ベッドにある小さな暖色の灯りがぼんやりと部屋を照らしていた。
 日は暮れ終わり、夜に包まれる。
 オレンジに染まった薄暗い空間には荒々しい呼吸が満ちていた。
 ベッドの上で重なり合った身体は、達したばかりの気怠さのまま、波が収まるのを待っていた。
 脱色して少しばかりぱさついた泉の髪を撫でると、閉ざされていたまぶたが上げられる。
 潤んだ目は、恭一を映すとさらにとろりと溶けた。
 劣情がまだ疼いているのだろう。
 誘うような眼差しに恭一は深く息を吐くと、泉の背に腕を回した。
 繋がったままの身体は少し動かしただけでも、快楽が響くのだろう。
 小さく声を呑むのが微かに聞こえる。
「恭一、くん…?」
 甘えるような鼻に掛かった声で名を呼ばれ、恭一は苦笑する。
 たったそれだけで、内壁に包まれた劣情が熱を帯始める。
 初体験のガキかと思えるほどがっついてる。
 泉を抱くときはいつも、余裕がないのだ。
「上に乗せますよ」
「え?っ、ああ!」
 体位を変えて、泉を持ち上げる。
 なるだけ中にあるものを抜かずに、あぐらをかいた自身の上に泉を乗せた。
 力があって良かった。などとふらちな行為の中で考えてしまう。
 恭一にまたがるような姿勢を取らされた泉は、根本までくわえ込む前に、中腰で止まった。
 だが苦しい体勢でいつまでもいられるはずがない。
 羞恥と刺激で目元を染め、恭一の肩に両手を置いては頭を振った。
 だだをこねる子どものようだ。
「腰下ろしてください」
 嫌がる泉の耳元に、わざと優しく囁く。
 戸惑う様を眺めていると、泉が息を飲んだ。
 ぶるりと内股を震わせた。
 見ると、そこに白いものが足をつぅと伝っている。中に出したものが溢れているのだろう。
 それだけのことに、これだけ反応するとは。
 過敏な身体が愛おしくて、内股を流れる白濁を溢れる箇所へと撫で上げていく。
「ひ…ぁ…」
 噛み付いた痕がうっすらと残っている足の付け根をそっと触れると、泉が嬌声を零した。
 可愛い。そう囁きながら喉に口付ける。
 年上の男に思うのはおかしいかも知れない。だが実際食いつきたいくらい可愛いのだ。
 身体にはもう火がついているはずだ。それなのに、震える足でじっと耐えている。
 いっそ無理矢理座らせて、揺さぶってやろうか。
 いつもより随分荒々しい抱き方で一度イかせているので、次くらいは優しく抱きたいのだが。
 この分では理性が保ちそうもない。
「泉さん。諦めて、俺のくわえて下さいよ」
 じゃないと、縛って無理矢理突き上げますよ。と低く囁いてやると泉が涙目になった。
 酷い。そう言っているようだ。
 だが脅迫めいた台詞がきいたのか、ゆっくり息を吐いて自ら腰を埋めていった。
 すでに奥まで入れたばかりのそこは、抵抗なく恭一を飲んでいく。
 眉を寄せながら、それでも苦痛をもらすことなく泉は腰を下ろした。
「…が…がっつき過ぎ」
 吸い付くような肌を密着させながら、泉が吐息混じりに言った。
 心臓が大きく脈打っていることすら悟られてしまいそうだ。
「若いんで」
 きつく締め付けられ、恭一は息を飲んだ。
 だが苦しいほどではない。むしろ気持ち悦いくらいだ。
 この人の中はどうなっているのかと思えるくらい熱くて、きつくて、そのくせ奥まで受け入れてくれる。
「怒りながら言うことか」
 はぁはぁ…と息を吐くことすら、二人には刺激になってしまう。
 まして声を出せば、その分の振動が全て伝わってきた。
 だが口を閉ざそうとはしない。
「全部俺のものにしたいんです」
