アカイイト  5




「ふ、ん……っん」
 水音が部屋に響く。
 そんな卑猥な音、自分が普段生活している空間から聞こえてくるなんて信じられないことだった。もっと信じられないのは、宮内が俺とキスしながら俺のものを直接手で触っていることだ。
 俺の上に膝立ちしているこいつは俺のものを手で愛撫しながら器用にもキスを続けているのだ。
 触られれば反応してしまうのは生物のさがであり、俺が悪いわけではないと思いたい。
 どれだけ駄目だと思っていても気持ちが悦いことには勝てないのだ。
 まして抵抗感は最初だけであり、他人に触れられているという常と異なる刺激に俺の頭はとっくにパンクしていた。
 画面ではエヴァが流れているけれど、そんなもの見ているわけもなく。
 俺はただ与えられている刺激を受け取っては興奮を高めているだけだった。
 宮内が必死になって俺をしごいてくれるのだが、俺はどうするべきなのか、迷ったまま手は宙に浮いていた。
「な……気持ちイイ?」
 キスを止めたかと思うと宮内は上擦った声でそう尋ねてくる。
 潤んだ目と良い、荒くなった呼吸と良い。こいつもかなり興奮しているんだろう。
 男だっていうのに、人のものをしごいていると欲情するらしい。
 それに俺まで身体が熱くなるようだった。
 同性なのにという冷静さはまだ残っているのだが、その考えは身体にまでは届かない。
「シンギの、硬いけど。ちゃんと気持ちイイ?」
 間近で問われ、俺は言葉に詰まった。
 良いか悪いかで判断するならば良い。それはもう下半身が素直に答えを出している。
 だが素直に口にするのは憚られた。
 だって俺がこうして欲しいと望んだことではないのに。そう言ってしまえばこれを認めたことになる。
「教えて、なぁ」
 柔らかい声音が俺の脳髄にまで浸透してくる。
 こいつが、こんな風に人を惑わせるような喋り方が出来るなんて。ハイテンションでヲタク語りをしているところばかり印象にあるのだが、エロさなんてかけらもないと思っていた。
 大きな誤算だ。
 なんで男のくせに、こんなとろとろした声が出せるのか。
「シンギ」
「っ」
 宮内は俺を問い詰めながら、下肢のモノに軽く爪を立てた。
 一瞬痛いと感じるのに、それはすぐにじわりとした快楽に変換される。こんなことが感じるなんてまるで変態みたいだ。
 そんな趣味はないはずなのに、こいつの手にかかると危ない生き物に塗り替えられてしまう。
「おまえ、なんでこんなこと」
 血液が集中してしまっている俺のものは、そろそろ我慢の限界に来ている。
 きつく絞られたなら呆気なく出してしまうだろう。
 それに抗うようにして宮内に疑問をぶつけた。
 友達の顔をしていたはずなのに、いきなりこの展開はないだろう。
 見た目はどう映っているのか知らないが、俺は割と手順を大切にする人間なのだ。
「シンギが欲しいから」
 宮内は俺の額にキスを落とす。
「どうしても、シンギが欲しいから」
 熱のこもったその告白に、俺の中にある理性だの常識だのというものが吸い取られていく。
 肌が溶けるような感覚に誘われるようにして、俺の手は宮内の腰へと回されていた。



