教習所 後日



 ぶるりと震えて、毛布を顎まで引き上げる。
 暖かいものが後ろから俺を包んでいる。
 規則正しい呼吸が耳の後ろから聞こえてくる。
 鼓動も背中から伝わってきていた。
 ぼんやりと目を開けると、見慣れない光景が目に入ってきた。
 うちには銀色をした筒状のゴミ箱なんてない。
 まして車の雑誌なんて積み重なってない。
 おぼろげな朝日に照らされた部屋は、早瀬の自宅だった。
 俺を抱き締めてるのも、早瀬だ。
 どうして教官と、しかも卒業したというのに、こんなことをしているのかと言うと。
 まぁ…そういう関係になってしまったからだろう。
 寝ぼけている頭で、昨日のことを思い出す。
 試験所で免許を配布してもらうと、外で早瀬が待っていた。雪が降っていたのに、俺の姿が見えるとわざわざ外に出て迎えてくれた。
 その時、電話して良かったと心の底から思った。
 会いたかったんだと、本当に会いたかったんだって分かった。
 早瀬が見せてくれた笑みも、本当に優しくて、たった数日会ってなかっただけなのに懐かしくて仕方なかった。
 それから御飯を食べに行って、早瀬の家に行った。
 車の運転をさせてもらったけど、教習の時とは違って、早瀬はよくハンドルを取ってきた。どこかにぶつけられると困るからだろう。
 そして驚いたことに、マナーのなってない車に対しては「ボケが!どこに目ぇ付けてんだよ!」と車内で怒鳴っていた。
 思っていたより、運転に関しては厳しい人みたいだ。教習中も時々機嫌悪そうに別の車睨んだりしてたけど、プライベートになると素で怒ってる。
 最初びっくりして身体硬直したら、頭撫でられて「びっくりした?」って笑ってた。あの変わり様がさらに驚きだ。
 早瀬の自宅はマンションで、思ったより広かった。
 泊まって行けって言われたけど、俺は帰ろうと思っていた。
 いくらなんでも、相手は男だからって好きだと言われた相手の部屋に泊まる勇気はまだなかった。
 自分の気持ちにさえ、まだちゃんと確信してなかったのに。
 でも早瀬はそれを許してくれなかった。
 教官でいる時は我慢した、だからもう待てない。
 そんなこと言って、俺をベッドに引きずり込んだ。文字通り引きずられたわけだ。
 殴ってでも抵抗して逃げれば良かったんだろうけど、そこは一応早瀬が好きなんだろうなぁと自覚してしまったわけで。
 なんとか穏便に済ませられないかと思って悪戦苦闘している間に俺は服を脱がされ、色々されてしまった。
 冗談だろ!?と思うようなことも早瀬は躊躇いを見せることなくやってみせた。
 で、結局どうなったかというと。
 バックバージンというものを俺を手放したわけだ。
 童貞喪失なら喜ばしいことなんだろうけど、この場合は喜ばしいことだとは思えない。腰は痛いし、そこはぴりとした鋭い痛みが残っている気がする。
 馴らした、らしいけど。
 入れられた時は痛かった。さすがにあの時は早瀬を殴ってやると心に決めた。絶対殴ると、でも痛いだけではなかったから居心地が悪い。
 途中から何を口走っていたのか覚えてもない。
 早瀬も色々言っていて、何かとんでもないことを言わされたような気がするんだけど。
 …恐ろしいから思い出したくない。
 とにかく、この状況から抜け出したい。
 今まで過ごしてきた二十一年の人生の中で、男に抱き締められて起きる朝なんて初めてな上に、こんな気恥ずかしい気持ちというのも初めてだ。
 女の子とも付き合ったことがあるけど、抱き締めて起きたことなんて俺はない。
 第一寝づらいはずなんだ。それにも関わらず早瀬はこうして眠り続けているんだから、恥ずかしい人というか、器用というか。
「変な人…」
 奇妙な人だとは思っていたが。
 そろりと腕から抜け出そうとした。重い腕をそっとどけて、さあ自由の身へとベッドから起き出そうとした。
「どこ行くの」
「え」
 排除したはずの腕がまたするりと後ろから絡みついてくる。
 いつ起きたんだ!?
