三千世界 六ノ四 金貸しというものはどこでも儲かるのだろう。綜真が知る限り、栄えている大きな町にある金貸しというのは大変に羽振りが良い。 大方法外な利子を付けられても、金を借りに来る輩が後を絶たないからだろう。尻に火が付いても金が欲しくて、ここに足繁く通う連中のおかげで建った、豪奢な屋敷に綜真と玻月は案内された。 この土地は雨が少なく乾燥している。火事がおこれば瞬く間に広がり、町中が火の海になってしまう。 過去幾度か大火事になって町が焼け野原同然になったという話は、ここに立ち寄る度に誰かしらに聞かされていた。なので火事を恐れたのか、屋敷は火に強いとされる真っ白な漆喰壁で囲われていた。 それは立ち並ぶ大店の中でもひときは白く、屋敷がまだ新しい証拠のようだった。 中も漆喰壁に塗られた蔵が建ち並ぶ。居住している屋敷も土蔵造りかと思ったが、そちらは蔵の雰囲気を一切感じさせない書院造りであるらしい。 何より見栄え、華やかさを重視したのだろう。 やはり蔵のような家よりも、豪奢に整えられた神々のおわす社を模した屋敷の方が格式も感じられる。 だがごちゃごちゃとした飾りの多い門構え、花々が入り交じった派手な庭に綜真は違和感を覚えていた。 豪華であることをみっともないとは思わない。金があるならば使えば良い、思うままに着飾りたいのならばそうすれば良い。けれど度が過ぎれば、調和が取れない。調和が取れていないものは純粋に美しくない。 綜真と玻月、そして二人をここまず連れてきた犬の雄を合わせて三人は中戸口から玄関に入ると客間へと通された。 客間は豪華絢爛というより、華美に過ぎていた。天井には扇面が舞い踊り、床の間には極楽浄土をこれでもかというほど大袈裟にみっちりと詰め込んだ掛け軸。大輪の花が生けられた花器は、これもまた華々しい絵が描かれている。調度品の類いも惜しみなく飾られていた。 飾り棚に置かれている人形たちはどれも胡散臭い笑みを浮かべては、綜真たちを見下ろしている。人形が来ている着物すら煌びやかだ。 むせかえるような部屋だった。 (ここまで派手だと悪趣味だな) 綜真と玻月はぎらぎらとした客間の中でも、我関せずと言わんばかりの冷静さで座っていたが。案内人である犬の雄だけは所在なくあちこちきょろきょろと忙しなく見回していた。 ここに初めて来るわけではないらしいのに、己がここでは異物であると理解しているのか。もしくは金の気配自体に落ち着くを無くすたちなのか。 三人とも押し黙って喋ることはなく、しばらく静まりかえっていた。 だが足音が聞こえてくると、犬の背筋が急に伸びた。まるで背後から叩かれたかのようだ。 そして襖が開かれると、女中を従えて女主人がやってきた。 (大年増) 女主人を見て思ったのはそんな失礼極まりないものだった。はち切れそうな頬に、境目に迷ってしまいそうなほど太い首。ふくよかな体付きは錦のごとき着物に包まれている。 金糸がふんだんに使われている着物は柄が大きすぎて目に痛い。 曼荼羅の羽織を肩から掛けている綜真が言うのは憚られるかも知れないが、目立ちすぎる着物だ。 女主人は上座に腰を下ろしては玻月を眺めてはにっこりと笑った。 ただでさえ下がっている目じりが更に下がって、目を開いているのかどうかも分からなくなる。 「おお、本物の狼か」 「はい!」 女主人に反応したのは案内人の雄だけだ。平伏してはかしこまっている。 「こんな髪の色なのに、狼とは誠か?犬ではないのか?」 「いえ、確かに狼に御座います」 「そうか、肩がやはり少し違うか。犬のように広がってはおらぬなあ」 女主人は無遠慮に玻月に近付いて来てはその体付きを眺める。 狼は意外と犬よりも肩幅が狭い。しかし骨太であり、がっしりとした体付きなのだが、玻月は線が細い。なので髪の色のせいもあり、犬と混同されがちだ。 「まあまあ、良い良い。別に犬でも構わないのよ。あの子とつがって子を成せるなら」 よほど囲っている狼の雌に子を産ませたいのか。