叔父のお祓いはそれから二時間経っても終わらなかった。
 説教に気合いが入っているのか。それとも憑いているものがたちの悪いものだったのか。どちらにせよあまりにも長いので、先に帰るように指示された。
 もしかすると一晩かかって三人の性根から叩き直すつもりかも知れない。
 帰ろうとすると総一と晩飯を食いに行くことになり、結局自宅に戻ったのは夜になってからだ。
 部屋に帰ってきてクーラーを入れると、満腹になった身体はすぐに眠気を訴えた。嫌なことから解放されたという脱力感もあるのだろう。
(ろくなもんじゃなかったな)
 友人は選べと言っていた伯父の台詞が蘇っては、まさにその通りだと思う。
「今日は悪かったな。おまえまで面倒に付き合わせて」
「面倒ってほどじゃなかったし。ユキも何もなくて良かったじゃん」
 暑い中を歩かせ、一時間も車に乗せた上に更に数時間ずっと狭い社務所で待機させていたのだ。それを面倒でなければ何だと言うのか。
 久幸が無事だったから良かった、の一言で終わらせられるものだと、自分では思わなかった。
「心配かけたな」
 ずっとこちらを見て注意してくれていたことは分かっていた。無用だといくら言ったところで灯が頷かないだろうということも。
「心配するのは当然だろ。おまえだって俺のこと色々気にしてくれるじゃん。だからお互い様」
 本当にお互い様なのだろうか。
(灯には命を救って貰って、こんなことにも手間をかけさせて)
 とてもではないがお互い様だなんて状態ではない。
「それに総一さんに飯奢った貰ったし。あの店結構高かったんじゃないかな。美味かったけど」
 高額な食事をただでさせて貰ったということに、灯は帰り際ずっと「いいのかな?」と久幸に問うてきた。
 帰ってきた今ですらもまだ引っかかるらしい。
「俺のことで灯を振り回したって思ったんだろ」
「気を遣いすぎだろ。招木のお母さんもお中元お歳暮をうちに贈ってくるし。そんなのいいのに」
 母にとってみれば息子の命を救ってくれて、今でも息子と共にいる灯の実家にお中元やお歳暮を贈るのは当然の行為だ。むしろそれが最低限だとすら思っている。
 だが灯からは大袈裟だから止めてくれと、何度か言われていた。
「大したことじゃないんだからさ」と笑う灯には、一生かかっても敵わないだろう。
「灯に対してはみんな感謝してるんだよ。俺だって」
「いいって!いつまでも感謝されてたら重い!俺は俺のしたいことをしてるだけ!今回だって俺としては、ちょっとお供に付いて行っただけで美味い中華がたらふく食べられたんだから、むしろラッキーだったって!」
 びしっと人差し指でつつれ、そう言い聞かせられ久幸は「そうか」と納得はしていないもの灯の台詞を受け入れた。
 そうしなければ灯が不機嫌になってしまいそうだからだ。
 灯を不愉快にさせてまで、自分の気持ちを通したいとは思っていない。
「……まあ、ユキが感謝してる。どうしてもそれを俺に対して形として示したいって言うなら」
 灯はちらりと伺うようにこちらを見ては意味深な言い方をした。
 その視線に予想は付いたのだが、あえて首を傾げた。
「言うなら?」
「シたい」
「そう来るか」
「そう来ます。しかもじゃんけんなしで俺が咥える側な」
「リベンジかよ」
 連続で負け続け、久幸の口に翻弄されてばかりだった灯はこの手に出たらしい。
「その通り!ヤられっぱなしでいられるか!」
 そう言うと灯は久幸の腰を抱きしめた。そしてぐいっと下へと引っ張る。その場に座れという動きに久幸は抗うつもりはなく素直に腰を下ろした。
 すると肩を押されて灯がのしかかってくる。自分とそれほど差のない体重を感じて、鼓動が高まっていく。
 強気で久幸にのしかかってきたというのに、天井を背後に久幸を見下ろしてくる灯の顔には微かな不安があった。
