三千世界   六ノ十




 下腹部に玻月の手が伸びた。袴の下ですでに十分育っているものを、探り当てられる。
「おい」
「咥えたい」
 絶頂したばかりだというのに、玻月は欲情を抑えもせずにねだった。
 発情している獣は一度達した程度では熱が冷めない。綜真の袴の帯を解いては、下着にまで手を付けようとする。
 己一人が欲情してばかりは嫌だと、玻月はよく綜真のものを手や口で愛撫したがった。玻月が乱れている様に時折煽られた身体に、目敏く気付かれたせいでもある。
 今宵もそうして互いの身体を慰めて、欲情を吐き出し合うつもりだったのかも知れない。
 だが綜真は下肢へ頭を下げようとした玻月を止めた。綜真が嫌がったと思ったのだろう、玻月は物憂げな眼差しで不安そうに見上げて来た。
 ぺたんと寝てしまった耳に、綜真はくしゃりと玻月の頭を撫でてやる。
「おまえの中に入れたい」
「っ!」
「後ろを向け」
 そう命じると玻月は瞠目した。そう望んでいただろうに、いざ言われたことにびっくりしたらしい。
 ぱちぱちと瞬きをしては視線を少し彷徨わせた。恥じらう様には思わず「おまえな」と呆れてしまう。そんな様ではこちらまで恥ずかしくなる。
 ゆったりと身体を起こしては、四つん這いになってこちらに尻を向ける。尻尾がふわりと横に避けては、散々ほぐした後孔を綜真の視線に晒した。
 不安げに、だが期待を込めて振り返る玻月に綜真は身に纏っているものを手早く脱ぎ捨てていく。
「待ち焦がれたみたいな面してるが、そんなにいいもんじゃねえぞ。肩透かしになって、文句言われるのは勘弁して貰いたいんだがな」
 情欲だけではない感情に濡れた瞳に見詰められ、綜真は苦笑を浮かべる。玻月にとっては初めて発情期を迎えてからずっと待たされたようなものだろう。
 その間に交わりをどう想像していたのかは知らないが、綜真にとってはそう特別良いものだという考えはなかった。
「言わない。言わないから」
 早くと言外に込められて、綜真は玻月の後孔に屹立をあてがう。それだけでひくつく後孔に己の腰がもったりと重くなった。欲情が腹の奥で渦を巻いている。
「入れるぞ」
「んっ」
 腰を掴んで玻月の中に屹立を差し込む。中は案の定きつく、それを締め付けてくる。
 女のものと異なるとは思っていた。指で弄っている時から覚悟もしていたけれど、思ったよりも狭い。それでも綜間を押し戻すような動きではないことが意外だった。中に誘うように、しっかりうごめいている。
(そういうものになりたいと、玻月が願うからか?)
 狼の情は身体のつくりまで変えるのだろうか、なんて突飛な考えが浮かぶ。だがまともに考えられたのは、えらの張った部位を埋め込んだあたりまでだった。
「おい、玻月」
「早く、もっと」
 後孔や中を傷付けないように気遣ってゆっくりと屹立を入れる綜真に、焦れたように玻月が腰を押し付けようとしてくる。発情している狼にとって、傷付けないようにという配慮より、早く犯されたいという気持ちの方が勝るらしい。
 熱に浮かされた瞳が泣きながら綜真を求めてくる。不器用ながらも腰を振ろうとする健気さと卑猥さに、綜真が歯を食いしばった。
「この馬鹿野郎っ」
(もっとと言われて、簡単に突っ込めるわけがねえだろうが)
 腰を掴めばその細さが手に伝わってくる。その体躯の薄さに、無体な真似など出来るわけがない。
 それでも欲しがる子に、綜真は浅い部分で律動を始める。
「ん、あ、あっ」
 せめて茎に通じているしこりまでは入れてやらなければ、ぎちぎちに締め付けてくる内側で無理に動いていても苦しいだけだ。現に玻月の身体は熱い割に、緊張感で固くなったままだ。