「まだ寝てなよ」
「え、でも。早瀬さん教習」
「んー?」
 早瀬さんは片手で俺の腰を引き寄せながら、枕元の目覚まし時計をちらりと見ている。まだ七時前という時刻がそこにはあった。昨夜あれだけしんどい思いをしたのに俺って意外と早起きだ。
「まだ大丈夫」
「だからって引き込まないで下さい!」
 お互い何も来ていない状態で、早瀬は俺を抱き込んだ。
 二人で寝るには狭いベッドで身体が密着する。
「元気そうだね」
「何が!」
「昨日はへとへとになって寝てたから。今日はぐったりしてるのかと思った」
「十分ぐったりしてますよ!」
 つい勢い良く反論してしまう。すると早瀬はにやにやと笑った。
「今日休みなんだよね?」
「早瀬さんは休みじゃないでしょうが!」
「俺はいいの」
 と言いながら早瀬は俺の上に覆い被さってくる。
 上から見下ろされる光景は、昨夜のことを鮮明に思い出させる。
 その目に見られて、その唇に舐められ、俺は蒸発するような快楽に突き落とされたんだ。
 そう思い出すと、かあと身体が熱くなった。
「ほら、朝だし」
「朝はさわやかに迎えるものでしょうが!」
「だってまだ満足してないから。俺」
「は…!?」
 その言葉にはさすがに絶句した。
 あれだけ人の中で好き勝手動いた人が、まだ満足してないって。
 唖然としていると、俺の両足を開かせて早瀬は数時間前に口に含んだものを指で触れた。
「待って下さい!いくらなんでも!」
「感覚忘れない内に覚えて」
「教習ですか!?」
 その台詞は教習中に何度か聞いたことのある言葉だ。だがベッドの中まで言われると思わなかった。
 ぎゃんぎゃんわめいても、その指は俺を高めていく。とろりとしたものが先から溢れた瞬間は、恥ずかしくて言葉を口にすることが出来なくなった。
 っくと声と一緒に言葉を飲み込むと早瀬は唇を舐めてきた。
 優しい眼差しの中にぎらりとしたものが混ざる。
 欲情しているのだ。男相手だっていうのに、そんなにぎらぎらしなくてもと思うんだけど、そう思う俺も背筋が震えるような感覚に襲われていた。
 まだ指だから声を殺せるけど、口だったら抑えられたか分からない。
 少なくとも昨日は途中で出来なくなった。早瀬さんの指に口を開かされたせいもあるけど。
「…ぇ!?そこ」
「くわえたこと覚えてるみたいだね。そんなにきつくない」
 先から濡れたものを後ろに塗りつけ、早瀬の指が一本入ってくる。
 指なんかより大きなものを入れられたせいか、そんなに異物感は酷くない。それより、そこを使おうとしている早瀬に頭の中が真っ白になりそうだった。
「止めましょう、そんな、朝にまで…」
「なんで?欲しくない?」
「ぁ…!」
 中を蠢く指。中にもイイところっていうのがあるらしくて、まるで女みたいだと思わせられる。
 早瀬は中の指を増やして差し入れを始める。それは別のものを入れられた時の感覚と同じで、頭の芯が溶けていく。
 声が溢れるのをぐっと飲み込んで、手の甲で唇を塞いだ。
「香坂君…男とヤったことないんだよね」
 あるわけないだろ!あんたが初めてだった昨夜何度も確認させられたんだから!