「駄目か?」
 強引に事に及ぶなんてことは、灯の中には存在しないのだろう。久幸が少しでも不快を見せれば今すぐにでも飛び退くだろうその姿勢に、喉の奥で笑ってしまいそうになる。
「お望み通りにどうぞ」
 灯がシたいというのに、拒むことなどあるわけがない。
 その証拠とばかりに灯の後頭部を引き寄せて口付けてやる。すると唇を舌で舐められる。口内を開けろと言う合図に従うと、舌が口の中に入り込んでくる。
 ぬるりとした感触を感じながら、灯もこうして触れ合うことが好きなのだなと思う。
(若いから、エロいことが好きなのは当然か)
 そう思う自分もまた、どんどん欲情が膨らんできている。
 互いの身体を撫でながら服を脱がし合う。寝転んでいては動きづらいと、灯を膝に乗せたまま座り、Tシャツをはぎ取ってやった。
 胸の突起に唇を寄せて吸い付くと、灯が笑い出す。
「くすぐったい」
 女であったのならばまた違う刺激になるのだろうが、灯はくすぐられているという感覚しかないらしい。ちなみに久幸もやられたことはあったのだが、同様の感想しかなかった。
 男にとって乳首などやはり性感帯にはならないものなのだろうか。
 追求してやりたいという思いはあるのだが、確実に自分もやり返されるので現在悩んでいる最中だ。
 いっそやり返されることを覚悟の上で、灯の開発に挑むべきなのだろうか。
 そんなことを思案していると、灯の頭が沈んだ。
 ズボンのフロントをくつろげては、灯に触れられることで自然と勃ち上がったものを手で支えられる。
 外気に触れてそれは一層大きくなったようだ。灯の視線を浴びて興奮してしまうのが抑えられない。
 そして灯はためらいなく口を開けては猛り始めたものを頬張った。
「んん……」
 見た目より大きく感じたのか、灯がやや苦しげな吐息を零した。それが扇情的で、さらにそれは大きくなったことだろう。
 熱い口内や舌に腰の辺りから溶けてしまいそうだ。快楽が絡みついてきては腹の奥から欲望が疼き出す。
(いつから、こんなにも簡単に咥えるようになったんだろう)
 男のものを戸惑うことなく口に入れて、舌で愛撫することを灯が覚えたのはいつだろう。久幸がそれをして、二度目か三度目かには自分もと言い出したような気がする。
 灯は口淫をしながら上目遣いで久幸を見上げてきた。反応を伺っているその目に、自分はどんな風に映っているのだろう。さぞ情けない、みっともない顔をしているのだろう。
 だが自分の反応を見て目を細めた灯の表情は色っぽく、劣情を掻き乱さずにはいられない。腰を振りたくなってしまい、ぐっと腹に力を入れて我慢する。
 だがそれでより強く灯の舌の熱さを感じた。
 はぁはぁと浅い息をしては堪えている久幸に、灯は上機嫌で先端に吸い付いてくる。ぴりぴりとする刺激に息を飲んだ。
(上手くなってきた……)
 最初は口に入れてなんとか舐めるだけで精一杯だったのに、今ではちゃんと口内をすぼめたり、舌を使ったり、吸ったりして性器に対する刺激のバリエーションを増やしてきた。
 熱心な動きだが、それらは全部自分が試してきたことだ。灯が気持ち悦さそうなことは全部覚えた。どんな刺激が好きなのか、どんなものに興奮してくれるのか、久幸は詳細に記憶している。
 きっと灯は自分が与えられたものをなんとか吸収しては、久幸に返してるのだろう。
(俺が灯をこうしたんだ)
 彼女を作ったこともあるというノーマルな男に、自分のものを好んで咥えさせては楽しげに愛撫をさせている。
 なんて倒錯的なのだろう。
 だがこの男が自分の伴侶であり、他の誰もこの人には手出しを出来ない。魂で繋がっている唯一の相手だ。
「灯……っ」
「んん?」
