恭一の肩口に顔を埋め、荒い息を吐いた。 達した後の虚脱は心地よい。 ふわりとした浮遊感に近い感覚を味わっていると、恭一の手が肩にかけられた。 顔を上げると、劣情を強く抱いた瞳と視線が絡まる。 獲物を目の前にした、雄の表情だ。牙を立てて、食らい付こうとしている。 なんで。と泉は内心首を傾げそうになった。 イったばっかりじゃないか。と。 だが恭一は不思議そうにしている泉の足を開かせた。 濡れたままの下肢が露わになり、今更ながらに羞恥が込み上げる。 「待って」 立て続けはちょっと、と恭一に制止をかけようとした。 だがあらぬ場所に指を這わされ、目を見開く。 熱を吐き出した箇所ではなく、その奥、閉ざされたところを指の腹で撫でられる。 ぼんやりとしていた意識が、さぁと冷えていく。 「恭一君!?」 「ここやったことあります?」 「ないよ!」 「ふぅん…」 恭一はのし掛かったまま、にやりと笑った。 「イイですよ。ここ」 指先が中に入れられると、圧迫感が内蔵に伝わる。 無理矢理入れられているという感覚が強い。 「恭一君はやったことあるの」 本気になっている男の顔に、泉は腰をずらそうとした。逃れたいのだ。 だがそんな動作は容易く勘付かれ、片手で腰を手前に引き寄せられた。 同時に指が奥へと入ってきて、正直気持ちが悪い。 「やられたことはありますよ。すげーイイから、味わってみせて下さいよ」 「いらないよ!いらない!てかどんな付き合いしてきてるんだよ!」 遊び過ぎだろ!と叫ぶ泉の中を、濡れた指が掻き混ぜる。どうして濡れているのか、理由はすぐに分かった。 それは、泉が吐き出した精だ。 理解すると頭の芯がかっと熱くなる。 こんなところまさぐられると思わなかった。 「入れるのは初めてだから、ちょっと探る羽目になるんですけど、気持ち悪かったら言って下さいね」 「気持ち悪い!もう駄目だって」 「そうですか?」 言ってくれと口にしたわりに、泉の言葉をあっさりと流してしまう。 奥へ、そして中を確かめるように指が器用に動く。 体内の臓器を撫でられているという不快感だけが泉を支配していた。 これの何がイイんだよ!と怒鳴りたくなった時、ぱっと火のようなものがちらついた。 「ん」 火花が一瞬だけ触れたような、刹那的な熱だった。 だがその変化に恭一の目が細められる。嬉しそうだというより、企みが成功したというようなたちの悪さを含んだ笑みだ。 「ゃ、そこ、待って」 違和感と火花が増えていくことに戸惑い、泉は恭一の肩を掴んだ。 緩く首を振るのだが、指は止まるどころか増やされたようだった。 圧迫される感覚と、火が強くなる感覚が泉の中で渦のようになって下肢を弄ぶ。 「何を待つんですか?」 「気持ち、悪い…って…!」 「へぇ、気持ち悪いのに泉さん勃つんですか?」 指摘されたことを、目で確認するまでもない。 そこがどうなっているかなど、嫌なほど自覚している。 「や、なんだって…!だから」 「初めてだからですよ」 「そんな、の…、ぁ」 そうじゃない、と反論する間に違う種類の声が混じる。 自分でも信じられないほど甘い響きを帯びた声だ。 泉はこの状況に戸惑い、意識を堅くする。 だが元々欲しがっていた快楽という刺激に、身体は溶けるように開いていく一方だった。 「あ、あ、っん…はぁ」 指がそこを撫でるたびに断続的に声が溢れる。 身体が溶けるみたいに熱い。 背筋を電気のようなものが走っては泉を震わせる。 その様子を恭一が見下ろしているかと思うと居たたまれない。乱れずにいたいのに、体内で蠢くそれに翻弄されていく。 その指が泉の身体を支配して、思うように煽っているようだった。 「きょ…いち、くん…」 前は先端から滴りを零し始める。自分の手を伸ばそうとすると、恭一に「駄目です」と囁かれた。 だが高められたものを我慢出来ない。 首を振ると、くつりと喉で笑う声がした。 「エロいですよね。泉さん」 「っ…今更…」 セックスという行為自体を恥ずかしい。なんて思う時期はとうに終えている。 お互い楽しく、気持ちよくなれるならいいじゃないか。 そのためなら苦労を惜しむことはないし、我慢させることも、することもない。そう思っているのだ。 「啼かせたくなります」 「嫌だよ!」 明らかに今、恭一にいいように乱されている。そんな中、啼かせるなんて言葉を使われると本気で怖くなってしまう。 