偶像の鎖   10




 中を掻き混ぜられるのは気持ちが悪かった。
 止めて欲しいと何度も思ったけれど、不動が望むのなら止めないと決めていた。
 だがその代わりしつこいと思われるほど不動に口付けた。
 口付けると不動の甘さが身体の中に入ってくる。
 後孔の気持ち悪さを内側から中和しようとしたかのようだ。
「ん…っ」
 不動と舌を絡めて、水音がするほど口付ける。
 後ろは浅い部分を指が探り、たまに出入りする。
 良いなんて思えはしない。そう考えていたのだが指が奥に入れられ、中を探り始めると少しずつ感覚が変わってきた。
 内のどこか、螢には不動の指がどれだけ深く入っているのか分からないので場所は分からない、けれど中に確かに熱がこもった部分がある。
 そこに指がかするたびに、螢は息を呑んだ。
 茎に触れられるより神経に直接くる刺激だ。
 これが何なのか。
 己の身体だというのにこの変化が分からず、不動の手から逃れるように足がベッドを僅かに蹴った。
 後ろに引きたい気持ちを察したのか、不動は更に指をすすめてくる。ひくりと螢の喉が鳴ると、その時探っていた場所を指で押した。
「っ、や、ぁ」
 驚いて唇を放すと、零れたのは甘ったるい声だった。
 自分でも信じられない反応だ。
 不動がそれを何もせずに見ているだけのはずもなく、螢が声を上げた部分を嬲る。
 そこばかり刺激されると触れられていなかったはずの茎が硬さを持ち始めていた。
 体内で快楽が波のように起伏を繰り返す。それは大きくなる一方で、螢は首を振った。
 どうしてこんなことになっているのか。
 男同士で後ろを使うなんて理由が分からないと思っていた。入れる場所がないからだと単純に考えていた。けれどそれだけではないのだと体感させられる。
「や…ぁ…」
 みっともない、弱々しい声。
 与えられたことのないものに軽く混乱していた。
 無理矢理快楽に押し上げられている。
 恐怖が混ざりながら、身体は貪欲に指を甘受していた。
「悪くないらしいな」
 不動の声が意識に入り込んでは羞恥をかき立てる。
 けれど震え始めた腰は止められない。
 ねだるように動くそれに応じるように、不動の指が大きく抜き差しをした。
 それは今から行われることを彷彿とさせた。
 一瞬怯えるが、不動に茎を掴まれて「ひあっ」と奇妙な声を上げた。
 不動の中でびくりと反応するそれはこの行為に先を求めているようだった。
「あ……」
 中を弄る指は動いているのに、茎は掴んだまま何もしてくれない。それがもどかしくて不動の肩を掴んでいた指に力を入れる。爪を立てると不動は深く息を吐いた。
「三本入れば、そろそろ大丈夫か」
 本数を言われ、螢は目を見開いた。
 いつの間に三本も入っていたのか。言われれば圧迫感は強くなり、そこも無理に広げられている感があるのだが。
 悦に気を取られていた。
 中から指を抜くと、不動が螢の足を掴んで広げた。
 汚れているそこを開くのは消えかかっていた恥ずかしさをぶり返す。けれど次の瞬間後ろに当てられたものに螢は息を呑んだ。
 不動のものが、後ろに入ろうとしている。
 大きさは口でくわえた時に見て、感じて知っている。それが入ってくるなんて。
 不可能ではないのか。
 そう言いたかった。
 だが不動は後孔に切っ先を埋め込んでくる。
 指とは違う質量に全身から嫌な汗が噴き出した。身体も強張ってはそれを恐れる。
 不動もきつい締め付けを感じるのだろう、息を詰めては眉を寄せた。
 けれど押し開かれる苦しみに混ざって、不動を中で感じられるという喜色が生まれた。
 唇から摂取するのと同等の甘さが、じわりじわりと身体に浸透していく。
 ぴりとした痛み、呼吸を乱す苦しさ、それらを不動の気配が飲み込んでは悦楽に変えてしまう。
 欲しい。
 身体だけでなく、意識までそう求めた。
 唇が無意識の内に動いては、不動の目に晒される。
 こくりと不動が喉を上下する。
「ひ、あぁ…!」
 躊躇いなく不動が中に入ってくる。
 痛みを感じるのに、それより甘さが全身に回っていく。
 上げられた声は完全に嬌声で、とても苦しがっているようには見えないだろう。
 螢も自分の身体の変化に付いていけず、小さく震えていた。
 どうなってしまうのだろう。
 怖いはずなのに、心臓のせわしなさは期待に似ていた。
 不動は強引に自身を螢の奥まで進めた。内蔵が押し上げられ、螢の呼吸は浅く、不規則になる。
「あ…っ…」
 息を吸うたびに腹の中にそれがあるのが分かる。少し動かれるだけで、内部がえぐられるのではないかと思っては怖くなる。
 不動も螢と同様呼吸は荒い。
 だがそのまま口付けられると、恐怖にがちがちになっていた身体がやんわりと緩むのが分かった。
「ん…」
 触れるだけの口付けを繰り返しながら、不動は緩く腰を動かした。
