キッチンの机で図書館から借りてきた本を広げていた。レポートを書くのにぱらぱらとめくりながら、確認を取っていると灯がシャワーから出てきた。
 髪の毛を拭きながら久幸の隣に立つ。何か言うだろうと待っていたのだが、数秒待っても無言だ。
 顔を上げると、ついと視線が逸らされる。何か言いたいだろうに、決心出来ないらしいその表情にぴんとくる。
「灯」
「なあ、そのレポートって明日提出?」
 促すように呼んでやると灯はようやく喋り出す。頭からタオルをかけており、やっぱり目は合わない。
「いや、来週」
「時間はまだあるんだな」
「あるが。おまえは明日試験じゃないのか?」
「ざんねーん。明日はレポートの提出だけ!」
 試験がないのがそんなに嬉しいのか、途端に灯が笑顔になる。しかしレポートと聞いて久幸の方が眉を寄せる。
「出来てんのか?」
「手伝って貰ったおかげで、今日ちゃんと出来ました。ありがとうございます何もかもユキのおかげです」
「そうだろうな」
 感謝の言葉に久幸は謙遜などしなかった。何故なら事実であるからだ。
 灯にまずレポートの作り方を教え、どう話を詰めていくのかを説明し、物によっては着地点まで指示したのは久幸である。下手をするとこのレポートは自分のものではないだろうか、というくらいまで手伝ったこともあった。
「ユキがいなかったら俺は進級出来てないかも知れない」
「笑えないことを冗談みたいな顔で言ってんじゃねえ」
 今の大学に入るため、試験勉強に本腰を入れて指導したものだが。まさか大学に入ってまでもこれほど手を焼かされるとは思っていなかった。
 やはり大学入試がマークシートだったので、合格自体運が良かったのかも知れない。
(灯はやれば出来る子だと思っているんだが)
 果たしてその認識は合っているのか。なかなか本気を出してくれないだけだと信じたい。
「そもそもなんで俺が近代文学に詳しくなっていってるんだよ」
「おまえ本当にオールマイティだよな!」
「誰のせいだよ」
「俺のせいです……」
 感心している灯に呆れてしまう。久幸の専攻は文学ではないというのに。灯のおかげで知識が増えていくばかりた。
「それで?」
「まだレポートやんのかなって」
 灯が言いたいことはレポートを手伝って貰って悪いということでも、自分のおつむの出来が不安であるということでもないだろう。
「やるつもりだが、やらなくてもいい」
 絶対にこのレポートを今仕上げなければいけないというわけではない。明日でも充分だ。けれど止めるには理由が必要だ。
 何故今久幸の手を止めさせたいと思ったのか、という灯の気持ちが。
「やー、最近試験勉強ばっかりしてたし」
 灯はもじっとしたような態度で曖昧なことを言う。
「主におまえのな」
「レポートの中身考えたり、資料集めたり、それを纏めたり」
「おまえのな」
「大変だったからさ」
「おまえがな」
「もういいよ!」
 灯は久幸の鋭い台詞にとうとう限界が来たらしく、自棄になって叫んではリビングに行こうとする。だがその手をしっかり掴んだ。
「分かった分かった」
「嫌なのかよ!」
 頬を赤らめている灯が一体何が言いたいのか。何をして欲しいのか。久幸はとっくに分かっている。声をかけた時、目を見てすぐに理解してしまったのだ。
 だがそれでも灯からちゃんと聞きたかったし、灯が恥じらう様を眺めたかった。
「嫌なわけないだろ。灯のしたいことが」
 灯そのものに嫌なところなんて何一つ無い。
(ただアホかも知れないところは、許せないだけだ)
 そう、嫌いであるわけではない。
「布団敷くか」
 その色気も何もあったものではない久幸の台詞に、灯は明らかにほっとした。相手を誘う台詞を未だに見付けられずにいるのだ。
(お互い様だけど)
 久幸とて、灯に触れたい。いやらしいことがしたいと思ったところで。それをどう伝えて良いのか、羞恥との戦いで上手くそれを灯に伝えられたことなんてない。
