運命の人 2




 男前、だなんて古めかしい表現をしたのは意図的ではない。
 だがそう言うのがぴったりな雰囲気だったのだ。
 強そうな男だと思った。
 身体がというより意志が。
(……弓、上手そうやな)
 狙ったものを確実に射止める。その集中力と精神力がその男にはあるような気がしたのだ。
 ひょろっとした体つき、その場限りの小手先の思考、なんとなく流されてここにいる自分とは全く違う。きっと日々鍛錬を欠かすことなく続けてきた人なのだろう。
(高校生やのに、なんか高校生って感じちゃうよな)
 精神力が高そうで、若さすら覆う隠すほどに感じられる。
 眺めていると弓道着を纏っている女の子がその男に寄って行って喜々として話しかけていた。
「山崎先輩。この後なんですが」
 テンションが上がっているのか。その声はやや大きい。だからこそ男の名前も聞き取れることが出来た。
(山崎か)
 珍しくない名前だ。
 山崎は女の子の話を真面目に聞いているけれど、女の子と違い冷静なままだ。
 ポニーテールが揺れるほどオーバーリアクションで何かを話している、その子の感情が見えないのだろうか。
(好意だだ漏れ。彼女やろうな)
 あれだけ好きだとアピールしているのだ。部活の中では公認に近い扱いだろう。
 山崎も女の子の感情に引っ張られるようにして、ようやく口元を緩めて何か喋っている。
「なに見てんの」
 俺を部活に引き込んでくれた友人が背後から声をかけてくる。
 そして俺が見ていたものを辿って「ああ」と納得したような声を上げた。
「山崎やろ?」
「有名なん?」
 他校の生徒の名前がすんなり出てくるということは、弓道部たちの間では目に付く存在ということだろう。
 おそらく腕が良いという意味で。
「あそこの高校毎年優勝しとるし。あの山崎もめっちゃ上手いで」
 大会などには出たことがない、見たこともない俺は「へぇ」と気のない返事をした。
 やはり上手いのか。
 見た目を裏切らない男のようだ。
「男前で弓道も上手いって恵まれとんな。モテまくりちゃう?」
「そうなんちゃうか。羨ましいよなぁ」
 ええなぁと友人は呟いている。しかし俺はそれを聞きながら「せやな」と言いつつ同調も何も出来なかった。
 女の子にもてることも、弓道が上手くなることも、俺にはあまり興味がなかったからだ。
 だからその時山崎とやらを見ていても、そういう人間もいるんだと遠巻きにしていただけだ。
 それより落選してしまった夏コミの悲しさや、知り合いのところの売り子に入る予定の方が頭を占めていた。
 売り子として夏コミ参戦出来るだけでも嬉しいことなのだが、出来るならばスペースが欲しかったというのが本音だろう。
 もし受かっていたのなら今頃原稿が修羅場っていてここにはいなかったはずだ。
 高校生としてはここにいる方が正しい形なのだろうが。ヲタクとしては自宅で泣きながらペンを握っていたかったものだ。
「今年もあいつらが取るんやろうなぁ」
 友人が溜息混じりに弱音を零す。
「せやろうな」
「おまえもっと気合い入れろや」
 自分で逃げ腰になっていたくせに、友人は俺にそんなことを不満げに言ってくる。身勝手な物だ。
「気合い入れても俺は射らへんからどうにもならん。元気よく応援しとったらええんか?晴れハレでも踊って騒いどったろか?間違いなく退場やで」
「おまえの応援ってことごとく間違っとるよな」
 今更、と言いたくなるようなことを告げている友人と話をしている間に山崎と女の子はどこかに歩いて行った。
 ただそれだけ。
 男前だと思っただけのことだった。
 そしてきっとそこで終わるだけの人だったのだ。
 けれど俺はしばらくして山崎に再び出会うことになった。



