運命の人 1 俺の部屋にあるノートパソコンの前で、宮内はなにやら悩ましげにしている。 これが課題をやっている途中であったのなら、長い休みも終わる頃だ大変だろうと思うくらいなのだが。 宮内が見ているのは某通販サイトである。 自宅で見るのなら分かるがどうして俺の部屋で見るのか。 というかこいつはどうして夏休みの間中俺の部屋に入り浸ったのだろうか。 長期の休みなのだからと実家に一時的に帰った時以外、ほとんどこいつの顔を見ているような気がする。 第二の自宅と勘違いしているのではないだろうか。 「やっぱり発売延期かぁ。せやろうなと思ったけど〜」 見たくなくとも見えるその画面には、ゲームのパッケージと思われる画像が出ている。 「発売延期とか珍しないもんなぁ。つか今年中に出るんかいな。まぁいつでもええけど」 のほほんと独り言を口から出しながら宮内はクリック音を響かせる。 「…おまえ予約したな?」 いつ出るのかと言いながらこいつは今予約のボタンを押したのではないか。 出るか出ないか分からないようなものを買い求める気持ちが俺には分からない。 「ん?これはもうとっくに予約しとるし。今日どころか予約可能になった直後にやっとるよ」 「買う気満々じゃねぇか」 「メーカー買いやからな。ギャルゲーメーカーなんやから。発売延期とか珍しないよ。ふつーふつー」 いやいやそれ企業としてどうなんだよ。 ギャルゲーに手を出すことのない俺には腑に落ちない現象なのだが。ギャルゲーに馴染んでいる精神の宮内には何の疑問もないらしい。 「それにこのゲームは全年齢対象のノベルゲーやから。エロないよ」 「しかし他の18禁ゲームとかはやってるんだろ?」 「まー……ちらちらと?」 なんとなく気まずそうに宮内は言葉を誤魔化して喋っている。 視線も泳いでいるようだったが。ギャルゲーだろうが、エロゲだろうがどれだけやっていても俺は何とも思わない。 男なのだからエロに興味があってもおかしくない。 エロ本買って読むようなものだろう。ただ、ちょっとばかり一般人の好みやら傾向からずれているような気がしないでもないが。 俺に気兼ねするようなことではない。 「でもでも、それはなんていうか趣味みたいなもんやし」 宮内は何を勘違いしたのか、言い訳するみたいな口調になっていた。 「俺の一番はシンギやから」 にこっと宮内は笑顔を作って見せた。自分に後ろめたいことがある時、それを曖昧にするために浮かべられるだろう笑顔の見本みたいだ。 「別に俺が一番とかそんなことはどうでもいいし。おまえがギャルゲーやろうがエロゲ廃人だろうが、関係ないんだけど」 「関係あるやん!もっと俺のこと気にしてや!」 宮内はノートパソコンから離れて壁に寄りかかっている俺にすがりついてきた。膝の上に乗っかってきては間近に顔を持ってくる。 赤いフレームの眼鏡を突き付けられているような気分になって、また不可解さを味わう。 「シンギはなんでそんなに淡泊なん。もっと俺のことに興味持ってや。束縛してくれてもええやん」 なぁ、と甘ったれた声で言われる。 男に甘えられたところで気持ちが悪いだけだと言いたいのだが。慣れてしまった。 それに宮内がやると妙に似合っていて、気持ち悪いと振り払えない雰囲気があるのだ。こいつは謎の生命体だ。 「なんやったらストーカーとかになってもええねんで?」 「ストーカーって。俺よりおまえの方がなりそうじゃねぇか」 俺の家に入り浸って受講している講義がかぶったら近くの席を取ろうとするし。後期の講義で何を選択するのかきっちり調べて同じようにしようとする。 携帯にもメールがよく入って来て、とここまできて思うのだがすでにストーカー一歩手前ではないだろうか。 まだ良いのは俺が止めろと言えば止めるところと、メールの返信が遅れようが何であろうが宮内は怒らない。 自由度をある程度認めているということだろうが、俺の自由は俺のものなのでやはりこんな考え方をしてまうこと自体問題かも知れない。 「ストーカーになってええの?」 首を傾げながら宮内は何故か期待の眼差しで見つめてくる。 何故楽しんでいるのか。しかもストーカーになって良いか許可を求めること自体間違っているだろう。誰が許可するか。 「止めろ。断固拒否する。しかもおまえが言うと冗談に聞こえないのが嫌だ」 良いと言えば明日から俺の部屋には盗聴器が仕掛けられているような気がする。 ドアを開けると宮内が立っていて、大学に一緒に行って、講義を受けて、バイト先にまで現れて。 うん、この上なくうざい。 「失礼な。冗談やないのは感じ取ってるみたいやけど」 「本当におまえは変態だな」 ストーカーになりそうと言われて笑顔で答えられるこいつの神経を疑う。 「いややなぁ、そんな褒めんでもええやん」 「褒めてねぇよ。つか変態って言われて喜ぶなこのど変態」 嫌がれよ、そこは。照れてどうするのかこいつは。 目の前にいてちゃんと会話をしているはずなのに宮内とは意思の疎通が出来る自信がない。 「おまえな、人から変態って言われたら怒るのが普通だろうが。心の中では喜んでいたとしても一般人と対する時はその反応は止めろよ?」 