確かめ方 3
お姉さん二人が部屋に入っていった後、僕はテンを睨み付けた。 「二人に何て言ってたんだよ!」 僕の知らないところで、どんな紹介をされていたのか。 二人の口から聞こえて来ていた言葉はどれも僕にとっては信じられないことばかりだ。 「可愛いとか妙なこと言うなよ!」 僕に対して言うならそろそろ聞き流すことだって出来るようになった。 マンションの人たちも普段のテンの行動を知ってるから驚いたりはしないだろう。 でもあの二人は明らかに引いていた。 僕を見て、どこが?って顔もしてた。 「事実じゃん」 僕が怒ってもテンはしれっとしている。むしろなんで怒られてるのか分からないようにも見えた。 「どこが!?お姉さんたちも僕の顔見て、どこがだって顔してただろ!?」 テンの頭にはなんか妙なフィルターか何かかかっているんだ。だから僕に対してそんなことを言う。でも正常な人々はそんなこと思わないんだってことを知っていて欲しい。 じゃなきゃまたあんな冷たい視線を受ける羽目になる。 「玄関で会った時、僕のことを飼い主だなんて思いもしない様子だったぞ!?」 そりゃ可愛い可愛いって弟が連呼している飼い主が、どこにでもいそうな普通の男だと思うはずもない。 「大体、可愛いとか言う前に性別を言えよ!」 「いいじゃん性別なんか」 一番問題だと思ったところを、テンはあっさりと流した。 いやいや性別はとても重大だから。 そりゃ僕とこうして付き合っているテンにとっては、性別なんて今更気にするべきようなことでもないかも知れないけど。 でも僕からしてみれば、やっぱり男同士ってことは気になるし。世間では性別っていうのは重大なことだろう。 「そんなことより可愛いかどうかの方が大切だって。亮平は自分のこと可愛いとか思わねぇの」 「思うか!!」 女の子でもあるまいし。成人した男が自分のことを可愛いとか思っていたら、それは問題あるだろ。 それこそ性別を変えたいと思ったこともないのに、自分に対して可愛い可愛くないの判断なんてしない。 「僕を可愛いなんて言ってるのはテンだけだ!他の人はんなこと思わない!自分が変なんだっていい加減自覚しろよ」 もう可愛いと思うなとは言わない。 僕がそこまで制限出来る権利はないし。テンに思考を押し付けることもしたくない。 だがせめて人様には言わないで欲しい。 「おかしくねーって。亮平が可愛いのは当然じゃん」 「なんで!?」 どうして当然なのか。テンの考えにはさっぱりついていけない。 「じゃ亮平はフェレのテンが可愛くないの」 「可愛いに決まってる」 僕は真顔で答えた。 そんなもの自分の中で答えは常に出ている。今更訊かれるようなことじゃない。 それこそ当然だ。 自分の飼っているペットが世界で一番可愛い。他人にとってはそうじゃないことも分かりながら、僕はそう胸を張る。 するとテンはにっこりと笑った。 「俺だって同じ」 同じだと言われて、僕は首を傾げたくなる。僕は人間だしペットじゃない。 でもペットからしてみれば飼い主には特別思い入れがある。だから一番になってもおかしくないのだろう。 自慢だってしたくなる。 でも。 (一応人間になってる時は止めてくれよ) 見た目が整っているテンが可愛いと言うと、同じレベルの顔立ちを求められている気がするのだ。後ろめたいことこの上ない。 そこの辺りは注意しないと、そう思っていると部屋からがさりという音がした。 ビニール袋が動いているような音は、フェレットがよく立てる物音だ。 姉二人がフェレットになったんだろう。テンは自分の部屋に戻っては、手に二匹を持って現れた。 二匹ともテンとそっくりの色合いだった。柔らかいミルクティ色。胸から腹にかけては白く、目は葡萄色だ。 並べてみるとテンが右手に持っているフェレットの方が手足の色が少しだけ濃くなっている。 ああ、胴が長い。 フェレットを一本にして掴むと、毎回そう思ってしまう。 見慣れているので、分かっているはずなのについついそんな感想を抱くのだ。 くぁとあくびをしている二匹はそろそろ放してくれと暴れ始めるのだろう。 「どっちが実香さんで、どっちが沙紀さんなんだ?」 テン以外のフェレットを間近で見ることなんてあんまりない。ペットショップでは檻越しになるし。 