「花火行かん?花火!」
 興奮した様子で友人が喚く。
 その異様とも言える勢いに思わずPSPから顔を上げてしまった。今戦闘中なのだが。
「なんや花火って。花火大会とかもう終わっとるやろ」
 時期はすでに過ぎているはずだ。個人的には花火大会の日程より気になるものがあったので、部活連中で一度行ったきりだった。
「大会ちゃうし!みんなで集まって花火せぇへんかって話」
「あー。ええんちゃう?いつなん?」
 もうそろそろ夏休みも残り少なくなってきている。夏でしたという記憶をもう少しくらい制作しても良いだろう。
 蚊に噛まれるのはちょっと嫌だが、はしゃぎまくって遊べることを思うと我慢も出来る。
「来週!しかも俺たちだけやないなんで!なんとあの高校と一緒に集まって花火しよかって言ってんねん!」
「どこやねん」
 唐突に「あの」なんて言われて分かるはずがない。
 先ほどからどこかと電話していると思っていたのだが。しかもやたらこびを売るような口調だったが、何かと駆け引きでもしていたのだろう。
「優勝校だっての!」
 何の優勝校かということは聞かずとも分かる。この前言った大会の優勝校だろう。
 案の定というか、予想を裏切ることなく山崎という男がいた高校が素晴らしい成績を作り出してくれた。
 端っから優勝なんて無理だと分かり切っていた我が校はそれを憧れの眼差しで見て帰還した。
 その弓道部の連中と一緒に花火をしようということになっているらしい。
 三年にもなると大会が終わると部活は引退。後は受験という薄暗い未来が待っていることが多い。この辺りで一つ輝かしく甘酸っぱい思い出作りをしようということだろう。
 他校と混ざることで合コン気分ということもある。
「へぇ……どこで?」
 あの高校は、ここと離れていたと思うのだが。わざわざやって来るのだろうか。
 そう思ったのだが友人が告げた場所は向こうの高校寄りの場所だった。つまり俺たちが向こうに行く形になっている。
「なんでやねん」
「ええやんええやん遠足やん!俺あそこに気になる子がおって!」
 そうだなおまえは大会の時ナンパしてたもんな。優勝逃しても女の子は逃すまいとしてて部長に怒られてたもんな。
 電話番号は手に入ったようで、連絡をしていたのだろう。
(なんや、その女の子捕まえるために部活巻き込んだだけやん)
 私利私欲にまみれている。
 しかしそれでも部活の、ノリが良い連中は友人に付き合うのだろう。そして自分も例に漏れずというところだ。
(…あの男前来るんかな)
 淡々としていそうな男は、こういうことにはあまり参加しそうもないイメージだが。どうだろう。いるのだろうか。
 いたところでどうするわけでもない。会って何を言いたいわけでも、関わり合いになりたいわけでもない。
 ただもう一回くらい顔を見ても良いかも知れないと思ったくらいだ。
(姉ちゃんが好きそうなタイプやったし)
 タイプと言っても恋人にしたいという意味ではない。彼女の趣味である妄想のネタになりそうな種族というだけだ。悲しいことにその種族は異性と仲睦まじい関係を築くことは望まれておらず。同性といちゃつくことばかり期待されている。
 どこをどうねじ曲がってそういう方向に走っているのかは知らないが、姉は大変その趣味に傾倒しており。姉弟揃って見事にヲタクと言われる道を突き進んでいる。
(ネタ提供したろ)
 姉が喜ぶような光景を目に焼き付けて、それを報告すれば何か褒美が貰えるだろう。深夜アニメの録画を取り忘れないように姉弟で管理し合うことも視野に入れて貰えることだ。
 そんな、軽い気持ちで行った。
 暇だったというのがきっと一番の理由だろう。
 次の週になって部活のメンバーの大半が揃い、わざわざ花火を抱えて電車に乗った。そこまでするようなことかと思ったけれど、みんな騒ぎたいだけだったのだろう。
 現地では向こうの弓道部の連中も集まっており、その中に山崎という男もちゃんといた。
 姿を見た時はちょっとほっとした。
 別にいなけばいないで花火を楽しめば良いだけなのだが。いれば面白いことが増える。
 姉にもちゃんと逐一行動を把握しろと言われてきているのだ。特に男子と仲が良いと喜ばしいと言われていた。
 世間ではそれを腐った目線と言う。
 俺はそのフィルターを常備していないので、至って普通の監視で許して欲しい。
 山崎は物静かそうな見た目をしていたが、部員と笑いながら話をしていて。俺が思っているよりもずっと気さくなのかも知れないと思った。
 けれど近寄る気はなく。ただ笑うと高校生らしさが出てくるのだなと一つの発見を果たしたくらいだった。



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