三千世界 参ノ十一 里から出てどこに行くのか。 行き先は一つしかなかった。 単純に、戻ったのだ。 朱色の門をくぐり艶やかな装飾達に不躾なまでに見られながらも、何もかも振り切るようにして遊郭の格子へと向かった。 番犬は綜真を見ても表情を変えない。よく躾のされた犬だと見る度に思う。 しかし主の方はそうとも言えず、部屋だけを貸してくれと言った綜真に対して意味深に笑った。 そうなるだろうと思った。 そんな風に言いたげな眼差しに見送られ、綜真は遊女が侍ることのない部屋に玻月と共に引きこもった。 元々無口な子は着物を引きはがしても制止もかけない。 第一ここに来るまで、また数日を過ごさなければならなかったのだ。 満天の星空の下、などと言えば聞こえは良いけれど何があるか分からないような野宿をしながら。玻月の欲を納めてやるのは気が引けた。 部屋が取れるまで我慢しろ、と言いながらわざとではないとは言え誘いをかけてくる狼の傍らにいるのは苦労をした。 距離を取ろうにも寒い夜ではそういうわけにもいかない。 一体この疲れをどれほど繰り返すのだろうかと、遠い目をしたものだ。 けれどそれもここで終わる。 座らせた玻月の足を開かせて、その間に己の身体を割り込ませる。 触れる前から熱を持ち始めていたそれは、綜真の目に晒されると更に頭をもたげたようだった。 見ると玻月の頬も上気しており、はっきりと欲情していることが分かる。 火鉢を引き寄せて暖を取りたくなるような寒さであるはずなのに、綜真は自身が汗ばんでいくような錯覚を覚える。 そしてこの手で掴んでいる玻月の太股もまた、熱に浮かされているようだ。 中心にあるそれを口に含むと「ひぅ」と玻月が小さな獣のように啼いた。 くわえられたことはあっても、己の口に入れることはなかったそれ。 口内では肉の塊であるな、という感触しか得られないのだが、舌でなぞるとびくりと反応が返ってくる。 生き物の一部なのだと感じさせられた。 (俺がこんなことをする日が来るとはな) どうされれば気持ちが良いのか。そんなことはすでに知っている。まして相手はこの前初めて達することを知ったばかりの初心い生き物だ。 茎を口内で包み込み、頭ごと上下に動かしてしまえばそれだけで膨れあがった。 「ん、くぅ、あっ、あぁ」 手などよりずっと熱く、ぬるりとした感触はまるで体内のようで快楽が強いのだろう。 あられもなく玻月は声を上げて、綜真の頭に腰をすりつける。 卑猥な仕草だが玻月はそんなことも知らず、下肢から迫り上がってくる悦に夢中になっているようだった。 ちらりと見ると泣いているのではないかと思うほど潤んだ瞳と視線が絡み合う。 すると、どくりと口の中にあるものが育った。 見られているということに悦楽を得られるとは、それはそれで好みではあった。 じっと見上げたまま、口内に入れていた茎をじゅぷりと吸い上げてやる。 「ひっん、っああ、いっ、ああっ!」 甲高い雌のような声を上げて口の中に苦いものが溢れ出す。 粘りがあるそれが口に出されると、微かな気持ち悪さが生まれてくる。 男のそれを味わうなんて、考えたくもなかったことなのだが。 (意外と出来ちまうもんか) 口淫をしようと思ったのは気まぐれで、手ならすでに抜いてやったから新しい刺激を与えてやろうと思いつきでやったことだ。 適当なところで切り上げて、出すのは掌で、と思っていたのだが。 (まずいな、当たり前だが。こんなもん飲める女には感服するぜ) これを飲む女、綜真は遊女が主なのだが、を知っているのだがすごいものだと思う。 口に含むならともかく喉を通すものではない。 懐紙を探して、そこに吐き出す。 白いそれは己が出す物と同じだろう。 