抱く側、しかも女の人しか相手にしてこなかった今までは聞いたことのない台詞だ。 「嫌がらないで下さいよ。拒否られると、俺も怖いし」 指をゆっくり抜き差ししながら、恭一が声のトーンを落とした。 本当に、不安がっているように。 「ふ、ぁん!」 そんな指の動きに、不快感を覚えるならともかく快感が強く身体の中を駆けめぐる。 女でもあるまいし、どうしてそんなことで?と疑問を抱く頭は一瞬で悦楽に組み伏せられる。 内太股が痙攣をしては、屹立は先から根本、後ろへと濡れていく。 「後ろのほうがイイみたいですね。俺はここまでなりませんでしたよ」 「知ら、ないっ…!」 「でもそのほうが今から楽ですよ」 恭一はゆっくり指を引き抜く。 途端に圧迫感と刺激がなくなり、中が気持ち悪さを覚える。指の形を覚えてしまったかのようだった。 「………恭一君…」 高みへと持ち上げられた身体は、奥に熱をこめたままで泉の理性を焼こうとしている。 足を大きく広げられ、恭一の高ぶりをそこに押しつけられても、すぐには抵抗感がなかったほどだ。 濡れた先端が、今まで指が埋まっていた箇所に触れる。 「…駄目ですか?」 それまで好きなように泉の中を掻き混ぜていたのに、許可を求める表情は怖がっているように見えた。 にやりと笑った意地の悪そうな男はどこに行ったのか。 ここで罵声を浴びせれば、恭一は落胆とともに小さくなってしまいそうだった。 そのギャップに、苦笑してしまう。 肝心な段階になると、不安を抱くタイプのようだ。 「きついとは思うんです。でも」 「入りたいんだろう?」 男なのだから、相手の中に入って揺さぶりたいのだろう。 その気持ちは分からないでもない。 繋がりたい、溶けたいと、泉だって思う。だが男同士でそれは無理だろうと考えていたのだ。 そんなところまでするとは思わなかった。 だが、恭一の目は痛いほど真剣で、欲情だけがそこにあるわけではなかった。 嫌だと言えば、止めるだろう。 だからこそ泉は力を抜いて、恭一の首に腕を絡めた。 肌を密着させて、恭一の鼓動が早く脈打つのを感じた。 「壊れそうだよね」 「…泉さん細すぎるから…壊しそうなのは、否定しません」 「肉ないんだよ」 骨ばっかりで、としなやかな筋肉のついた恭一の肩にキスをした。 「いいよ。壊しても」 「泉さん」 「ばらばらになるまで、壊していいよ。本当は、蜜那と一緒に壊れたかったんだから」 恭一が息を飲んだ。 こんな時に、テンションが下がる話をするべきじゃないだろうか。そんなことがよぎったが、一度口に出したものは戻ってこない。 「身体の奥まで壊れて、そのまま消えたかったんだから。でも蜜那は嫌がるし、君は泣くだろうから、我慢して、耐えて」 そしたら、自分がどんなものか、生きているのか、分からなくなってしまった。 さっきまで涙も流せなかった。 「だから壊して、そして出来れば、その後、君が僕を組み立て直して」 だって補修は得意だろう?そう囁くと、恭一の手が背中に回ってきた。そしてそっと撫でては「はい」と囁いてくれた。 優しい声。慈しむ声。その響きに止まったはずの涙が滲んだ。 頬を濡らして、ぬくもりが零れる。 キスを求めて、唇を塞ぐ。舌を絡めて、慰められる。 そして、キスの合間に小さく告げた。 「入れて」と。 雨の音が聞こえなかった。 きっと上がったのだろう。 うっすらと目を開けると、部屋の中は薄暗かった。 淡い藍色に染まった世界。夕暮れの時刻だろうが、空は茜色には染まらなかったようだ。 何時間ここにいたのだろう。 時計を見ようかと思ったが、億劫になって止めた。 恭一はきっと夜まで帰らない。時間を気にしなければいけないことはないのだ。 背後に人のぬくもりを感じて、息を深く吐く。 身体の奥にまだ熱がこもっているようだった。初めて与えられる痛みと、快楽が頭をまだぼんやりとさせていた。 気怠さに身を委ねながら、ぽつりと思った。 本当は分かっていたのだと。 蜜那は作り手を恨むことはないと。そして何も悔やまないだろうということも。 覚悟をしていたから。いつ壊れてもいいという信念が、彼女にはあった。 不安も、恐怖もない。それを持っていたのは作り手である泉だけだ。 蜜那というからくり人形を制作したのは、怒りに捕らわれたという理由に近い。 だが人形を破壊する人形という存在は、酷く理不尽なものである気がした。