淡く微笑みながら、泉は口を開いた。
「人間かどうかって聞かれると迷うよね。たぶん僕はきっちり人間とは言い切れないと思うんだよね」
 恭一がそれを嫌がっていることなど気が付いていないのか、泉は冷酷なことを告げてくる。
 同じ生き物であることすら、この人は認めてくれないのだろうか。
「この身体の一部は人形のもので、この精神は人形にとても近くて」
 その存在は人形を作り出すために生きている。
(こんなこと知ってる)
 だからこそ恭一は泉に惹かれたのだ。
 最上の人形を作り出すからこそ、朝日奈泉に憧れて、近付いて、けれど今はそれだけではない。
(特別だってことは分かるけど。でも俺と同じでいて欲しいって気持ちもあるんだ)
 それはこの人が好きだから。
 人形師である泉だけでなく、日常でごろごろしている泉だって好きなのだ。
 無防備に寝転がっている様を見て愛おしいと思うのだ。
 その思いを持ってしまった以上、自分と違うと言われるのは切ない。
「人間とは違う」
 泉は、拒絶しているのだろうか。
 この愛おしさも遠ざけられてしまうのだろうか。
 恭一は迷いを持ちながらも、マグカップをベッドの上に置いた。中身は飲み干してしまっているので倒したところで問題はない。
「俺とも違う」
「うん」
 確かめる言葉に泉は頷いてしまう。
 恭一は頬に触れられている手をそっと包み込んで目を伏せた。
「……分かってるんです。俺だって分かってる。でも分かりたくないんです」
 現実から目を背けるなんて、そんな馬鹿げたことをしてしまいそうになる。
「俺は貴方に遠ざけられたくない。側にいたいんです」
 でも違うと言われればどれだけ近くにいても遠い気がする。
 そう言うと泉は頬に触れていた手を下ろした。そして恭一と手を繋ぐ。
「遠ざけたりしないよ?僕は人じゃないだろうけど、でも人間でもあるから。君と酷似しているし。人形に向ける気持ちは君と同じだし」
 泉は迷いながらもつらつらと言葉を並べていく。それは少し慌てているようだった。
 言い訳のように聞こえると思ったのだが、ふと声が止まったことに視線を上げた。
 見捨てられる犬のような瞳が、そこにあった。
「遠ざけないで」
 すがりつくようだった。
 そうしたいと思っていたのは自分の方だ。
 けれど泉は恭一の手を握って、そう願ってくれている。
(寂しがり、だったな)
 緋旺が傍らにいるから、今の泉は満たされているように見えた。
 けれどこの人は恭一を失いたくないと切望してくれた。
 守りたいのだと、言ってくれた。
(忘れてたわけじゃない。そうじゃないけど)
 緋旺が居るから自分なんて、と斜に構えてしまっていた部分があったのは確かだろう。だから泉にこんな顔をさせてしまう。
「すみません。遠ざけようとしたわけじゃないんです。むしろ近付きたいと思っていたんです。でも、貴方が遠くなる気がして」
 距離が縮められない気がして、焦れていたのだ。
「ここにいるだろう」
 触れ合っている。
 そう泉に言われ、恭一は精神的な部分で、と言いかけて止めた。
 そんな目に見えない部分をことさらに強調してどうするのか。
(貴方が俺を好きでいてくれて、こうして触れられるだけで。大切なことなんだ)
 それはとても大事なことなのだ。ずっとこうしたいと切望したのだから。
 一つ満たさされれば次へ、と欲張る人のさがそのままに暴走していれば、泉に見放されるかも知れない。そのことが一番恐ろしい。
「はい。ここに、います」
 抱き締めて、その感触を実感する。
 いつも思うのだが、やはり今日も細いなと思う。ちゃんと食べているのだろうか。
 恭一が来たのが夜だが、晩ご飯もまだだったような気がする。しかし泉とこの状態から離れるのは嫌だなと思っていると、唇が塞がれた。
 自分から仕掛けた時は閉ざされていることが多い泉の唇はうっすらと開いていた。
 舌を差し入れるとすぐさま応じてくれる。
 欲しがられている。その事実が急激に恭一の体温を上げた。
 抱き締めていた背中を撫で下ろし、服の隙間から手を差し入れる。
「んん……」
 舌が深く絡み合っては吸い上げられる。泉を抱き始めたばかりの頃は恭一がリードすることが多かったけれど、いつの間にか泉も積極的になってきた。
(たぶん腹を括ったんだろう)
 キスが上手いのは泉の過去を想像させるものだけれど、こればかりは消しようもない。
 だからだろうか、泉にキスを仕掛けられると意地になって執拗に舌を使ってしまう。
「っん……ん」
 泉の口内に潜り込んでは全体を辿るように舌でなぞる。すると泉が恭一の服を引っ張った。暫くそれを無視して口付けていたのだが、何度も引かれて渋々解放すると睨まれた。
「しつこい」
 潤んだ瞳でぶすっと文句を言う様は、年上だというのに大変可愛い。
 良い表情だなと思っていると泉の手が恭一のズボンを下着ごと下げた。
 え、という間もなく頭が沈められる。
「いいんですか?」
 尋ねると答えるようにして泉の舌が恭一のものをぺろりと舐めた。
 ぬめりのあるあたたかなものに先端を舐められ、ぞわりと快楽が腰回りから這い上がってくる。
 飴でも舐めているかのように、泉は丁寧に雄を愛撫する。粘膜で刺激されている感覚は、直接的に精神を高ぶらせる。