玻月は呼吸を乱したまま、とろりとした蜜に溶かされたような双眸で綜真を見ている。一挙一動を逃すまいとしているかのようだ。 その注目が、唯一の相手に向けられるものなのかも知れない。 (こいつが本当に俺を選んだのなら、一生をかけるんだろうな) 炯月が一人で生きているように。玻月も綜真をつがいとするのならば、生きている間も死んでからも綜真だけに手を伸ばす。 共にあろうとする。 (これが、俺だけを) くったりと両手を突いて腰を抜かしているかのような子の頭を撫でる。 はさりと乾いた髪を何度か梳くと尻尾が一つ振られた。 こんなことでも喜ぶのだ。 そんな玻月に胸が締め付けられる。それは後ろめたさであり、窮屈さであり、喜びとも感じられた。 これから先、この気持ちはどんな方向に傾いていくのだろうか。 つがいとして慕われていることを手放しで嬉しいと言える時が来るのだろうか。 見当も付かない。 (振り回されてばっかりだな。こんな子どもに) 成獣になったといっても、やはり綜真の目には子どもに映る。骨張っている細い体つきがまず良くないのだ。 肋骨が浮いており、指でなぞることが出来る。 本数を数えるように触れてやると玻月の背がしなった。 「んんっ……」 微かに皮膚を撫でただけでも声が零れるほどなのかと、感心してしまう。 玻月はそんな綜真に身を寄せて、口付けてくる。 「まずいぞ」 唇を舐めて、舌を中に入れようとしてくるのでそう忠告した。 さきほど出された物の味が、まだ残っているはずだ。 己の物など決して味わいたいものではないだろう。なのに玻月は躊躇いもなく舌を差し込んでくる。 「っん、んんっ」 拙い動きで舌を入れてきては、口内を舐め取る。 それは己が出してしまったものを拭い取っているかのようだった。掃除のつもりなのかも知れない。 健気だとでも言えばよいのか。 ひたむきさに己の自我が大きく動揺し始めた。 一生懸命だの、涙ぐましいだの、慎ましいだの、そういうものを殊更評価するような人間ではない。それだというのに玻月のこの行動には沸き上がるものがあった。 (まずいかも知れない) 玻月に告げたものと全く同じ字面ではあるが、中身は全く異なることを内心呟いてしまう。 そうしている間も玻月は綜真の舌を探ってはなんとか絡めようとする。以前綜真にされたことをそのまま返そうとしているのだ。 だが所詮受け身だった玻月には要領が掴めないらしい。苦戦しているのが感じ取れて、喉で笑ってしまう。 「ふ、ぁ……んっ」 からかうように舌を絡め取っては玻月の口内に入り込む。そこで好き勝手蹂躙していると玻月の手が綜真の服を握った。 頼りなさそうな指がぐっとくるのだと言えば、きっと綜真を知っている者たちは冷ややかな目で距離を取ることだろう。そんなことを一瞬でも思ってしまったことに対して、自身すら鳥肌を立つくらいだ。 こんな趣味ではなかったはずだ。 混乱が始まる綜真の服を握っていた手は、恐る恐る離されたかと思うと下へと向かう。 唐突に袴の紐を解かれ、綜真は口付けを止める。 「おい」 何をするつもりなのだと問いかけるつもりだった綜真の目の前で玻月は顔を落とした。 手では袴を、そして頭は下肢へと下がっていく。 それが示す行為は明白だった。 「俺のことはいい、そんなことするな」 玻月の頭を鷲掴みにして止めるのだが、手はそのまま袴を剥がして直接それに触れようとする。 「させてくれると言った」 玻月の部屋では到底出来ないと、綜真に対する愛撫は止めたのだが。その際に言ったことを記憶してしまっているらしい。 「してぇことでもないだろ」 「したいからする」 簡潔であり、力がこもっていた。 