確かめ方 7



 機嫌良さそうに、テンは僕の上で笑っている。
 汗ばんだ肌。髪の毛が張り付いていて、それを払おうと手を伸ばした。
 キャラメル色の髪を撫でると、テンが僕の額にキスを落とす。
 柔らかい、甘ったるい時間。
 力を抜いて、だらりと横になりたい。
 だがテンはまだ僕の中に入ったままだ。
 体勢を変えることも出来ずに、僕はテンを見上げていた。
「いい加減抜けよ」
 いつまでこのままでいるつもりなのか。
 圧迫感に落ち着かない。
 身体を曲げている状態も長くなると苦しさも出てきていた。
「もっかい」
 テンは萎えているはずのそれを少し動かす。
 そんなことをすればまだ硬さと大きさを持ち始める。
 僕の中もまだ静まりきっておらず、ちょっとした刺激で灯がともる。
「こらっ」
「もう一回」
 丸く、甘い声がそうねだる。
 駄目だと言いたいのに、僕の身体の芯まで響いてくる声がそれを止めようとする。
 ねだられると、拒みにくいのだ。
 ましてこんなに近くで、嬉しそうに微笑まれると。
「一回って少ない。もっと欲しい」
 もっと。
 そう囁いてテンは腰を揺らす。
 ちりちりと炎が生まれては、身体を熱くさせる。
 冷え始めていた肌が、汗を滲ませた。
「この前、ヤっただろ」
 朝起きたら腰が痛くなっていたほど、行為を重ねた。
 最後は啼きすぎて喉が痛くなったほどだ。
 もうしばらくは大人しくして欲しいと思っていたのに、それから何日経っただろう。三日しか過ぎていないのだ。
 身体に負担がかかり過ぎる。
「いいじゃん。ドロドロになるまでヤろーよ。明日休みじゃん」
 どろどろという表現に危機を覚える。
 それはもうゴムをすることも止めて、何度もヤるということではないのか。
 中に出されると、その感覚だけで僕は違和感に居たたまれなくなるのに。
「腰が立たなくなるだろ!?」
「俺が看病してやるよ」
「テン!」
 おまえに看病なんか出来るのか!という叫びもテンは無視した。
 中にあるものは育ち始め、僕の中を出入りする。
 濡れた音が耳に入ってきては僕を追いつめ、くわえることを知っているそこはテンのものを緩くはんだ。
 これではもう、欲しがっていると思われても仕方がない。
 かっと恥ずかしさが走る。
「馬鹿テンっ」
 罵ると、テンは笑う。
「フェレの雄にとって一番の楽しみなんだって」
「今は人間だろ!」
 そんな理由を出してくるな。
 大体雄だったら大抵はみんなそうだ。
 フェレットに限定したことではないだろう。犬も猫も大差ないはずだ。
 子孫を残すことが、一番重要な役割だ。
「人間の俺だって同じだもん。ペットを喜ばせるのも飼い主の甲斐性」
 こんなところで甲斐性を計られたくない。
 身体食わせて喜ばせるなんて。
 なんて俗なやり方だ。
「その分亮平もヨくするから」
 テンは口角を上げて、僕の中にある、とても熱い部分を自身のそれで嬲る。
「っあ、あぁ…!」
 声が溢れては、僕のものがまた膨らむ。
 一度出してしまったのに、また迫り上がってくる感覚。
 中にあるそこを刺激されると抵抗出来ない。
 それを知っていて、テンは攻めているのだ。
 引き返せないところまで高めてしまえばいいと思ったのだろう。
「中もならしてあるから、痛くないし」
 な。とテンに耳を噛まれ、僕はもうどうにでもしてくれとテンの首に腕を回した。
 この嬉々とした笑みに、勝てたことはなかった。



