しい。 しかも怒られた本人に痛そうにもせず「だって」と更に続けようしている。 「あの、お二人にも飼い主さんが?」 うちのうちのと言うからには飼い主がいるのだろう。 人間になれるフェレットを飼っている、というか一緒に暮らしている人が他にもいるかと思うと感慨深い。 色々苦労してるんだろうな。 でも二人ともテンより大人しい感じだけど。 (ああ、でもフェレットの時は大差なかった…) むしろテンよりやんちゃだった。 人間の時はテンより落ち着いているかも知れないけど。フェレットの時の苦労は僕と大差ないんだろうな。 「いるわよ」 実香さんはやっぱり嬉しそうに答えてくれた。 飼い主さんが自慢なのかも知れない。 「実香ねぇは年下の女の子。沙紀ねぇは年上の男の人」 テンが教えてくれる。 ちゃんと性別を付けてくれているのに、どうして僕を紹介する時は言わないのか。 わざとなのか、間が抜けているだけなのか。両方考えられる。 「そうなんですか」 実香さんは女の子と暮らしてる。 ただのペットと飼い主の関係なのかも知れないけど、もしかすると僕たちみたいな関係かも知れない。どっちだろう。 気になるけど、とてもじゃないけどそんな突っ込んだ事情は尋ねられない。 「うちの子が一番って言う飼い主さんでさぁ。会ったら俺に惚気てくれるんだぜ?しかもフェレット語りとかしてくれて、俺もフェレットだからよく知ってるっての。と思いながらいつも聞いてんだけど」 どうやら二人の飼い主さんとテンは交流があるらしい。 だから二人は僕に会いに来たのかも知れない。 家族ぐるみで仲良くする人たちなんだろう。 それにしてもフェレットになれるテンにフェレットについて語るとは、強者だ。 誰かに語らずにはいられないって状態だったのかも知れないけど。 「亮平とも話したら盛り上がりそう」 「話してみたいかも」 自分と似たような境遇にいる人。しかもフェレットだ。他のペットならここに住んでいる人たちと話が出来るけど、フェレットに限定してくると今の僕には相手がいない。 話したいことが山ほどある。 これはうちの子だけなんだろうかと思う行動とか、人間とフェレットの時と、接し方を変えているかとか。どう思っているかとか。 他の人には訊けないことがいっぱいある。 「でも亮平って俺の惚気してくれんのかな。駄目駄目フェレットで毎日困ってるんですーとか言うんじゃね?」 聞いたら凹むからやだ。とテンはまだ始まってもない飼い主談義に難色を示している。 勝手な想像だなあ。 一人で落ち込んでいくテンに、お姉さんたちは含みのある顔で笑った。 「それはないわ」 実香さんは何もかも見透かしたような顔でそう告げる。 どうしてこの人の言葉には力があるんだろう。 堂々としている美人だからかな。 僕までそうですか、なんて言い出してしまいそうになる。 「亮平さんだって、大貴が世界で一番可愛いって言うわ」 僕の気持ちを断言する姉に、テンは自信のなさそうな目をしていた。 「そうかな」 ちらりと僕を見ては答えを聞かせて欲しいという言いたげだ。 でも僕は曖昧に微笑むだけで、何も言わなかった。 フェレットのテンなら、世界で一番可愛いってすぐに断言出来る。 何の照れもない。 だってそれは今までの僕にとって当然の台詞だから。 でも今それを言えば、人間のテンが可愛くて仕方がないって風に聞こえる気がした。 人間のテンに、面と向かって可愛いって、世界で一番だって平然と言えるほど僕は神経が図太くないし。 何より人並みの羞恥を持っている。 でも否定していないところが、何よりの肯定だって実香さんと沙紀さんは気が付いたようで、くすくす笑った。 next |