構造をラフで描いている段階から泉の中には迷いがあった。 制作してもいいのか。人形は、魂を持った瞬間に泉を恨むのではないか。苦しいだけではないのか。 そんな不安を抱きながら、それでも泉は蜜那を生み出した。 制作している最中に蜜那の声をおぼろげに聞き、ああ…と溜息のような吐息を吐いたことを今でも覚えている。 彼女は泉の記憶を感じ、激怒していた。人形としての矜持を完成する前から抱いていた者は、紅の模造を破壊することを泉に強く訴えていた。 止めても彼女は紅の模造を壊し続けるだろう。 そう感じざる得ないほど、その感情は強かった。 生み出せば、彼女は間違いなく紅の模造を追った。そして、結果的に彼女は破壊された。 作らなければ良かったのだろうか。そうすれば彼女は壊れない。だが彼女に会うことも出来なかった。 それは彼女を失うこと以上に辛いことではないだろうか。 涙が溢れそうになり、泉は静かに身体を起こした。 腰に鈍い痛みが走ることに、苦笑した。 ふっと緩んだ唇は、すぐに噛みしめられる。 紅の模造が壊れる際に行った、あの仕掛けは予想外だった。 近距離で戦っていた蜜那であれば、その仕掛けに襲われることなく破壊するのは無理だっただろう。 だが何故突然あんな仕組みをかけてきたのか。 今まではあんなものはなかった。それどころか刃物の類も一切持っていなかった。身体一つで人を殺してきたのだ。 こだわりのようなものを感じさせるほど。 重苦しい溜息を吐く。 もし、あれがまた現れれば、どうすればいい。 そして、もし紅の模造を泉に作れと言ってくれば。 どうやって回避する。 その点でも蜜那の存在は必要だったのだ。 そして、今は恭一がいる。泉のところだけでなく、恭一の元に来る可能性だってある。 補修に関して、恭一を超えるものはいないと泉は判断している。もし紅の模造の手伝いをしろと強制されれば。 胸が押し潰されそうだった。 喪失に喘いでいるというのに、蜜那の代わりをこの状況は求めているのだ。 「人形のこと考えてるですか?」 不意に声がかけられ、泉は傍らに眠っていたはずの人を見た。 目を開け、気怠そうに髪を掻き上げている。その仕草は高校生に似合うものではないだろうに、色気を惜しみなく出していて、憎らしいほどだ。 さっきまで自分を翻弄して声が枯れるまで啼かせた人は、泉の腰に手を回してくる。 「目が生きてる。人形のこと考えてたでしょう?」 「うん」 生きている。そう言われて泉は苦みに泣きたくなった。 どうしようもなく、人形に惹かれる命。それが辛いことでも、嬉しいことでも、人形に関わることを考えていると瞳の色が変わるようだ。 「…君はまだ、人形を追うの?」 「追いますよ」 「仇だから?」 祖父が殺されて、恭一は怒気に自分を奪われた。 泉に会うまで、何ヶ月も人形が人を殺した現場に通い、そして今も紅の模造の話をするといつもは冷静さを感じさせる眼差しがぎらりと激情を見せる。 まるで己を見ているようだった。 「そうですよ。あともう一つ」 「ん?」 「危惧してるんです。貴方が狙われるんじゃないかって」 どうやら恭一も同じことを考えていたらしい。 「紅の模造を作るのに、一番適しているのは泉さんです」 「そして、その模造を補修するのに一番向いているのは、君だ」 お互いの視線が絡み合う。 狙われる。 いつか自分が、いつかこの人が。 そう考えただけで、怒りと恐怖が襲いかかってくる。 もうたくさんだ。そう心は悲鳴を上げていた。 「蜜那のような人形は、今でも必要です」 「…分かっているよ。でも、同じことの繰り返しになる」 自分のためだけにからくり人形を作り、そして消耗品のように使って、壊れればまた次。 そんなことの繰り返しになるのではないか。 いつか人形に対して愛情も抱けなくなるのではないか。 怖かった。そのどれもが。 「怖いなら無理は言いません」 「でも…君は諦めないんだろう?」 「諦めません」 絶対に。とその目が言っていた。揺らがない意志に、目を閉じたくなる。 「貴方を奪われるかも知れないから」 いつか君を奪われるかも知れない。 だけど、もう人形を失うのは。 恐怖ばかりが膨らんでいく。 どうすればいい。唇を噛んだ。 蜜那の微笑が思い出された。 失いたくない。そう呟きながら、感じる恭一のぬくもりに息が止まりそうだった。 |