 くわえ込んでいる部分が痛むのではないかと思うのだが、体内にある甘さや、不動の唇に気を取られる。
 精神的な甘さが痛みを和らげるらしい。
 苦しさなんて味わいたくないので、甘さばかりを追っていると、不動が内側にあった熱の固まりを雄で刺激する。
「っん!」
 心臓が跳ねては無意識に後ろで締め付ける。
 不動も一瞬硬直したが、止まったことを悔やむかのように律動を始める。
 緩いばかりだった動きが、緩急を付けながら内を嬲り始める。
「ひ、ぁ、や」
 断続的に声が溢れた。貫かれるたびに意識が白くなっていく。
 茎に触れられている時はそこにばかり精神がいく。快楽はそこを中心にして全身に回っていた。けれど今は、全身が快楽を貪っていた。
 どこがイイなんて分からない。全てだった。
 ぎちぎちに開かれた後孔が痛いはずなのに、そんなことは思い出せないほどだ。
「は、あ、っん」
 みっともない響きを生み出す唇を閉ざそうなんて思わない。
 気持ちがいい。痛いはずなのにイイ。だからもっと、壊れるくらい欲しい。
 そればかり望んでいた。
 足は不動に絡み付き、茎は欲情を露わにして淫らに濡れている。
 今まで他人に晒したことがないほどの、浅ましさだ。
 軽蔑されるような有様かも知れない。けれど侮蔑の眼差しを受けても今は止められない。
 だって狂いそうだ。
 こんなに激しく、甘く、崩壊しそうな快楽なんて味わったことがない。
「痛いか」
 不動が目尻を舐めた。
 どうやせいつの間にか涙を浮かべていたらしい。
「ちが……」
 そんなものではない。
 痛みなんてない。ただ怖さはあった。
 こんな味を与えられた後に、一体何を求めればいいのか。
 こんなに気持ちが良くて、甘いものはきっと他にはない。麻薬のように染み込んでは忘れられなくなる。
 不動ばかり食いたくなる。
 離れられなくなる。
「あぁ…っん」
 奥で揺さぶられ、内蔵をえぐるような感覚がどこかにある。だがそれより悦が勝る。
 螢は不動の動きに合わせるように腰を振っていた。
 誤魔化す気はなかった。
 とろとろと雫を垂らす茎を見れば、この上なく感じているのは隠しようもない。
「悪くないようだな」
 不動の荒い呼吸に、螢は頷いた。
「気持、ち、イイ…っ」
 だからもっと、と唇だけで告げる。
 すると不動は願いに応じるように雄を引き抜くと中に一気に突き刺してくる。
「っ!あ!」
 火花が目の奥で散る。
 二、三度繰り返されると螢は嬌声も上げられなかった。
 苦しいほどに感じる。
 きつい、駄目と泣き言を告げると不動はさらに螢の中へと入ってくる。
「ふか…!」
 そこは深い。驚いて目を開くと苛むように奥をえぐられ息を呑んだ。
「やぁ!ああ!」
 熱い。
 真っ先に感じたのはそれだった。
 だが身体は意識より先に刺激に震え声を上げさせていた。
 中に精を叩き付けられ、波立っていた快楽が螢の意識を飲み込む。
 視界まで真っ白になり、指先が震える。
 ずっと息を止めていたみたいに、肺が急速に酸素を欲しがっては大きく膨らむ。
 茎は白濁を吐き出して腹を汚している。
「あ……ぁ」
 さざ波が身体中に広がる。
 達した後はすぅっと快楽は引いていくはずなのに、ざわめきが何度も肌を誘う。
 不動をくわえ込んでいる箇所も、ひくりとそれを締め付けては悦をまだ欲しがっているようだった。
 甘さが喉から出てきそうだ。
 蜜に浸っているように螢の頭の中はどろどろに溶けていく。
「……きもちいい…」
 無意識の内にそう呟く。
 全身の力を抜いてベッドに両腕を投げた。
 目つきはとろんとしており何を見ているのが自分でも分からなかった。
「そうか」
 不動も荒い息で、多少熱を込めた声だった。だが螢のように乱れてはいない。
 情事中だというのに、この男は没頭して我を忘れるなんてことはないらしい。
 だがそれを悔しいなどと思う余裕はなかった。
「後ろで、食ったら……とけそう……」
 こんなに刺激が強く、また甘くて死にそうなものだとは知らなかった。
 くせになりそうだ。
 だが足を開くなんて、気楽に出来ることではない。
 不動相手には、覚悟をして受け入れたけれど。他の男をくわえこむ気はさらさらない。
 そうなると、更に不動に依存してしまう危険度が高まる。
 はあ…と息を吐いた。すると不動が螢の髪を撫でる。
「ならもう一度出来るか」
 中に入ったままのものが、微かに動く。
 ねだるさまに、螢はぞくりと背筋に快楽が走るのを感じた。
 入れられるなんて怖い。そう思っていたはずなのに。
 それに犯されることを期待して、腰がうずいた。
「……欲しい」
 欲望に忠実な言葉を伝えると不動に耳を噛まれた。
 それだけで声が零れる。
 甘すぎる蜜をそそぎ込まれるため、螢はもう一度不動の背中に腕を回した。



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