「あんなん嘘や……」
 宮内は脱ぎ捨てた服の上でうずくまっては泣き言をもらしていた。
 こちらに背中を向けているとはいえ、全裸だ。
「つか服着ろよ」
 後始末をしてシャワーまで浴びてきた俺は、その光景にちょっとげんなりした。
 おまえいくらなんでもまっぱはないだろうと思う。
 さっきまでその身体で色々していたわけなのだから、少しは恥じらいを持って隠して欲しい。
 しかし我に返って宮内を眺めると、それは男の身体だなという感想が沸いてくる。むしろそれくらいしかない。
 男の裸なんて自分で見慣れているし、体格の違いはあるとしても見たからといってやましい気持ちになるようなものではない。
 しかし十数分前まではその身体に欲情していたのだ。そう確かに俺はこいつで勃ったわけだし、抜けたわけだ。
 改めてみると、そんなはずがないだろうと言いたい気持ちがあるのだが残念ながら鮮明に記憶は残っている。
 触ったり舐めたり、噛んだりしていたのだが。
 正気だったのだろうか俺。
「姉ちゃんのびーえる本では受けの出したやつ使って指でちょっと慣らしただけでLet's挿入☆やったのに!現実は全然入らへんやん!」
 大変悔しそうに宮内は何か言っているが、俺にはさっぱり分からない。
 だが分からない方が良いような気がしたから、内容を訊きもしない。
 それにしても時折話に出てくる、こいつの姉は一体どんな人間なのか。会ったこともないのだが危険人物だということだけは嫌と言うほど感じられる。
「めっちゃ痛いし!なんで入らへんの!?」
「普通入らないだろ」
 宮内はどうも自分のそこに俺のそれを入れたかったらしい。何故そんなことをしたがるのかと思ったのだが、別に入れられる側ではないので強固に反対はしなかった。
 だが入れようとすると痛いと身体を強張らせたので、さすがに途中で止めたのだ。
 本人は入れるとだだをこねたのだが、流血沙汰なんて冗談ではないと真剣に語ったところ引き下がった。
 その結果がこれだ。
 大体宮内のその部分は入れる専門ではないのだから、入らなくて当たり前なのだが。どうしてこいつはそれに怒りを覚えているのか。
「でもケツにだって入るって言われてんねん!びーえるでは当たり前みたいに突っ込まれてんねん!受けに入って俺に入らへんってどういうことやねん!」
「二次元と三次元を混ぜんな」
 そもそも受けって何だと思ったのだが、宮内が言っている内容からおおむね意味は理解出来た。
 たぶんびーえるというのも何かの漫画だろう。
 漫画から得た知識を現実に適応しようと無駄に頑張り過ぎなのだこいつは。ファンタジーというものをちゃんと念頭に置いているだろうか。
「もーもー、なんでやねん」
「それはいいから服着ろ」
 いつまで全裸でいるのか。入る入らないはいいから、さっさと羞恥心を持って貰いたい。
「そもそも、そこに入れてどうするんだよ」
 あんなに痛がったのに、何故入らなかったことを後悔しているのか俺には分からない。
 宮内は謎だらけだ。
「だって、そうしたら女やなくてもシンギと一つになれるやん」
 宮内はのっそりと上半身を起こした。
 そして寂しげにシャツを羽織る。
 女じゃなくても。
 それは宮内が必死になって考えた手段だったのだろうか。
 男は女と違って、受け容れるものが備わっていない。だから繋がろうと思えば別の部分を使う必要がある。
 だから宮内はそれを差し出したのか。
 俺と一つになりたいがために。
 そう思うと落ち込んでいるその様子が切なげにも見える。
 そういえばこいつは、ヤり始める前にも俺と一つになりたいと言っていた。
 どうしてこだわるのだろうか。
「なぁ、なんで一つになりたがるんだ?」
 宮内はシャツのボタンを留めていた手はそのままに、俺を振り返った。
 眼鏡を付けていない双眸が潤んでいる。先ほどまで嘆いていた言葉と共に本当に涙を流していたのかも知れない。
 そこまでか!と俺は少なからず驚いてしまった。
「だってなりたいねんもん」
 言い方はもはや子どもだ。拗ねている。
「なんでだよ。俺は別にそんな目立っていいとこなんてないぞ?」
 まさかおまえも、俺の指に赤い糸が見えるなんて現実離れ過ぎることを言わないだろうな、と密かに祈る。
 糸が繋がっているからシンギと付き合おうと思って。なんて言われると色んなものを呪いたくなる。
 しかし俺の不安は杞憂だったらしく、宮内は「だって」と視線を落とした。
「シンギが好きやから」
 やっぱりそうなのか。おまえ本当に俺が好きなのか。
 そう思いつつも納得はしていた。
 好きでなければこんなことしないだろう。嫌いな男を襲って、必死になって奉仕するなんて聞いたことがない。
「なんで…」
 どうして俺なのか。
 素直に気持ちを伝えると、宮内は笑ったようだった。
「なんでそんな意地悪なこと訊くん?」
 明白な理由を求めること自体が間違いなのだ。
 そう宮内が言ったような気がした。
 だが曖昧なまま、分からないままにしておくのも俺は居心地が悪かった。
「だって、気になるだろ」
「せやったら、こう思ったらええねん」
 宮内はぴんっと人差し指を立てた。
 わざとらしい仕草。でも宮内がやると不思議と馴染んでしまうのだ。
「恋したことは奇跡やから仕方ないって」
 あまり聞くことのない単語がさらりと出てきて、俺は顔をしかめた。
 奇跡と言うか。
 こんな大袈裟なものにあっさりと例えてしまうのか。
「こんなにも奇跡がごろごろ転がっててたまるか」
 苛立ちと共にそう言うと宮内は肩をすくめた。
「意外と転がってるもんやって」
「見えるかのように言うな」
「だって、俺はシンギに会えたもん」
 出会えたこと自体が、奇跡だと言う宮内は俺が口を閉ざしてしまうほど真摯な瞳をしていた。
 力強く笑んでいる様は、否応なく目が離せなくなる。
 こんな顔もするのか、こいつは。
「見えなくても、分かることはあるで」
 俺には分からないよ。そう茶化すようなことも出来ず、俺はくしゃりと自分の髪を掻き乱した。
 駄目だと思っていた道を、速攻で踏み外してしまった俺の未来はどうなるのだろう。
 頭が痛くなるのだが、真っ暗であるというイメージはまだ沸いてこない。
「格好いい台詞吐くなアホ。おまえは二次元か」
 悔し紛れにそんなことを言うと、宮内はにやりと笑った。
 それは猫みたいで、俺が手玉に取られているみたいに感じてすごく癪だった。







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