 どこか面白そうな瞳をしている灯の頬を撫でる。汗ばんでいるのが掌から伝わってくる。灯も欲情しているのだろうか。
 子犬のように舌を使って舐めているものが自分の性器だと思うと、胸の奥がざわついて仕方がない。
「お願いがある」
「ん、んん?」
 何?と言ったのだろう灯に、ちらりと後ろめたさがあったけれど欲望は止まらない。思いついた考えを口から出さずにはいられなかった。
「ぶっかけたい」
「…………?」
 灯の顔に思い切り疑問符が浮かんでいた。
 何を言われたのか理解出来ませんという様子に、罪悪感がこみ上げてくる。
「……ぶ……?」
 灯は頬張っていたものを口から出しては、言われたことを反芻しようとしたらしい。そしてぶっかけたいと言われたものが何なのか、遅まきながら脳裏に浮かんだのだろう。あんぐりと顎が外れそうなくらいに口を開けた。
 唾液で濡れた唇がてかてかと光っている。それすら卑猥に思えた。
「……それは……顔に?」
 おそるおそる尋ねられ、ようやくそこで真面目にぶっかけたい箇所について考えた。欲望だけが先走っていたのだ。
「顔は目に入ると危険だろう。匂いもきついだろうから、顔は避けた方がいい」
「顔じゃないなら、ど、どこに?」
「腹とか。この後すぐに風呂入るってことで。駄目か?」
 胸元や腹に精液をぶっかけても、風呂にすぐ直行するのならばさして問題にもならないだろう。洗えば良いことだ。
 灯の服もすでに上半身は脱がし終わっているので、余計な汚れをつけるという失敗もない。
 ただ一つ難点があるとすれば、ドン引きしているらしい灯から許可が下りるかどうかだろう。
「駄目じゃないけど……おまえ、ぶっかけとか……うどんでもあるまいし。また変な趣味に目覚めたのか」
「またって言うのは何だ。俺はそんなに変な趣味はなかったぞ」
 ぶっかけたいという希望が決して褒められるものではないという自覚はあるので、過去形で喋っているけれど。これまでおかしいと思われる趣味を灯に見せたことはないはずだ。
「そうかなぁ……てかユキがそうしたいって言うなら別にいいんだけど。痛くも痒くも何ともないし」
 灯からは戸惑いは感じられるけれど嫌悪は伝わってこない。それどころかじわじわと頬を赤らめては恥ずかしがっているようだった。
 その恥が、実にそそる。
(そう言えば、やっぱり趣味が悪いって言われるんだろうか)
 だが好きな人の恥じらいというのは、男にとっては何とも扇情的に感じられるものであるはずだ。
「んじゃ、立つぞ」
 座ったままでは灯の腹にぶっかけられない。快楽で力が抜けていた腰を叱咤するように、気合いを入れて立ち上がる。気怠さに抗うようにして立つと灯が性器に口を寄せた。
「手でいい」
 口で愛撫されていると、絶頂に耐えきれずに灯の口の中、もしくはとっさに引き剥がしたとしても顔にかかってしまう。精液が目に入れば大変な激痛になり病気にも繋がるかも知れない。
 だが灯はにやりと笑うと茎に横から吸い付いてくる。ちぅという音までつけるものだから視覚から聴覚から、もちろん体感からも悦楽が与えられる。
「ヤバイ、だろうが」
 そんな風に愛撫を施しながら見上げてこないで欲しい。もう限界近くまで猛っているそれが、早く出してしまいたいと藻掻いている。
 くすくす笑う灯は手を添えてくれるけれど、明確な刺激はくれない。焦れてしまい久幸は自らを慰めた。
「あ、こら」
 叱る灯の声も聞こえない。ひたすら絶頂に向かって手を夢中で動かして自身を扱くと、灯が先を指の腹で撫でてくれる。
「っく、あ」
 膨れ上がったものが針に刺されて弾けるように、腰を震わせながら精を吐き出す。折れてしまいそうな膝を必死に支え、なんとか座り込むことなく吐精をすると、放たれたものは灯の胸元へと飛び散った。
