偶像の鎖   6




 不動の生活は規則正しい。
 けれど働いているという様子でもなかった。
 毎日似たような時間に起きて、外を散歩して、食事をとって情報を求めてに出掛けて、帰宅して、食事を作って風呂に入って寝る。
 その繰り返しだった。
 三日一緒にいると、そろそろ出掛けるな、帰ってくるかなという時間まで計れるようになっていた。
 不動は螢に出て行けとは言わなかった。
 ここにいてもいいのかと尋ねると、いたいのならいればいいという返事だった。
 どこにも行く場所がない。そう知っているだろうに。
「何をしにこの国へ?」
 不動は三ヶ月前まで日本にいたと聞いた。
 この国の言語は向こうにいた時から勉強していたらしい。
 拙いところはあるが、話せばおおむね通じるレベルだ。
 言語を習得してここに来たと言うことは目的があるのだろう。毎日のように外に出て何かを求めているようなので、気紛れというのもないだろう。
「日本で霊体などを相手にした仕事を始める予定だ」
 その才能が不動にはあるようだった。
 特殊な人間だ。特殊な職に就いている方が都合が良いのだろう。それはよく分かる。
「こっちには悪魔を祓うのが上手いと噂されている人物がいると聞いて見に来た」
 参考にしようと思ったのだろう。
 悪魔を祓うのが上手い人物。
 日本にまで噂されるような人物であるなら螢の耳にも入っているようなものだが。
 三ヶ月以上部屋の中に入っていただろうから、その頃から頭角を突然現した人でもいるのだろうか。
「だがもう何ヶ月も姿を見せていないとこちらに来てから知った。突然姿を見せなくなった、どうやら悪魔と戦っているらしいと」
「それは……」
 自分の身に置かれた状況とよく似た情報だ。
 というよりそれは螢自身のことだと思うのが自然だろう。
「私か……」
 他国にまで噂されるほど知られてしまったか。
 だがこの国でも悪魔に悩まされている人の間で密かに囁かれていた程度の知名度だ。日本でもそういう人物がいるらしいという曖昧なものしか伝わっていないだろう。
 不動が自分を見るためにわざわざ日本から来たというのも不思議な気分だった。
 ちらりと不動を見る。清廉さを極める香りに包まれることは慣れてはきたものの、それでも飢えを感じる。
 腹一杯に満たされてはいないせいだろう。だが満ちるまで喰い続けるなんて身勝手なことは出来ない。
 欲しい、だが我慢しなければ。そんな気持ちが螢の中で渦を巻く。
 無意識のうちに唇を舐めていると、不動と目があった。
 とっさに目を伏せた。
 おまえが喰いたい。
 そんな欲を見透かされるのは怖かった。気味が悪いから出て行けと言われると途方に暮れるしかない。
「腹が減っているのか」
 だが自分を誤魔化す螢を、不動は感じ取ってしまったらしい。
 近寄ってきては見下ろしてくる。
 この男は体格が良い上に螢より背が高い。
 威圧感が感じさせられるほどだ。
「いや…」
 減っている。喰いつきたいほど。けれど浅ましさを見せるわけにはいかない。
「そんな気配だ」
 不動は否定する螢の顎を掴んだ。そして上を向かされる。
 目つきの良くない瞳と視線が混ざると、意識がとろりと溶かされる。
 この男が纏う気配は危険だ。我慢など塵くずのように些末なものにしてしまう。
「欲しいなら欲しいと言え」
 言えば与えられると言うのか。
 そんな許しが得られるのか。
 問いかけるより先に、不動が唇を塞いできた。
 流し込まれる甘さ。
 口付けている。熱が重なっている。
 そんな感覚より先に、背筋を痺れさせるほどの甘さが走ってくる。
「っん……」
 上擦った声が唇から零れる。
 飢えが満たされていくのは快楽に酷く近い。
 欲しい、もっと欲しい。そうねだるように唇を開き舌を差し出した。すると不動は何の躊躇いもなく絡めてくる。
 本当に、この腹を満たしてくれるらしい。