 しかも毎回律儀に布団を敷いてから行っているので、ムードも何もあったものではないのだが。布団があれば寝転がったり何をしたりという時に背中も腰も痛くない。身体のためにはあった方が良いだろう、という配慮のためいつだって間抜けな時間を挟んでいた。
 今日も二人分の布団をきっちり敷いた後、布団の枕元に二人で立って息を整えた。
「最初はグー!」
「じゃんけん」
 「「ポン」」
 じゃんけんをする時のお決まりの台詞と共に二人して手を突き出す。灯はチョキであるが、久幸はグー。拳は鋏を砕くのである。
「くそっ!!またかよ!」
 灯は自分の出した手を嘆きながらうずくまる。
「ああああ!もう!」
「ほら、さっさとやんぞ」
「この前も負けたのに!!なんでまた!!」
「じゃんけんで決めようって言ったのは灯だろ。諦めろよ」
「そうだけど!そうだけど!!」
 本当に悔しいらしい。うずくまったまま睨み付けてくる目に笑いながら口付けた。文句を言おうとしていたらしい口は、一度でも塞ぐと大人しくなる。
 触れる前はあれこれうるさいくらいに喋るけれど、いざ久幸の手や唇が自分の身体を辿り始めると、灯は途端に静かになる。
 きっと喋り続けていたのは恥ずかしさを誤魔化すためで。事が開始されると緊張して言葉が出ないのだろう。
 その気持ちはよく分かる。自分も同じだからだ。
(初めてでもないのに、いつもドキドキする)
 今もあったかい灯の唇を舐めていると、鼓動がどんどん高鳴っていく。
 パジャマ代わりの短パンの上から灯のものを撫でてやると、呼吸が変わった。微かに息を呑む気配に、久幸の体温まで急激に上がっていく。
 布越しに擦ってやると、灯が腰を揺らす。もどかしそうな仕草に口角が上がった。
 短パンごと下着をずらすと、半分勃ち上がったものが現れる。灯の顔が一気に赤くなるけれど逃げることはない。むしろその双眸に期待が宿ったのが分かる。
 気持ち悦いことが好きなのは、この年の男なら当然だろう。
「座れ」
 久幸がそう言うと灯は布団の上に座り、膝を立てて足を開いた。自ら茎を晒すような体勢は卑猥だと思う。
 だがそうしなければ久幸が愛撫出来ないのだ。
 久幸は灯の膝小僧を持っては自分もまたその場に膝を突き、そして頭を茎へと寄せた。
「ひっ、う……」
 微かな声が耳に心地良い。
 丸みのある先端を口に含み、舌で刺激してやると茎は更に膨らんでいくようだった。
 じゃんけんで勝った方が相手のものを口に咥えてイカせる。それはいつの間にか二人の間で決まったことだった。
 性的に触れ合う回数が増えるごとに、同性であるのに相手に欲情してしまうことの抵抗感は薄れた。それはもう常識も固定観念も快楽の前にはあっさりと屈伏したのだ。
 そもそも他の人間とはキスも出来ない。セックスなんてまして出来るわけがない。灯以外と触れ合えないと運命で決められているのだから。ならば灯と出来ることを精一杯やりたい。
 その気持ちが口淫という手段を選んだ。相手のものを口に咥えることは、正直一度決心すれば何の嫌悪もなく出来た。それより灯の感じている顔を見るのが楽しく、また気持ちが良かったのだ。もっと見たいと思った。
 なので久幸は口淫することを好んだのだが。灯はそれを拒んだ。
 気持ち悦いけれど、見られているのが恥ずかしくて耐えられないらしい。恥ずかしさも興奮の一つであり、灯は間違いなく見られていると感度が良くなっているのだが、本人はそれを認められない、というか理解したくないようだった。
 そして自分もまた久幸のものを口で愛撫したいと言い出した。
 どうやら灯も口淫が嫌でないどころか、やってみたら意外と楽しかったらしい。奉仕の心が二人ともありすぎたのだ。
 もしくは相手の反応を見るのことに楽しさを覚えて、それが快楽に変換されているのか。
 普通ならは奉仕などされるのは良いけれど、したくない。というのが人の素直な意見だろうが。真逆な二人はじゃんけんで勝った方が相手を口淫する、という奇妙なやり方になった。