 白く粘り気のあるそれは、重力と共に腹に垂れていく。
 快楽が駆け巡った後の虚脱感に包まれながら、灯の肌を流れるその精を見つめる。引き締まった身体だ、薄いとはいっても筋肉も多少はついている。健康的な肌を、自分が出した欲望が汚しているのだ。じわじわと、ゆっくり。
 灯もまたそれを見下ろしているが、実に不可解そうな様子だった。
 何が良いのか全く分からない、そんな声が聞こえてきそうだ。
「……これ、楽しいか?」
 改めて問われると、久幸は乱れた呼吸を整えながらこくりと頷いた。
「思ったより、すごく、いい」
「そうかー?どこが?何が?口で抜かれた方が悦くないか?」
 灯は盛大に疑問をぶつけてくるけれど、久幸は自分の中にある充足感に大変心地良さを味わっていた。
 口で濡れた時の方が快楽はあるだろう。けれど自分が出したもので灯が汚れているというのが、何とも言えない背徳感と気持ち悦さがあった。
 独占欲が満たされていくのかも知れない。
 灯に対してそんなものを丸出しにするのは良くない。この人は自分一人が独占して良いような人じゃない。
 そうは思うのだが、どうしても自分のものであり、誰にも触れさせたくない、見せたくないと思ってしまう。それは人間としての貪欲さだろう。
「俺のもんって感じがする。すげえ、満足感」
 今だけでも、この時だけでも灯は自分のものだ。
 そう断言したくなる。
 灯は久幸の言っていることに難しそうな表情をした。だが数秒黙って瞬きをしては手を叩いた。
「交代!交代しようぜ!」
 やられても訊いても分からないのならば体感するしかないと思ったのだろう。自分もぶっかけたいと言い出した人に、苦笑してしまう。
「いいけど。俺も口で抜くぞ」
「なんで!別に出すだけなら手でもいいだろ!」
「口で奉仕された後にぶっかけるってのがいいんだよ。手だと、たぶん違う感じ」
 口の中に入れられていたもので、肌まで汚す。それは内側と外側の両方に自分という存在を刻み付けているみたいだった。
 きっと手で抜くよりずっと精神的な悦楽が強いはずだ。
「でもおまえガン見するじゃんか!」
「見るに決まってんだろ。その代わり顔にかけてもいいぞ」
 灯が快楽に喘いでいる様を見ずにいられるか。そんな勿体ないことを出来るわけがない。そういう灯もさっきまで久幸をじっくり見ていたのだから、文句は言えないだろうに。
「万が一目に入ったらどうすんだよ!おまえの反射神経があっても駄目!」
 灯より反射神経はあるので、射精されたとしてもとっさに目を閉じることが出来る。目に入ることはないだろうと思うのだが、灯は断固反対するらしい。
「その代わり、えっとな……腹筋にぶっかけたい!」
「好きだなおまえ」
 灯は久幸の割れた腹筋が気に入っているらしい。自分にはないものであり、こんなにもきれいに腹筋は割れるものなのかと、肌を合わせたばかりの頃は感心していた。
「俺も割りたいけど、なかなか割れないよな」
「鍛錬を怠るからだろ。毎日身体を鍛えてたらいつかは割れる」
 筋肉が欲しいと言いながらも灯はだらだらと家でゲームをしたり漫画を読んだり、自堕落に過ごしているからだ。もっと時間を有効に使って身体を鍛えれば良いだろうに。目先の楽しさにうつつを抜かすから叶わないのだ。
「そうだけどさー、でもつい」
「腹筋は後にしろ。で、ヤんのか?ヤるなら立てよ」
 座り込んだまま、汚れた身体で他愛な事を喋っているのは良いのだが。続きをするのかしないのか。
 色気も何もない促しだったのだが、いつものことである。そして灯もまた「ウィース」と軽い返事と共に立ち上がっては久幸に口付けてきた。
 








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