えーすけさんといっしょ

 猫を拾った。
 クリスマスソングがうるさく鳴る街で、クリスマスツリーの下にうずくまった猫。 寒さで震えて、ぐったりしたように動かなかった。
「…おーい」
 見つけたときはどうしようかと思った。首輪をしていないから、飼い猫ではないのだろうと思って声をかけた。近寄って頭を撫でても動かない。
 死んでいるのかと思ったが、体はまだ暖かかった。
「…」
 一瞬頭の中を様々なことが駆け巡った。そしてその猫をゆっくりと抱き上げた。
 青味がかった毛色の子猫。抱き上げると小さく「にぁ」と鳴いた。
 その声を聞いたら「もう駄目だ」と思った。
 猫を愛して21年。現在一人暮らしのわびしい大学生、緒方栄介。性別男。猫をマンションで飼うことを決意した瞬間だった。

 家に猫を連れて帰り、暖房器具の近くに座り込みずっと暖めていた。猫はしばらくするとまた「にぁ」と鳴いて眠り始めた。
 拾ったときより、少しは元気になったように見えた。それでも心配で、ずっと猫について夜を明かした。
「あのぉ…」
 布団をかぶって猫と添い寝をしていると、誰かに声をかけられた。
 ぼんやりとしながら目をあけると小学生くらいの子供が顔をのぞき込んでいた。
「…はい…」
 誰なんだろうと思ったが、声をかけられたので返事をするとその子はにっこりと笑った。
「色々、ありがとうございます」
「…はぁ…」
 なんのことだろうと思いながら起きあがると傍にいたはずの猫がいない。
「えーっと…君は誰?」
「ねこですよ」
「…は?」
 猫なら拾った覚えはあるが、子供を拾った覚えはない。
 ただ、目の前の子供は紺色のような黒の髪をしていて、ばっちりとした目でこっちを見上げてきた。ついでに猫のようにふさふさ耳までついていた。
 似ている、そう思った。
「あー…猫。もしかして昨日ツリーの下にうずくまっていた…」
「はい。拾ってくださり、ありがとうございました」
 見かけよりずっと大人びた礼を言うんだなぁと思った。
「…猫、ですか」
「猫ですね」
 内容のよくつかめない話しをしながら二人してにこにこしていた。
 つまり、人間は自分の理解できない状況に置かれるとごまかしのように笑うかパニックを起こして騒ぎまくるかかどっちかだろう。そして寝起きの人間は後者を選んだわけだ。
「…人間なんですよね?」
「今はそうですね」
「前は猫でしたか」
「猫にもなりますね」
 寝ぼけているんだろうかと思って、子供の頭を撫でてみる。
 するとちゃんと髪の感触があった。そして子供はのどをごろごろならすように目を細めた。 
「…名前は…なんて言うの?俺は栄介って言うんだけど」
「葵です」
 
 猫だった葵は人間にもなれるらしく。猫耳は出したり無くしたりできるらしい。
 ついでに言うなら、ドラエ○ンでもなく、はんよー人型決戦兵器でもメイドロボでもないらしい。
 何なのかというと、未だ不明。

 葵が来てから数日経ったとき、街に出てみた。
 葵は小学高学年くらいの身長をしていた。見た目もそれくらいだろう。ただ、本人に年齢を尋ねてもよくわからないと言っていた。
 前はどうしていたのかと聞いたら、母親と二人でアパートに住んでいたらしい。
 母親も猫になったりする人で、住所はちょくちょく変わっていたらしい。
 今、母親は?と聞くと死んだ、と言っていた。
なんで猫になったり人間になったりするの?と聞いたら「わからない」と返ってきた。そして「なんでえーすけさんは猫になったりできないんですか?」と聞かれたときは困った。
「えーすけさん」
 葵はまるで自分の父親にするように俺の服を掴んだ。
「何?」
「えーすけさんはサンタさんに何をお願いするんですか?」
 無邪気な顔で聞かれて、言葉に詰まった。
 サンタさんなんて…ここ数年話したこともない人物だ。
 葵のような年齢ならまだ信じていてもおかしくないのかもしれないと思いつつ曖昧にうなっておいた。
「あっちゃんは何をお願いするの?」
「えっと〜」
 にこにこ楽しげに葵は考えていた。本当に無邪気な顔。
 まるで自分が葵の父親になったかのような錯覚に襲われる。でもそれは嫌な気がしなかった。
「えーすけさんと…一緒に住みたい…」
 葵のお願いは語尾が小さくなった。心許なげに俯く葵に胸部がしゅんとなった。
「それは、サンタさんじゃなくて、俺にお願いすることだろ」
 ぽんぽんと葵の頭に手を乗せる。
「…でも…本当は駄目なんだよ」
「なんで?」
「僕が、他の人とは違うから…」
 確かに随分違うなぁと思った。
「他の人と違うから、一緒にいたらあんまり良くないんだって…怖がるんだって。お母さんが言ってた」
    葵は俯いたまま肩を落としていた。
「僕何もしないよ?誰にも意地悪したりしないよ?でも、駄目なんだって。普通じゃないから」
 普通じゃないから…一緒にいられないって、おかしいと、駄目だって。
「人と違うのは、迷惑だから。えーすけさんに迷惑かけるわけにはいかないから…」
 だから…と泣きそうな声で続ける葵にいたたまれなくなって、道の端に寄った。
 俯いている葵と視線が合うようにしゃがみ込んで、葵の目を見る。いっぱい涙の溜まった目。
「人間は恐がりだから、自分とちょっとでも違うことがあったらすごく怖がるんだ。それはあっちゃんのせいじゃない。あっちゃんが人と違っても俺は怖くないし迷惑とは思わないよ」
「なんで、思わないんですか…?」
「だってあっちゃんはいい子だから。あっちゃんがどんな子か、俺は知ってるから。だから何も怖くなんてないんだよ。他の人があっちゃんを怖がっても、俺は怖いなんて思わないんだよ」
「…本当に?」
「うん」
「僕が猫でも?」
「俺は猫の君を拾ったしね」
「じゃぁ…僕が人になっても」
「今は人だしねぇ」
「…僕を、えーすけさんの家に置いてくれる…?」
 おずおずと言い出した葵の頭を少し乱暴に撫でた。
「当たり前」
 そう断言すると泣きそうだった顔は一気に明るくなった。
「ありがとうっ!」
 力いっぱい葵に抱きつかれて後ろに倒れそうになった。
 その日から正式に猫(時々人間)と同居することが決まった。
 クリスマス前日のことだった。
 


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