 恭一は泉の背をそっと撫で下ろす。くすぐったそうに泉が頭を寄せてきた。
「あんたの身体の隅々まで、全部俺のものにしたい」
 上に乗られると、どうしても泉を見上げる形になる。
 顎を舐めると、塩の味がした。
「強欲だ」
 責めるようでもなく、笑いを滲ませて泉が言う。
「そうさせたのは泉さんだ」
「わがままぼーず」
「坊主に随分いいようにされてますね」
 腰を揺すってやると、泉が唇を開けて啼いた。
「あ…ぁっ…」
 くちゅと濡れた音がする。
 さらに突き上げると、中だけでなく、泉の下肢が先端から濡れ始める。
 後ろだけでもちゃんとイイようだ。
 関心して眺めていると、肩に爪を立てられた。
「性格悪い…」
「知りませんでした?」
 容赦なく突き上げると、泉は観念したように声を殺さなくなった。
「はあ…ぁ…やぁ」
 揺れるたびにねだるような響きが聞こえた。
 羞恥を保っていられる限界を超えたらしい。吹っ切れたとも言える。
 恭一に協力するように、自ら腰を揺らして快楽を追い始めた。
 その嬌態は恭一を煽るようだった。
 こちらが翻弄していたはずなのに、その姿が扇情的で我を捨てて追い詰めたくなる。
「どうすれば」
「え、あ…っん」
「俺が刻まれる、んですか?」
 律動を繰り返しながら、問い掛ける。
 身体は溶けそうなくらい熱いのに、心の奥に冷えた箇所がある。
 鍵村という存在が、まだ開いたままの距離が、引っかかっているのだ。
 そんなもの一気に埋められない。そう分かっているくせに、どうしようもないわがままな部分が、許せないと訴えている。
「泉さんの中は…人形のことばっかで…」
「そんなの…!」
 揺れながら、泉の下肢が恭一の腹に擦れる。
 わざとそうするように動いているのだが、泉はそれから逃れるように身をくねらせる。
「尊敬するけど…でもむかつく」
 逃すまいといっそう身体を引き寄せて、喉に歯を立てる。
 ひく、と息を飲む様子が伝わってくるのが面白い。
「八つ当たり、じゃないか…!」
 泉は中を揺さぶるそれに涙を浮かべて喘ぐながらも、しっかり不満をぶつけてくる。
 だがとろりと溢れたものに、怒った顔か所在なさげになった。
「ガキですから」
 深いところに入っているそれを、泉の中にある過敏な箇所をするようにして動かす。
 あ、あ、と断続的に零れる声が耳に心地よい。
「言い訳に、そんなの、使うなっ!」
「へぇ、まだ喋れるんですね」
 もっと激しい動きにしてやろうか。とピアスをさけて耳を噛む。
 歯を立てると泉の吐息がさらに甘くなる。
 どこもかしこも感じるらしい。
「身体だけでも、徹底的に刻み込んで、俺がなしじゃどうしようもない身体にしてやりますよ」
「だからって、こんなの」
「足りないでしょ」
 全然こんなのじゃ足りない。
 そう囁きながら、やや乱暴に身体を突き上げる。
 悲鳴に似た喘ぎ声が響いた。
 触れてもいないのに、前はとろとろと欲を吐き出している。
 手で軽くしごくと啼き声が大きくなった。
「きょ、いち…」
 懇願するように名前を呼ばれ、その甘さに恭一は唇を奪った。
 泉はキスが好きなようで、セックスの最中もよく欲しがる。
 舌を絡め、口にこもる嬌声を飲み、律動を早める。
 絞るようにうごめく泉の内を掻き乱すように貫き、うるさいくらいに濡れた音を立てる。
 快楽に犯された身体は貪るようにして、泉を食らう。
「ふ…っん…。あ、ああ…!」
 離れてしまった唇からはただ欲情に浮かされた声だけが聞こえた。
 煽られ、高まるまま、最奥へと欲情を叩きつける。