 それよりも強く恭一を猛らせたのは、泉がそれを舐めているという事実と光景だった。
 喋るためのものが、食事を取るためのものが、人の良い笑みを浮かべるあの唇が、恭一のものを自らくわえているのだ。
 劣情を煽ってくれるその行為に平然としていろという方が無理だろう。
(うわぁ…これが初めてってわけじゃないけど)
 何度見ても血液が逆流しそうだ。
(しかもそんなに上手くないってところが更にクる)
 恭一以外の男と関係を持ったことがない。それを言葉だけでなく体感までさせてくれるのだ。どれほどこの人は自分を舞い上がらせてくれるのか。
 泉は一通り雄を舐めると、ゆっくりと口の中にそれを含んでくれた。
「っ……」
 体内のように包み込まれる。後孔より緩やかな締め付けにかろうじて理性は残っているけれど、やや苦しげな表情が扇情的だ。
「っん……ん、ふぅ……っ」
 呼吸するのが苦しいのだろう。微かに戸惑いの吐息を零しながら口でしごいてくれる。
 どくりどくりと脈打ちながら育っていくそれは、全て頬張るのは無理らしく苦労しているようだった。
「無理しなくていいですよ」
 そう言って脱色されてややぱさついている泉の髪を撫でた。
「んん…」
 うんと言ったのだろうか。喉近くまで雄をくわえているせいで、そんな他愛もない声であっても雄に悦を与えてくれる。
 頬張りながら舌で雄の裏を撫でてくれる感触に、腰が揺れそうになる。同性であるせいか快楽の与え方が的確だ。
「っんん……っ」
 喘ぎ声みたいに聞こえる泉の吐息が、恭一の背筋を震わせる。そろそろまずいかも知れない、そんな意識がふつりと沸いた。
「泉さん」
 すごく頑張ってくれた。だからこの辺で終わりにしてくれて良い。そう言うつもりなのだが、泉はそんな恭一の気持ちとは裏腹に頭を上下に動かし始めた。
 律動は間違いなく恭一に精を吐き出せと促すものだった。
「っ、泉さん、そろそろ」
 あんまり動いて貰うと出してしまう。そう思って髪の毛をくいと引くのだが泉は止まらない。
 それどころか深くくわえては吸い上げながら頭を上げるのだ。
 絞り出すようなその行動に恭一は歯を食いしばった。持って行かれる。
「ちょ、ね、泉さん!」
 切羽詰まったこの声が聞こえないはずもないだろうに。恨めしさを込めて呼ぶと泉はもう一度それを繰り返した。
「っく、んん」
「も、無理ですって!」
(つか、もう、ヤバイ!)
 膨張したそれは泉の柔らかな口腔と、絡められた舌に促されるまま、精を放とうとする。
 だが寸でのところで微かな恭一の理性がそれはいけないと思ったのだ。
 だから泉の頭を強引に離した。
「っ」
「っあ……」
 唇が離れたと同時くらいに、白濁が吐き出される。それはごく間近にあった泉の顔に容赦なく飛散した。
 肌を汚す白い液体。
 視覚に飛び込んでくるその様に、恭一は絶句した。
 あまりにも卑猥な有様に頭が真っ白になったのだ。
 それは泉も同じだったようだが、こちらは恭一よりも早く我に返ってはまだ残っている残滓を絞るように軽く雄をしごいてくれた。
「え、ちょ、泉さん!その」
「顔にぶっかけられたのは初めてだね」
 最後の残りまで絞り出すと、泉は平然と顔にかかったものを手で拭った。
 そして汚れた手を見て「結構出たな」と呟いた。
 自分の顔がそんなもので汚れたと言うのに、気にしていないらしい。
 だが見た目は大変淫らだ。
「……若いね。もう勃ち始めてる」
 目の前で再び堅くなり始めたそれに、泉は妖艶な笑みを浮かべる。今まで見てきたどんな女性の笑みよりも、それは艶やかだ。
「そんなに顔射が気に入ったの?」
 上目遣いで尋ねながら、泉が頭をもたげた雄の先に口付けた。
「っ……」
「もっかい口でヤってあげようか?」
 揶揄の入ったそれに恭一は溜息をついた。完全に手玉に取られている。
「勘弁して下さい」
 口ではなく、もっと気持ちが良くて楽しめる場所を知っているのだ。
 恭一はそれを求めている。そんなことくらい泉はお見通しだろう。だからその双眸は細められているのだ。
「仕方ないね。勘弁してあげる」
 そう言っては泉がベッドヘッドにある小さな引き出しからチューブを取り出す。
 そしてそれを恭一に手渡した。
「脱がすのは俺の役目でしょうが」
 泉は平然と服を脱ぎ始めているのだが、恭一はそれを止めた。脱がす手間だって楽しみの一つになっているのだ。
 すると泉は瞬きをしてから、恭一の首に腕を回す。
「はいはい。じゃあお願い」
 小さく笑った人の顔を、自分の服の裾で拭った。
 白濁を拭うと自分の服を脱ぎ、そして泉を脱がす。
「恭一君はあったかいね」
 泉は裸体を恭一に密着させて、そう噛み締めるように告げた。
「あったかいというより、熱い状態です」
「ああ。こことかね」
 泉の手が恭一のものを軽く握ってくる。弱い刺激だが、煽るには十分だ。
「あんまりからかうと、馴らす前に突っ込みますよ。無理矢理って別に好きじゃないけど、最後には泉さんがあんあん喘ぐんだろうと思うと、それも有りかと思っちゃいますから」
「痛いのはご遠慮します」
 本気の響きを感じたのか、泉は小さくなってそう言った。



 


TOP