ちょっとテンより小柄だ。 「どっちだっけなぁ〜あんまフェレになってるねーちゃんたち見ないからな」 えーっと、とテンが確認をしている間にフェレットたちはじっとしているのが嫌になったらしい。足をじたばたさせ、胴体をひねっては下ろしてくれと主張している。 同時に両手でやられるので落ち着かない。 「ま、どっちでもいーじゃん。二本ともフェレで俺のねーちゃんなのは変わらないし」 テンはそんな気楽な台詞と共にフェレットを床に下ろした。するとフェレットたちはくっくと鳴きながら走り出した。 全力疾走だ。 見知らぬ部屋に来たので興味津々なのだろう。 だだだだと壁まで走ったかと思うと周囲の匂いをかいで、また走り出す。 そして唐突に立ち止まって周囲を見渡す。で、何か発見したみたいにまた駆けるのだ。 行動に一貫性がない。 するりとした尻尾が、今は電気ブラシか箒のように膨らんでいる。興奮しているせいだ。 何を考えて活動しているのか、フェレットに関しては謎ばかりだ。 クッションによじ登って、唐突に大きく首を振ってダンスを始める一匹。テーブルに飛び乗ろうとして失敗している一匹。 玄関先にいた二人は大人の女って感じでとても落ち着いていたのになぁ。 やっぱりフェレットってみんなこんな風になるんだ。 テンだけが特別やんちゃってわけでもないのか。 しみじみ観察していると、一匹が僕の足元にやってきた。匂いを嗅いでは興味を持ったのか、前足を僕の足にかけて背伸びしてくる。 これがテンだったから、だっこをせがんでいる時のポーズだ。 「か……」 可愛い。 くらりと眩暈を感じた。 テンがやっても同じようにくらりとくる、僕の弱いポーズなのだ。真ん丸の瞳で見上げられると、どんなことでもしてあげたくなる。 「亮平、目が泳いでる」 立ちくらみのような衝撃を受けて、僕は天井を仰いでいた。テンからこう指摘されても誤魔化しようがない。 寄ってきたフェレットを抱き上げようと手を伸ばしたのだが、指の匂いを嗅ぐとふいっとまたどこかに行ってしまった。 気紛れだ。 テンもよくこうしてやってくる。僕が何かしていると寄ってきて、構ってやろうかと思うと逃げていくのだ。何がしたいのかさっぱり分からない。 「二つの目が別々に一本ずつ見そうな勢いじゃん」 「だって」 二匹がうろうろするたびに、僕は視線を動かした。 視界に一度に収まる時はいいけど、外れてしまうと顔をあっちこっち動かして確認していた。 「あー、落ち着きないなぁ。こらそれは駄目だって」 眺めているだけでは我慢出来なくなって、フェレットが置いてあったゴミ箱の中に入ろうといていたので止める。 短い足で頑張ってよじ登っているのが愛らしい。 一本捕獲すると、別の場所からビニール袋の音がした。 「こーら。どっからそんなの持ってきた。またテンが隠してたな」 小さく折り畳んで結んでいるビニール袋を、もう一本がくわえて走っている。フェレットになっている時のテンがよく好んでいるおもちゃのようなものだ。 さっきは見当たらなかったのに、どこに隠されていたのか。 ビニール袋をくわえていたフェレットはそれをまたどこかに置いて、今度はラグマットの下に入ってうろうろしている。 どうしてフェレットは布の下や中に潜ってもごもごするのが好きなのか。 人のズボンとかによく入るんだよな。 もう一匹もそれに倣って、二本でうろうろしている。 もぐらを眺めているような光景に、僕はしゃがんではマットの上からフェレットを捕まえようとする。これをするとぐるぐる逃げ回って楽しんでいるらしい。 「テンっ!」 僕はテンを見上げた。 フェレット一匹だけでもテンション上がるのに、二匹になって上がらないはずがない。 くっくと鳴いているフェレットともっと戯れたい。幸いうちにはおもちゃがある。 テンが楽しんでいるのだから、二匹も楽しんでくれることだろう。 「遊んでもいいかな!?」 いいよな!?と期待の眼差しで見ると、テンが呆れたような顔をしていた。 フェレット本体には、この気持ちは分からないかも知れない。見ているだけで楽しい、だが一緒に楽しんだら更に幸せ。 愛らしいペットと共に極楽ライフ。 「遊ぶ気満々じゃん。止めたってやるんだろ?」 「だって多頭飼いは僕の夢なんだよ!」 