 起きると身体がぎしぎし鳴った。
 全身運動なんだなぁとしみじみ思った。
 そしてべったりと張り付いていたテンを剥がして、僕はベッドから出た。
 昨夜あんだけ抱き合ったのに、寝る時までひっついてくる。
 そんなに密着してるのが好きなんだろうか。
 フェレットの時もぴったりくっついてくるから、気持ちは同じなんだろうか。
 服を着て冷蔵庫から水を取り出す。
 喉がひりついている感覚。
 声を出し過ぎた。
 だが我慢するのも結構辛い。それに我慢している余裕がないからっていうのもある。
 テンに振り回されているのだ。
 グラスにそそいだ水を飲み終わると、いつの間にか起きてきたテンが後ろから僕の腰を抱き込んだ。
(よく飽きないなぁ)
 これが夏場だったら暑いと言って手を軽く叩くところだが、肌寒さが勝つような時期だ。止めずに好きにさせる。
 テンは僕の腰に片腕を回したまま、もう一方の手で冷蔵庫を開けた。
「亮平買い出し行こうよ。冷蔵庫空じゃん」
 中身を見て、テンはそんなことを言う。
 僕もさっき同じことを思った。
 だがしかし、僕は素直に頷けずにわざとらしい溜息をついた。
「行きたいけど、腰が痛い」
 負担をかけられた腰はずきりと時折鈍い痛みを与えてくる。
 歩くだけでもそうなんだから、買い物に行って重い物なんて持ちたくない。
 だが数日間の買い物を一気にしてしまうので、必然的に荷物は重くなる。
 だから憂鬱な気分だった。
 休日の前だからってテンは好き勝手してくれたけど、休日にだってやることはあるんだから。ちょっとは考えて欲しい。
 止めなかった僕も僕だけど。
「さすってあげよっか」
 テンはさすさすと僕の腰を撫でてくれる。
 だがその手つきは優しいだけでなく、尻に降りていくところからして下心を感じる。
 良くない方向に行きそうで、僕はようやくテンの手を叩いた。
 だがテンは撫でるのを止めただけ、僕から離れることはなかった。
「いらない」
 さするだけで終わらない予感がするからだ。というか確実に終わらなくなる自信がある。
 とても嫌な自信だけど。
「買い出しか…」
 気が重いけど、行かなきゃ明日からの食い物がない。
 会社から帰ってくる時にいちいち買い物するのも面倒だし。
 大体仕事が終わると何も考えずにそのまま帰りたいんだよな。寄り道するのが怠く思える。
 だから今買い物をしなければいけないんだが。
(腰痛い……)
 溜息が零れる。
 僕にこんな思いをさせている本人は機嫌良さそうに僕の肩口に顎を乗せていた。
 わざわざ腰を屈めてまで僕に甘えたいらしい。
「テンが荷物持てよ」
 毎回男二人で行って、両手にいっぱいの荷物になる。
 けど、今回僕は最低限の重みしか手にしたくない。
 テンにはその分重い物を大量に押し付けよう。
「うん。いーよ。亮平の腰を痛めた代わりに下僕のごとく働いてあげる」
「下僕、ねぇ」
 ふぅんと僕は口元を歪めた。
 そこまで言うのなら、きっちり働いてもらおう。
「じゃ、水三本と」
「重っ」
 ミネラルウォーターはその値段に反して重みはみっしりしている。手に提げていると足が沈むのではという感覚に陥るほどだ。
「後はそろそろ米もなくなってきたから、十キロとか欲しいよな」
「え」
 十キロという単位に、さすがにテンから驚きの声が上がった。
 だが僕は容赦しない。
「持ってくれるよな?な?」
 背後を振り返ってテンを見上げる。
 嫌そうな顔をしているが、僕はにっこりと笑ってみせた。
 昨日は随分いいようにされたので、その仕返しという意味もある。
 大体、米はまだ残っているのだ。だがそれを買おうと言ったのは、意地悪のためだ。
「自分で言ったもんな」
 発言の責任はちゃんと取れ、と無言で示す。
 するとテンが眉尻を下げた。
「鬼っ。限度ってもんがあるじゃん」
「その言葉はそのまま返してやる!」
 テンの口から限度なんてものが出てきて、僕は思わず噛みついた。
 それは僕がテンに言いたいことだ。
「限度を知れ限度を!」
 泣き言まで言っている人間を更にひっくり返すなんて、鬼の所行だ。
 あそこが切れたんじゃないかと怯えたほどだ。
 全く、とんでもないいたちだ。
「あれに限度なんてないじゃん」
 テンはしれっと、セックスに限度があるものかと言う。
 満足するまでヤるのが普通だとでも思っているのか。
 だがテンが満足する度合いと、僕のとは絶対に差がある。あり過ぎると思う。
「あるだろ!テンも一回腰痛めてみろ!」
 受け身になれとまでは言わない。
 僕がテンを抱けるかどうかは分からない。正直自信はないからだ。
 だが一度でいいからこの痛みだけは味わって欲しい。
 そうしたらもう少し僕への労りも出てくるだろう。
 出てくると信じている。
 し、信じたい。
(でもテンの場合、過ぎ去ったことはすぐに忘れそうだな)
 それもまた不安だ。
「腰痛い……」
 ああ、と腰をさすりながら頭まで痛くなってくる。
「だから俺がマッサージでも」
「いらない!」
 伸ばされる手をぺしりと叩き、僕はグラスを置いて出掛ける準備をする。
 テンは後ろを付いてきて、どこ行く?何買う?と騒がしい。
 買い物なんて何度も行っているはずなのに、毎回楽しそうにしている顔を見ると腰の和らぐ気がするから不思議だった。
「はいはい。なんでもいいから早く着替えろよ」
 そう促してようやくテンは自分の着替えに入る有様だ。
 パジャマで買い物には行けないだろうに。
 本当に手間のかかるフェレットだ。
 そう僕は苦笑した。




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