 波にさらわれるように、快楽に意識が引きずられた。
「ゃ…は、ああ!」
「っ…」
 泉が腹に白濁を吐き出す。
 濡れた感触を感じながら、ほっとした身体が弛緩していく。
 自分一人だけイくのは気分が良くない。お互い気持ちよくなってこそだ。
 震える泉の身体をそっと抱き、荒い呼吸を吐く。
 解放した後の気怠さがゆっくりと訪れては、全身に広がっていく。だが熱は冷めない。
「っ…ん…」
 泉は目をぎゅと閉じ、恭一に身体を預けてきた。
 繋がっている箇所が熱を持っては、吐き出したものが受け入れきれずに溢れてくる。
「前にそんな触ってないんですけどね」
「…………何だよ」
 後ろで達してしまったということが相当恥ずかしいのか、泉はそっぽを向いた。
 耳が赤く染まっているのが、赤面している証だろう。
「そんなに悦かったんですか?」
 くつくつ笑いながら尋ねると、耳を引っ張られた。
「君、中に出しすぎ」
 拗ねた声で抗議されるが、謝る気はさらさらなかった。
 いつもは必ず付けているゴムをしていないという時点で、無茶苦茶にする予定だったのだ。
 荒い呼吸が整い始めると、泉は恭一の額に口付けた。
 まるで気を引くような仕草だ。
「分かってないね、君は」
「何がですか」
「僕が、なんのためにあの子を作ったのか」
 言っただろ?
 そう泉は囁いてきた。
 確かに聞いている。知っている。
 恭一を失いたくないからだ。泉は涙を流した後に、そう口にした。切なげに顔を歪めて、絞り出すように言った。
「君を失いたくないんだ」
 同じ言葉を、甘くとろけるような声でそっと差し出してきた。
 壊れた左目で恭一を映し、生身の右目で思いを教えてくれる。
 本音なのだと。そう心のそこから思っているのだと。
「それでも、僕が君のことを思ってないと思うの?不安?」
 恭一は苦みを味わいながら、少しだけ口元に笑みを浮かべた。
 そんな瞳で、声で言われて、泉を突き放せるはずがない。
「思ってくれていると分かってますよ。ちゃんと感じてます」
「なら」
「でも、失いたくないのと、いなきゃ生きていけないのとでは違いますから」
 恭一が望むのは後者だ。
 いて欲しい。ではもう満足出来ない。
 いなければ生きていけない。それくらい深く、苦しいくらい近くにいたい。
 溺れて、そのまま沈んでしまうくらい、繋がってしまいたい。
「…デカイこと望みすぎなんだよ」
 呆れた顔で、泉は深く息を吐いた。どうやら溜息のようだ。
「あんた相手にそれくらい望むのは自然ですよ」
「なんで…って、恭一君っ!」
 上に乗せている身体をまた後ろへと押し倒した。
 驚いている泉を組み敷くと、中に入れたものがぎりぎりまで引き抜かれる。
 だが再び奥まで貫いてやると身体をしならせて泉が声を上げた。
 いい声だ、本当に。と舌なめずりをする。
「ま、だ!?」
「もう一回くらいやりますよ。覚悟してるんでしょう?」
「してない!してないよ!」
 否定する唇を塞ぐ。
 まだもごもご言っているようだったが、唇を開いて舌を求めると、渋々といったように応えてくれる。
 本当は心まで浸食したい。
 でも今は身体だけで我慢しておこう。
 そうすれば、泉はきっと近い内に墜ちてくれる。
 快楽に弱い人だから。
「わがまま…」
 キスの合間に告げられた言葉に、恭一は笑ってしまう。
 我が儘だ。欲は限りがない。
 だがそうさせているのは、他でもない泉なのだ。
 この身体の全てに自分の存在を刻みたい。
 出来ることならこの肌の下に流れる血まで、染めてしまえればいいのに。



 


TOP