フェレットはとても多頭飼いに向いているペットらしい。 集団で生活させると、みんな群を成して気儘真に遊び回って生活するらしい。上下関係がはっきりしておらず、みーんな仲間!というお気楽思考の生物なのだ。 そのせいかフェレットの飼い主には多頭飼いをしている人が多い。 一匹でも可愛い。だが数匹いたらもっと可愛い。 僕はそう思う。 でもテンは人間でもある。多頭飼いして人間になった時悲しい思いをさせたくない。 そもそもこの部屋で暮らす上で、ペットは一匹だけと契約で決められている。 「ぜーったい叶えてやらねぇ」 自分以外に飼い主に大切にされるペットがいることなんて許せないのだろう。テンは思いっきり顔をしかめていた。 「分かってるよ」 テンが人間だと分かった時、それでも一緒に暮らすと決めた時、きっと僕はもう他のペットを飼えないだろうと思った。 それでもいいと思った。 だからこれに関しては我が儘は言わない。けれど、他のペットとも遊びたいという気持ちは捨てようと思っても簡単に捨てられるものじゃない。 「テンがいるから我慢してるだろ」 他のペットが飼いたいなんて今まで言ったことはなかった。 望むとテンが傷付くとも思ったから。 「てか俺だけで満足しろよ。こんなに可愛くて便利なフェレット他にいないだろー。他のペットなんか目じゃないじゃん」 僕はテンに渡していたネズミのおもちゃをまた回収して手にしながら、うーんと唸った。 「でも多頭飼いはロマンだし。野望?」 「野望抱くのは信長だけに許されてんだって。亮平には無理。っとに動物関係になると途端に我が強いよな」 「仕方ないだろ」 可愛い物はどれだけあっても困らない。 そして僕はラグマットから顔をひょこっと出したフェレットにネズミのおもちゃを見せた。 するとフェレットは即座に食い付いた。まるで魚釣りだ。 「わ、やっぱりこれだよな!」 機嫌がいいとテンもすぐに食い付いてくる。そして振り回されても放さないのだ。 獲物を狩る本能が生き残っているという証拠なんだろう。 剥き出しになった歯は肉食獣って感じだ。 だが前足でおもちゃを抱えていると赤ちゃんみたいだと思ってしまう僕は、大概頭がフェレットにやられている。 もう一匹もネズミに気が付いて慌てて出てくるが、一匹がネズミを独占しているので腹が立ったらしい。僕の足に噛みついてきた。 「った!こらこら!」 噛むと言ってもそんなに痛くない。けれど噛みつかれて放置しておくわけにもいかず、口で怒るとすぐに噛むのを止めた。 構って欲しかっただけかも知れない。 「フェレは雌の方が性格きついんだぜ」 「やんちゃなのか」 「すっげぇ都合のいいようにとったな」 テンの半笑いは見なかったことにして、僕はネズミを振り回す。フェレット二匹がそれに向かって猛ダッシュをかけているのが面白い。 一心不乱だ。 そして一匹がネズミを捕まえると、もう一匹が僕に八つ当たりをしてくる。 それがまた面白かった。 ネズミを取られたのがそんなに悔しいのか。 「あはは、こらこら。今度は奪い返したらいいだろ」 足元に飛びかかってくる子にそう言いながら軽くいなす。 感情の起伏が大きい、態度も大きい、リアクションも大きい。大きいだらけの小さな生き物。 「そうだ!テンもフェレットになって来たらどう!?姉弟みんなで遊んだら楽しいって!」 「亮平が楽しいんだろ」 テンはふてくされたように言う。格好いい顔なのに、そうしているとまるっきり子どもだ。 僕より年下だから、そう見えるのは無理ないことなんだけど。 「二本より三本がいーとか思ってんだ」 「そりゃ二本より三本だよ!」 幸せ増幅計画じゃないか。 僕は堂々とそう言った。だって事実だ。 「フェレットなら何でもいいのか!」 「テンが一番だよ!でもその一番が追加されたらパラダイスだろ!?」 怒ったように言うテンに、僕は言い返した。 一番がテンっていうのは、もう考えるまでもないことだ。 だからこの幸せ状態にテンもくわわったら僕にとっては楽園のようなものだろう。 ごく当たり前のことだと思って言ったんだけど、テンは何故か頭を抱えてしまった。 何か変なことでも言ったかなと思うけど、よく分からなくて僕は首を傾げる。 フェレット二匹はぴくりとも動かなくなったネズミにきょとんとしていた。 next |