狼にとって交尾に似たやりとりは、一方的に与えられるだけでは気が済まないのかも知れない。己もまた相手を慰めるのだ。そうでなければ真の快楽は得られない。 そんな執念を感じさせる熱意が込められた返事だ。 (おいおい、それでいいのか) 何事も淡泊だったはずの子が示す我が儘に呆気にとられる。 玻月は頭を掴まれている事を嫌がり、首を振っては綜真に手を離せと主張してくる。 これで良いのかどうか悩みつつも手を離してやると、玻月は綜真の茎に舌を寄せた。 ぬめりを帯びた舌に先端を舐められると、腹の下に熱の渦が出来る。ぐるりと緩く回り始めては綜真の肌を焦がし始めるのだ。 舐められる感覚は女だろうが男だろうか変わりない。だが己を見下ろした際に玻月の舌や犬歯がちらちら見えるのが、自棄に卑猥だった。 (俺は何してんだ?) 熱いわだかまりが生まれるのだが、それが頭に到達する前に喉元で刺激に変換されてしまう。 幼さが残る子になんということをさせているのか。 (これじゃ変態じゃねぇか) いくら玻月が願ったことであっても、己の欲情を処理させていることに違いはない。けれど必死になって口の中に入れては苦しそうに舌を絡めている子を見ると、止めるのも可哀想に思えるのだ。 (どうすりゃいいんだよ) 気持ち良いか良くないかと言われると、良い。けれどじわりじわりと熱を上げるだけ上げて、決して大きな刺激にはなっていないのだ。 もそもそ的確さが欠けている。舐めて、たまに茎を唇でしごくだけでは吐精にまで至らないのだ。 しかしもっときつくしろと言って指示をするのも気が引ける。 (こりゃ生殺しに近いか) 拙いやり方にどうしたものかと腕を組みそうになったとき、玻月がもぞもぞと腰を揺らした。 何かと思って見ていると、そそり立ち始めた己の茎に片手を持っていき自らを慰め始めたのだ。 綜真のものを口に含みながら自慰をする。その光景自体に腰にずくりと衝撃が走った。 それは如実に茎にも伝わっただろう。急に大きくなった茎に「んん…」と玻月がくぐもった声を零す。 そのまま続けられれば吐精するくらいにはなるかも知れない。だがずっとこんな光景を見なければならないのかと思うと何かが弾け飛んでしまいそうだ。 「待て、玻月」 「んんっん」 止めろと言うと玻月が口で茎を舐めながら不満そうな響きを出す。何を言っているのか分からないのだが、嫌だという意志だけは伝わってくる。 その上玻月の下肢からも濡れた音が聞こえてきて、綜真はとうとう己が切れるような目眩を感じた。 「いいから止まれ」 ドスを利かせてそう告げると、玻月の頭を両手で包んでは無理矢理顔を上げさせた。抵抗するために茎に歯を立てられ激痛が走ったのだが続行されるよりましだ。 「…嫌だ」 睨み付けてくる玻月の口元から唾液か何か分からないものが溢れており、指で拭ってやる。淫蕩とすら言いたくなるような顔だ。 「膝を立てて座れ」 そう命じると玻月は瞬きをしてから大人しく従った。 その腰を引き寄せてから、綜真は充血して硬くなっている茎に手を伸ばす。 「っん」 びくりと身体を震わせた子の唇を奪い文句を封じる。 玻月自身に慰めさせるくらいならば己がやった方がずっと良い。何故かそんな気分にさせられるのだ。 これでは駄目だと感じたらしい玻月が綜真の肩を叩くのだがそれに応じずにいると、玻月は手探りで綜真の茎に触れる。 「っん、ふ、んあ、ぁ」 玻月と重なっている唇の隙間から溢れてくる甘やかな声。 雄の喘ぎなど気味が悪いと言っていたはずの記憶が掻き消されていく。 もっと聞きたい、もっと乱れればいい。 そう急き立てられて玻月の茎を愛撫する手が早まる。 水音が激しくなっていくのを聞きながら、どうにでもなれ、と己を投げ捨てた。 次 |