 おそらく初めて屹立を中に入れられて、その大きさに怖がっている。
 心は欲しがっていても、身体にしてみれば無茶なのだから。
「ひゃ、あ!は、あぁ……!」
 やや強引ではあるが、しこりのある部分まで屹立を入れては、そこで小刻みに動いてやる。すると玻月の背中がしなった。滑らかなその背中に思わず舌を這わせていた。
 肩甲骨の真ん中に吸い付いてやると、体内がぎゅうと屹立に吸い付くように締まった。
(背中が悦いのか)
 そう分かると背中を舐め、吸い付きながらぬるい抜き差しをしてやる。すると玻月の声がいっそう高く、甘く蕩けた。
「は、あ、あっ、ぅん、ん」
 頭を振って快楽を逃そうとする仕草に、玻月の茎へと手を伸ばす。そこはしっかりと勃っていた。中を犯され、背中を舐められ、それでしっかり気持ち悦くなるらしい。
「ひ、あ、やめ、やっ」
 茎を扱いてやると後孔が屹立を忙しなくはんでくる。精を搾り取ろうとするような動きにも感じられて、喉で笑ってしまう。玻月は綜真を欲しがるあまり、こんな動きまで身に付けてしまったのか。
 そう思うと自然と腰が早くなった。深くまでは入れられない。いきなりそんなことをすれば玻月が苦しいばかりになる。だから屹立の中程までしか埋めず、それでも思うまま内側を擦り上げては、その狭さと熱さを堪能する。
「ふ、あ、あっ、んん、そう、ま、そうま……!」
「いきそうなんだろ?いいぜ、いけよ」
「でも、でも!」
「俺だってそろそろ限界なんだよ。出しちまえ」
 びくびくと玻月の身体に力が入る。絶頂の予兆に、玻月の茎を容赦なく絞ってやる。
 玻月は上半身を保っていられなくなったのだろう。ぺたりと上半身を布団に付けて、腰だけを高く上げる。その様が扇情的で、らしくなく頭の中が真っ白になった。
「や、あっ、あっん、あ!」
「っ……」
 白濁を吐き出す身体が、綜真の屹立をきつくはむ。食い千切られるかと思うような締め付けに、綜真は抗うように律動を早めた。深くまで入らないように、辛うじて自制を効かせる。
 だが己を縛る綜真を翻弄するように、体内は窮屈で気持ちが良い。血を吐くような思いで、張り詰めたものを引き抜いた。
 玻月の中に精をぶちまけるのはまだ気が引ける。その代わり、引き抜いた己のものを手で扱いては、玻月の背中に放った。
「く……っ」
 滑らかにしなる玻月の背中に、己が吐き出した精がどろりと垂れて背骨のくぼみに少しばかり溜まる。腰を上げているのが辛くなっただろう子が、へたりと俯せになると、精が流れ落ちていく。
 快楽の余韻と脱力感に混ざって、愉悦が湧き上がる。己の精で汚れた子を眺めて愉しむなぞ、我ながら褒められない性癖をしている。
「は、あ……あ……ぁ」
 玻月は息を整えるのに精一杯であるらしい。これほど息を上げてぐったりとしている玻月はなかなか見られるものではない。若さと賊暮らしで体力は綜真よりある子だ。なのにここまでへばっているというのは、抱かれる者の負荷の大きさを思い知らされる。
「玻月」
 大丈夫か、とは問わない。
 名を呼ばれて、顔を向けてきた玻月の双眸が喜色に溢れていたからだ。そうも喜ばれると、気遣う言葉すら無意味だ。
 玻月は浅い呼吸のまま、身体を起こしては綜真に両腕を伸ばしてきた。そしてそのまま首に絡みついてはのしかかるようにして抱き付いてきた。
「まだ」
 足りないと訴える子の声音の甘さに、じんっと頭の芯が痺れる。
 囚われたのかも知れない。そんな恐ろしさを、興奮が塗り潰した。