 そう文句を言いたかったけど、唇を開けば喘ぎしか出てこない気がしてぐっと奥歯を噛んだ。
「それなのに、なんでこんなにエロいのかな」
 ホント、犯罪だね。
 早瀬は喉の奥で笑った。
 肉食獣みたいだ。牙があるんじゃないのか、この男。
「初めて見た時から可愛いって思ってたけど。その上エロいなんてねぇ」
 ヤクみたいだ。と早瀬は俺の耳元で囁いた。
 それはあんたじゃないか。俺はそう呟いてしまった。喘ぎが混ざって不鮮明な声になっただろう。でも早瀬はにやりと笑って俺の目尻に口付けた。
「ん…ぁ…」
 指が引き抜かれると、足を持ち上げられてそこに熱が押しつけられる。
 引き裂かれるような感覚とともに入ってくるだろうそれに、俺は早瀬の肩に手を伸ばした。
 声を殺したいけど、それよりも痛みで意識が揺らぐのが嫌だった。
 それと、俺だけ苦しい思いすんのがすごく癪だから、早瀬の肩に爪を立ててやるのだ。
 昨夜も背中に付けてやった。早瀬は笑っていたけど。
「入れていい?」
 涙が滲んだ目で映す早瀬は、熱っぽい眼差しで俺を見てくる。
 駄目だと言えば、あんたは引いてくれるのかよ。そんな意地の悪いことを聞きたくなる。
「…しつこくしたら、もう二度とやりませんから」
「うわー、昨日のやつ根に持ってる?」
「持ってます」
「ごめんね」
 早瀬はお詫びのつもりなのか、俺の額に唇を付けた。
「俺は大人だけど、我慢強くないんだ」
 なんて不吉なことを言ってくれるのか。
 俺は今後のことを思うと軽く頭痛を覚えてしまった。
 押し入ってくる欲望に背中がしなる。息が出来なくなるほどの痛みを覚えるのにいつの間にかそれは快感にすり替わって。
 俺は啼きながら早瀬にすがりつく羽目になった。



「洗える?倒れてない?」
 シャワーの音に混ざるようにして、早瀬の声が聞こえる。
 風呂場に置いてある小さな椅子にぐったりと座り込んだ俺は、シャワーを浴びながらそれこそぶっ倒れたい気持ちだった。
 怠い。
 突っ込まれるって本当に怠いことなんだと思い知らされる。
 大体、女じゃないんだから、何度も入れようとしないで欲しい。
「香坂君?きーよーとー君」
「何ですか」
 下の名前を伸ばされながら呼ばれ、不機嫌そのものという声で答えてやった。
「洗ってあげようか?一人で大丈夫?」
 そんな気遣いをするくらいなら、朝からヤってんじゃねぇよ。
 喉元までそんな罵声が出かかった。
「大丈夫です。ほっといて下さい。早瀬さんは朝飯でも食って出勤準備して下さい」
 そのために先にシャワーを浴びさせたのだ。
 教習所は本日が休みではない。
 あの男は今日もしっかりと働くべき社会人なのだ。
「食べ終わったから言ってるんだよ。ふらふらだったから心配なんだけど」
「誰のせいですか」
「もちろん俺のせいですよ」
 あっさりとよく言うな、この男。
 人が休みなのをいいことに。
 苛立ちはあるが、身体が上手く動かない。適当に身体を洗って、シャワーを止める。立ち上がるとふらりとしたが、それでもなんとか踏ん張った。
 ヤり過ぎで動けませんなんて、情けないことにはなりたくない。
 ずきりと痛む腰を抱えつつ風呂場から出ると、早瀬がバスタオルを持って立っていた。
「拭いてあげ」
「いりません」
 早瀬が言い終わる前にバスタオルを奪い取って身体を拭く。いちいち世話を焼かれるような年でもない。いくら年齢差があったとしても、俺はもう大人なんだから。
「朝飯食う?」
「時間ないでしょう?」
 早瀬はもうそろそろ出勤時間だ。俺が飯を食っている時間なんてない。
「車内で食べるかと思って。家の近くまで送ってくよ。それくらいの時間はあるし」
「じゃあ家で食べますよ。つか家でぐっすり眠りたいです。誰にも手を出されず安心して」
「寝込みを襲う暴漢みたいな言われ方だなぁ」
「あながち間違ってないように思いますが?」
 身体の水気を取って服を着る。髪の先から雫が落ちていった。
「だって可愛いから。今まで我慢してた反動だって」
 なんて迷惑な反動だ。
 睨み付けても早瀬は微笑むだけだった。
 今日はどんな文句を言っても、この顔で聞き流しそうだ。全く。
 そんな男に呆れながら、それでも嫌悪したりしてない。むしろどっかで楽しんでいる自分がいる。
 きっとおかしくなっているのは早瀬だけじゃなく、俺もなんだろう。
 だいぶ高く昇った朝日の光に、俺はほんの少しだけ笑った。




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