もしかすると雌の狼を飼ったのも、子どもが目当てだったのかも知れない。 「それにしても、綺麗な顔だねえ。狼ならうあたしが飼ってあげようか。贅沢な暮らしをさせてあげるよ」 女主人は玻月の顔を舐めるように眺めては、不意に触れようとした。ぶよぶよとした肉のついた指先が己に触れる前に、玻月はその手を払いのけた。羽虫でも払うような手つきに、女主人が顔をしかめる。 「申し訳ありません!狼だからか気位が高いようで!」 他の誰でもなく案内人の犬が慌てて謝罪を口にしては、女主人をすがるように見上げる。哀れみを求めるその視線を浴びても女主人は叩かれた手を凝視していた。 「大人しくするように言い聞かせますので!どうか!」 玻月が己の犬であるかのように語る犬の雄に、今度は綜真が顔をしかめた。何故こんな輩に玻月の処遇を下されなければいけないのか。 そろそろ足が疼きだした。すぐさま立ち上がり、さっさとこんな気持ちの悪いところは出て行きたい。 「良いのよ。狼だもの。後ろの男が今の飼い主?どう、あたしにこの狼を譲ってくださいません?」 「まさか」 女主人の申し出を綜真は鼻で笑った。 そもそも飼い主ではない。 「狼を飼うだけあって、こちらも気位が高いのかしらん」 相手にしない綜真にも、女主人は面白くなさそうな目を向けてくる。生意気な奴らだと思っているのがありありと態度に出ている。それに案内人の犬が多少狼狽えては、女主人と綜真を交互に見る。 「失礼致します」 緊張感が高まる中、女が一人部屋に入ってくる。年頃は三十路前くらいか、黒髪を高い位置で一つにくくり上げ、つり上がった目で場を見渡した。 人間なのだろう、神格の特徴も気配もなかった。 源を纏っている様子から同業者だろうと察していると、女は綜間を見ては瞠目した。 「これはこれは、綜真殿」 「あら、知り合い?」 名前を口にする術士に、女主人が目を瞬いた。 「有名な術士ですよ。お目にかかれて光栄です」 会釈をする術士に記憶を探るのだが思い出さない。直接対面して言葉を交わしたことがないのか、もしくは何ら興味を覚える相手ではなかったのだろう。 その割に術士は値踏みするようにこちらを見てくる。 「へえ、強いの?」 「お名前は知られていますね。実力のほどは、私は存じません」 噂は知っているが、それが真実であるかどうかは眉唾物だ。 術士はそんな風に思っているのだろう。胡散臭いと暗に非難を向ける。噂は一人歩きするものであり、綜真もその内容を把握していないので視線を不愉快だとは思わない。 だが高みからせせら笑うような態度はいけ好かない。 「この子はあたしの片腕よ。とても働き者なの〜。うちの狼もよく躾けてくれたわ。あの子もここに来た時は大変だったの。貴方たちみたいに気位ばかり高くてね。でも彼女がちゃんと言うことを聞かせてくれたわ」 術士は褒められては女主人の背後に控えて笑みを深くする。 「おつむりを少ぉし弄って、あの子も犬より大人しく従順になった。子どもが生まれたらもっと良い子にしてあげる」 頭の中身にまで術をかけて洗脳し、自我を奪って人形のような呆けにした。 女主人は笑顔でそう語る。 虫唾が走る話だ。気分が悪い、一暴れしてここをぶち壊して出て行こうかと思ったのだが、傍らにいる玻月は無表情のままだ。 その分、固く揺るぎのないものが玻月の中に降り積もっていくような予感があった。頑として動かない様子に綜真の中にある苛立ちも収まっていく。 本来ならば仲間意識の強い狼である玻月の方が怒り狂うはずだ。綜真など所詮人間、部外者に近い。 「貴方もよく働いてくれたわ。やっぱり貴方に頼んで良かった」 女主人が案内人の犬に話の矛先を向けた。 それに犬が顔を上げては喜色を浮かべる。 「それで、あの!」 「ええ、お金は都合してあげる。狼が欲しい時は貴方に頼むのが一番ね。今回の狼も気に入ったわ」 平伏する犬の首を、玻月は横目で見ていた。 次 |