 どうしてそんな温情を見せるのか。分からない。
 だがそんなことはどうでも良かった。腹に染み渡るすっきりとした甘さ。雪解け水のように凛とした味だ。
 気持ちがいい。
 ぞくりぞくりと快楽指先まで伝っていく。
 くちゅりと重ねた唇から水音がする。執拗なまでに口内を撫でられる。まるで欲情を誘うような動きだ。
「もう…」
 濃さが欲しい。
 これ以上欲が深まると魂に触れてしまう。
 だから唇を放して不動から一歩下がった。
 その代わり螢の背後にあったベッドに、不動を座らせた。
 何をしようとしているかは不動にもすでに察しが付いているだろう。それなのに螢を止めはしなかった。
 座った不動の足元に膝をついて、ズボンのフロントを外す。
 不動に会うまでは自分がこんなことをするなんて思わなかった。相手は男だというのに、ましてそれを口にくわえるなんて。みっともない有様だ。
 侮蔑されても何も言えない。
 だが今はそんな羞恥も矜持もどうでも良かった。
 この人間の味が、螢から欲以外のものを奪っていく。
 僅かに勃っているそれを見ると喉が鳴る。浅ましい己に嘲りが浮かぶ。だが唇は迷いもなくその先端を含む。
 人間の身体の一部だと、そのあたたかさで感じる。
 舌で舐めると育つそれを慈しむように撫で、上下に擦る。
 どくりどくりと鼓動を刻むようにそれが反応した。
 舌で根本から先までを舐め上げると、不動が螢の頭を撫でる。その手つきの優しさに心臓がきしんだ。
 これは自分の欲を満たすためのものだ。不動にそうして触れられるべきことじゃない。
 それなのに手を払いのけることは出来ず、螢は歯を立てずにそれを喉の奥までくわえこむ。
 深くくわえればくわえるほど苦しくなる。けれどそうすると不動のものはさらに大きくなる。喜んでいるのだと思うと、純粋にもっと感じて欲しいと思えた。
 生気を奪っていくのだ。せめて不動には気持ちよくなって欲しい。
 先から濡れ始めると、赤子が乳を求めるように夢中になって吸い付いた。
 甘さが溢れてくる。熟れた果実のように感じる。
 螢だけが感じる錯覚だ。他の人間であったのならとてもそうは感じられないだろう。
「ふ…っん…」
 次第に口にふくめる質量を超えてきた。だが口内から出す気にはなれず、必死になって唇を動かした。
 不動が息を詰めているのが感じられる。
「舌を使え」
 微かに熱がこもった声で、そう指示される。
 やり方など分からない螢に焦れたのだろう。
 言われるままに拙いながらも舌を使うと、それが滴り始める。
 限界が近いのだろう。
 頭と手を動かしながらそれを愛撫する。浮き出るそれを舌で舐めながら先を吸うと口内に熱が放された。
「っ…んんっ…!」
 喉に叩き付けられ、むせそうになる。
 だがかろうじて飲み込むと不動が大きく息を吐いた。
 乱れた呼吸を整えようとしているのだろう。
 食物であるはずのない体液を、喰い物としてしか感じられない。そして精神は快楽の余韻に漂っていた。
 不動は肉体が悦を得たのだろうが、螢は意識の中が蜜に溺れているような感覚だ。
 くんと喉を鳴らすと、不動に二の腕を掴まれた。そしてそのまま引き上げられる。
 前に引き寄せられ、螢は不動の肩に手をついた。間近にある瞳には螢が恐れていたような侮蔑の色はなかった。
 むしろそこにあるのはもっと別の色だった。
「ふど…?」
 不動は螢を立たせるとその指をズボンの中に入れてきた。
「何…!?」
 唐突な行動に驚いていると、不動の手が直接螢の茎を包んだ。僅かに冷えたそれに触れられるとびくりと肩が跳ねる。
 螢の腕を掴んでいた手はいつの間にか腰に回って、螢が逃げるのを防いでいた。
 茎は首をもたげ始めており、不動のものを口にくわえていた時からすでに反応を示していたことは明らかだった。
「やめっ」
「抜いてやる」
 男のものをくわえて欲情するなんて、完全に変態だ。