 ちなみに二人が交互にやれば良いだろうという考えもあったのだが。相手のものを咥えている間に自分の性器が勃ってしまう。何度目であっても、だ。欲情はキリがない。それにじゃんけんで勝敗を決めて口淫する側を決めるというのは面白い上に刺激になった。
 勝敗に一喜一憂する灯は見ていて愉快だ。
 そう、灯の反応が見たい。まして気持ち悦さそうなものならば、微かも見逃さずにいたい。
 だから69の姿勢というのは初めから却下だった。相手の顔が見えないのは楽しくない。
「っんん……」
 茎に吸い付き、頭を上下に動かすと灯が口元を覆った。恥ずかしさを顔に滲ませて、喘ぐ声を殺す様は扇情的だ。
 普段は幼さが濃くて、脳天気な子どもの顔をしているから。ギャップがとても、いやらしいと感じる。
 くびれを舌で突いてやると、びくびくと口の中のものが震える。
 灯は口でされると、すぐに達してしまう。今も真っ赤になった顔と潤んだ瞳で必死に耐えているけれど、茎の反応からしてもう保たないことは分かっていた。
「っひ、ユキ、ユキっ!」
「んん」
「っぁ………んんん!」
 限界だと久幸を呼ぶ。それに合わせて手で根元を弄り、強く吸い上げてやると灯はあっさりと精を出してしまう。
 口の中に放たれる独特の匂いがある精。初めて口の中に出された時は、こういうものなのかと新鮮に感じたものだが。今では慣れたものだ。
 ちゃんと灯が最後まで出せるように軽く揺らしてから、ゆっくり引き抜く。
 久幸が顔を上げると、灯が手近に置いていたティッシュ箱を眼前に突き付けてきた。
 それに従って素直にティッシュに精を吐き出す。口の中にはまだ名残があるけれど、知った味であり灯のものだと思うとさして気にもならない。
 だが灯は気になるらしく、荒い呼吸を整えながらも悔しそうな顔でそっぽを向いていた。
 気持ちが悦かっただろうが、自分が欲情しているところも、絶頂を感じているところも、性器なんて口の中に入れられてすらいるのだ。あられもないものを全て見られ、握られたような気になって敗北感があるのだろう。
 同性だからこその意識だろう。
 立場が逆であったら、きっと今悔しそうな顔をしているのは自分の方だ。
 ちらりとこちらを見てきた灯の双眸には「次は覚えておけよ!」というリベンジを決めた意志が見える。
 やったらやり返してやる!という根性だ。
 その負けず嫌いなところも含めて、灯を口でイカせるのが好きだった。
 優越感に浸っていると、灯の膝小僧に置いている手を軽く叩かれた。
「ユキの番」
 そう言う声まで悔しそうで笑ってしまった。すると頬をつねられたけれど、可愛いものだ。
 だが灯に拗ねて放置されるのも寂しい。灯が喘いでいるところを見ていたせいで、久幸のものも痛いくらいに張り詰めているのだ。
 下着まで脱ぎ捨てて身体を灯に擦り寄せると、灯は達したばかりで気怠いだろうに久幸のものを手で扱いてくれる。
「ん……」
 灯の首もとに顔を寄せて、与えられる刺激に意識を集中させる。きっとすぐに出してしまうことだろう。
 自慰ならば手間も時間もかかるのに、灯の手や口ではすぐに出してしまうのだ。きっと灯という存在が催淫剤になっているのだ。
「ユキも、早いじゃん」
 囁く声に、更に自分のものが大きくなったのが分かる。嬉しそうな灯に身体がどんどん熱くなっていく。
 男同士だ。
 さだめられている、契約で結ばれているとは言っても、子どもが作れない歪な形であるはず。
 けれど触れていると、そんなことはどうでも良くなる。
 感じてくれること、感じられることが、心の底から楽しくて嬉しい。これまで生きるか死ぬかの境目を彷徨って、人の憎悪に晒されて恐怖も怒りも苦しいほどに味わってきた。不幸だと、はっきり言えるような人生でもあっただろう。
 だが灯と今こうしていられる時間があるだけで、これまでの苦しいことも辛いことも、全部受け入れられる。灯と出逢うためには仕方がなかったと思えば何でも認められる気がした。
  

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