 傍らで寝ていた身体が起き上がった動き、入り込んでくる空気の微かな冷たさで眠りから覚めた。薄っぺらい布団を掻き集めても、抱えていた肌ほどのぬくもりは得られないだろう。まして起きてしまった意識は、まぶたを上げてしまった。
 うっすらと開いた視界では、真っ新な朝日が部屋に差し込んできている。襖の染みすら際立たせる容赦のない陽光に憂鬱になってくる。
 身体は昨夜の名残を張り付かせて怠い。まして情事の翌朝というものは、滑稽な気分になってくる。どれほど情熱的に誰かを求めたところで、欲望を吐き捨てれば残っているのはただの疲れだ。
 冷静さを取り戻した頭では、数刻前の衝動など思い出しもしない。
 なので綜真はいつも女を抱いた後は、共寝を拒んだ。翌朝のしらけた空気を誰かと共有するつもりはない。せめて一人で鬱陶しい疲労感を誤魔化して、肌に纏わり付くような誰かの熱を消し去りたかった。
 けれど昨夜の相手は、綜真を一人にはさせてくれないだろう。
 多少の苛立ちを込めて、額にかかる髪を後ろへと撫で付ける。自ら伸ばしている長い黒髪も今朝ばかりは忌々しい。
 衣擦れの音に自然と目を向けると、玻月は朝日を浴びながら着物の袷を正していた。
(……一皮剥けたというか、咲いたというか)
 昨夜までは綜真の気持ちがどこにあるのか伺い、時折見捨てられまいとすがりつくような瞳をしていた。だがそんな幼い子はどこにもいない。
 そこにいるのは腹が満ちたと言わんばかりに満足そうな美しい獣だった。香り立つような瑞々しい若さと、危ういほどの艶やかさが見事に共存している。
 甘い金色の髪が光を帯びては、真珠の粉をまぶしたように煌めいていた。その髪を梳いた手触りを覚えている。淡く色付いた唇が誰を呼んでいたか、濡れたその感触も綜真は誰より知っている。
 外見は昨夜までと何ら変わりがないはずなのに。その心と顔つきが少し変化しただけで、こうも一夜で見事な成熟をするものなのか。
(つがいだと思う相手と懇ろになったからか)
 それほど狼にとってつがいとは、重大なものであるらしい。
 己がその重さになっているのだと思うと、尻の座りが悪くなってくる。だが引き返そうにもこの狼は地の果てまで追いかけてくるだろう。
「………起きたか」
 玻月は綜真の視線に気が付いたらしい。瞬きをしては布団に戻ってくる。
 寝そべったままの綜真に、覆い被さるようにして身体を載せる。もはや身体を重ねるのに何ら抵抗はないらしい。
 それが情を交わした相手の遠慮の無さだ。
 綜真はこれまで抱いた女たちがそうして無遠慮に己にべたべた触ってくるのが嫌いだった。鬱陶しくてすぐに払いのけたものだが、玻月だと思うとやや感慨深い。
 自ら人に寄っていくような子ではなかったというのに。ここまで懐いてくるとは。
「腹が減った」
 快楽と情事を腹の奥に刻み、あだっぽさを纏う成獣になったというのに。口から出てきたのはそんな色気とは無縁の、あどけない欲求だ。
 綜真が見ていた印象では、今一度のまぐわいでも求めてくるかと思ったのだが、これには呆気にとられた。
「はっ……あんだけ動けば、腹も減るだろうぜ」
 鼻で笑いながら、その純粋さに玻月へと手を伸ばした。
 抱いてやって、その身に雄を、己を覚えさせて玻月を完全に染め上げたと心のどこかで思っていたのだろう。この子はもう変わったと、無駄な愉悦でも抱いていたのかも知れない。
 だがどうだ。玻月の根底は変わっていない。むしろ玻月を抱いて、玻月の変化を目にして多少なりとも動じた己の方がこの狼に染められたのではないか。
(落とされたのは俺か)
 こんな狼一匹に、と自嘲しながらも触れ合っている身体は、どうにも嫌ではなかった。