 ただでさえ羞恥を駆り立てられる行為だというのに、それに反応を示していたことを知られるなんて死にたいくらいに恥ずかしい。
 大体これは不動を喰った味が気持ち良いのであって、決して不動が感じていることに興奮したわけではない。そう信じたい。
「いらないっ」
 慌てて手を止めようとするが、茎の先端に軽く爪を立てられると硬直してしまう。過敏な場所を掴まれたままでは、抵抗もろくに出来ない。
「俺ばかりイかされるのは不公平だ」
「違うっ。これは食事で、不動が気を使うようなことじゃない」
 食事だ。セックスの前戯じゃない。
 そう主張するのに、不動の手は螢をやんわりと愛撫する。柔らかく撫でるばかりの動きは、すでに硬さを持ち始めていた身にとってはもどかしいほどだ。
 不動が触れなければ、すぐに収まるものだったのに。
「お前にとってはそうでも俺にとっては違う」
 気にするな。気にしなければ何の問題もない。
 それなのに不動は螢を欲を煽ってくる。
 上下に指を動かされると、嫌でも腰が揺れた。
「必要ない…!」
 すでに甘さが混じり始めた、みっともない声で訴える。ここで止められても困るだけだと分かっているけれど、不動に抗議にせずにはいられなかった。
 水音が聞こえてくると、首筋までかっと熱が回る。きっと赤く染まっていることだろう。
 節の目立つ、男の無骨な手だというのに。感じているなんて、眩暈がした。
「気味が悪いか」
「そうじゃない」
 そんなことを言い始めたら、最初に身体に触れたのは螢だ。口で不動のものをくわえるなんてとんでもないことをした以上。似たようなことを返されても気味が悪いなんて言えない。
 それに実際不動に触れられても気持ちが悪いなどとは思わなかった。
 ただ気まずい。
 そんなつもりじゃなかったのにという思いばかりが膨らんだ。
「なら大人しくしていろ」
 水音は淫らさを強くするばかりで、止めたかったはずの手は不動の指を掴むことも出来ずに拳を握った。
 浅くなる呼吸は、抵抗する気がないことが明らかだろう。
「不動…っ」
 追いつめられている。
 これ以上されると、出してしまう。
 それなのに不動は手を休めるどころか、更にきつく茎を嬲る。
 吐き出させようと促す様に、螢の矜持など粉々に崩れ去る他ない。
「ふ…ぁ……」
 腰を振るわせて、精が放たれる。
 がくがくと膝が揺れたが、不動の肩を掴んで体重をかけることでかろうじて座り込まずにすんだ。
 不動のものは甘く芳醇な香りがするのだが、自分のものまでそんな錯覚を起こすはずもない。
 微かな異臭は脱力感と共に羞恥を蘇らせる。
 血流が頭に集中していく。
「こんなこと…しなくていいっ」
 欲情が欲しくて不動のものをくわえているわけではない。勘違いしないで欲しい。
 たとえ螢が微かなりとも性的な欲を抱いたとしても無視すればいいのだ。それが目的ではないのだから。
「俺が見たかった」
 不動は近くにあったタオルで汚れた手を拭う。螢はすぐに衣服を正して不動から一歩下がった。
 目の前にいる人の表情は淡々としている。
 今さきほどのことをどう考えているかさっぱり分からない。
 どうして、見たいと思うのか。
 何が見たいと思ったのか。
 螢が感じている様か、人間でない者でも人間と同じように欲情する様が興味深かったのか。
 分からない。
 だが不動に触れられても嫌悪一つなく、呆気なく達してしまった自分にも少し驚いていた。
 いくら不動を喰った後で、気持ちが高揚していたとはいえ。あまりにも容易く、快楽に襲われていた。
 そして吐き出したというのに、身体のどこかで熱がまだくすぶっている。こんなに乱れるなんて不思議だ。
 だが理由を追求するのが怖くて、キッチンに逃れる。水など飲んでも身体を鎮めることは出来ないと知っているはずなのに。



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