俺だって一般人なのだが、宮内がおかしいのはよく知っているので諦めている。 しかし他の人間の前でもその反応をすると、さずかに引かれるだろう。 「シンギ以外の人に言われたらそりゃ怒るで。話の流れにもよるやろうけど」 宮内はきょとんとした顔で答えている。当然だろうという顔に、俺はまた複雑な思いにかられた。 俺だけは特別。俺だから許せる。受け入れられる。そんなことが宮内には多い。 多すぎるくらいだ。 どうしてこいつは俺ならばこんなにも許容量を増やせるのだろう。 好きだからと言われ続けているけれど、その深さを俺はちゃんと見てすらいないのに。何故宮内はずっと好きでいられるのだろうか。 「なぁ」 「ん?」 「なんで俺なんだ?おまえ俺のどこが好きなんだよ」 真面目に問いかけると宮内は瞬きをして、少し困ったような表情を見せた。 優しい、思いが溢れているその様に俺は一つだけの答えには絞れないのかも知れないと思った。もしくは、表現する術がないというか。 理由が必要なのだろうかと、自分自身ですら思う。 俺だって宮内がここにいることを認めている。まして自分の上に乗ってべたべたしていることを許可している理由を聞かせろと言われても応じることは出来ない。 この感情を表すことは不可能だろう。 「おまえはいつから俺が好きになったんだ」 その深さと強さはどこから来ているのだろう。いつ生まれたのだろう。 俺にとっては唐突に巻き込まれ、引き込まれ、状況に飲まれてたままここに来ている。 だがこいつはいつ動き出していたのだろう。 「…一目惚れ、やったから」 宮内は柔らかく微笑んだ。 それまで見せていたにやにやとしたものとは違う、零れ落ちるような笑みだった。 不覚にも良いなと思ってしまうような笑みで俺は胸の内がざわつく。 こいつは時折俺から平常心を奪っていく。それがどんなきっかけとタイミングなのかは自分でも分からない。 だがそれをやってのけるのは宮内だけなのだ。 俺はこいつにどんな得体の知れないものを仕込まれてしまったのだろう。 「いつだよ。どこで会った時だ。まさか入学式か?」 初めて会った時に好きになったというのならば、まさか入学したその日にということも有り得る。 それこそまさに漫画か!と言いたくなるような展開だが宮内ならおかしくない。 頭の中に漫画やらアニメやらゲームが詰まっているような奴なのだから、思考回路もそれに似てしまうことがあるだろう。 もしかして、なんて考えている俺に向かって宮内は視線を斜め上にずらした。 そして何かを悩むような様子を見せてからにっこり笑った。 また、あの笑顔だ。言いたくないこと、突っ込みを貰いたくないことを誤魔化すための作り笑顔だ。 「秘密」 「なんでだよ」 俺のことを好きだと言うくせに。ストーカーしたいくらいだと危険思想まで持っているくせに。いつ好きになったのか、ということは言えないのか。 どういう基準だ。 何故かむっとして責めるような口調で尋ねるのだが宮内は笑顔のまま「内緒」と言うだけだった。 そしてこれ以上の質問は受付ません、と主張するようなキスをしてくる。 男の唇も触れれば柔らかい、ということを俺は宮内から教えて貰った。 キスは嫌いじゃないのだが話を逸らされるためのキスは好きじゃない。止めさせようとするのだが宮内の指は素早く俺の下半身を握っていた。 こいつは本当に手が早い。 いらっとしたのだが身体は素直で、宮内の愛撫に高まり始める。 口内で文句を言うとまるで正しく聞き取ったかのように宮内の指が直接下着の中に入って来た。 俺が言いたいのはそういうことじゃないのだと、誰がこの馬鹿に伝えて欲しい。 そう願いながらも心の中で溜息をついて会話を諦めた。 好きになったのがいつだったのか。 シンギは入学式か、それとも大学の教室の中かと思っているようだった。 そこで迷っている限り、シンギは決して俺が彼を好きになった瞬間を知ることは出来ないだろう。 俺が初めてシンギを見たのは、もっと前。 高校生三年生の頃だったからだ。 俺は一年の時は帰宅部で高校から帰ったら即自宅でパソコンの前、もしくは友達と遊んでいるような生活だったのだが。二年の時、友達の頼みで弓道部に入った。 人数が足りないためだ。それと俺が弓道着って萌えるやんな、と言ったためだった。 部員になったからと言ってそんな不純な動機のみで入部した人間が熱心に部活に励むわけがない。 俺はほとんど幽霊部員で、たまに顔を出して弓を引いては無駄な矢を放っていた。それでも楽しいことは楽しかったのだ。 そして三年の夏休み。 俺が所属していた弓道部は地区大会に出ることになった。その年に入って来た下級生の力が大きいだろう。よくあんなに上手い人間ばかり入ったものだと今でも感心している。 奇妙な幸運で出ることになった大会の中に、シンギはいた。 すっと伸びた背筋は斜め後ろから見ても見事なもので、弓道は武道の一つであるということを思い出させるほど凛とした姿だった。 着物を纏うことに慣れている、馴染んでいる人間。 何気なく変わった顔の角度でその容貌が確認出来た時。 「男前やな」 思わずそう呟いた。 それがシンギを見た初めての感想だった。 NEXT |